ブルーゾーン
アモン、カジ、ハゲ……タヌキの三人と、その他三人の計六人は刑務官と共に、施設を抜け、遂に刑務所の中へ。
薄暗い建物を抜けると、目が眩むほどの日射しが目に飛び込んできた。
「うわ!吹き抜けてんじゃん、天井。」
カジは遊びにでも来たかのように、声をあげた。
だが、その気持ちはアモンにも理解できた。
それまで抱いていた刑務所のイメージと、あまりにもかけ離れていた為だ。
まず驚くのは、カジが言ったように天井がないこと。
そして何よりも広い。
いや、広いというもんじゃなかった。
それは、まるで一つの街である。
壁は円を描くように、ずっーと向こう側まで広がっていた。
そして、その円の中には、まるで戦後の街並みのような光景が一同を驚かせた。
「なんだこりゃ!」
「ここに居るのは、みんな受刑者なのか?」
カジとタヌキは驚きと感動のせいか、何故か手を取り合っていた。
ガチャガチャ。
刑務官は無言のまま、六人の手錠を外し始めた。
そして、またしても無言のまま、今入ってきた扉から出て行ってしまった。
「俺たち、これからどうするんだろ?」
アモンは率直な自分の思いを口にした。
それは他の五人も、きっと同じ気持ちであるだろう。
その時であった。
「ヘーイ、ユーたち。よく来たな。」と、ファンキーな声がこだました。
見てみると、そこには、ド派手なモヒカンの兄ちゃんが立っていた。
ハードに立てられたモヒカンは金と銀に半分ずつ染めわけられている。
ミラータイプのサングラスを襟元にぶら下げ、紫色のツナギに身を包む男は、
「大歓迎だ新入りども。俺はセットだ!」と、ラップ調に自己紹介をした。
「は、初めましてセットさん。私、田貫三朗……タヌキと申します。」
タヌキは少し緊張したように頭を下げた。
「おいおい、誰が『セット』だよ。俺の名は瀬戸だ、セット亮一だ。」
誰もが、こう思った「いや、セットって言ってるし」と。
セットは皆を手招いて、歩き出した。
そして、歩きながら説明を始めた。
「まず最初に言っておこう。俺は模範囚だ。この紫のツナギが、その証、いぇー!」
誰もが、こう思った「これで模範囚か」と。
「いまからここについて、説明するから、よく聞いとけ新入り。質問は説明が終わってから受け付ける。いいな。」
アモンは無言で頷いた。
他の五人もセットの説明に真剣に耳を傾ける。
「まず、ここの広さ。およそ20キロ平方メートル。人口は定かではないが、6万から10万。人口密度は大都市並みだぜ。」
アモンが、ふと横目で見るとタヌキが、どこからか持ち出したノートにメモを取っていた。
「おっ!おっちゃん、熱心だね、感心感心。それじゃあ続けるぜ。まず、お前たちが向かうのはブルーゾーンだ。ここは中立地帯と呼ばれている。まずはそこで一週間よく考えな。」
「な、なにを?」
アモンの質問にセットは、
「ヤングボーイ、質問は説明の後だろ。」と、言った。
「ちょっと面倒になってきたから、簡単に説明するぜ。」そう言ってセットは歩みを止め、立ち止まった。
「ここには大きく分けて三つの勢力がある。まず、一番でかいグループ『レッド・ドリンク』だ。ここの奴らは真っ赤なツナギを着用している。凶暴で血を好む連中だ。続いて『黒狼會』。こいつらは真っ黒なツナギを着ている。噂によれば奴らの縄張りには肉食の黒い狼がウロウロしているらしい……おー怖っ。そして、最後はピンクのツナギに身を纏った麗しき女神たち『桜回廊』だ。ここは女しか入れねぇ。なんで新入りの君は、ここで決定だ。」と、アモンたちの中の一人の女姓を指さした。
「は、はい。宜しくお願いします。」
これまで声を一切、発していなかった女性はセットに深々と頭を下げた。
「あっ、そういえば名前聞いてなかった。君名前は?ちなみに俺はカジ。で、こっちがアモン。それで、そっちがハゲ……じゃなくてタヌキだ。」
タヌキは少ない毛を逆立てるようにしてカジに殺気を放った。
「私、毛利沙雪と言います。」
「俺、川田政志です。」
「ぼ、ぼく古賀広。」
「オッケー、サユキちゃんね。宜しく。」
カジは他の二人には興味が全くないらしい。
サユキは一見地味な雰囲気を醸し出していたが、よく顔を見てみると結構派手な顔つきの美人であった。
ただ髪はボサボサで、なんとなく暗い雰囲気である。
しかしアモンは気づいてしまっていた。
Tシャツの胸の膨らみが半端ではないことに。
「お前も気づいちゃった?」と、カジはアモンを肘でウリウリした。
「はーい、質問ある奴。」
セットは自ら手を挙げながら、アモンたちを見回した。
「あの、その勢力のいずれかに必ず属さねばならないのですか?」
タヌキの質問にセットは、
「基本的にそうなる。そうしないと生きていけないからな。ほら見てみろ。」
そう言ってセットは、ある場所を指さした。
「ひ、ひっ!」
「う、うわぁ!」
「……まじか。」
タヌキ、アモン、カジは思わず声をあげた。
そこには、完全に生きた匂いのしない人間が人形のように転がっていた。
「ここでの死人は珍しくもなんともねぇ。理由はいろいろあるが、殺しだって決して珍しくない。なんさ三つの勢力は激しく対立しているんだからな。だからどこかに属さないと、ここでは死人になっちまうリスクが高くなるわけだ。――だが、もう一つだけ属することができる組織がある。いや、組織っていうのとは、ちょっと違うが。」
「何ですか、教えてください!」
タヌキは熱心にセットに質問した。
「それは、この安全地帯で暮らすってことだ。ここでは青のツナギを着用する……だが、あんまりお勧めはできねえ。」
「どうして?」
サユキは真剣に訊ねた。
「ブルーゾーンは、こうも呼ばれている。『人狩り場』ってね。立場的に弱いんだ。憂さ晴らしに殺された奴もたくさんいる。特に赤いのに目をつけられたらおしまいだ。まあ、一週間は、どこのツナギも着なくていいから、その間に真剣に考えな。情報収集も必須だぜ。他に質問は?」
「あの食事は?」
「食料は、ポイントごとに空から運ばれてくる。」
「空?」
「ああ無人機、ドローンが各地へ三日に一度配給しにくるから、まあ食いっぱぐれることは、そうないぜ。」
「この壁の高さって、どれ位あるんですか?」
「高さ?さあな、ビル十階位の高さじゃねーの。他に質問がないなら、もういいか?」
その時、アモンの視界にすぅーっと、あるものが一瞬映った。
「あ、あの。今のは?」
「何が?」
「今、黄色のツナギ着た人が。」
「なに!お前見たのか?」
アモンは恐る恐る頷いた。
「なんてラッキーな野郎だ。そりゃあ『ハッピーイエロー』だ。見ると幸せになるって言われている、超レアな奴だぜ。入所初日に見ちまうなんて強運の持ち主だな。お前名前なんだっけ?」
「アモンです。」
「アモンか。覚えておくぜ。ここで大事なのは運だ。強運の奴とは仲良くしておきたいんでね。」
「はぁ。」
「そうそう、他にも緑のツナギ着た奴とかド派手な刺繍を施したツナギ着ている奴がいるとかいないとか。そんな噂ならたくさんあるぜ。まあ、中でも一番の噂……いや噂じゃねえな。」
セットは少し躊躇いながらも続けた。
「この、これと同じ大きさの刑務所が実は隣にもう一つあるんだ。」
「それが?」
カジは興奮気味のセットに対して冷たく言い放った。
「それが?――じゃねーよ。考えてみろ、この世界と同じ世界が隣にあるんだぜ。夢があるじゃねーか。ロマンがあるだろ。」
アモンやカジには、いまいちピンとこない話である。
「なるほど、だから『エイト』か。」
タヌキの呟きに、セットは、
「そうだ、おっさん。ここを真上から見下ろせば分かるらしい。ここが、『プリズン8』と呼ばれている由縁が。」と、言った。
アモンもカジも、いやその他の皆も、ここがプリズンエイトという名前だと初めて知った。
それに、たいして興味も湧かなかった。
真夏の陽射しは容赦なく照りつけていた。
ここでの生活は、きっと想像以上に険しいものになりそうな予感であった。