続きの始まり
「これは、これは大統領。やっとお目覚めですか」
「・・・・・」
「う~ん、寝起きが悪いようですなぁ、低血圧でいらっしゃる」
「・・・あ、あんた誰?」
「お、申し遅れました。私はこう言う者です」
男が懐から出したのは、勿論名刺などでは無い。拳銃だ。
「私を殺す気なの?」
「お望みとあれば、いつでも引き金を引く事は出来ますが」
「今のところ、そう言う望みはないわ。身代金が目的?」
「そりゃ、頂けるとなれば拒みはしませんよ。私もお金は大好きです。只、領収書は出せませんよ」
「ま、どっちにしろ、生殺与奪の権はあなたが握っているって事ね」
「流石です、大統領。理解が早い」
「そうね、理解が早いついでに言わせてもらえば、あんた誰かに雇われているでしょう。いくら貰うの?」
「ほう、そこまでご理解頂けいるとは。そう悲しいかな、私達は雇われの身です。おまけに、指示待ち族ときている。でもこの中では私が一番偉い。今後、私の事はオサと呼んで下さい」
「そんな事よりいくらなの?あんたのクライアントの倍出してもいいわよ」
「勘違いしてもらっては困る。私はお金でどうこう出来るような人間ではありませんので、あしからず」
「交渉の余地は無いと?」
「はい、有りません。実を言うと既に前金で貰った分はもう使ってしまったのです。貴方と契約すると、前金を返しに行かなければなりません。のこのこツラを出した日には蜂の巣にされるのがオチでしょう」
「随分と金遣いが荒いのね。宵越しの金は持たない主義かしら」
「はい、江戸っ子なんです。おじいちゃんが」男は「最後の晩餐に成るかもしれませんね」の言葉を最後に、部下達を連れて部屋を出て行った。テーブルには、サンドイッチとミネラルウォーターが乗っている。私はそれを食べるかどうか思案している。手かせ、足かせはされているが、食事を摂れる分だけの鎖の余裕があった。
「ねぇ~貴方、これ食べちゃった方がいい。それとも、食事もノドを通らないのパターンの方がいいかしら?」
「そんな事はどうでもいいけど、最後の方、緊張感なさすぎ。気付かれたらどうするの、あのオサとか言うヤツ案外頭が切れるかも知れないよ」
「そ~かなぁ。金遣いの事が本当なら、少なくとも金銭面では賢いとは言えないと思うんだけど・・・」
「兎に角、せっかくのチャンスなんだから最後まで慎重にね。あくまでも誘拐されて打ちひしがれ、心細い女性の役を演じてくれないと」
「分かってるって、分かってはいるんだけど・・・目の前に相手がいないとどうしても、緩んじゃうだよねぇ」ワタシは誘拐され、監禁されているが、誘拐されたのは私では無い。誘拐されたのは、京一郎がアレンジした影武者アンドロイドだ。
どうアレンジしたか聞いてみたところ、殴られたらそれなりにあざが出来たり、出血したりする機能と、消化機能は付いていないが、普通の人間のように飲食出来る機能を追加したと言う。なので今、悩んでいると言う訳である。
「誘拐用にわざわざ作ったの?」
「わざわざって訳でも無いけどね。影武者に依りリアルティーを持たせる為の一連の流れの中の産物って事。このタイプはリアルタイムで映像を飛ばす事も出来るし、言語中枢がシンクロするから、アンドロイドを通じてLIVEで話をする事も出来る」以前の会話である。そして今、モニターを見ながら、犯人達とおしゃべりをしていたと言う次第である。
「じゃぁ、半分だけってのは?空腹に耐えきれず、思わず口に入れたのは良いけれど、やっぱ、心痛のあまり全部食べ切る事が出来なかったバージョンってのは、どう?」
「一つ、確認するけど・・・楽しんでないよね」
「も、勿論よ。緊張感でしょ、持つってば・・・あ、来た」私は会話用のスイッチをオンにした。
「お、あんまり食欲がお有りにならないようで、それともお口に合いませんでしたかな」
「もう・・もういい加減にして」うん、こんな感じでいいだろう。
「実は、悲しいお知らせと、嬉しいお知らせがあります。先ず、悲しいお知らせから。 先程ご提案なされたギャラアップの件は、正式にボツと成りました。あしからず」
「・・・・・」
「おや、先程の元気はどこに行きましたか?ま、いいでしょ、続きまして嬉しいお知らせです。クライアントが貴方にお目にかかりたいと申しております。いかが成されますか?」
いかがも何も、今回の目的はコレなのだ。国内の浄化が進んでいるとはいえ、私達の命を狙っている輩は、まだまだ地下に潜って蠢いている。そういった連中を炙り出す為の<大きな声では言えない>おとり捜査なのである。
ワタシも敵に気付かれないように、それなりに抵抗をした上で、誘拐されていたのだった。私と京一郎は思わず目を合わせてガッツポースをとった・・・のは私だけで、京一郎の右手には<緊張感>と書かれたカンペが握られていた。私の信用度は、高尾山より低い。
「・そう・・・私も会いたいって伝えて」
「はい、かしこまりました大統領。しばしお待ちください」
「流石のあの女も所詮は女だって事だ。直接会って命乞いでもするんだろう」私の対応が気に入らなかったのか、オサと呼べと言った男は、これ見よがしの捨てゼリフを吐いて部屋を出ていく。ドアが閉まろうとした時、かすかに聞こえた声をワタシは拾い上げてみせた。
「今のは!」
「うん、間違いない、チャイニーズね。でもマザーのリサーチ結果は国籍不明だったわよね」
犯人達は覆面にサングラスで素性を隠していたが、そんなもんアンドロイドの眼にかかれば丸分かりである。それなのにヒットしなかったから二人して首を捻っていたのだ。
「もしかしたら、中国の地下組織でヘイハイズと呼ばれる戸籍の無い子供達かも知れない。そんな子供達を訓練して、闇の暗殺集団を作り上げていると言う都市伝説が有るそうだ。
仮に彼らが動いたとなれば、経済界からもエントリーしてきたと見てよさそうだね・・・この線が有力だろうね」
「経済界から?」
「そう、中国と日本の関係は昔から政治面が冷えてて経済面が熱いと言われて来た。今回どう言ったパイプに水が流れたのかはまだ分からないけど、日中合同の線は間違いないだろうね」
「でも、さっき言ったヘイハイズ集団は政府の機関じゃないの?」
「金に転ばない政治家はいないって事さ。勿論、倭国新党の党員は除くけどね」
「そんな事より、いよいよ黒幕が拝めるって事ね」
「ああ、いよいよだね」
そんな二人の期待はあっさりと裏切られる。「ふ~ん、マジックミラーと来ましたか、用心深いと言ったらありゃしないわね」
「おまけに音声まで変えている。中々のタヌキだね」
流石のワタシもミラーの向こう側までは見ることが出来ない。サーモ感知で人数と背格好、動きが把握できるくらいだ。今、分かっているのは、全部で5人、その内3人が腰を下ろしている。
音声の方もフィルターを掛ければ、ある程度は特定できるが、二重,三重に加工されている分までは特定する事は出来ない。聞こえてきたのは、可愛らしい女の子の声だった」
「お目に掛かれて、光栄です。大統領」
「私はお目に掛かれていないんですけど、おまけに声まで変えるのは卑怯じゃない」
「これは失礼。なにぶん私は年老いており、妙齢のご婦人に顔をさらけ出すのには抵抗が御座います。声もしわがれておりますし」
「あら、私はそんな事は気にしないわ、ロマンスグレイの叔父様も素敵よ」
「残念ながら、私は叔父様とか言う年では有りません。出来る事なら30年前にお逢いしたかった」
「う~ん、30年前は私が生まれていないわね、残念だけど。そんな事を言ってる貴方は今お幾つなのかしら?」
「年寄りに年を聞くもんじゃありませんよ。まっ中には矍鑠たる姿を自慢するように年齢を仰る御仁も居りますが」
「貴方はその御仁では無いと言う事ね。それじゃ片足、棺桶の口かしら?」
「失敬なお方だ。私はまだまだ現役ですよ。少なくとも臆病風に吹かれている連中よりはマシです」
「それじゃぁ、敬老の日には花束よりも、バイアグラでもお送りしましょうか」
「そちらの方もご心配には及びません。世間ではそう言うのを<大きなお世話>と言います」
「じゃぁ、中国にはもっと良いお薬が有るって事?中国4000年の歴史的な」
「そうやって私の素性を探ろうなんてしても無駄ですよ。私はあくまでも謎のおじいちゃんと言う事で」
<ヘ・タ・ク・ソ!>京一郎の指し示すカンペにはそう書いてある。!マークまで付けて、意地が悪い。
「さて、そろそろ本題に入るとしよう。あんた達が掲げておるマニフェストに付いての事じゃが」いきなり口調が変わった、社交辞令タイムは終了と言う事だろう。
「どのマニフェストの事かしら」
答えは分かっている。分かっているが一応聞いてみる。案の定、<社会主義的資本経済>と予想どうりの答えが返ってきた。口ぶりからすると、人に命令を下す方の人間だ。忍耐しても尚、経済界に影響力の有るフィクサー連中の中の一人だろうか?。
「そのマニフェストの何が問題なの」
「何が問題だと!そんな事も分からんのか」
「ええ、これを考えたのは夫だけど・・・様々な経済学者や経済界の人達とのディスカッションを繰り返して、納得してもらったって言ってたけど」
「そんなもん無効に決まっておる。腰抜けどもの腰が砕けただけにしか過ぎん。どのようにして戦後の日本経済を復興させたのか理解しとらん連中の戯言じゃ」
「例えば?」
「日本は資源の乏しい国じゃが、昔は石炭と言う地下資源だけは有った。しかし石炭が石油に取って代わられてからは、ジリ貧じゃ、石炭では飛行機は飛ばんからな、当時、日本はアメリカから石油を輸入しておった。知っておるか?日本が第二次世界大戦に踏み切らざるを得んかった要因の一つが石油じゃ。アメコウが石油はもう売らんと言いだすから・・・それは困ると言う事に成った。
何しろ当時日本は東南アジアを我が物にしようと、いやもとい、植民地になり下がっておる国々を列国から救出しようとしておったからな、石油はどうしても必要じゃった」
「それで真珠湾攻撃へ走らざるを得なかったと?」
「その通りじゃ、日本は前日に宣戦布告をしておったと言うのに、アメリカ担当の外交官どもは酒盛りをしておって、その外電に気付くのが遅れて後の祭りに成ったと言うオマケまで付いておる。おかげで日本は不意打ち侍の卑怯もん扱いじゃ。それでアメリカ人の戦いの合言葉はリメンバーパールハーバーとなる。至極当然の成り行きじゃな。違う意味でのA級戦犯はあやつらともいえる。全く、官僚と言うヤツラは昔も今も・・・」
「腰を折るようで申し訳ないんですが、資源の話はどこ行っちゃたの」
「おお、そうじゃった、年を取るとどうしても昔話が長くなってしまう。お主が以前の総理大臣の肩書きじゃったら「アイム・ソーリー」と言っておったところじゃ。そう言って謎のおじいちゃんは少女の声で高らかに笑った。実に下らない。どこに笑いのツボが有るのかだけは分かった気がしたが。
「資源の乏しい国が世界と戦っていくには、加工技術を高める事しか道は残っておらん。例えば1トンの鉄鉱石を輸入して、1トンの車を作り、仕入れ代金にゼロを二つばかり足して輸出するすれば、ボロ儲けと成る訳じゃ。それで日本は一時、世界第2位の経済大国になった、今は中国に抜かれてはおるがの。
中国はいずれ失速しよる、日本が抜き返す日もそう遠くは無い。遠くは無いと思ってた矢先にお前達のアレじゃ。ワシは冥途の土産に、もう一仕事せねば成らぬと立ち上がったと言う事じゃ」
戦後の焼け野原状態の時、闇市か何かで小銭を稼ぎ、それを元手に事業を起こし、わらしべ長者の如く成り上がっていった人間かも知れないと私は推測した。闇市時代に反社会的組織と繋がっていたか、そのものだったかも知れない。杯を返して後、経済界をのし上がった人物と言う線も有りそうだ。
「冥途の土産は私の首なの?それは、あまり感心出来ないわね」
「お主の首を貰ったところで、大して変わりはせんじゃろ。むしろ、妻の敵とばかり、旦那が血迷う可能性も有る。どうじゃ、これもあんまり感心出来んじゃろ」
別に感心するか、しないかで争っている訳では無いので、どうじゃと言われても、困る。それよりも、話の着地点が見えないのが腹立たしい。
<いっその事、ここでアレやっちゃう>と目で合図。<まだまだ>と京一郎。<別にいいじゃん、取り囲んでるから逃げられる心配も無いし>と私。<まだまだ>と再び京一郎。・・・じれったい。
「そこで提案じゃ」お、お出でなすった。
「お主達の掲げておるマニフェストの中に、大企業に触れとる条文が有るが、これ関係には手を付けんでもらいたい。今までどうりでな、何も変える必要など無いんじゃ。
国営化されて、お上から給金を貰えるとなれば、農林業の連中は皆喜ぶじゃろう、ワシも賛成じゃ。が、大企業まで国営化する事はまかり成らん。なにが国民全員公務員じゃ、集めた金を公平に分配するじゃと、そんな制度にしたらズルして怠ける奴が出てきよる。火を見るよりも明らかじゃ、それよりも何も競争意識が薄れてしまう。そうなれば、日本は世界に置いて行かれよる。そんな簡単な事も分からんのか!」
う~ん、その為の教育改革とか、社会制度の見直しとか色々有るんだけど・・・今ここで説明しても、おそらく理解してもらえる事は無いだろう。頑固爺の匂いが、話を聞いてるだけで漂って来ていた。
「可決したばかりの法案を廃案にしろと」
「誰も廃案にしろなんて一言もいっとらんじゃろ。見直しじゃ、見直し。ほんの一部分見直すだけで良いんじゃ。どうじゃ?」
又、又困る。
「万が一、私が貴方のご要望にお答えする気になっても、私の一存じゃ変えられないのよ。いくら私が大統領だと言っても」
「その位はワシも調べておる。条文の一部見直しに付いては、大統領の権限により、それを可能とする。ただし、副大統領の合意を必要とする。と言う項目があろう。それを使ったらええ。どうじゃ」
・・・今度は困らない。でも困ったフリはする。「う~ん」ついでに唸っておいた。私は、狙いどうりの仕掛けに魚が食いついた時の釣り人の気持ちを味わっていた。
最初、この項目を入れると言い出した京一郎に対して、私は当然の如く反対した。国民が納得しないのは目に見えていたし、何より独裁体制の匂いがしたからだ。そんな私の心配は「これ、ガセだから」の一言で飛散した。
国民に公示する分の中に、気付かれない風を装って、この項目を差し込み、釣り場に撒くと言う。だから、一般の人の目に触れる事は無いとも言った。一般人と、そうで無いの人との線引きは何所?と聞くと<ナイショ>とかわされた。京一郎に、夫婦間の秘密は破局を招くぞと脅してやったが、相手にされなかった。
「ちょっと、素朴な質問させてもらっていいかしら?」
「なんじゃね」
「貴方の考えはよ~く分かったけど、どうやってそれを成し遂げようとしてるのかが分からないの。私達が貴方のご期待にお答えしてサインをしようとしたら、私を開放しなくちゃいけ無くなるわよ。其れとも、夫を此処に呼ぶ?そうしたら、沢山のお供が付いてくる事に成るわよ」
「なんじゃ、そんな事を心配しておったのか、こりゃ愉快じゃわい」そう言って、又、高笑い。今度はどのツボにはまったのだろう。
「楽しませてもらったお礼に、ネックレスをプレゼントして進ぜよう。おっともう首に巻いておったな」
ワタシが拉致によって拘束された時に、手かせ、足かせと一緒に首に付けられた物だった。幅が1cm位の金属性の、ネックレスと言うよりも、首輪と呼んだ方がいい代物だった。一応、金メッキみたいのがしてあるので、オシャレで付けていると見られても違和感は無いみたいだが。
「これの事?」ワタシは顎をすくめて見せる。
「そう、それじゃ。気に入って貰ったかの。
お主は孫悟空の頭に巻かれておる、キンコジと言う輪っかの事を知っておるか?うん、そうじゃ有名な話じゃからな。三蔵法師が呪文を唱えると輪っかが絞まり、悪さが出来なくなると言うアイテムじゃな。そのネックレスが現代版キンコジと言う訳じゃ、お主がワシの言う事を聞かないと、絞まる代わりに爆発すると言う仕組みになっておる。どうじゃ、ええじゃろう」
成る程、そう言う事ね、手かせ、足かせを外さぬまま椅子ごと移動させられていた為、首輪も拘束物の一つと考えていたので、そこまで気づかなかったと言う何ともお間抜けな
話である。
でも、これで京一郎では無く、私が拉致された理由が分かった。ようするにガードが甘い方ならどっちでも良かったと言う訳だ。この手の要求をするのなら、私より京一郎の方が良かった筈である。拉致するチャンスが訪れたのが、私の方が早かったと言う事だろう。
「分かったわ、私は貴方に逆らえないって事ね」
「うん、うん、物わかりの良いお嬢ちゃんで、下手な手間を掛けずに済みそうだわい。ちなみに、取り外そうとしても無理じゃからな。ドーンとくるぞ」
お主からお嬢ちゃんに格上げになったようだ。ドーンに関しては言われなくとも分かっている。これだけの事を計画している連中の事だ。首輪を取り外そうと、何らかのアクションを起こした時点で爆発する仕組みに成っているのだろう。そして、それを解除するスイッチが、有るのかどうかさえも分からないと言う状況に成っている。改めて、影武者に同情した。