大決起ハッピーイエロー(Ⅰ部)
黒狼會に攻撃を始めたレッドドリンクには、どこか迷いがあった。
総攻撃をかければ難なくバリケードは打ち破られるだろう。しかし、そうはしなかった。これは、クルスを中心に仕掛けた情報工作が効いているのだろう。
黒狼會には血に飢えた狼がいる。凶悪犯たちがゴロゴロいる。拳銃を大量に所持している。そんな類いの噂話レベルを黒狼會は、これまで地道に流してきた。その結果、黒狼會はミステリアスな集団ということを刷り込まれていく。
それが正に今、効果を発揮しているのであった。しかし、その効力が持つのも時間の問題である。徐々にレッドドリンクの猛攻は激しさを増しつつあった。
「会長、西口のバリケードが破られそうです。」
「な、なに!もっと人を送って何とかしろ!」
ハンニバルの元には、さっきからそんな状況報告が何度も届いていた。
それは西口だけではない。あちらこちらからレッドドリンクは侵入を試みている。本当に時間の問題だった。
そんな時である。黒狼會に一つだけ高く聳え建つ物見櫓らしき建物から、見張り役の男がハンニバルを呼んだ。
「会長!」
ハンニバルは、その声に上を見上げた。
「大変です!ちょっとこっちに来てください!」
ハンニバルは、面倒くさそうにブツブツと文句を言いながら、櫓の梯子に手を掛けた。
「なんだよ、もう。俺、高い所嫌いなんだけど。あっ、アモンも一緒に来いよ。」
二人は梯子を上った。下から見ている分には、そう思わなかったが登っていくと想像以上に高かった。アモンは梯子の途中で下を見てしまい、途端に足が震えた。
ようやく上りきると辺りを見渡してみると、今の状況がよく分かる。黒狼會の周りを赤い男たちが、ぐるりと包囲している。改めて危険な状態であると認識させられた。
「会長あそこ!あれを見てください!」
見張り役の男は双眼鏡をハンニバルに手渡した。
「なんだよ――えっ!?なんじゃありゃあ!」
ハンニバルの見ている方角をアモンも肉眼で見てみた。
そこには一面の黄色。向日葵畑?と、言いたくなるような光景だった。
「ハッピーイエローだ!」
確かに考えられるのは、それしかない。遂に来た。アモンは心が震えた。
「ハンニバルさん。打って出ましょう。そしてハッピーイエローと合流するんです。」
「馬鹿いうなよ。ここで留まっていればいいだろう。いずれハッピーイエローが到着する。それまで粘るんだ。」
ハンニバルの言っていることは正しい。だが、アモンはじっとしていられなかった。
「ここにいたら、バリケードを破られて赤の侵入を許してしまいますよ。せっかくのハッピーイエロー計画が台無しになってしまう。一刻も早く皆と合流すべきです。」
ハンニバルは考えこんだ。確かに、このままでは何処かのバリケードが破られてしまうだろう。もしハッピーイエローが到着する前に、黒狼會の地区が占拠されてレッドドリンクに立て籠られば厄介だ。
「でもどうやって合流する?外は赤い奴らだらけだぞ。」
「まず、どこか手薄な場所から一斉に外に飛び出しましょう。黒狼會が全員集まれば、レッドドリンクだって簡単には手を出せない。あとは時間を稼ぎながら、合流できるタイミングを見出だすんです。」
「よし!やってやんぞ!鐘を鳴らせ!」
ハンニバルの指示により見張り役の男は鐘を激しく打ち鳴らした。
カンカンカンカン!
「う、うるせえよ。アモン、降りよう。」
二人は櫓を慎重に降りた。上る時より下りる時の方が怖かったせいか時間がかかった。
中心地の広場には続々と黒狼會のメンバーが集まって来ていた。
あの鐘は全員集合の合図であった。
「あれ?クルスは?」
「会長。クルスさんは手が離せない状況です。もし、持ち場を離れてしまったら西口は破られます。」
どうやら西口でクルスと共にバリケードを守っていたメンバーのようである。
「そうか……。よし!決めた!」
ハンニバルは意を決したように叫んだ。
「これより我が黒狼會はハッピーイエローと合流する――というより俺たちもハッピーイエローになるんだ。」
それは誰もが分かっていた。その為にツナギをペンキで染めたのだから。
「いいか、今から全員で西口に向かう。中からバリケードを壊して外に出るぞ。ハッピーイエローと合流するためだ。覚悟を決めろよ、皆。」
「オーッ!!」
そこには微塵の迷いもなかった。なんだかんだで、ハンニバルにはリーダーの素質がある。それに人を惹き付けるオーラがある。それはカジにもあった。やはり兄弟なんだなとアモンは、しみじみと、感じた。
黒狼會の団結力の高さはプリズンエイトで一番かもしれない。そんなハンニバルを、アモンは頼もしく思った。
西口に到着すると、クルスは前線でバリケードを押さえていた。普段はクールなクルスが肉体労働をしている様はアモンにとって驚きでしかなかった。知的なクルスなら一番後方から指揮を執っている方が断然しっくりくるからだ。
「お、お前ら何やってるんだ。」
「クルス。ご苦労だったな。もう離していいぞ。」
「はあ?お前、何言って――。」
ハンニバルは右腕を高々と掲げた。すると誰かが法螺貝を吹き鳴らした。まるで戦国時代である。
「出陣だ!」
「えっ?ち、ちょっと?」
クルスは気が動転している様子だ。当然である。
しかし勢いは、もう止まらない。
黒狼會のメンバーたちはハンニバルを先頭に遂にバリケードを内側から破壊し、外へ雪崩れのように飛び出した。
これに一番驚いたのは外にいた、レッドドリンクだった。
「で、出てきたぞ!」
「何だよ、この数。」
「早く赤鬼さんに知らせろ。」
黒狼會は一旦、陣を敷くように整列を始めた。そのまま駆けてハッピーイエローと合流しても良かったが、そうなれば何人かの犠牲者が出るはずだ。一人の犠牲者も出したくなかったハンニバルの考えである。
しばらく、そのままで時間が流れた。西口を攻めていたレッドドリンクたちと睨み合うように対峙した。
さすがに数では黒狼會の方が有利である。手は出してこない。
三十分ほど過ぎた頃であった。
どこからかドンドンドンと、太鼓を打ち鳴らす音が聞こえてきた。
アモンは全身に悪寒を感じた。この音は以前にも聞いたことがある。カジが殺された、あの時だ。
「来たぞ。」
ハンニバルも緊張の面持ちだ。
真っ赤な大群が一直線に、こちらへ向かってきた。そして、適度な距離を保った場所で赤の軍団は進行を止めた。
先頭には御輿に乗った赤鬼の姿があった。
「やっと会えたな。黒狼會、会長ハンニバル。」
ハンニバルは生唾をごくりと飲み込んだ。
「それより、何だその汚い色は?お前ら黒じゃなかったか?」
「う、うるせえ!何だっていいだろう。気分転換だよ。」
「そうか。まあ、どのみちお前らは全員死刑だ。ハンニバルとかふざけた名前の、お前は弟と同じで公開処刑にしてやるからな。」
「くっ!――てめえ!」
拳を硬く握っていたのはハンニバルだけじゃなかった。アモンも同様だ。その視線の先には、以前は青のツナギを着ていたハッチの姿があった。ハッチは赤いツナギを着て、ニヤニヤと笑っていた。
「おい、ハンニバル。時間を稼がなきゃ。」
冷静さを保っていたミナモトが囁く様にハンニバルに進言した。
「おう、分かってる。任せとけ。」
ハンニバルは一人、前に進み出た。
「なんだ?俺とタイマンでも張れって言ってんのか?それでも構わねえぜ。」
「我は黒狼會、会長ハンニバルである!貴様ら頭が高いぞ!」
「おいおいおい。それで時間が稼げるのかよ。」
ミナモトの心配は、ごもっともである。
アモンも、どうしていいのか分からず苦笑いした。
「おい!レッドドリンクの野郎共。よく聞け!お前ら本当に、そんな奴の下に付いていて良いのか?どうせ毎日、上の者の顔色伺いながらビクビクして暮らしてるんだろ?やめとけやめとけ、そんなつまらない人生。俺たちは違う。そんな凶悪犯の頭が仕切っているような集まりじゃねえ。悪いことは言わない、こっちに来いよ。」
もちろんレッドドリンクのメンバーが、それで靡いたりはしない。
だがハンニバルも、そんなことは承知の上だ。
時間を稼ぐためであった。しかし、それでもハンニバルの話に心を動かされた者もいた筈である。
現にレッドドリンク内が、ざわめきついていた。
「もういいだろう。そろそろ死んでもらおうか。お前ら全員皆殺しだ。いけ!」
赤鬼の命令にレッドドリンクのメンバーは総攻撃を――仕掛けなかった。迷いが生じている。
「てめえら!殺されたいのか?ああ!」
赤鬼の号令に従っていた幹部たちは、他のメンバーの尻を叩く。
そして、迷っていたメンバーたちの目の色が変わった。
恐怖に支配された色だ。
「き、気をつけろ。来るぞ――クルス!あれを持ってこい!」
遂に戦いが始まる。アモンは祈るような気持ちでハッピーイエローの到着を待ち望んでいた。




