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卑弥呼の復活  作者: 沢 真人
14/15

続きの続き

左足上りのフェアウエーから、58度のウエッジでカットめに打ち出されたボールはカメラのアングルから一旦飛び出した後、真上から落ちてくる。

 大会3日目の最終18番ホール。グリーン手前をクリークが走る490ヤードのパー5。ピンまで80ヤードにレイアップしたサードショットを打った瞬間、私はベタピンを確信した。

 通常国会が予定通りに終了した後頂いた2週間の休暇を利用して、第60回日本女子オープンの舞台に私は立っていた。5年前にこの大会を制した時に貰った5年間のシード権の更なる延長を狙ってエントリーしていたのだ。

 トーナメントから遠ざかる事約4年。先週スポンサーの推薦枠で出場した試合で、ある程度の感触は取り戻したとはいえ、やはり4年間のブランクは大きかった。

 その試合では辛うじて予選を通過し、合計3ラウンドプレーする事が出来たが、あえなく最下位と言う結果に終わってしまった。スポンサーさんには申し訳ないが、決勝ラウンドに入ってからは、スライスにフック、パンチにロブと色んなショットを試したために、当然と言えば、当然の結果になってしまった。

 それでも、テレビ中継された2日間は、平均の3倍以上の視聴率を稼ぎ出したと言うから、当然、お叱りは無かった。それよりも申し訳ないのが優勝争いをしていた選手達だ。通常、最下位争いをしている選手なんてテレビに映る訳が無いのだ。彼女らが中継される時間を削ってしまった事に後ろめたさを感じずにはいられなかった。

 それから3日間、毎日1000球の球を打ち、万全の体制を整えて本チャンの日本女子オープンに臨んだのだが、メジャー用にセッティングされたコースはラフがきつく、初日は3オーバーの75と出遅れてしまった。風が強くなった2日目は辛うじてパープレーの72でまわり、順位を25位タイまで上げたが、首位グループは7アンダーに5人が並ぶという混戦になっており、彼女達との10ストローク差を決勝の2日間で逆転するのは至難の業だった。

 首位が1人位なら、調子を落として落ちて来るのを待つこともできるが、5人もいるとなると自力でスコアを伸ばさなければ、優勝なんて転がり込んでは来ない。

 首位グループには、韓国の選手が3人、台湾と日本の選手が1人ずつとなっている。くしくも昨年の賞金ランキングの上位5名で、いずれも複数回の優勝経験を持つ強者達だった。これじゃ益々、他力本願は望めない。

 私は負けず嫌いである。ゴルフは自然を相手にするスポーツとはいえ、優勝者に贈られるジャケットの袖に腕を通すには、誰よりも少ないスコアで回らなければならない。その気持ちだけは誰にも負けない自信はある。でも、自信だけでは勝負ごとに勝てないのは、明白の事実なのである。ゴルフは又、個人で戦う孤独なスポーツだ。でもそんな中、唯一味方になってくれるのがキャディーさんと言うパートナーなのだ。優秀なキャディーはコースを熟知しており、長年記録したヤーデージブックを参考に残りの距離を読み、的確な指示を出す。  

 特に優れたキャディーにかかれば「残り、エッジまで115ヤード、プラス13のピンポジで計128。風は左からのワンクラブ分のアゲだから、9番で右からドローでケンカさせて球止めて、奥にいったらノーチャンスだからガツンといかないようにね。最悪ショートしてもパーは拾えるから、手前でもOK。後、風でグリーンが硬くなってきているから、あんまり右に打ち出すと傾斜でバンカーまで行っちゃうので要注意。落としどころはピンの右手前3ヤード」とこうなるのである。選手が言われたとおりに打てば、バーディーチャンスとなり、直接カップインと言う事もたまにおきる。

 私が政治家になり、プロゴルファーをお休みする前にコンビを組んでいたキャディーさんは、今は首位タイの韓国の選手の専属になっている。彼は若くて、優秀なキャディーなのだが、今更返してと言う訳にはいかない。 私が冗談にも返しなさいとでも言おうものなら、新たな日韓問題の火ダネにも成りかねないのである。

 火ダネと言えば以前、京一郎にIYOさんにキャディー機能を付けてと言ったところ、「そんなにしてまで勝ちたいの」と冷たくあしらわれた。冗談の通じないヤツだ。そんな、紆余曲折をへて、私が先週からパートナーに選んだのは、父だった。

 セキュリティーの関係上、素性は隠して、パット・ワタナベと言う名のハワイ在住の日系3世と言うアイデンティティに設定した。幸いなことに、この大会が開催されているのは、5年前に私が優勝した日本女子オープンの舞台になっていたコースだった事も有り、データは残っていた。

 当時とコースレイアウトは、木々が大きくなったことを除けば大差が無い。後は年々変化するグリーンコンデェションを把握できれば何とかなると考えた。父にやって貰うのは通常のハウスキャディーの仕事と、傍にいて、リラックスできる環境を作って貰う事だ。 

 実家の父に頼み込んだ時に言った言葉は「何にも要らないから笑顔だけ持ってきて」

と言う何とも気障なセリフは、酔った勢いでつい口に出してしまった私の汚点の一つだ。  

 救いと言えば、私以上に酔っぱらっていた父が破顔一笑で快諾してくれた事と、翡巫子が既に寝ていた事だ。唯一、ニヤニヤしながら聞いていた京一郎が気になるが、いつか、おまじないを掛けて記憶を消してやろう。

  

「パッさん、58度」パットだからそう呼んでいる。一応、パパにもかかってはいる。そして、手にしたクラブで決勝ラウンド初日の18番ホールのサードショットを放ったと言う訳だ。

 私のイメージ通りの弾道を描いたボールは、私の確信通り、ピン横20センチにバウンドし、そのままボールマークの上に落ちて止まった。余程のテンカン持ちが発作でも起こさない限り、外しようが無い距離である。

 お先にカップインした私はこの日、65の7アンダーで回り、トータル4アンダーと成って、順位を上げた。ホールアウトした選手の中ではトップに立ったが、私の後にはまだ8組、24人のプレーヤーがいる。

 スタート時、私より成績が良い人ばかりなのは言うまでも無いが、現在プレーしている人達の中でも5位タイの位置に付いている。最終日の逆転劇の下準備が整ったと言うところか、ホールアウトした後は軽めの練習で切り上げて、私はホテルで寛いでいた。

 父は飲みに行くと言って街に繰り出していた。私はと言えば、一応トーナメント中は禁酒している。別に飲んだからと言って、プレー自体には影響はしないのだが、何となく抵抗を感じて自重している。

 豪快なプレーで有名だった某男子プロが、毎年トーナメントが開催される地方都市で連日飲みに行き、家一軒分飲んだなんて武勇伝を語っていた事があったが、多分その一軒分の中には下半身を軽くしてくれるお店も含まれていたのだろう。

 品行方正だけでは、プロスポーツの世界の中でトップに上り詰める事が出来ないと言う事だろう。プロ野球の選手が二日酔いのデーゲームでホームランを打ったり、完封したりと、そういう話は上げると枚挙にいとまが無い。勿論、何事にも例外はあるが。

 最終日は昨日に増して、いい天気になると言う事だった。風が弱ければバーディー合戦になる。主催者側もそれを意図したのか、比較的簡単な位置にピンを切るようだ。

 私は首位と6打差の7位の位置に付いていた。トップは10アンダーで韓国の選手と台湾の選手が並び、そこから1打刻みで、4人の選手が続いていた。その中で日本人選手が2人だけなのが寂しいが、最終組から3組前の私達のパーティーは3人とも日本人と言う組み合わせになっていた。

 1人は、過去賞金女王にもなった事の有るベテランプレーヤーだった。彼女はその当時もあまりマスコミとの関係は良好とはいえなかった。

 良く言えばクールプレイヤー、悪く言えば不愛想。賞金女王になった時には<氷の女王>と揶揄された事もある。自分のプレイに集中するあまり、スロープレーになりがちで、ミスショットした時にはクラブやキャディーに怒りをぶつけるようなシーンも放送された事がある。

 最近は辛うじてシード権を維持している状態らしい。優勝争いに加わることが出来なければ、テレビは殆ど映してはくれない。なので、今の彼女がどういうスタイルでプレーするのかが分からない。それがちょっと不安材料ではある。

 <パートナーに恵まれて良いスコアを出すことが出来ました>と言うコメントは決して社交辞令だけでは無い。そして、又、逆の場合もある。同伴者にペースを狂わされ、スコアを落としていった選手も実際いたのである。

 トーナメント中の私が他の選手に聞いて回る訳には行かない。そして父は、そういった情報を仕入れてくるような、気のまわる人では無かった。親孝行な私は<役立たず>なんて言葉は、決して口にはしない。思うだけで。

 もう一人は、昨年は初シードを取り今売り出し中の若手プレーヤーだ。今季何度か優勝争いを演じていたが、残念ながら届かず、初優勝が待たれる期待の星である。

 どっかのバラエティー番組の前列に座れるようなビジュアルもさることながら、歯切れのいいプレースタイルも相まってオジ様連中にも人気の高い選手の一人である。只、闘争心を表に出せないタイプなので公式戦最終日のプレッシャーに押しつぶされる可能性も有る。メンバーがメンバーだけに、その懸念は高い。

 何とかフォローはしてあげたいが、私にそれだけの心の余裕が有るかどうかは、スタートホールのティーショットを打つまでは何とも言えない。

 前日65で回った選手が次の日85をたたくようなスポーツがゴルフなのだ。特に、信じられないようなミスショットをしたりすると、そのトラウマが消えるまでは常に不安を感じながらのプレーと成る場合が多い。なので、1番ホールのティーショットは重要になって来る。いの一番でOBでも打とうものならその日が終わってしまう事もある。プレッシャーは半端ない。それまでの練習量を信じて振り切るしかないのである。


 1番ホール380ヤードのパー4は3人ともパーで滑り出した。セカンドオナーのベテランはショートしてグリーンを外したが、花道からのアプローチを無難に寄せてパーを拾い。若手はグリーンセンターにパーオンさせ、10メートルのファーストパットでタップインの距離まで寄せた。

 私はピン横3メートルのバーディーパットを右に外し、1・5メーターもオーバーさせてしまった。明らかに昨日までとは違うグリーンに仕上げているようだ。

 昨日までだと外れても50センチオーバーのタッチで打てた筈なのにこれだけオーバーすると言う事は、さっき打った若手はミスパットが寄って行ったと言う事に成る。それとも、キャディーさんから的確なアドバイスが有ったかだが、私は辛うじて返しのパットをねじ込み次のホールへ向かった。

「ねぇパッさん、グリーンが早くなってるの知ってた?」

「なんだぁ、今のはミスパットじゃなかったのか」

「うん、ラインを外したのは早すぎて抜けただけよ」

「あっそう言えば作業員のあんちゃんが、今日はトリプルだから大変だーとか言ってたけど何か関係が有るのか?」

 大有りである。トリプルとはトリプルカットの事だ。グリーンは通常営業の時は1回しか刈らないが、トーナメント中は2回刈って早くする。昨日までがダブルカットだったと言う訳だ。おそらく、刈高もコンマ何ミリか下げてのトリプルカットなのだろう。

 そして練習グリーンはダブルのままで済ませていたのだろう。なので、1番ホールであれだけオーバーしたと言う事だ。私は父に聞こえないように<この役立たず>と小声で口にした。

 アウトの9ホールを終わって私は3打、他の2人は2打スコアを伸ばした。ベテランの選手は相変わらずプレーが遅いが、こちらのペースを乱されるほどではない。

 若手の選手もプレッシャーを感じることなく伸び伸びとプレーしている。でも、本当のプレッシャーは10番ホールからのサンデーバックナインと呼ばれるインコースに入ってからやって来る。優勝経験が無い選手は特に、ちょっとしたミスからズルズルと落ちていくケースもある。と、私も人の心配をしている場合ではない。今の段階で私は7アンダーで、6番ホールをプレー中のトップ選手とはまだ4打差が有る。後はなりふり構わず攻めるのみである。ピンを刺すようなショットを打てるだけの勇気と技術と運がいる。玉砕も覚悟しておかなければならない。

 運は私に味方した。11番から3連続、15番から4連続のバーディーを奪うことが出来た。合計10アンダーの62、通算14アンダーとしてトップに立った。ちなみに62はこれまでの記録を1打更新するコースレコードだった。

 後は16番をプレー中の13アンダーの選手のスコア次第と成った。アテストを終えた私は真っすぐパッティンググリーンに向かい、球を転がし始めた。

 過去、世界ランキングでトップに立った事もある韓国人のプレーヤーは、流石に百戦錬磨だった。

 14アンダーで私と首位に並んでいた最終ホールで、彼女はピン横30センチのバーディーパットを決めて優勝をさらっていった。  

 私は結局単独2位に終わった。おまけとしてコースレコード賞は貰ったが、私にとっては残念賞と言えた。今シーズンはもうトーナメントに出る事は無い。

 2位の賞金だけではとてもシードを取る事は叶わない。来シーズンはスポンサー推薦枠のみの出場となる。でも、それはそれで、なんだか気が引ける。勝ちたかった。今日、口にする酒はきっと苦いものになるだろう。

 私はそれを払拭するかのように、ドライビングレンジでボールを打ち続けた。

 コース管理者に頼み込んで許された時間ぎりぎりまでボールを打ち続けていく内に、私の闘争心が沸々と湧き上がってきた。任期が終わったら本格的に復活しよう。そう決めた私は最後のボールをティーの上に乗せた。

 長年、浮気をする事も無く使っている同じメーカーのドライバーは、白いヘッドが構えた時に安心感が有り、お気に入りのクラブである。私は上半身の力を抜いて、いつものルーチィーンでテークバックに入る。トップでタメを作った後は、フィニュッシュまで振り抜くのみである。白い稲妻がボールを通り過ぎていく。ボールが空に吸い込まれていくこの瞬間がたまらなく好きだった。

 私の挑戦は続いて行く。

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