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白銀の悪夢、再び

 「あ…ああ」


僕の目に写る光景は、地獄絵図と呼ぶには生易しく、世界の終わりと表現するに値する凄惨なものだった。

街が火の海だった。轟々と大火が街を飲み込み、全てを融解させていく。いつも慣れ親しみ、自分の庭のように駆け巡った道や、母から頼まれて買い物に何度も赴むき、贔屓ひいきにしている店も今やその姿はそこにはない。


「む、向こうはもうダメだ!?みんなこっちだ」


誰かが先導している。

周囲を見渡すと、逃げ惑う人達。皆が我先にと逃げ惑い、道を埋め尽くしている。

僕もこの人々の群れの中にいる。大型の魚から逃げ惑う小魚のように、一つの場所へと僕達は向かっている。

左手には、まだか弱き妹の右手のぬくもりが。

右手には、こんな時でも僕と妹の身を案じてくれている母親の左手のぬくもりがあった。

どよめきがあった。

そのどよめきの理由がすぐに分かった。

この都市アストの防衛騎士団の駆る機械人形ドールだ。

全身が鋼の外装で出来ている鋼機と呼ばれる機械人形の一種である。

強固な装甲を持つ鋼機バイズは、一般的に扱いやすく、生存率が高くなるように作られている。


「防衛軍…」


僕はバイズの数を数える。4機。

対する相手は…一機だけだ。


「ほら!ぼけっとしないで急いで」


母の声が聞こえ、僕は正面に向き直り、足を運ぶ。一歩一歩を噛みしめるように。

ふと思った

あの機体は一体?

僕はやはり、後ろを振り向かずにはいられなかった。

この惨劇を引き起こした張本人が、推進剤を加速口かそくこうから噴射している。またその細やかな推進剤は光に反射して、とても綺麗に煌々と輝いていた。

美しい。

思わず、言葉として宙に出るほどだ。

鋼獣機。

機械人形ドールの中でも、その機体は格別だ。外装に金属、内部に魔獣の筋肉を使用しているそれは機械人形操機手ドールマターの中でも憧れの機体だ。

しかも、あそこにいる鋼獣機は、今まで見たことのないものだった。

既存の鋼獣機と形状が異なっている。

僕の目に真っ先に写ったのは、白銀の色をした外装だった。細身で機敏な印象を受けるが、その内部からは力強さを感じる。

大抵の鋼獣機は乗り手の好みの色にしているが、あの鋼獣機の搭乗者は、白銀色が物語るように自己を象徴している。機体の醸しだす雰囲気から、まさに神の使いと表現するのが妥当だと思う。

武装もそうだ。防衛軍のバイズが、主に相手を重さで叩き潰す斧であるのに対して、それは

不思議な形状をしていた。見たことのない形状でようやく刀剣だと判断出来る。

防衛軍が動いた。

自慢の斧を構えて、地面を粉塵を起こしながら白銀の機体に向かう。

白銀の機体はというと特に動こうとはせず、鋼機を待っている。

待ち構えていると表現したほうがいいかもしれない。

激しい駆動音と駆動系からの蒸気が吹き出し、鋼機は攻撃の動作に移る。

しかし、まだ白銀の機体に動きはない。

渾身の斧の一撃が、振り下ろされる。

直撃だ。

素人である僕が見てもそれは分かるほど、斧の一撃は迫っていた。

激しい音がして砂煙が舞い上がる。

誰もが白銀の機体はただでは済んではいないと考えただろう。

しかし、その答えは無残にも打ち砕かれた。

ただでは済んではいない。

それはこちらの鋼機だった。

胴体を真っ二つに斬られ、まもなく爆発し、破片が飛び散った。

何が起きたか分からなかった。

唯一分かるのは、鋼機が黙々と火を上げて原型を留めていないそれだけだ。


「…おにいちゃん」


妹もその光景を不安そうに見ている。もう今にも泣きそうな表情だ。


「大丈夫。奇跡は2度も起きないよ」


僕は心配させじとにこりと妹に微笑んだ。

でも1度あることは、2度あるんだよと僕の脳裏に浮かぶ。

変にこれ以上妹を不安にしないように僕は、優しく妹の頭を撫でた。

僕達の集団も少しずつだが、目的の地点へとゆっくりと近づいていた。

今はまず…白銀の機体が何者であろうが関係ない。

僕はここから母と妹と3人で、無事脱出出来ればそれでいいと切に思う。

ただそれだけなんだ。


「急げ!火の手が回ってきたぞ」


後方から男の声が聞こえた。

白銀の鋼獣機が蹴撃したせいでこうなったのか、分からない。


「ロウ、急いで。ぼっーとしている暇はないのよ」


母さんが押せる気持ちを抑えながら僕に言った。声には出さないが表情には焦りが出ている。妹も今のこの状況で泣かないのは奇跡に近い。

突然、地響きがなった。

僕は音の方を振り向いた。

!?

僕が気が付いた時には、既にもう手遅れだったのかもしれない。鋼機であるバイズのおそらく切断された上腕部の一部がこちらに飛んできていた。恐らくあの鋼獣機にやられたんだ。

僕は急いで母と妹を連れて逃げようとするけど前も後ろもつかえていて進めない。

このままじゃ…。

考えている暇などなかった。一瞬の出来事だ。

バイズの上腕部の一部が人の群れの中に雪崩れ込むように落ちた。人がゴミのように押し流され、阿鼻叫喚の声が鼓膜に響く。

なんなの…。

僕は恐怖した。

それはこの夜の言葉で表現するにはあまりにも難しいと思う。少なくとも僕は出来ない。

人間の肉の壁なぞ、障害などにならず、バイズの上腕部が僕らの目の前に迫っていた。

ドンッ。

僕はいきなり横からの衝撃で倒れた。

そこには母の姿があった。


「…」


母の言葉は聞き取れなかったが確かに、そう口調が物語っていた。

母さん!

僕は叫んだがそこには母の姿はなかった。

あるのは原型を留めていない肉片と朱色の大地だった。




「母さん!」


朝起きると泣いていた。僕は久しく呼んでいない名前を呼び、ベッドから跳ね起きた。頬を伝い、涙が落ちる。

ちっ、またあの夢か。

舌打ちをして、ベッドの横にある水を口に一気に飲み干す。

久しく見ていなかっただけにもう見ないであろうと思っていた。

このザマか…。

オレは前髪をかきむしった。

あれから既に5年以上の月日が流れた。

しかし、オレの下に母と妹はいない。

母の最期も妹の最期も見てはいないが、おそらくあの状況から生き延びているとは考えにくいだろう。

探しては見たが一向に手がかりも見つからず、3年もすれば、誰もがあの忌まわしい出来事を昔話のように話している。

オレは、野戦病院で気がついた。

頭部に傷を負っていたが、致命傷ではなく、無事に退院することが出来た。

アストの都市を復興しようと、住んでいた市民が協力していたが、オレはもうこの都市に残る理由など感じることすらできなかったため、都市を出た。長旅は出来ないので大道芸人の旅団に頼んで近くの都レナト市まで連れて行ってもらった。

そしてここレナトで炭鉱夫として働いている。

行商豊かで、地方都市の中では規模は大きい。

特にこの辺りにある鉱山地帯は大きな収入源だ。来た頃は路上で食べて、寝てを繰り返し、良く保安部の厄介になった。

しかし、歳を重ねていく毎にこのままではまずいと発起し、保安部のおっさんに頼んで今の仕事をしている。

今日も仕事の日だ。

仕事着を着用し、現場へと足早に向かう。

途中、空腹を満たすために芋焼き《ポポットチル》を購入し、食らいつく。


「おい、ロウや。ひとまず休憩にしよう」


炭鉱入口から親方の声が聞こえる。


「了解っす」


親方に返事をし、オレは暗がりの穴の中から出る。日差しが照りつけ、さわやかな風が心地よい。


「今日はこいつが入った」


親方が持ってきた鉱石がきらびやかに輝く。


「マンダリウム…」


オレはその黒鉄色をした美しい鉱石を見た。

荒々しい光沢の中にほっとした温かみのある優しさがある。


「親方、やりましたね」


オレはニコリと笑い、親方を見た。


「うむ…これでお主らにも久々に奮発して、色々と振る舞えるわい」


親方が一部欠けた前歯でにっこり微笑み返した。


「よっしゃあ、こいつは益々やる気が出るってもんだ。親方、オレはまた潜ってきます」


オレはそう言うと軽々と立ち上がり、炭鉱の中に向かった。潜る。炭鉱夫の間で採掘するという意味合いで使われている。

オレも親方のために結果を見せないといけないな。

薄暗くなり、親方や他の労働者が帰っていった。あまり暗くなる前に帰宅しないといけない。いくら明かりがあるとは言え、暗闇で掘るのは危険だからだ。


「ふぅ」


炭鉱から出て、額から出る汗を布切れで拭く。この布切れの汗を吸い込み、重くなった感じが今日も仕事をしたなと感じさせてくれる。

そしてここから見えるレナトの夜景は絶景だ。

レナトから少し離れた場所に位置する鉱山で高さもそこそこある。

「相変わらず、多すぎず少なすぎずのいい光量だ。全くその明かりが心にじわりと訴えるんだよなぁ」

オレは、いつもこの光景を見て、少し感極まりながら帰宅しようとしたときだった。


「!?」


なんだ?

目を凝らしてよく見ると、いつもより都市の光量が多い。そして、普段は滅多に点灯などしない光の斑点が今日は都市に多数現れている。

一体なんだ?

もう一度確認してみるが、間違いない。

火事か!?

いつもとは違う都市の異変を感じながら、オレは滑るように都市へと戻る。都市には親方や保安部のおっさんがいる。みんな、世話になった人達だ。

今日の朝方見た夢も相まってなお一層、オレの心の不安は増す一方だった。


都市に近づくにつれ、オレの不安は的中した。

火の手がレナトの都市のあちらこちらから上がっている。

突然、上空で風が吹いた。

機械音を立てて鋼獣機ペレスが加速口から推進剤を飛ばしながら飛んでいった。

しかも一機ではない。複数機だ。

何かが起きている。すぐにオレには理解出来た。前にもこれと同じ出来事があったからだ。


「くそっ」


都市内部から外に避難する人。火の勢いを止めようと消化活動に参加している人。オレの視線に不安や恐怖といった負の感情が伝わってくる。

んだよ…そんな顔してんじゃねぇよ。またあの時と。

俺がそんなことを考えているときだった。

大きな物体がオレの横を掠めて、民家の中に吹き飛んでいった。

そしてオレの目の前に二度と見たくはなかった光景がその場にはあった。

白銀の鋼獣機。

オレから母、妹、居場所を奪った。

忘れはしない、忘れるはずがない。

夢を見たのはそのためか。

白銀の鋼獣機はそんなオレの存在など始めからなかったかのように、レナトの中枢部へと向かった。加速口からの推進剤も既存のそれとは違い、きらびやかな粒子が放たれ、宙に消えていく。

待てよ。

オレは呟いたのと同時に向かっていた。向かっていたのは民家の中に落ちた鋼獣機だった。

乗り方は知っている。炭鉱夫に元々乗っていた奴がいてそいつから聞いていた。搭乗口の開閉部分を押して、中を用心深く覗く。搭乗者の男は気絶しているようだ。オレはその男を慎重に席から下ろし、自らその席に座った。

不思議な感じだ。

出来そうな気がする。

そんな錯覚すら覚える。

搭乗口を締めてオレはほくそ笑んだ。







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