タヌキの過去
アモン、カジ、タヌキは、すっかり暗くなったブルーゾーンの片隅にいた。
「やっぱり外の方が気持ちがいい。外で寝た方がよく眠れるんじゃないか。」
「本当だ。涼しい。」
「確かに。」
タヌキは近くあった木箱に腰かけて、口を開いた。
「私の患者さんにね、ある大企業の会長さんがいたんだ。気難しい人で、しょっちゅう奥さんを怒鳴りつけていたよ。重い病気を患っていて、もう先は長くなかったんだけど、そんな様子を微塵も見せない人だった。」
タヌキは空を見上げた。
そこには都会では見れないくらいの満天の星が空を埋め尽くしていた。
「ある日、奥さんが私の所へ来て、小声でこう言ったんだ。『先生。お願いだから主人を逝かせて。あの人には莫大な遺産があるけれど、このままじゃあ私の方が先に死んでしまうわ。』とね。恐らく我慢の限界だったんだろうね。」
「それでタヌキさんが、殺っちゃったのか。」
カジの言葉にタヌキは大きく首を振った。
「もちろん断ったさ。そしたらその翌日に、ご主人は昏睡状態になったんだ。奥さんは私が病室を訪ねる度に『先生、今よ。早くあの人を殺してちょうだい』と、せがんできた。恐らく奥さんも精神的に少し病んでいたのだと思う。」
「なんか悲しい話しですね。」
アモンは、ぼそりと呟いた。
「ところがその三日後、ご主人は突然、意識が戻ったんだ。そして周囲にこう言い回った。『うちの家内が医者と組んで俺を殺すつもりた』ってね。最初は誰も相手にしていなかったんだけど、彼があまりに熱心に言うものだから、翌週からは担当医を代えることになってね。そのことが決まった当日、何の前触れもなく彼は、あの世へ旅立ったんだ。」
「今度こそやったんだろ、タヌキさん。」
「だからやってないんだって。でも周りの人は疑惑の目で私を見ていた。そしてついには警察も動きだしたんだ。しかも、こともあろうことか奥さんが罪を認めてしまったんだ。先生に依頼したと。きっと奥さんは本当に私が殺したんだと思っていたのだろうな。」
タヌキは、そこまで一気に話すと、大きく息を吐いた。
「もう一度だけ聞くぞ、タヌキさん。本当にやってないんだな?」
「ああ。私はやっていない。」
「本当の本当だな?」
アモンは思った。
カジ、しつこいぞ、と。
「タヌキさん。不運でしたね。」
「ああ。まさしくそれだ。どう弁解しようがどうしようもなかった。なにせ裁判にすらならなかったんだから。」
それはアモンも同じであった。
全く身に覚えがないことでも一度疑われてしまったらアウトな世の中。
こんな理不尽な世界があっていいのか!と、アモンは腹を立てた。
「ところでカジ君は一体何でここに来たんだい?」
「そうだよ、そろそろ教えてよ。」
タヌキとアモンの問いかけに、
「時がきたならば話そう。」と、だけ言ってカジは逃げたずようにテントへと潜った。
「ずるい奴だな。」
「本当だ。」
三人の刑務所暮らしは、始まったばかりである。
この先のことは、なるべく考えないようにしようとアモンとタヌキは、そう考えていた。
「まずは生き延びることだな。いつか報われる日が来るかもしれない。なあアモン君。」
「はい、タヌキさん。」
二人の距離が少し縮まった夜であった。