アモンの決断
カジの兄が黒狼會の会長?
アモンは驚いた。それはアモンだけじゃない。タヌキやジョーも、だ。
「確かに黒狼會の会長は隻眼だと聞いたことはある。だけど、それがカジ君の、お兄さんかどうかは確定的とは、言えないな。」
ジョーの言うことは最もだ。他にも片目の男はいるかもしれない。
ここは会って直接、聞くしか方法はない、とアモンは考えた。
「会わせてもらえませんか。会長に。」
アモンはポチに願い出た。しかし、ポチは首を縦には振らなかった。
「それは無理だ。俺達だって滅多に会える人じゃない。警備も固いし、それに何処にいるのかだって謎だ。」
「じ、じゃあ俺を黒に連れていってください。」
それには誰もが否定的な態度だった。
「アモン君。それは駄目だ。確かに黒のツナギを用意することくらいは出来るが、見つかれば殺されるぞ。」
ジョーの言ったことは、最初から分かっているつもりだ。
それに、その会長がカジの兄だったとして、なにをどう伝えるかも分からない。いや、その前にもう、カジの死を知っているかもしれない。行くだけ無意味なのかもしれない。
……でも、やると決めた。これまで優柔不断で自分では何もしてこなかった自分が自分に課した宿題だ。
これだけは死んでも、やりきる。アモンは、そう心に誓っていた。
「アモン君。私は行くなとは言わない。だが、必ず無事に戻ってきてくれ。」
タヌキはアモンの気持ちを理解してくれていた。
その事がアモンにとって、どれだけ心強かったことか。
「私からもお願いするわ。いいじゃない、彼の信念は凄く素敵よ。誰にも邪魔させないってオーラが出てるわ。」
初対面だった、美華さんまでもがアモンの背を押した。
「うーん……分かった。前向きに検討してみよう。だから今日の所は引き上げよう。なっ、アモン君。」
ジョーは青と黄の両方を取り仕切っている。彼の苦渋に満ちた顔も仕方ない。それよりも申し訳ない気持ちですらある。しかし、アモンは折れる気は全く持ち合わせていなかった。
こうしてアモンとタヌキにとって初めての黄色会議は幕を閉じた。
ここがスタートだ、とアモンは自分に言い聞かせていた。
地下室は、時間が経つにつれ人影がまばらになってきていた。
そろそろアモンとタヌキも地上へ出ようか、という話をしていた時だった。
「あの、アモンさん。」
声をかけてきたのは――サユキだった。
「君は確か私たちと同期だった子だよね。君もここに入っていたんだ。」
タヌキは知った顔がいたことに驚いていた。
もちろん、それはアモンも同じだった。
この間、セットと共に桜回廊を訪れた時に会って以来だ。
「サユキさんも、ハッピーイエローに!?」
「ええ。美華さんに誘われて。でもなんか嬉しいです。まさかアモンさんにまた会えるなんて思ってもいなかったので。」
そんな二人の顔を見て、タヌキは、
「そうだ!私はジョー君に話があったんだ。ちょっと行ってくる。」と、気を利かせたようだった。
「あ、あのさっき聞こえたのですけど……黒狼會の地区へ本当に行くんですか?」
「はい。行くって決めたんです。」
サユキは悲しそうな表情を見せたまま無言だった。
「別にカジの為にって言うつもりはないんです。ただじっと時を過ごしていくのが嫌だった。何も動かずに、ただ友達の死を悲しんでいる自分が。」
上手く自分の思いを届けられない様で、もどかしかった。
「あの。これ持って行ってください。」
サユキは自分の首に掛かっていたネックレスを外し、アモンに手渡した。
「えっ!?これって――。」
「はい。凄く大切な物です。だから、またここで会いましょう。それまで持っていてください。」
それだけ告げると、サユキは走り去ってしまった。
アモンは、そのネックレスを眺めた。細いチェーンに可愛いらしいハートの装飾が頼りなく揺れていた。
「――恋、だな。」
突然背後にタヌキが立っていたので、アモンは危うくネックレスを落としそうになった。
「な、なんですか。タヌキさん。」
「アモン君。私も彼女と同じ気持ちだよ。」
「えーっ!」と、アモンは青ざめた。
「無事で帰ってくるんだよ。アモン君。」
「――はい。」
その日から五日が過ぎた頃、サイダー先生の診療所にジョーがやってきた。手には紙袋。その紙袋から取り出されたのは、黒いツナギであった。




