始まりの始まり
面接を受けたのは12月8日だった。パールハーバーの日である。70年以上前の開戦記念日。時差があるアメリカでは翌日がリメンバーパールハーバーとなる。
その日に面接日を指定してきたのは何か意味があったのだろうか?私の思考は「初詣にいくわよ」と言う母の声に中断される。
後に京一郎に問い詰めてみると<別に大きな意味は無い。只、アメリカの対してだけではなくて世界に対しての宣戦布告と言う事では意味を持つ日ではあったかな>と教えてくれた。
私は年末年始を実家で過ごしていた。父は私がプレゼントした車の中で待っている。私は今は退部しているが大学のゴルフ部に所属していた。2年生の時学生チャンピオンに成り、日本アマも制した。その資格で出たプロのトーナメントで優勝もしていた。
アマチュアの優勝者は賞金も賞品も貰えない筈だったが、スポンサーのご好意からか、賞品だけ頂いた。その時の車である。
その後、私はゴルフ部を退部しマスコミからの逃亡を図った。ゴルフはあくまでも趣味の一つだった。それを職業にする気は更々無く、周りから騒がれる事に嫌悪感さえ覚えていた。腰痛の為と嘘まで言って騒ぎを抑えた。 一年もするとマスコミやゴルフ協会は興味を無くしてくれたようだった。
二人は少し老け込んだようである。でも二人ともいい歳の取り方をしている。
特に父は好々爺の雰囲気が出てきており、夫婦仲も相変わらず良好のようである。私がもし政治家に成り、日本のトップと成ったら二人はどんな顔をするのだろう?「何にやついているのよ」又しても母の言葉で私の妄想タイムは終了する。
[CEO神野京一郎] 彼の名前をデスクの上のプレートで再確認する。今日は4月1日、私の入社日である(エイプリルフールは関係ない)入社の式典は無かった。そもそもこの日の新入社員は私一人だった。
彼に案内された一室に入った途端、久しぶりに頭の中のホタル達が蠢き始める。
「ここは何をする部屋なの?CEOさん」
「お気にいりましたか、ここは最新鋭の機材を揃えたレコーディングスタジオ。ここでCDを作る。」
「CDを作るって誰がってのは愚問みたいね。歌い手は私って事?」
「流石に察しがいい。君の歌唱力はリサーチ済みだから何も問題は無い」
「私には充分問題なんですけど、それは一旦置いとくとして。そもそもCDを作るのに何の意味がある訳?会社のコマーシャルソングでも作る気?」ホタル達が気ぜわしくなる。
「全ては選挙の為さ。君のカリスマ性を上げる為にCDを作り、君は歌手デビューするって訳。万全のバックアップ体制を取るから、メガヒット間違いなし」
ホタル達は乱舞の用意に入ったようだ。私は落ち着かない。
「君は2年程前、東大生美人ゴルファーとしてマスコミに騒がれていたよね。アマチュアの資格でプロのトーナメントで優勝した事でも拍車がかかった。
誰もがそのままプロになって活躍してくれると期待した。でも君はその後、怪我を理由にクラブを握らなくなった。そして忘れられていったと君は思ってる。
でも世間はそう簡単には忘れてはいない。君が歌姫としてデビューすればマスコミは大騒ぎだろうね。伝説の元東大生美人ゴルファー、今度はCDデビュー。話題性は強烈だ」
私の口は開いたままだ。彼の話は続く。
「楽曲は僕が担当しよう。既に30曲位はストックが有る。詞は君に書いてもらう。君は文系だから大丈夫でしょ。出来たら書籍も出して欲しい。芥川賞なんか取ってくれたら君のカリスマ性は果てしなく上がって行く」
ホタル達はチークタイムに入ったようだ。私は少しずつ落ち着いてくる。口も閉じた。
「紹介しよう」彼の言葉で初めてこの部屋に三人の人物がいる事に気づいた。
「こちらは上野さん、専門はざっくり言えば音楽関係。ミキサーとかアレンジャーとかそう言う仕事。君がレコーディングする時、手助けしてくれる。
勿論バックバンドも一流処を手配済み。もう一人の男性は武井さん。君のマネージメント、プロデユース面をフォローしてくれる。要は君を売り込み、有名にするのが彼の仕事だ。
最後が中条さん。君のマネージャーとして手と成り、足と成るのが彼女の仕事。プロダクション名は倭国舎、メークとスタイリストは別注。ボイストレーナーが必要ならすぐにでも用意出来る」
三人と握手を交わした後、小数点三桁まで採点出来るカラオケマシーンの有る店に移動した。和気藹々の歓迎会と言う訳では無い。カラオケマシーンと供に審査委員に加わりたいのだろう。それならそれで受けて立つまでである。5才でノド自慢のチャンピオンに成った私である。たまに付き合うカラオケ屋で私が歌うバラードに涙した友人も数多い。私はおもむろにマイクを握った。
私が出したアルバムはことごとく大ヒットした。ネット配信によるダウンロード数も半端ない数字を叩き出した。
メデイア関係を含めてマスコミへの協力は惜しまなかった。バラエティー番組を含めTVからのオファーにも積極的に応じた。それが会社の、彼の戦略だったからだ。そして事あるごとに政治に関心が有る事。政治家と言う職業に興味が有る事をそれと無く仄めかし電波に乗せた。歌詞を社会を風潮する様な内容にした事でその手の話にスムーズに入っていく事が出来た。全ては彼の思惑どうりに事が進んで行く。
ゴルフに関しては彼の勧めに従いプロテストに合格し、積極的にトーナメントに出場した。只でさえ男子を凌駕していたLPGAの人気は、私がメンバーに加わった事で加速がついた。
日曜日のトーナメント終了後、近くの会場でのコンサート。そんなハードな事もやらされたけど、彼と一緒に同じゴールを目指して突っ走っていく、その事で私のモチベーションは上がり、この二足の草鞋生活は充実した日々になった。
22歳で始まったこの生活は私が被選挙権を得、衆議院の総選挙のカウントダウンが始まった頃、修正を余儀なくされた。
全ては選挙の為の二足の草鞋である。この間出したアルバムは全てメガヒットを飛ばし、CMやドラマの挿入歌としても数多く使われていた。
ゴルフでは3年目のシーズンで賞金女王と成り、彼の期待に応えて見せた。マスコミは発狂寸前と成り、私のカリスマ性はウナギが昇るが如しであった。
配信しているメルマガの読者数は500万人を超え今尚も上昇している。時が満ちつつある。私達も動き始めなければならなかった。
「以前私が卑弥呼の生まれ変わりだって話した事があったよね、覚えてる?」
ホテルの最上階のレストランで二人きりだった。キャンドルの炎だけが私達を隔てている。
「勿論」
「その根拠は何なの?声がそう言った訳」
「僕が二十歳の誕生日の日だった。声は言った。以前引き合わせた女の子の中に私は居るって、我こそは親魏倭王だって、親魏倭王と言えば卑弥呼でしょう。18世紀の時を超えて復活するとも、これからの時代を憂いているとも言ってた。
君の為の黒子に成るのが僕の役割だとも。その後、僕は声の指示に従って動いてきた。そして予想以上の成果を上げて今日に至ると言う訳だ」
「私が卑弥呼なら、貴方は誰の生まれ変わり?」
「僕はただ単に君をフォローする為の新しいキャラクターだと思う。強いて言うなら策略に長けてた諸葛孔明あたりかな?」
三国志ですか・・・日本を飛び出しちゃったわね・・・私の言葉は声に成らず窓の外のイルミネーションに吸い込まれて行った。
後に卑弥呼チルドレンと呼ばれるように成る倭国新党の立候補者達は全員新人候補だった。平均年齢は30才、男女比は丁度50%。全員彼が選んだ人達だった。
私がせっせとカリスマ性を磨いてる間に全国を飛び回っていたらしい。Jスクエア社CEOの肩書を引っ提げて。
Jスクエア社の収益は尋常じゃ無い勢いで上昇していた。九州に拠点を置く工場は24時間体制でフル稼働中である。尤もフル稼働しているのはAIと呼ばれる人工頭脳と工業用ロボット達で、地元の人達の雇用促進には貢献できていないようだった。
彼が開発した新エンジンはDEES(電磁式永久エンジンシステム)と呼ばれていた。工場出荷時に命を与えられたエンジンは電磁の力で半永久的に動き続けるらしい。
どう言うシステムになって居るのか詳しい内容までは解らないが、そのエンジンは1m程の円形をしていて、その中で磁力で浮いたローターが回り、厚さ20㎝の規格の物で従来の2000㏄クラスのガソリンエンジンと同等のパワーを発生させると言う。
騒音も振動もほぼ皆無、何より燃料を必要としなかった。勿論排ガスも無い、温暖化対策の優等生みたいなシステムだった。
国も万全のバックアップ体制を整えていた。提携を交わした日本の自動車大手メーカー全社がこのシステムを乗せて新車を提供している。Jスクエアは今後中古車用に対する乗せ替え様のDEESを提供していく方針らしいが、それは時間を掛けて行うと言う。
とあるランチの席で彼がこう言った事があった。
「人間はね、いきなり熱湯風呂には入れなくても、ぬるま湯から徐々に温度を上げていけばかなりの熱湯にも入って居られるものさ」
急いては事を仕損じるだね。彼は自分に言い聞かせるように話を結んだ。
DEESは基本が発電装置であるらしい。車用の半分の規格の物でも一般家庭の電気は充分に賄えれ、蓄電用のバッテリーも必要としなかった。車用よりもこちらの方が需要が高かったが、今現在抽選方式にして供給を抑えていると言う。この分野でも<急く>事はしないようだった。
DEESはは18世紀後半イギリスで始まった産業革命以上の衝撃を今後与えていく。輸出を禁止しているのも世界のパワーバランスを考えた上である。
当分鎖国だねと彼は言う。急いていけないんだとも。日本国内に置いても、例えば電力会社、石油関連の会社等の将来を考えればあに計らんやである。
これらの会社が廃業に追い込まれて出て来る大量の失業者達を救う為にも国策を変る必要があり、憲法改正の為に政治体制を変える必要があると言う。
だから倭国新党は君をトップに据えての絶対与党と成る必要が有り、今回の選挙は絶対に勝たなければいけないと言う。<時は待ってはくれない>彼はそうも言った。
選挙が始まった。
彼は選挙費用を惜しげもなく注込んだ。彼の掲げたマニフェストの基、立候補者達は目の色を変えて走り回る。彼らが必死なのには訳がある。彼が選んだ候補者達の多くが<負け組>と呼ばれる社会的弱者だった。一度は勝ち組になったものの上司と折り合いをつけられずに退職し、派遣社員で糊口を凌いでいる者達もいた。
そんな彼らにJスクエア社は万全のバックアップ体制を取った。落選した場合でもその後の生活の保障をし、選挙活動に専念させるシステムを取った。
当選すれば政治家、落選してもJスクエア社と言う一流企業に職を得ると言うニンジンをぶら下げられたのである。
その分彼等の責任は重く、期待は大きく、プレッシャーも半端なく掛けられた。一年以上も前から様々な研修が行われ、候補者達は各自のスキルアップを図らされ、勝利の為のノウハウを叩き込まれた。グレーゾーンでの選挙活動費が水面下で消えて行く。
全てのプログラムは彼の思惑どうりに進行していた。彼が開発したAI型アンドロイド<イヨさんオリジナル>や、そのクローン達は広報活動をも兼ねて全国を飛び回り、その話題性で集客に貢献した。
イヨさん達は人工頭脳を持つスパコンと繋がっているんでしょ、ターミネーターみたいには成らないの?私の興味本位の質問に
「暴走は出来ないよ、最終的決定権は僕が握ってるから」でも・・・と彼は一拍置いてから話を続ける。
「万が一のアクシデントに備える準備はして置かないといけないね。基本、僕達の血を引いた子供の世襲制と言う形がベストなんだけどね」
少し照れた様にハニカミながら話を結んだ彼は「約束があるから」と言って席を立ち、私を置いてけぼりにした。
一人残された私は彼のセリフを反芻する。僕達って、その達の相手は私って事?それならさっきのはプロポーズって事?。ウソ、マジで。こんなん有り、反則じゃん、ムカつくんですけど。込み上げてくる感情を口にしながら、私は普通の女の子に戻っている。両方の口角が上がって来るのを止められないのは仕方がない事だった。