始まりの終わり
桜達のラストダンスも全国的にフィナーレを迎えた頃、私は女の子を出産した。
予定通りに破水し、陣痛を迎えた私は、せっかく送って貰った安産祈願の御札の甲斐も無く、いや、結果的には無事産まれてきたから安産とは言えるのだが・・・24時間にも及ぶ難産を経験させられた私にとっては、素直に頷けるだけの効力は発揮しなかったようだ。
母親は自分のお腹を痛める事によって、母性本能が植え付けられると言う人も居るけれど、そういう意味では私は人一倍植え付けられたと言えるだろう。
私は生まれた時から突然変異と言われたが、この子は別の意味で突然変異と言えた。私にも、京一郎とも、どこか違う雰囲気をまとっているのだ。分かり易く言えば、古風な貴婦人のオーラとでも言おうか。
「もしかして、ホントに生まれ変わりなの」私の問い掛けに、結論出すの早すぎと言って京一郎は初めて抱いた我が子を揺らしながら微笑んだ。
名前は翡巫子とした。卑弥呼と言う案は、京一郎が「うーん、それは・・・」と躊躇したので却下となった。私も薄々ベタすぎるかと思っていたので素直に従った。
「ヒミコちゃんでっか、やりましたなー」新外務大臣のコメントに対しても、素直に「ハイ、やりました」と答えた。何をやったかに付いては深く考えない事にした。
産後1ヶ月で私は公務に復帰した。と言っても可能な限り翡巫子と時を過ごし、出来る限り母乳を飲ませた。私が相手できない時は、イヨさんが対応し、母がフォローにまわると言う体制になった。最初母は逆のフォーメーションを望んだが、母の口癖の<最近年でねぇ>を理由に丁重にお断りした。
四捨五入すれば父も母も70である。無理もさせられない。翡巫子はそんな周囲の事など知る由もないと言わんばかりに、すくすくと成長していった。生誕100日目を明日に迎えたそんなある日に事件が起こった。
「自爆テロ?それも犬ですって!」
「はい、副大統領がいつもの散歩中にリードの外れた中型犬が懐いてきまして、副大統領が頭を撫でられようとされた時、爆発が起こりました。おそらくプラスチック爆弾だと思われます」
「プラスチック爆弾ですって!!」
私は思わず取り乱した。いつもの冷静な自分じゃ無い。それは分かっている。私に付いてる肩書がそれをさせない事も自覚していたつもりだった。しかし、それはつもりにしか過ぎなかったようだ。
私は最悪の事態を想像した。京一郎と初めて会った日、二人で歩んできた道、初めて結ばれた時の事・・・いろんな事が走馬灯のように頭の中を回り始めようとした時「命には別状ないとの事です」の一言で、その回転は止まった。
その昔、都合の悪い政治家が、都合のいい病名で入院していた政府御用達の国立病院。その最上階の病室のドアを開けると、全身包帯まみれになった京一郎の姿が飛び込んできた。チューブも何本か刺さっている。
「貴方、大丈夫、怪我は?傷は深いの?」
「奥さん落ち着いて下さい。そんなに揺するとチューブが抜けてしまいますよ」
「先生、主人は、主人は大丈夫なんですか」
「ハイ、私は大丈夫ですよ、ピンピンしてます」
「ピンピンって先生じゃなくて、主・・・」
主人と言おうとした時、私は手術帽とマスクとの間の目が笑っている事に気が付いた。
「テ、テ、テメェー又やりやがったな!」
私は彼のマスクと帽子をはぎ取った。笑いをかみ殺した京一郎がそこに立っていた。
「ホンマに、やりすぎやっちゅーの」
怒りと嬉しさをシャッフルしている内に腰が砕けてその場にへたり込んでしまっていた。某外務大臣に教えてもらった下手な関西弁で抵抗できたのが、せめてもの救いだった。慌ててスタンバイしたホタル達も、ステージに上がる事無く控室に帰って行ったようだ。
ベットに横たわっていたミイラ男がおもむろに立ち上がり、自ら包帯を取っていった。
顔が露わになった時、ホタル達が慌てて再スタンバイして今度は見事に舞い踊った。包帯の下から現れたのも京一郎だったからだ。
「初めまして、私は京一郎の影武者、アンドロイド京君です」
「京君・・・ですか、は、初めまして、どうも。そ、それにしてもどういう事?」
「私はつい二か月程前に完成しました。人間のようなフォームで走る事はまだできませんが、散歩する位のミッションなら、アンドロイドと気付かれる事なく遂行できます」
「でも、いくらアンドロイドとはいえ、プラスチック爆弾でしょ。仕掛けたヤツラは吹っ飛ばすつもりだったでしょうに」
「私は大丈夫です。バリアが間に合いましたから。それよりワンちゃんは可哀想な事になりました」
「犬は助からなかったのね、ほんとに卑怯なやり方だわ。動物愛護協会じゃなくても皆そう思うでしょうね」
「爆弾の破片から指紋等の証拠物件は検出でき無かったそうですが、遠からず犯人達は逮捕できるでしょう」
「逮捕できるでしょうって、又、私に内緒で何かやってたって事ね。はい良ーく分かりました。京君、貴方はもう結構です。京一郎さん、いい加減貴方から説明したらどうなの」
「え、僕?別に僕じゃなくても充分に京君が・・・」
「貴方の口から聞きたいの。これは命令です」
「はっ大統領命令とあれば、この神野京一郎、誠心誠意をもって・」
「能書きはいいから早く」みなまで言わせない。
くわばら、くわばらと言いながら「続きは場所を変えよう」その前にと、先程病室にいたナースを呼んだ。20分後、京一郎は彼女のメーク技術によって、50過ぎの初老の男性に変身した。後頭部が後退したウイッグを被った京一郎は、どこから見ても別人だった。理由は聞くまでも無い、変装して病院を抜け出す為だ。
「僕は一週間後、Jスクエア社の最新技術によって復活すると言う筋書きになっている。その間は京君が代役を務める。せっかくだから旅行にでも行こうかと思ってる、君と翡巫子と3人で」
「旅行かー、いいわねェーって、私はどうするのよ。私も誰かに襲われなくちゃ行けないって事?」
それには及びませんよ大統領。斜に構えた京一郎が指をパチンと鳴らした。それを合図にふり返ったメークさんは、いつの間にかワタシになっていた。
「私の分もあるって事ね。そうよね、副大統領の影武者がいるのに、大統領の影武者がいないっていう道理はないわ。それにしても・・・ホントによく出来てる」
「初めまして、私の名前は・」
「ストップ。みなまで言う必要は無いわ。京一郎のセンスだもの、どうせ真白ちゃんとか、ハクちゃんとか、そんなとこでしょ」
「ブッブー残念、プレちゃんでした」
「プレちゃんってそっか、プレジデントのプレね」
「ハイ、確かに京一郎さんのネーミングセンスはチープですね」
「同感だわ、それにしてもあなた、声まで私そっくりね、アクセントなんかも」
「それはJスクエアの技術を持ってすれば朝飯前と言う事で」
「ハイ、ハイお二人さん。話は尽きないようですけど、君もそろそろ準備すれば」と京一郎。準備?と私。
「そっ、君も化けなきゃ出ていけないでしょ。マスコミ大勢来てるはずだよ。僕のような老けパターンと、若作りのパターンとあるけど、どっちにする?」
「じゃあ、せっかくなんで若作りで」
30分後私達は正面玄関から、待ち構えていたマスコミ達の前を、堂々と正面突破した。はたから見ればおじいちゃんと孫か、年をとって出来た娘と父親にも見えただろう。私はちょっと背の高い中学生の役どころだ。
質問されたら「ハイ、尊敬する選手は木村沙織さんです」と答える準備をしていたのだが、流石にそんな暇なマスコミはいなかったようだ。
セキュリティーの関係上、翡巫子の顔は世間には知られていない。人に気付かれない程度に変装した私達は、イヨさんと供に成田に向かっていた。目的地は北欧だ。
京一郎の提案に私は口を挟まなかった。思いがけずに訪れた親子水いらずの時間を純粋に楽しもうとしていたからだ。
シートベルト着用のサインが消え、翡巫子と京一郎が寝息を立て始めた頃、私は昨日の事を反芻してみた。
「貴方には犯人が誰だか見当がついているの?」
「君も分かってると思うけど、今度の改革に対して反旗を翻す人間は大勢いる。
まず、エリートキャリアを中心にする官僚グループ。今までの既得権を脅かされるのは面白くないだろうからね。タチが悪いのはそのグループに警察や、自衛隊関係の人間も含まれているって事。何しろ武器を持ってるからね。武器を持ってると言えば、反社会的組織もね。特に外国人マフィアも一掃するって言っちゃたから、先陣を切るのはこういう連中だろうね。何しろ血の気が多いから。次に、元政治家の皆さん。倭国新党のせいで落選した人は沢山いるからね。
こういった人達は表立っては動かないけど、裏社会と繋がっている人もいるからね。バッチに未練がある人は裏で何考えているのか分かったもんじゃない」
「でも宣戦布告した以上、対策はとっていたんでしょ」
「勿論ノーガードじゃ命がいくつあっても足りないからね。ま、正確に言えば影武者が何体いてもだけどね、今は。それはさておき、大事なのは敵を知るって事。
大きな声じゃ言えないけど、そういった連中には漏れなく監視システムを付けている。道義的にも法律的にも反則技と言えるかもしない。でもこれは必要悪だと割り切らないと、日本の改革は進まない。それは君にも分かるだろ」
「確かに・・・でもまあ、大きな声で言えない事も確かね」
「でも、そのシステムのおかげで今日の事が分かったのも事実。何しろリアルタイムで情報が入って来るからね。首謀者は元政治家とチャイニーズマフィア、どこで、どう繋がっていたかは知らないけど、まあ類は類を呼び、友は友を呼ぶんだろうね。おまけにそこにエリートキャリアも噛んでいた」
「そこまで分かっていたなら、事前に対応できたでしょうに」
「ハイ、いい質問です。何故対応しなかったのか、それはこの計画を逆に利用しようと考えたからです。
僕は事あるごとに、君が飾りの大統領であって、実権は僕が握っているようにプロパガンダしてきた。アイツらの標的が僕に向くようにしとかないと、色々心配だからね。そしてそれは功を奏した」
「功を奏した?襲撃された事が?」
「そう、仮にも副大統領が襲われたんだよ。結果的には失敗に終わるとしても、大問題には変わりない。当然、借りたカリは返さなきゃならない。その大義名分が出来たって事さ」
「貴方が良く口にする日本の洗濯が始まるって事ね。坂本龍馬みたいに」
「そう、洗いますよ。ジャブジャブとね。ついでに脱水までやっちゃおう」脱水の意味は何となく分かったが、それには触れない事にした。
「さっき言ったエリートキャリアの中には、警察と検察の関係者が含まれていた。そんな訳で警視庁の刑事達は使えなくなった」
川は上流に行けば行くほど澄んでいくのになぁと呟きながら、京一郎はルーフから零れてくる星空を見上げた。月には半分雲が掛かってる、せっかくの満月が台無しだ。
「そこで、SDのお出ましとなる」
突然出た聞き慣れない言葉に、SDって?と私。
「SDはスペシャルデカの略。勿論、アンドロイドだ」
京一郎のネーミングセンスは相変わらず進歩が無い。
「今、5体1チーム、計50体のSDが水面下で行動を開始している。準備が整い次第、一斉に摘発に動く」
「摘発って、銃撃戦とかにはならないの」
「それは無い。マフィア達は取り合えず後回し。先ずはエリートキャリア達から、特に警察関係からだね。手始めに警視庁、ここを一から作り直さないと、末端の刑事さん達が気持ち良く仕事できないからね。職場環境が整ったら、社会の害虫駆除からやって貰う」
「そこで、銃撃戦ね」
「それも無い。っていうか銃撃戦好きだねぇ。とにかく血が流れる事は無い。マスイガンが有るからね」
「マスイガン?マシンガンじゃなくて」
「そっマスイガン。文字どうり相手を眠らせる事が出来る。しかも即効性抜群だから、敵は引き金を引く暇も無いだろうね」
当分はSDがリーダーになってチームを引っ張るという形になるだろうねと言う。京一郎もそうだが、人間が心の弱さというDNAを持って生まれ落ちる以上、人間だけの力では、理想の国家は築けないという考えは私も共有していた。歴史がそれを裏付けている。悲しいかなそれが、人間の性と言えるものなんだろう。