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卑弥呼の復活  作者: 沢 真人
13/15

続きの始まり

不意にドアが開き、4人の男達が入って来た。うん?1人足りない。後ろに控えているのはボディガード達だろう。どちらも190cmは有りそうな、屈強な体躯の持ち主だ。

前の二人は、謎のおじいちゃんの部下のだろう。もしかしたら、息子かもしれない、高級そうなスーツに身を包んでいた。

 「私達はご老公の部下の者です。名乗る訳には行きませんので、私の事は助さんとでも呼んで下さい」じゃ、相方は当然格さんとなる。そして、当の水戸黄門様は、挨拶も無しにお帰りに成ったようである。何とも礼儀知らずなお方である。

「私は貴方の大ファンです。アーチストとしても、プロゴルファーとしても。お帰りに成る前に是非ともサインを書いて頂きたい。ご老公には内緒と言う事で」と格さん。

 う~ん、サインですか。ワタシには上妻真白のサインを、そっくり真似て書く機能は付いていない。 

以前、私がノリで付けとけばと言ったら、<そんな事に無駄なお金は使えない>と一蹴されてしまうと言う出来事があった。私が京一郎の顔を覗き込むと、アサッテの方を向いて、「黄門様の事は心配ない。GPS追跡機能で逃がしはしない。袋のネズミ。天網恢恢疎にして漏らさず」といつも以上の早口で、饒舌に語ってくれた。私のツッコミの矛先をかわそうとしているのはミエミエだ。甘い!でも今はそれ処では無かった。

「ヒットしました」そう言ってIYOさんが別のモニター画面を指し示す。ワタシと対時している4人ともサングラスに革のマスクをしていたが、これだったら充分スキャン可能だった。

 助さんは経済界の元トップで、格さんは現役のトップの地位にいた。助さんが70代、格さんが60代。趣味嗜好は勿論の事、ありとあらゆるデータが映し出されている。私は改めて、Jスクエア社のリサーチ力に感心した。ついでに私のファン層の幅広さにも。

 素性と目的、方法が分かれば、もう茶番劇は終わりだ。

「なんなら、助さんの好みの女優さんの名前でも聞いてみる?格さんは、私で決まりだから」この声は4人にも聞こえている。でも、構う事は無い。京一郎からもGOのサイン。キョトンとしている4人は、何が起こるのさえも分からない。

 ワタシは口を窄めて大きく息を吹く。吹き終わった時には4人とも深い眠りに落ちていた。2~3時間は目覚める事の無い、スペシャルブレス。開発したのは勿論、京一郎だ。 

 最初、羽交い絞めされた時に有利だからと言って、お尻から吹き出すタイプを考えていたようだが<首が180度回るようにすれば済む事でしょ>の私の意見が採用された。

 影武者とはいえ、私の姿、形をしているのである。幾らなんでも、オナラで撃退は不味いでしょう。スカンクじゃあるまいし。

「あ、そう言われれば・・・そうだね」この男、私が言わなければ、絶対スカンク女に仕立て上げていた筈だ。まったく、油断も隙も無い。

 男達を眠らせたはいいが、問題は首輪の処理である。爆発の危険性がある限り、迂闊に

爆発物処理班が近づく事も出来ない。取り敢えず、手かせから外そうと試みた時、突然パンと音がした後、モニター画面がブラックアウトした。

 後の調査で、パンと言う音は首輪に仕込まれていた火薬が爆発したもので、その衝撃により四方から刃物が飛び出し、その中の一枚がケーブルの一部を破壊した事が判明した。

 人命を奪うには充分だし、周りの人間を巻き込む事の無い<人にやさしい>殺人兵器だったのが幸いした。影武者は人間で言うところの軽傷で済んだ。修理も30分位で済んだと言っていた。請求書はどこに回そうかと真剣に悩んでいる風を装う京一郎だったが、そんなもんで笑いが取れる程、甘い私では無い。

 3日後に私達のもとへ送られてきた取り調べ調書に依ると、黄門様は名を東野誠一と言い、年は91才。終戦は二十歳の時に迎えていた事が分かった。

 神風特攻隊として2度出撃していたが、2度ともエンジントラブルにより引き返し、命を拾っていた。8月15日は鹿児島の知覧と言う場所で迎えている。3度目の出撃を明日に控えていたと言うから、当時から太い運を持っていたのだろう。

 その後、故郷に戻った東野の目に飛び込んで来たのは、焼け野原になった東京の姿と、家族が行方不明と言う現実だった。その中で疎開していた弟だけ一人難を逃れていた。

 後は、私達が予想した通りの、闇市から始まるサクセスストーリーが展開されていた。ちなみに、たった一人の肉親の弟は、関東を束ねる反社会的組織のドンに成っていた。やはり、そういう組織と繫がりが有ったと言う事だ。サクセスストーリーを邪魔する者の始末は、弟の組織が請け負っていたのだろう。今となっては確認のしようが無いが、まず、間違いと言っていいだろう。

 東野は並居るライバル達を蹴落としてトップの座に付き、大物フィクサーの地位を固めて行った。50才を向かえようとしていた頃、意図的に死亡説を流し、葬式までやったそうだ。そうやって、なお一層地下に潜った東野は、影で日本経済をコントロールして行く。流石に85才を過ぎた時に「後は、お前達でやれ」の言葉を残して、文字通りの隠居生活に入っていたが、倭国新党が話題になり始めた頃からソワソワしだし、とうとう今回<冥途の土産の一仕事>とあい成ったと言う訳だ。ちなみに、お前達と言うのが助さん、格さんなのは言うまでも無い。

 助さんは東野の長女と結婚した人物で、後継者としてNO1の位置に付いていた。

 格さんはと言うと、血の繋がった親子と言う事が判明した。尤も、本妻の子では無い。名を今田雄二と言う。京都の芸者との間に生まれ、隠し子として育てられている。

 東野は本妻との間には、男の子宝に恵まれていなかった。随分と遅くまで頑張り、5人の子供を儲けていたが、全員女の赤ちゃんだった。女には後を継ぐのは無理と考えた東野は、今田が現役で東大に合格した年に認知をしている。

 後継者としての最低ラインを突破したとでも考えたのだろうが、身勝手と言えば、身勝手である。今田は当然戸惑ったと言う。

 今田はそれまで、父親誰なのか、知る由も無く、大きくなっていた。只、無職の母親との二人暮らしなのに、世間様よりいい暮らしをしていた事には、幼い頃から疑問は感じていたようだ。東野が養育費を払っていたのだろう、息子に父親の事は内密にすると言う条件を付けて。それが、いきなりの父親登場である。

 今はもう病死している母親は、当時、涙を流して喜んだと言う。しかし当の今田は只々戸惑うばかりであった。父親が余りにも大物だった事も有るが、大学で法学を学び、行く行くは人道弁護士を目指そうと考えていた今田にとっては、いきなりの方向転換と言う訳である。

 それでも母親の哀願により、東野の下で後継者となるべく教育を受け、アメリカの大学への留学まで果たしていた。しかし、母親の惜しまぬ愛情を受けて育った今田は、どうしても東野イズムを継承するには「奴は、まだまだ器ではない」と東野が語ったような性格の人間だった。

 その点助さん事、宮迫隆弘は苦労人である。こちらは方は5才の時、父親を肺ガンで失っている。そしてその後、世間一般で定番になっているような母子家庭の環境に嵌まって行った。夫を失い、経済的に苦境に立たされた母親は水商売へと流れていき、そこで知り合った「どうしよも無いクズ」と宮迫が称したような男に引かれ、泥沼と言う名の恋路に落ちて行った。

 この男とは3年程で破局を迎えるが、その理由と言うのが、何者かに突き飛ばされた男がトラックに撥ねられ即死したというものだった。

 目撃者がいなかった事も有り、結局犯人は分からずじまい。「誰かに突き飛ばされたように道路に飛び出してきた」と証言したトラックの運転手の言い分は最終的に<思い過ごし>として処理された。

 当時、9才だった宮迫少年にも容疑が掛けられたが、決定的な証拠が挙がるはずも無く、目撃者も現れなかった。真実は闇の中だ。

 男の交通事故により発生した保険金は、田舎で一人暮らしをしたいた男の父親に支払われ、母親は一銭たりとも手にする事が出来なかった。男と暮らしている内に覚醒剤を溺れ、ソープに身を沈めていた母親に、宮迫を育て上げるだけの気力は残されていなかった。

 自暴自棄になった母親が息を引き取ったのは、薄汚れた4畳半のアパートの一室だった。その時、宮迫は12才。身寄りが居なかった宮迫少年は行政の施設に引き取られ、中学、高校をその施設で過ごす事に成るが、その施設の園長自ら、施設の女の子に性的嫌がらせを行っていたと言うとんでもない所だった。「俺には信念があった」と言う宮迫の強い気持ちが無かったら、その後、詐欺まがいの事で稼いだ金で一流の大学入り、東野のお眼鏡にかなうまで上り詰める事は出来なかっただろう。

「今でも愛してますよ」と嘯く宮迫の結婚は、東野が半ば強制的に進めたものだった。前言のセリフの後に「東野さんの娘さんだから」と続いていたに違い無い。

 ヘイハイズ集団の後ろ盾とは、宮迫の方が繫がりがあった。戸籍の有る無しにかかわらず偽装パスポートは作れる。彼らの渡航目的は日本の農業の研修と成っていた。それならば、その願い叶えて進ぜようである。全員、RPP施設の有る島流しの刑である。エリートキャリア連中に続いての第2号のお客様だ。島には畑も有る、そこで存分に働いて頂こう。

 RPP、(リサイクルピープルプロジェクト)は、形式上、刑罰に服してる者を収容する刑務所と言う事に成っている。

 普通の刑務所のように番号で呼ばれ、規則正しい生活をして犯した罪を反省し、刑期を終えると出所する事が出来る。只、一つの事を除いては、何ら変わりは無い。

 その一つとは催眠療法、別名ヒフノセラピーの事だ。悪く言えば<洗脳>である。洗脳と言えば、どうしても某カルト教団のようにヘッドギアを被り、病的な行動を繰り返す信者達を想像する人が大半だろう。

 誤解を招くかもしれないが、あえて言わせてもらうと、あれで教祖が立派な考えを持って、正しい道へと扇動していたのなら、今でも刑務所に入るような罪を犯す事無く、信者を増やし続けていた事だろう。 教祖さえ世界征服なんて狂った考えを持たず、地下鉄に毒ガスを撒いたり、人を殺めたり、信者からお金を巻き上げたりしなければ、日本各地でボランティア活動に精を出す、教団員の姿が見られたかも知れないのだ。しかし、いくら立派な教団に成ろうとも、マインドコントロールがその事に関与していたと成れば、頭の固い学者達や、数字が稼げると判断し、学者達の考えに乗ったマスコミは<人道的にどうなんだ>キャンペーンを展開する事だろう。

 でも、このRPPで行う催眠療法が一番確実で、手っ取り早いのである。「ま、国家機密と言う事で」と言う京一郎の意見に、基本的には私も賛同している。今、全てを公開し国民投票でその是非を問うたなら、混乱が起きる事は目に見えている。

<嘘も方便>の格言どうり国民には<知らぬが仏>に成って貰っていた方が良いだろう。 勿論、時期が来れば全てを明らかにしなければ成らないだろう。しかし今はまだ早すぎる。

 そこはカウンセリングルームと呼ばれている。私達はCRと呼んでいるが、広さ2畳程の個室だ。そこで受刑者は24時間BGMを聞かされ、一日8時間の映像を見る事が義務付けられる。あくまでも強制では無い。しかし、最初目を背けていた人間も、やがて自ら進んでみるように成る。BGMも映像も、全てマザーがプログラムした物であり、その効果は絶大だった。

 京一郎が前に<どんな凶悪犯でも、虫も殺せなくなる>と言う言葉はあながち誇張では無かった。食事の中にも、Jスクエア社が開発した、リラクゼーション効果を高める成分が含まれている。受刑者は内からも手助けされて更生していくと言う事に成る。

 ここで1ヶ月程更生プログラムを受けた後は、その罪状の重さによって3ヶ月から10年以内、この島に留め置かれる。

 幾ら更生が確認されたとしても、凶悪犯を短い期間で釈放するのは、被害者心理を考えてもそうだが、「人は憎まないけど、罪は憎みますよ、それ相応の償いはして貰います」と言う京一郎の理念の下、島の作業に従事してもらう事に成る。その作業と言うのは農業や漁業等の第1次産業がメインとなる。

 中国のヘイハイズ集団には、どっぷりと農業に浸かって貰うとしよう。最も、最新の技術を取り入れた近代農法だから、学ぶ事は将来的に有意義なものと成るのは間違いない。

すでに、人畜無害の殺菌剤や、害虫、害獣を寄せ付けないデバイスも開発済みである。昔の年寄りみたいに腰が曲がって、伸び無くなるような事も無い。せいぜい、きばって頂くとしよう。

 中国で1979年に始まった一人っ子政策のせいで、2番目に生まれ落ちた子供達の中で、罰金を払えない貧しい家庭の子供は戸籍を持つ事が出来なかった。当然、学校に行く事も、病院で治療を受ける事も出来ない<闇っ子>としての人生を余儀なくされた。 

 増え続ける人口に歯止めをかける為の政策だった。それにもかかわらず、今現在中国の人口は13億人を超え、彼等みたいな不幸な人間を生み出したに過ぎなかった。その上、跡取りに男の子が欲しかった農村部では、女の赤ちゃんは人に売られたり、捨てられたりして、極端な男女比を生む結果に成っていた。

中には幼くして命を落とした女の子も大勢いた事だろう。

 中国共産党は昨年、この政策の廃止を決定したらしい。それでも2人までと言う制限を設けている以上、ヘイハイズは居なくならないし、人口は更に増え続けていく事だろう。

 出生率の低下が問題になっている日本とは、真逆の問題を抱えている大国の悩みの種は尽きない。

 倭国新党は出生率2・0以上を目指し着々と準備を進めてはいるが、何もかも、いっぺんに改革を推し進めようとすると混乱が起きる。今はその要因を一つ、一つクリアしていると言う現状である。何とももどかしいが、昔の人が残した<急いては事を仕損じる>と言う言葉を尊重するしかない。


 「相当な頑固ジジィでした」CRの担当スタッフが語ったように、東野のヒフノセラピーは今田の倍の時間がかかったそうだ。ちなみに宮迫は2人の丁度中間であったと言う。多分、宮迫に掛かった時間が平均的な治療時間なのであろう。

 ヒフノセラピーは、対象者を暗示にかけ、意のままに操るような類のものでは無い。簡単に言えば、人間の根幹にある弱い部分を強化する事である。

 弱い部分が強いと、人は自己中心的に成ったり、妬みや嫉妬、怠け心や虚脱感、数えれば切りが無い程の落とし穴に嵌る事に成る。

 基本的な性格を変える事は出来ないが、人格や思想などを変える事で、更生させていくのが目的で有る。個性は個性として尊重すると言う事だ。

 教育面においても、ヒフノセラピーは形を変えて取りいられる計画に成っている。基本的な学習はもとより、体育や音楽などにも、個々の力を伸ばす為のカリキュラムが組まれる。しかし、いくら個々の力を最大限に伸ばそうとしても、生まれ持った素質と言うものが有る。誰も彼もが、プロ野球選手や、アイドル歌手にはなれないと言う事だ。

 また、自殺等で問題に成っている鬱病に関しては、既に試験的に実行され、予想以上の成果をあげているそうだ。

 年間3万人が自殺する国と言うのは、もう過去の事へと成りつつある。いずれ、自殺者ゼロの年が来ると言う京一郎の言葉を信じたい。中高年の自殺者も悲惨だが、自殺願望を持つ若い人達も後を絶たない。

 若者よ、死んだら花実が咲かないよ。


「ブータン国の事はどうしよう?」

親子3人の夕食の席で、京一郎がポツンと言った。

「ウータン?ウータン」

 と、はしゃぐ翡巫子は1才と半を過ぎていた。確実に他の子より物覚えが早い。物事の理解力も高いようだ。<3才に成ったら六法全書を読み出すかもしれないよ>と京一郎がまじめな顔して言い出す始末だ。でも今のは、どうも聞き間違えたようである。

「ウータンじゃなくて、ブータン」

「えぇ?ブタさんなの」

「違うわよ翡巫子、ブータン王国って言うお国の名前よ」

「あー、ヒマラヤの奥地の国ね」

「そうそう、北は中国に、南はインドに接…って、何で場所を知っているのよ?」

「だって、この前Eテレでやってたよ。ヒミコそれ見たもん。王様がいるの?女王様はいるの?」なんか、誤魔化された感が否めないが、京一郎が鼻を膨らませて<まぁまぁ>の合図。

「も、勿論いるに決まっているわ。綺麗な女王様よ」

「わーヒミコ女王様に逢いたい、逢いたい」

 それじゃ王様が可哀想でしょの言葉は呑み込んで「で、正式なご招待な訳?」

「そう、国王自らのご要望だそうだ。国賓として招きたいと」

「ふ~ん、それでその話が私じゃなくて貴方に直接来た訳は?」

「え~と、それは~IYOさんに聞いてみるか」

 こう言うプライベートな時、IYOさんは席を外している。モニターシステムもオフってる筈だ。30秒待ってそれを確認した後、私はIYOさんを呼んだ。

「はい、丁度Eメールを受信した時、奥様は

保育園がお休みの翡巫子様と、お昼寝のお時間でしたので、旦那様に先にお知らせしておきました」

「あっそうだった。僕が後で伝えておくからと言ってたんだった。忘れてた」

「それでいきなり、どうしようって聞いた訳ね。ダメなパパですねぇー」

「ダメパパ、ダメパパ」

「ああ~翡巫子まで・・・勘弁して下さい」

「ダメ、許さない。月に代わって、お仕置きよ!」

 いつの間にやらアニメ番組からも知識を仕入れている。翡巫子恐るべし。


 「それで、行くの?ブータン」

「いや~君も知ってるでしょ。何ヶ国からオファーが入っているかぐらい」

 そうだった。アメリカを始め、世界各国から国賓としてのお誘いをお断りしている状況だった。

 しかも、経済面に関しても京一郎の「まだ日本が固まっていない。時期尚早」と言う信念の下、輸出制限も掛かったままなのである。

 鎖国はまだ続いている状況なのである。だからこんなシュチュエーションで、京一郎の口から特定の国名が出て来る事が珍しいのである。なので確認してみたくなった。

「じゃあ、なんで、どうしようなんて聞くのよ」

「うん。実は、ブータンは国民総生産よりも国民総幸福量を重視して<幸せの王国>なんて呼ばれてるから以前から興味があったんだ。日本が今後、目指すべき理想郷としての要素を持った国じゃないかと思ってた」

 翡巫子はデザートに夢中になりながら、首を縦に振っている。まさか、話の内容が理解できている筈は無いと思うが・・・

「ブータンは仏教国だと言っていい。僕の偏見かもしれないけど、仏教には他の宗教みたいに人を盲目的に導いていくような類の宗派じゃ無いと思ってる。国民の多くがチベット仏教徒のブータンが、どのようにして、世界一の幸せな国に成ったのか興味が尽きなかった。それで、この機会にちょっと調べさせてみた」

 京一郎の表情から見ると、何か良からぬ情報が得られたみたいだ。案の定。

「うん、ブータンはいつの間にか小さな傷を負ってたみたいだね。その傷がカサブタに成る事無く、化膿していったみたいだ。

 何世紀にも亘って、世界で最も孤立してきた国が、民主主義を認め、近代化に向かった結果、若者達の薬物乱用や犯罪率の上昇、アルコール依存症の人達の増加などのウミを生んだようなんだ。

 若者達が、農業をしなくなった事も問題だね。そして隣国のインドに余りにも依存していた事により、国内のインドルピーが枯渇して信用危機が叫ばれるようになった昨年に至っては、国民総幸福論まで非難を受けるようになってしまった。心の弱さは感染して伝染病のように広がって行く。パンデミックに成らない事を願うばかりだ」

「それで、心配になって、つい言葉に出ちゃたという訳ね」

「ああ、でもブータンだけ特別って訳にもいかないからね。君が所信表明で言ったようにマニフェスト実行まで3年間の準備期間が有るから、後1年半程は待ってもらうしかないだろうね」

「今、君が言ったと仰いましたが、正確には君に言わせたでしょ。国内の混乱を最小限に抑える為には、3年間のアイドリングタイムがいるって言ったのは貴方でしょ。私は貴方達の書いた原稿を読んだだけなんだから」

「そうやって言葉尻を取らない。ママは意地悪ですねぇ」

 京一郎は娘を使って逃げを打ってきた。卑怯者。

 実は、ブータンは私も興味を抱いていた国だった。以前、国王ご夫婦が来日された時の慈愛に満ちたお二人の姿が印象に残っていた。

 その時、昔読んだ小さな国の王様の下で幸せに暮らす国民達の物語を思い出し、何となく憧れを抱いた事を憶えている。

 そんな理想郷とも言えた国が病んでいると言うのなら、一日も早く助けに行きたい。きっと、京一郎もそう思ってるはずだ。

 いつの日かブータンを訪れて、女王様が着ていた鮮やかな民族衣装に袖を通せる日が来ると言う事は、それだけ日本が成熟した言う事になる。その日が一日も早く来るように走り続けるしか無い。私は翡巫子を寝かせつけながらそう思った。

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