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詩歌集『敷島』

作者: 笹舟
掲載日:2017/05/12



  現成(げんじよう)



たゝなはる山(やま)のはたてに

遠(とほ)つ國(くに)ひろごりけると

知(し)りながらこの現(うつ)し世(よ)に

とゞまりてかたき地(ち)を踏(ふ)み

涙(なんだ)せし人(ひと)のありとふ。


「柞葉(ははそば)の母(はは)はいゆきて

黄泉(あなた)より子(こ)をおもふとも

わが戀(こひ)のせちのをらびの

とゞかぬは、何(なん)のつめたさ。」


こゝだくの罪(つみ)を背負(せお)ひて

逐(お)はれけるかなしきみこと

ちはやぶる神(かみ)の子(こ)にして

人(ひと)の子(こ)の初發(はじめ)となりし

ちゝのみの父(ちち) ——そをしのびつつ

あがみおもへば

あなをかし こはいかばかり

ゆたかなる生(いのち)なるかな







   祗園(ぎおん)にて


たゝかひとうたのよさりて

しづかなる けふのみやこのせつなさは

かなたにてれる よはのつき

かなしく しろく うつくしく

いにしへの みかげさやかにとゞめたり

あはれ いま

かくばかり かはらぬものゝ

ひとつだに ほかにありせば

いと/\も たのしきものを




  悔恨(くわいこん)


ゆふやみに 秋(あき)は過(す)ぎ

かりがねのとほく啼(な)くきこえ

わがひとは劍(つるぎ)の雨(あめ)に濡(ぬ)れたりき。

そが腕(うで)に抱(いだ)くは何(なん)ぞ。

生(うま)れたるくにをやらはれ

ひとり子(ご)となりぬる人(ひと)が

ねんごろにみがき來(きた)らむ

うるはしの玻璃(はり)のみたまぞ。


  







  夜(よる)の花(はな)


ゆふべながかげをあふぎつ

よもすがらわれはなみだす

たへかねてうちをいづれば

むかへをるあぢさゐのはな

やみのそこたをやかなりき

ふるさとにいつかながめし

ものゝはたかくもかなしく

ふりゆけるまなこにうかび

あはれいまみなづきなかば

かのひよりいつとせありて

なやましきをりのまたきぬ




  馬(うま)


おゝ誰(たれ)も愛(あい)するなかれ

かぐろなる森(もり)へゆきたし

わが胸(むね)の奥(おく)つ底(そこ)べに

こともなくをる白(しろ)き馬(うま)

そが眼(まな)をぱつとひらきて

幾(いく)たびもわれにかくいふ






  伏見(ふしみ)にて詠(よ)める


あまぐものたゆたふあさやさぶしとふながあからほにあきはきにけり




  錦町公園(にしきまちこうゑん)にて


我(わ)れと友(とも)と

草(くさ)のうへに腰(こし)をおろして

語(かた)ること何(なに)もなし

めい/\のひとみに

めい/\のかなしみをみとめつゝ

そをまるでことにはいださで

ひたぶるにわらひあへり





  少年(せうねん)


靖國(やすくに)の舊(ふる)き通(とほ)りを

かけぬける豫科練(よかれん)の唄(うた)

せうねんのこゑたからかに

暢(のぼ)りゆく八月(はちがつ)の空(そら)

悲(かな)しくも眞白(ましろ)き雲(くも)を

つらぬける荒鷲(あらわし)のごと

うら若(わか)き母(はは)にまもられ

せうねんはどこまでゆくか

どこまでゆくか




  四谷(よつや)にて


あゝ夜(よる)ふかく宿(やど)をいで

やがて大路(おほぢ)へゆきにけり

いろとりどりのねおん管(くわん)

やみにたふれし東京(とうきやう)の

あれののうへになりしもの

古希(こき)を過(す)ぎたるわが大人(うし)の

命(いのち)ながしとおもはねば

混濁(こんだく)の世(よ)にひとりして

生(い)きねばならぬ日(ひ)も近(ちか)し。





   友(とも)を思(おも)ふ


海(うみ)のある町(まち)に彼(かれ)は生(うま)れた

野球(やきゆう)をして育(そだ)つたといふ

俺(おれ)とはまるで反對(はんたい)の男(をとこ)だ

けれどもやけに馬(うま)が合(あ)ふのは

どうしてだらう——さうだきつと

記憶(きおく)にも殘(のこ)つてゐないやうな

幼(をさな)い頃(ころ)から、空(そら)の向(む)こうを、

夕燒(ゆふや)けを、あいつもまた見つめてゐたにちがひない

(いつも遠(とほ)い眼(め)をしてゐる、その遠(とほ)い眼(め)で……)

朴訥(ぼくとつ)で控(ひか)へめな男(をとこ)だ

けれども芯(しん)が強(つよ)いのはこの郷(くに)の人(ひと)らしい

いつも泣(な)き言(ごと)ばかり言(い)つてゐるのは

俺(おれ)はありや嘘(うそ)だと思(おも)つてる




  五首(ごしゆ)


みたみ我(わ)れ世(よ)になきものをこふゆゑになのめの幸(さち)を泣(な)きつやすらふ


走(はし)りゆくものゝあはれさかへりみて遠(とほ)きところに來(きた)れるを知(し)る


我(わ)れをなす出羽(では)のお國(くに)の山河(やまかは)をとほに戀(こ)ひつゝさだめ思(おも)へり


ますぐなる友(とも)のねびゆきさとくもなり今(いま)しのこるはなれひとりかも





   月(つき)


まてどくらせどでぬつきを

みむねのうちにゑがきみて

しとゞにぬれしまなじりを

やがてかわかすかぜもなく

なほなきものとしりながら

いかなればそをこはざらんやと

みつれはてたるひとのこころを

あどなきものはつゆしらず





  弦(げん)


薔薇(ばら)の花亂(はなみだ)れる中(なか)に

みめかたち異常(こと)なるこがね蟲(むし)一匹(いつぴき)あらはれ

ばいおりんの固(かた)き弦(げん)を

彈(ひ)けるごとくに

ぎし/\ ぎし/\と

──そいつは不快(ふかい)ないなゝきをはじめた

呼吸(こきゆう)をするために生(う)まれてきたその蟲(むし)は

まるで意味(いみ)のない雜音(ざつおん)を立(た)てゝ

ばさ/\と震(ふる)へ

耐(た)へがたき存在(そんざい)の痛苦(つうく)は

また惡魔(あくま)のやうに增大(ぞうだい)しやむことがなかつた

その日(ひ)天空(てんくう)に一柱(ひとばしら)の神(かみ)があらはれた





  琵琶湖(びわこ)


まくらき湖(うみ)べに波(なみ)は寄(よ)せ

をのこらは勢(きほ)ひてうたふ

われは默(もだ)して岩(いは)に座(ざ)せしが

あふるゝ淚(なんだ)をいかにせん

あはれ さすらふ人(ひと)のかなしびも

この歌(うた)のごと きよらかに /\

とほきみ空(そら)へたちのぼるかな





  先輩(せんぱい)と歌(うた)ひて一首(いつしゆ)


オクターブ 心(こころ)おなじうするものゝあはひに撼(ふる)ふかなしき和音(わおん)






  京都御苑(きやうとぎよゑん)にて詠(よ)める


みそとせをへてみそのべにゆきかへるますらをのこはことならめやも

 

ながちさきものゝこゝろはおほいなるかのそらへとけてかへりけるかも


すめろぎのうちなかむよにかくいきてたゞゆふやけのかなしきをもふ


濁世(だくせい)に淸(きよ)く燃(も)えたるたまゆらの君(きみ)が命(いのち)は常(つね)なるいのち








  はるけきひと


うるはしのみかなるさけを

くみそめていつとせありぬ

つくるともみえざりしそこも

あらはれぬこぞのあきのひ

とこしへとみえしものにも

かぎりあることぞかなしき

はじめよりさるべかりしか

としつきのかそけきながれ

またとほくゆめとすぎつゝ

あはれはれはるけきひとよ

ながゆくへしらでありせば

さくあれとたゞにおもへり





  一首(いつしゆ)


たをやめがいつか手折(たを)りし花(はな)の名(な)を知(し)らざるまゝに別(わか)れ來(き)にけり





  宮城(きふじやう)にて


さゞれいしふみしめてゆく

みそのべはあまりにくらし

まつがゑのかなしきものに

そろ/\とあきはふけゆく

つぶらなるひとみをはたに

おもひなすこともしあれど

ふたりしてことばすくなに

さまよひぬそのあとどころ

ひとすぢのつきのかげにも

うちふるふいのちなりけり










  試作(しさく)


仰(あふ)げば天上(てんじやう)赫奕(かくやく)として

我(われ)ら赤子(せきし)の志(こころざし)に照耀(しやうやう)す

あゝ惠風(けいふう)戰(そよ)ぐ城山(じやうざん)に結(むす)べる

この命(いのち)鴻毛(かうもう)にして世(よ)に捧(ささ)がんと

常(つね)に無常(むじやう)を觀(かん)じて朋(とも)と語(かた)らひ

先蹤(せんしよう)を偲(しの)びて不可解(ふかかい)の眞理(しんり)を思(おも)ふ

移(うつ)らふ花(はな)に日日(ひび)醉(ゑ)ひを新(あらた)にし

熱腸(ねつちやう)蘊結(うんけつ)すればまたいかでかさむるべき

いでや秋田(あきた)の高校(かうかう)一千健兒(いつせんけんじ)

訣(わか)るゝ日(ひ)を思(おも)ひて今(いま)共(とも)に高歌(かうか)せん




斷念(だんねん)


かなはぬものをおしころし

まぶちぬらしついねもせで

さるべきことをこしらへて

いきこしゆめのまたゝきに

きゆるをあへてひきとめず

ほのひかるそらあふぎみて

すゞしきよふけひたぶるに

たんならざらむよのさだめ


  




  幸福問答(かうふくもんだふ)


「人間(にんげん)が幸福(かうふく)を求(もと)めるのは罪(つみ)だ。」


「君(きみ)は幸福(かうふく)を求(もと)めてゐないのか。」


「そんなものには興味(きようみ)ない。」


「はあ。でも。」


「なんだ」


「幸福(かうふく)を放棄(はうき)することが君(きみ)にとつての幸福(かうふく)なんだらう?」


「…………」


彼(かれ)の口(くち)から、言葉(ことば)が出(で)てこなくなつた。彼(かれ)は、ひたすらに默(もく)して、遠(とほ)くを見(み)つめてゐた。その瞳(ひとみ)は水(みづ)のやうに澄(す)んでゐた。






  城(しろ)


かれ文明(ぶんめい)のさ中(なか)にありて彼(か)の天城(てんじやう)を望(のぞ)み、

穢(けが)れなき麗(うるは)しき彼(か)の天城(てんじやう)を望(のぞ)み、

手(て)を伸(の)ばすも屆(とど)かざる彼(か)の天城(てんじやう)を望(のぞ)み、

哭(な)き叫(さけ)びてもなほ微動(びどう)だにせぬ彼(か)の天城(てんじやう)を望(のぞ)み、

また水平(すいへい)の地(ち)を步(あゆ)み。

口惜(くちを)しく水平(すいへい)の地(ち)を步(あゆ)み。

血(ち)は深底(しんてい)に滯(とどこほ)り、

熱氣(ねつき)の中(なか)に立(た)ち眩(くら)み、

びる風(かぜ)なぞにまた打(う)たれ────




  二首(にしゆ)


おのが名(な)をかへり見(み)もせで人(ひと)のためたゞにつくせるものゝいとしさ


ねびゆけどかはることなき快活(くわいかつ)の心(こころ)のまゝに逝(ゆ)きたしとおもふ







  虛空(こくう)


そいつはいづこよりともなくやつてきて

やがて草木(さうもく)の死(し)んで干(ひ)からびた地面(ぢめん)に腰(こし)を下(お)ろした

そいつは弛(ゆる)んだ顏(かほ)で虛空(こくう)をみつめ

この世界(せかい)の何物(なにもの)をも知(し)り得(え)ぬことを知(し)つた


そいつの衣嚢(いなう)にひとつの書册(しよさつ)が入(はい)つてゐた

しかしそんなものはさつきまでなかつたのだ

そいつはそれがこの世(よ)のものでないことを見拔(みぬ)いた

表紙(へうし)には一體(いつたい)何(なに)も書(か)かれてゐなかつた

そして頁(ぺーじ)を開(ひら)くとやはり何(なに)も書(か)かれてゐなかつた

しかしそこには全(すべ)てのことが書(か)かれてゐた

そいつは泪(なみだ)を流(なが)してそれを貪(むさぼ)り讀(よ)んだ

さうしてつひに最後(さいご)の白紙(はくし)を讀(よ)み終(お)へたとき

氣味(きみ)の惡(わる)いほどひかめいてゐた日(ひ)がゆくりなく沈(しづ)みをはじめた







  おれは今(いま)お前(まへ)の手(て)をとつて



ああ おれは今(いま)お前(まへ)の手(て)をとつて

彈丸(だんがん)の雨(あめ)のふりしきる中(なか)に

お前(まへ)と云ふやつを連行(ひつつ)れてゆきたい

さうしてその雨(あめ)に擊(う)たれては

瞬(またた)きもせずにたふれ去(さ)り

お前(まへ)は遂(つひ)に獨子(ひとりご)となるのだ──

薊(あざみ)のごとき人間(にんげん)かな!

抑(おさ)へようにも抑(おさ)への效(き)かぬ毒(どく)のみが

己(おのれ)の確(たし)かな意味(いみ)の本體(ほんたい)であるならば──


つらく嚴(きび)しい世界(せかい)

健穩(けんのん)に生(い)きてゐる人間(にんげん)には

在(あ)ることさへ知(し)られざる世界(せかい)

淚(なみだ)こぼれる世界(せかい)!

─おれはたしかに疼(うづ)うづしてゐる


お前(まへ)は淚(なみだ)の色(いろ)を知(し)つてゐるか

透明(たうめい)でも靑(あを)でもなく それは眞黑(まつくろ)い何(なに)かなのだ

墨汁(ぼくじゆう)のやうに流(なが)れ出(だ)しては何(なん)らの詩的感興(してきかんこう)をも引起(ひきお)こさぬ何(なに)かなのだ

それはひよつとすると音樂(おんがく)にさへなりえないのだ

音樂(おんがく)の鳴(な)らないところで

お前(まへ)はひとりしづかに哭(な)かねばならぬ

さうして知(し)らぬ間(ま)に死(し)んでゐるがいい







  眞理(しんり)


さら/\…… おゝ、さら/\……

おれはつひにつかまへた

ある天體運動(てんたいうんどう)の想像(さうざう)のうちにつかまへた

しかし、そいつは

夜逃(よに)げして

けぶれる大氣(たいき)の中(なか)へ

また

さら/\と溶(と)けていつた…………





  二首(にしゆ)

 


渡(わた)さゞる文(ふみ)を綴(つづ)りて渡(わた)さゞるまゝにかくれてゆかば涼(すず)しも


たかぞらにこゝろのありてゆかしけれどつねには見(み)えじ道(みち)を步(あゆ)めば







  三句(さんく)


花(はな)落(お)ちて幾千年(いくせんねん)の空(くう)を舞(ま)ふ


脫帽(だつぼう)せよ 二千年(にせんねん)の雪(ゆき)が降(ふ)つてゐる


正(ただ)しさをすて步(あゆ)みゆく雪(ゆき)の道(みち)





  久住(くじゆう)にて


貯水池(ちよすいち)であつた

恐(おそ)ろしいほど冱(さ)えかへつた夏(なつ)の日輪(にちりん)は

靜(しづ)かなる水面(みなも)にひとつの天絨毯(びろうど)を編(あ)んでゐた

さてやるか

彼(かれ)は さう言(い)ふと 顏(かほ)つきを少(すこ)し柔(やは)らかにして

ともすると 身(み)を落(お)としてしまひさうなくらゐ近(ちか)く

池(いけ)に寄(よ)つてしやがみこんだ

さうしてしばし 水上(すいじやう)の虛空(こくう)をながめたのち

衣嚢(ぽけつと)から何(なに)か紙切(かみき)れのやうなものを一枚(いちまい)取(と)り出(だ)して

池(いけ)に浮(う)かべた───それは千圓札(せんゑんさつ)だつた

そしてそいつもやがて見(み)えなくなると

もう一枚(いちまい) また一枚(いちまい)と 新(あらた)たなそれを取(と)り出(だ)しては浮(う)かべ

また取(と)り出(だ)しては浮(う)かべた

彼(かれ)はそれを支拂(しはら)ひと言(い)つたつけ






  石(いし)



蛙(かへる)は生き物だ——彼は死(し)ぬ。

石(いし)は死(し)なゝい——生(い)きてもゐない。

僕らは生きようとしてゐる——無數(むすう)の注射(ちゆうしや)を打(う)たれて。

僕(ぼく)らは生(い)きてゐる?——それは僕(ぼく)には解(わか)らない。




  街(まち)


廣(ひろ)がる 街(まち)は同心圓狀(どうしんゑんじやう)に

わたくしの立(た)つ

むかしいろの丸(まる)い蓋(ふた)を中心(むね)として あはれ

わたくしにはそれがまるで

果(は)てしないもののやうに思(おも)はれた


とほく、はるかかなた、

やさしくかわいいくるみの木(き)が

いつたい街(まち)をへりどるやうに

竝(なら)んでゐるといふ 

さうして秋(あき)になれば

やつぱり彼(かれ)らも實(み)を落(お)とすといふ

ぼろ/\しく/\ 實(み)を落(お)とすといふ


そこから街(まち)は見(み)えなくなるといふ

まるで嘘(うそ)のやうに見(み)えなくなつてしまふといふ

なくなつてしまつたといふ


  




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