プリズンエイト(Ⅰ部)
夏の厳しい陽射しがプリズンエイトの受刑者たちを苦しめる。
冷房機器等は当然無い。毎年夏には必ず何人かの死者が出るらしい。
レッドドリンクとの抗争から、およそ八ヶ月。プリズンエイトは過酷な夏を迎えていた。
その間、赤鬼、ブル、ゴン太の三人は木製の牢に監禁されていた。
元大工の男が造ってくれた簡易製の建物の中に、その牢はある。
もちろん外出もさせている。彼らを外に出す時は必ず七、八人の監視がつく。さすがに彼らにも暴れたりする素振りは見受けられない。
その頃、アモンは以前と変わらずサイダー先生の診療所に居た。
ある時、アモンはサイダー先生についてタヌキから真実を聞いた。
「先生はね、元々刑務官たちのいる、あちら側で働いていたんだ。だけど受刑者たちの体調管理がまともに出来ない状況に、医者としての情熱が湧き上がったんだろうね。遂にはこっちに来て診療所を開いたんだ。」
アモンにとっては衝撃的だった。わざわざ好き好んで、こんな所に来るなんて。
「あっ、でもだったらいつでも、向こう側に戻れるんじゃないですか?」
「あの先生がそんな半端なことはしないだろうね。」
サイダー先生の胸の内は誰にも分からない。だけど、そんなサイダー先生の事をアモンは心の底から尊敬した。
「あれ?そういえば今日は先生は何処に?」
アモンは診療所の中を見回すようにして、タヌキに尋ねた。
「ああ、今頃はちょうどレッドドリンクの三人の所に行っているんじゃないかな。」
サイダー先生は、赤鬼たちの健康状態を確認するべく、彼らの元へ足繁く通っていた。
「まったく医者の鏡だよ、あの人は。」
そこへジョーが診療所の扉を開き入ってきた。
「ジョーさん。これから定例会議ですか?」
「やあ、アモン君、タヌキさん。これから行ってくるよ。ところで先生はいないのかい?」
アモンはサイダー先生が赤鬼の元へ行っていることを聞き、思い出したように言った。
「そういえばアモン君。今日は赤鬼の外出監視員の当番じゃなかったかい?」
アモンは、すっかり忘れていた。もうそろそろ行っておかないと完全に遅刻だ。
「しまった忘れてた。」
アモンは飛び出すように診療所を出ようとした。
「じゃあ行ってきます。」
「アモン君。もう大丈夫だとは思うが、くれぐれも赤鬼には気をつけるんだ。」
それは百も承知している。アモンはジョーとタヌキに頷いて、赤鬼の捕らえられている牢へと走り出した。
現場には既に他の監視員のメンバーが集まっていた。
「遅いぞ。これで全員揃ったな。行こうか。」
監視員の一人の男が今日の班長だ。見たことはない。おそらく黒狼會の人間だろう。
時刻は五時を回っていた。まだ陽は高く暑さも退引いていない。アモンは額の汗を袖口で拭いながら、赤鬼の元へと歩いた。
到着すると第一声を赤鬼が発した。
「遅えよ。今日のメンバーに知った顔は――いたいた。お前。」
赤鬼は牢の中からアモンを指差して笑みを浮かべた。
「よし、それじゃあ今から一時間外出だ、赤鬼。」
赤鬼の牢の両隣にはそれぞれブルとゴン太が居る。彼らの外出は既に終わっている。
「へいへい。それじゃあ行ってくるぜ。」
赤鬼はブルとゴン太に、まるで近所に買い物にでも行くかのような言い回しで言った。
それに二人も、「行ってらっしゃい。」と、横になりながら答えた。
「うーっ!やっぱ娑婆はいいね。」
赤鬼は両腕を高く伸ばした。そして、スーッとアモンの横に並び歩いた。
赤鬼の外出の時間は殆どが散歩である。基本お喋りが好きなのか、誰にでも気さくに話しかけた。
今日のターゲットはアモンである。
もしも赤鬼が暴れたり逃走をしようとすれば周りを囲む監視員たちに取り押さえられるだろう。いくら赤鬼が凶暴で強いとはいえ、八人から囲まれていれば下手な事は出来ない。
その為、監視員たちもどこか緊張の糸が緩んでいた。
「よう、お前名前なんだっけ?」
アモンは無視しようとしたが、あまりに自然に話しかけてくる赤鬼に少し気を緩めた。
「アモンですけど。」
「ああ、やっぱり聞いた名だな。なあ、アモン良いこと教えてやろうか。」
アモンは赤鬼という男が分からなかった。あんなにも恐ろしかった男が今では普通の、どこにでも居そうな男に見える。だが忘れてはいない、この男こそカジを殺した張本人だ。
「結構です。」
「そう言うな。俺だってこれを誰かに喋らないと気が紛れない。」
赤鬼は少し声のトーンを落とし、アモンに囁くように続けた。
「実はなレッドドリンクっていう組織は、ここの刑務官たちから指示されて作ったんだ。」
アモンは、それに敏感に反応した。
「それって、どういう事ですか!?」
「つまり早い話し俺たちは奴らの暇潰しにされてたってわけ。ここで暴力的な組織を立ち上げて、それに他の奴らがどう立ち向かっていくのかを見て楽しんでいたんだよ。まあ安っぽい映画よりも断然面白かっただろうよ。俺たちの人間模様は。」
「それってつまりシナリオが最初からあったってことですか?」
「最初はな。その後の行動までは操れないだろうが、少なくとも俺の台本はきちんと用意されていたぜ。まっ手の平の上で転がされてたってことだ。俺もお前らも。」
にわかには信じがたい話だった。しかし、ありえなくもない。
アモンは、その話を持って帰り、皆に相談した。
タヌキは、そんな話は嘘だと言い、ジョーも信じられないと言った。だがサイダー先生はアモンの話を聞いて何やら考えこんだ。
そして驚きの真実を打ち明けた。
「そういった話を私は以前聞いたことがある。ただそれは刑務官たちの娯楽や憂さ晴らしといった類いじゃあない。心理テストに近いものだ。特にここは刑務所だ、犯罪心理学の研究には持ってこいだ。そういう研究所に協力をしていることは確かに知っている。具体的には分からないけどね。」
サイダー先生が言うのなら、あながち間違いでもなさそうだ。
自分たちは、いわばモルモットなのだろうか?
そんな非人道的な行いが刑務所ぐるみでやっていたとすると……。
アモンは怒りが湧いてくると同時に、どうしても真実が知りたいと思った。どうしてカジが、その生け贄にならなければならなかったのか?その思いが強くなっていく。
そしてこの日よりアモンは、そのことだけを考えていくようになった。
陽が沈み、辺りは真っ暗になっていたが昼間の暑さは、まだ残っていた。




