始まりの続き
「これは大ニュースです。神野さんおめでとう御座います。神野さんはご存知、うん?じゃ無かったんですか?」
いかん、どうやら動揺が顔に出てしまったようだ。ここはポーカーフェースでやり過ごす。
「知らない訳無いじゃないですか。知っていましたとも、こんな大事な事」
「そうなんですか?そうですよね、そう言う事にいたしましょう」
宇働さん納得してないようだが、時間の関係か、話を進めて来た。
「それでは改めて社会主義的資本経済についてお尋ねしましょう。よろしくお願いします」
僕は気を取り直す。
「社会主義的資本経済への移行には充分な時間を掛けなければなりません。日本の経済改革は世界経済を巻き込んでしまうからです。江戸時代みたいに鎖国政策を敷いていれば問題無かったのですが・・・」
「今、鎖国政策と仰られましたが、現時点でJスクエア社の新技術が絡む製品は輸出額はゼロと伺っています。そう言った意味では一部鎖国政策と言えるんでは?」
「確かに輸出はSTOPを掛けています。国内販売に関しても、ご存じの通り制限を掛けています。それは我社の技術革新が他国の遥か先を行っているからです。今、全てを開放してしまえば、世界のパワーバランスは間違いなく崩壊してしまうでしょう」
「それは不味いと?」
「ええ、私の命の危険は勿論の事、核ミサイルを打って来る国も・・・これは極論ですけどね。世界に緊張が走るのは間違いありません。国内に置いても一般家庭の発電用DEESの販売制限を取り払ったら、電力会社は間違いなく廃業です。失業者が大量に出ます。でも、原子力発電所の廃炉問題も絡んできます。事を急く必要もある訳ですが・・・
時間を掛けて話し合い、妥協点を探さなければなりません。法律を変えるか、新たに作るかの必要性も出て来るでしょう。今現在、公的施設への試験的導入だけに抑えていると言う状況です」
公的施設のお話が出た処でと言いながら宇働さんは身を乗り出してくる。
「ここで以前興味深いお話を伺ったVTRが御座います。国立競技場の管理責任者の高橋さんのお話です。神野さんもご一緒にご覧下さい」
「いやー凄いですよ。電気の安定供給は勿論の事、エアードームシステムは素晴らしいの一言に尽きます。なんでも電磁波を使って空気の屋根を作るって言う話でした。どんな豪雨でも大丈夫と言うんです。実際夏のゲリラ豪雨でも全然平気でした。屈折率をコントロールする事で太陽の熱気も遮る事が出来るんです。このシステムが導入されてからグランドレベルの状態も常に一定です。芝生も以前より元気に成ったようです。おまけにランニングコストがゼロなんです。いたせりつくせりじゃないですか」
宇働さんの瞳がハート型に成り煌いている。(いけませんよ宇働さん、僕は妻の有る身です。不倫が文化だなんて僕は信じませんよ・・・多分)
「ホントに凄い技術力ですね。そして確かに爆弾です。石油や天然ガス等の化石燃料に頼り切っている国々からすれば、死活問題となって来るでしょう」
「そう、多分、四面楚歌状態に成るでしょうね。もう既に外堀が埋められつつあると言った方がいい。防衛面での取り組みも必要に成ってくるかもしれません。現行の9条でもデイフェンス面はOKですから、これから強化して行かねばならないでしょう。アメリカとの関係も絡んできます。この話は後程」
「さてこの社会主義的資本経済に付いてですが、大元と成るのが格差社会の是正です。今ワーキングプアと呼ばれている若者達は結婚する事もままならず、結婚出来たとしても子供一人育て上げる事にきゅうきゅうとしている状況です。そんな若者が多いんです。
派遣問題も、ホームレス問題も、全ての元凶は政治に有ります。世界を見ても1割の人間が9割のお金を回していると言われている状況です。世界を変えるのは今直ぐには無理としても、国内のこれらは早急に政治が救って行かなければならない課題なんです。
当然、従来の政策では解決するのは困難だと言えます。倭国新党がイニシアチブを握っていなかったら、いずれ日本は破綻していたと言ってもいいでしょう。
国の借金が毎年毎年雪ダルマを転がすように増えて行くのを、只指をくわえて見ていただけの政治家達。具体的な対策を立てる事が出来ず、天下り先の箱物作りに熱心な官僚達。日本を捨てて、海外の安い人件費に群がった企業人達。政治が悪いと言いながら、選挙に行く事すらしなかった国民達。猛省です」
「あのちょっとすいません、神野さん。お話がそのう・・・」
「あ、はい逸れてましたね。すいません、戻します」
貴方のいつものパターンよねと言いながら妻はグラスを上げる。お酒なんか飲んでていいんですか、赤ちゃん怒りますよと言い返すと、明日から禁酒、禁煙しますから今夜はいいでしょと微笑む。タバコを吸っていない人に禁煙も何もあったもんじゃ無いと突っ込むと、そう言った方がよりストイックに聞こえるでしょと更に微笑む。僕は彼女が母親になった姿を想像してみたが、今はうまく絵を結べなかった。
「社会主義にはその国で生まれた富を国が一旦回収した後、その富に格差が出ないように均等に配分すると言う一つの解釈が有ります。又、労働に応じて富を配分すると言う説も有り、貧富の差が一定以上開かないよう、社会制度や税制を活用して資産家と庶民の平準化を計ると言う説も有ります。相続税を高率に設定する方法も含まれています。
一方、共産主義とも呼ばれるこの制度を導入していた国々が近年崩壊し、資本主義へと変換を余儀なくされました。理念は素晴らし筈なのに何故崩壊してしまったのか?その理由として、一部の人間達が富を独占しようとした事と、働いても働かなくても給料が一緒と言う事による労働者達のモチベーションの低下の二つが上げられます。
多くの国がGDP(国内総生産)を低下させ、虫けらみたいな連中がその少なくなった富に群がった結果がそう言った結末に向かわせたと言って良いでしょう。
倭国新党にはこれまでの資本主義経済を基本とし、がん細胞を取り除いた社会主義制度をハイブリッドした国造りを目指させます。
只でさえ旧ソ連の大統領に<社会主義で一番成功しているのは日本だ>と言われた事もある国です。下地は有ります。その下地に色を乗せるのに、教育と福祉等の改革が絡み、後程述べる世界の置ける日本の立ち位置も絡んできます」
「なるほど、確かに日本は平和で平等な国とは言われていますが、搾取のシステムも未だに蔓延しているとも言えます。国に全ての富を集めれば、そう言った問題も解決する事でしょう。将来的に社会主義のもう一つの理念である、国民全員が公務員と言うお考えなのでしょうか?」
「理想を言えばそうですね。でもプロスポーツ選手や音楽家、芸術家、芸能人、俳優等、自分の才能で稼ぎたいと言う人達には特例を認めたいと考えています。お医者さんや弁護士等、難関の試験をパスした人達も横一線と言う訳には行かないでしょう。子供達の将来成りたい職業ランキングのシステムを残す為にも、国民全員同一賃金理念にプラスアルファを付ける制度が必要と成って来るでしょうね」
のどが渇いたのだろうか宇働さんはストローに口を付けている。貴方もいかがと言わんばかりに右手で合図。僕は軽く受け流す。
「国民が同一レベルで生活できるようになれば今の格差社会を打破するだけで無く、犯罪発生率も低く成るでしょう。又、農業や漁業等の第一次産業を国営化し、強化する事で食料自給率の100%達成を目指します。家畜の数、種類も増やします。極端な話、鎖国をしても餓えない国造りと言うコンセプトです。40%前後の今の自給率では考えられない事です」
「確かに食料自給率は世界的に見ても日本は低すぎると言えるでしょう。江戸時代では大凶作の年を除けば、食い繫ぎ、生き延びています。それだけの自給力が有ったと言う事でしょう。今の日本は食料品の輸入が止まれば確実にパニック状態と成りますね」
ADが出すカンペを見ながら宇働さんは頷く。カンペには次のテーマへと書いてある。
「それでは選挙制度と政治制度の改革に付いてお聞きします」
「先ず、選挙権の年齢を現行の18才から16才に引き下げます。つまりタイムズセカンドの時に有権者になる訳です。若い内から政治に関心を持たせる為にも有意義な事です。
今後3、4年をメドに従来の紙による投票形式を廃止して行きます。その間はネット投票との併合です。今、日本では余程の高齢者を除くと、携帯やスマートフォン等の末端機器の普及率は軽く100%を超えています。コレを利用しない手は有りません。不正な投票を防げるアプリも開発中です。又、次世代末端機器自体も開発中です。量産体制が整い次第、格安で提供していく予定です。所得の低い方には無償でも・・・と思っているぐらいです」
「その次世代末端機器と言うのは具体的にどういった物になるのでしょうか?」
「従来のスマホ機能に個人認識機能をプラスさせた物です。指紋照合と音声照合で他人の成りすましを防ぎます。おサイフケータイ機能をバージョンアップさせて、日常の買い物を電子マネーで出来るようにします。スーパー、コンビニは勿論の事、バス、電車、タクシー代も、映画館やテーマパークの入場料、等々にも対応できるようにします。財布を待ち歩かなくていい生活です。カード類も要りません。その中には印鑑登録カードも含まれています。紛失、盗難防止機能も付けます。
軽量、薄型化する事で、腕時計型のスタイルが可能に成るでしょう。ディスプレイは収納型にして使用時だけ広げる形に成るでしょう」
母親予備軍はちょっとトイレと立ち上がる。ポーズボタンは勿論忘れない。我が儘な女王様にお供は付き物だ。僕は後を追った。