プリズンエイト(Ⅵ部)
アモンが赤鬼の協力を得てから一週間後。ついに作戦が決行される、この日がやってきた。運命の一日の始まりである。
夜明けと共にアモンは動き始めた。
まずは赤鬼たちの解放だ。担当はジョーをメインとしたメンバーである。
その間にアモン、タヌキ、ハンニバル、タイガーの四人は診療所に集まった。
「皆、聞いてくれ。衛生部の連中が正午に、ここへやって来る。それまではここで待機だ。」
サイダー先生は、いつも通り落ち着いた様子だった。
「今のうちに食事を済ませておいて。」
「美華さんたちは、どうしてここに?」
「あんたらを見送りに来たんだよ、アモン。悪い!?」
アモンは首を横に大きく振った。
診療所には、なぜか美華の他にサユキも来ていた。
「アモンさん。気をつけて、無理はしないで下さいね。」
今度は、首を大きく縦に振って応えるアモンだった。
ジョーは赤鬼の牢の鍵を開いた。
「出ろ。」
赤鬼は、ニヤリと笑みをこぼし、牢を出た。
「ジョー。この前は楽しかったな。またやろうぜ。」
「ああ。お前がきっちり役割を果たしてくれたら、また遊んでやる。」
ジョーの言葉に赤鬼は、嬉しそうな表情をみせた。
「それじゃあ、行くか。」
赤鬼の後を追うようにブルとゴン太も牢から背伸びをしながら出てきて、外に出た。
そんな三人の後ろ姿をジョーは見えなくなるまで眺めていた。
行動の時は刻一刻と迫っていた。
これまで緊張することもなかったアモンが、ここにきて鼓動が早くなっていくのを感じた。
「アモン、大丈夫か?」
ハンニバルはアモンの肩を叩いて言った。
「大丈夫です。絶対に成功させましょう。」
力強い言葉とは裏腹に、アモンの表情は固かった。
そんな緊張でガチガチのアモンに、サユキはスーっと近寄った。
「アモンさん。」
呼ばれて振り返ったアモンに、サユキは何の前触れもなく突然、唇にキスをした。
「――えっ!な、な、なに!?」
「リラックスして。」
アモンは、リラックスどころか心臓が爆発してしまうくらい鼓動が早くなった。
仰天したのはアモンだけではない。その場にいた全員がサユキの行動に固まり動けなかった。
「――い、良いなあ!俺にも――。」
ハンニバルは、すぐ隣にいた美華と目が合った。
「冗談はやめて!何で私があんたに――。まったく、たまにああいう大胆なことするんだよね、サユキは。」
アモンは未だ放心状態だった。
「こら、アモン。戻ってこーい。」
「アモン君。自分だけずるいぞ!」
ハンニバルとタヌキは、無抵抗のアモンの頭を二人で叩いた。
「みんな、そろそろ時間だ。」
サイダー先生の言葉で、アモンはようやく現実世界へ戻ってきた。
そして、アモンたちの前に寝袋のような袋が四つ並べられる。
つまり遺体袋だ。
「ちょっと息苦しいが、我慢してくれ。一応目立たないところに穴を開けておいたから呼吸はできるはずだ。」
アモン、タヌキ、タイガー、ハンニバルはそれぞれ袋に入ってみた。
「おっ!悪くない。」
タイガーは、気に入った様子だった。
「トイレは行けないから今のうちに済ませておいてくれよ。」
サイダー先生は、心配そうに四人の顔を見ていた。
その表情からは、決して無理をするな、と言わんばかりに。
そもそも、この計画が成功したとしても得るものがあるのか、それすらも分からない。
こんなことをしても無意味なのかもしれない。
だが、何もやらなければ、何も変わらない。そんな不透明な目的のため、命を賭ける必要があるのだろうか?
出来ることなら、早めに見つかってしまってくれれば、彼らは無傷のまま、プリズンエイトに戻されるだけで済むだろう。
しかし、強引に事を進めて射殺されてしまえば、全てが終わる。
サイダー先生の中には、そんな葛藤があった。
しかし、最初の一歩を踏み出してしまえば、後戻りはできない。
あとは、祈ることしかできないのだ。
「もう一度だけ、言っておく。無理はしないでくれ。そして生きて帰ってくるんだ。約束してくれ。」
サイダー先生の真剣な眼差しに四人は無言で頷いた。
正午になると、外は騒がしくなる。炊き出しの時間だ。
その喧騒に紛れて彼らはやってきた。緑のツナギ、衛生部の連中だ。いつもは三人一組ほどの彼らだが今日は五人組だった。
最初に診療所を訪れたのは、その五人の中の一人、班長らしき人物だった。
「失礼します。」
この時、アモンたちは既に袋に入っていた。だが、まだ袋は完全には閉じられていない。顔の部分だけは開け放されていた。
アモンは、その衛生部の男を見た。身長が高く細身の男だった。三十代半ばくらいだろうか。日に焼けた顔が印象的だった。
「先生。この四つでいいんですね。」
「おお!衛生部が喋ってるぜ!」
いつの間にか診療所に顔を出していたのはセットだった。
彼も今日の計画は知っていた。午前中のうちにジョーと共に赤鬼の元へと同行していたのだ。
しかしジョーは帰って来なかった。しばらく一人になりたいと、セットに告げて、どこかへ行ったらしい。おそらくは赤鬼たちの行動を監視しているのだろう。
「頼んだよ、シン君。」
「はい、お任せ下さい。先生には命を救われた恩があります。必ず、彼らを外に出してみせます。」
シン君と、呼ばれた衛生部の男とサイダー先生の間には何やら深そうな関係が会話の中から伺えた。
シン君の顔には一種の決意ともとれる、強い表情が見えた。
頼もしい限りだとアモンは思った。
「それでは行きましょうか。今回は信頼できる者を集めてきました。彼らには少しだけ計画を話してあります。万が一、刑務官たちに計画が漏れてしまっていた場合、私が何とかしますので皆さんは、どうか計画だけに集中してください。」
シン君は、そう言ってアモンたちの遺体袋のチャックを閉めていった。
そして、外に待機していた他の衛生部のメンバーを中に招き入れた。
そこからは、いつも通りの無言の作業が始まった。
アモンたちの遺体袋は無造作に荷車の荷台に置かれた。
道が悪い様で四台の荷車は、ガタガタと音を立てて走り始めた。
たまに、「痛え!」と、声が漏れるたび、シン君は咳払いをした。
袋の中は夏の日差しを浴びて、温度が急上昇していった。暑さと息苦しさとの戦いだったが、それもすぐに終わりを告げる。
「もう着きます。ここからが勝負です。決して動かないで下さい。」
シン君は声を潜めながら、かろうじてアモンたちに聞こえるくらいの声のトーンで話した。
荷車はプリズンエイトを出て、どうやら建物の中を移動しているようであった。先程までの悪路とは違い、安定した道を走っている。
そして少し行ったところで、男の声がはっきりと聞こえた。
「おい、ちょっと待て!」




