始まりの終わり
京一郎の計画どうり、私達は1週間後に記者会見を開いた。京一郎はサプライズゲストとして後から登場させる予定だったが、どうせなら派手にと言うリクエストにお答えしてミイラ男に変身させた。
パジャマ姿にサングラス、車椅子に乗った京一郎が現れた時、詰めかけていた報道陣からどよめきの声が上がった。稲妻のようなフラッシュがようやく収まると、京一郎はおもむろにサングラスをはずして立ち上がり「今こそ我は復活し」と高らかに宣言し・・・やらかした。会場は一瞬で水を打ったように静まり返った。
潮の引いた干潟で、臆病なムツゴロウ達が恐る恐る顔を出すように、一人、一人我に返った報道陣から声が上がり、やがて津波のような質問の嵐がおこった。
振り上げた右手と、立ち上がった身体の戻すタイミングを捜していた京一郎は、この時とばかり両手を仰いで腰を下ろした。<まぁまぁ>のポーズである。格好つけたのはいいが、腰を下ろした場所が元の車椅子なのはいただけなかった。
包帯を取り、会見用の椅子に座り直した京一郎に代わり、私が大まかな事情を説明した。 何故、無事だったんですかの質問には京一郎が自ら説明した。
「私が以前、テレビ放送でバリアの事をお話したのを覚えていらっしゃいますか?今までは大きすぎて、車などにしか搭載出来ませんでした。しかし我Jスクエア社は試行錯誤を重ね、遂に小型化に成功しました。効力の方は私を見ていただければ一目瞭然です。
爆発したのは犬の首輪に仕込まれたプラスチック爆弾です。事故直後の映像を見ていただければお判りの通り、人ひとり殺傷するには充分な威力を持った物でした。
可哀想なのは、何にも知らないワンちゃんと、抉られた遊歩道、風圧で飛ばされ軽傷を負ったSP達です。改めまして、ワンちゃんのご冥福をお祈りいたします」
「それで副大統領は、ホントに無傷だという事で宜しいんですね」
「はい、この通りピンピンです。実を言うと私も3m程飛ばされましたけど、このバリア発生ベルトのおかげで助かりました」そう言って京一郎は腰のベルトを指さした。
「これは男性用の幅広タイプですが、女性用も開発済みですよ」うながされた私はおもむろに立ち上り、腰のベルトをお披露目した。開発チームのセンスは悪くない。
「それで、襲撃犯の目星は立っているんですか?」
「ええ、犬を散歩させていた女性の証言を基に調査が進んでいる状況です。遠からず犯人逮捕の段取りになるでしょう」
「犯人逮捕の最終段階まで進んでいると考えて宜しいんですね」
「う~ん。先程遠からずと言いましたが、実は今日の早朝、関係者全員の一斉摘発に踏み切っています。今日の昼過ぎにでも警視庁の緊急記者会見が開かれる事でしょう。今9時を回っていますから、もう片が付いてるかもしれませんね」
絶妙のタイミングで入ってきたSPがメモを私に差し出す。ちょっとワザトラシク無い?と言う気持ちは飲み込んで、私は何も書いてないメモに目を落とした。
「たった今、片が付いたそうです。詳しい事は会見で発表するでしょうから、ここは警視庁の顔を立てておきましょう」
それから落ち着かない報道陣との間で、質疑応答が交わされたが、質問が翡巫子の事に及んだ時には「ええ、順調に育ってます」とだけ答え、後はプライベートな事はそれ以上聞くんじゃねぇぞ光線を浴びせてやった。
「旅にでも出ませんか?ちょっと遠いんですが・・」京一郎がこんな言葉遣いをする時は、何か企んでいる時だ。怪しい・・・
「私を宇宙のハテまで連れて行ってくれるの?」と一応ノッテみた。
「え?なんで分かった。そっか、これが夫婦の以心伝心と言うやつか」
若手の芸人が、笑いを取ろうとして言った筈のボケが、思いもよらず正解と返された時の気持ちが痛い程分かったが、それを悟られるような私では無い。
「うん、そろそろ地球に飽きてたなぁと思ってたところなの。さすがダンナ様」
「それなら話は早い。流石にハテまでは行かないけどね」
「じゃ、月?ならば私はムーンウォークの練習を・・・」
「月じゃないから。ムーンウォークの練習も必要無し」
「月じゃないとすると・・分かったカ・」
「火星でもありません。SSです!」
「SSって?スペースステーションに行くの」
「そう、かねてから増設中だった宇宙ステーションが完成したからね。その視察も兼ねて、宇宙旅行にご招待という訳だ」
「そっか、遂に完成したわけね。予定より早かったんじゃない」
「輸送手段がロケットからスペースコンボイに代わってからは、効率がグ~ンとアップしたからね」
スペースコンボイとは、一度に10トン以上の荷物を運べる、UFO型トラックの事だ。UFO型と言うだけあってスタイルは直径10mの円形をしている。荷物を満載すると総重量は20トンを超える。これが音も静かに浮上して行くさまは、まさしくUFOなのである。
原理に関しては京一郎いわく<気球みたいなもの>だそうだ。従来の気球と違うのは、バルーン部分がエアドームシステムを流用している事と、バーナーの代わりが太陽の光と熱を利用するシステムになっている事だ。晴れた日にエネルギーを溜めておけば、雨の日でも浮上する事が可能になるそうだ。雲の上に出れば、後は飛行用に改良されたDEESの推進システムによって、何処にでも飛んでいける。
コンボイを小型化し、人間の移動用に改良したのが、エアーシャトルである。今回利用するのは12人乗りの機種だ。機種名に関しては「銀河鉄道」なんてどう?と言う京一郎に対しては「それは、さすがに、どうかしら」とお茶を濁しておいたら、この名に落ち着いたようだ。
SSまでは片道30分の日帰り旅行だ。今回、翡巫子はお留守番である。翡巫子の「マ~マおみやげ、おみやげ」のリクエストに対して、真剣に月の石を拾って来ようとした考えは「石を貰って喜ぶと思われますか」と言うIYOさんの的確なアドバイスにより、断念させられた。
「今度、遊園地に行こうね」の一言で納得させると、手を振って見送ってくれた翡巫子だったが、右足で石をけるマネをして<私、納得してないから>と暗黙の自己主張をするのも忘れていなかった。
私達を乗せたエアーシャトルは静かに浮き上がり、みるまに高度を上げて行く。船内スペースと外部機体との間には空間がある。電磁の力で隙間を作る事により、ショックアブソーバーの役割を果たしていると言う。機体が揺れても身体が感じる事が無い優秀なデバイスだ。
一度、京一郎に台風の時でも大丈夫なのかと聞いた事があるのだが<台風の時は誰も外出しないでしょ>と言われ、思わず納得してしまった。ついでに顔も赤くなった。
エアーシャトルは地上から約10Kmの対流圏と呼ばれる空気の層を抜け、成層圏へと到達する。SSはその成層圏の中の、地表から約70Kmの位置に浮かんでいた。
対流圏を抜ける間は時速で言えば40kの安全運転である。「これなら、ネズミ捕りにも捕まらないよ」と言う京一郎のつまらないギャグは、スケルトン部分に展開されるパノラマに見惚れている私の耳に入って来る事は無かった。
SSの中には12人のスタッフが、一ヶ月交代のローテンションで任務に就いている。仕事の大半はアンドロイド達が担当しているので、スタッフ達はチェックとメンテナンス、アクシデントに備えてのスタンバイが主な仕事である。
宇宙空間における人間の適応性のサンプリングも仕事の一つだが、今まで体調不良を訴えた人間は出ていない。ここでも人間とアンドロイドは対等の立場を取っている。一応両方にもリーダー格がおり、キャプテンと呼ばれている。
今回の人間のチームのキャプテンは、理性と勝気を漂わせたチャーミングな女性だった。 ネームタグにはKOTONO・KAMACHIと記されている。年齢は25才となっていた。私の顔を見るなり、女性のタグにまで年齢を記載するのは、いかがな物でしょうと噛みついてきた。「ホントにうちの旦那はデリカシィーが無くて、困っちゃうわよねぇ」と同気してみせると「ですよねぇ」と矛先が収まった。私は京一郎にだけ分かるように、そっと苦笑いした。
SSに搭載されている中型のスーパーコンピューターK=2は、地上監視システムにカヴァーされているエリアを記録したデータを、10年分溜め置く事が出来る容量を持っている。気象に関するデータに対しては100年分だと言う。天気予報の精度は確実に上がる事だろう。
監視システムは地上に設置されている監視カメラと連動している為、対象者の顔のアップまで捕らえる事が出来る。カメラがカヴァー出来ない所は、鏡を置く方法もあると言う。「女子高生のスカートの中をのぞく気?」と聞くと「それも良いねぇ」と軽くかわされた。ピンポイントで光の屈折率を変える事により、斜め下から覗き込むような画像を撮る事が出来ると言う。<画質は落ちるけど、識別できる>レヴェルだそうだ。
SSには眼だけではなく、手も足もある。足で蹴っ飛ばし、手で掴み上げると表現すれば分かり易いか?。例えば、とある路地裏でナイフを使ってカツアゲをしようとした犯人が、ナイフを飛ばされ、体を拘束され、逮捕された事件があったとしたら、それはSSの仕業である。無論、レーザー砲は最初から搭載されている。どんなミサイルも近づく事さえ出来ない。
このシステムはアイズ・アテナと名付けられている。アテナはギリシャ神話の戦いの女神の名前である。その眼が光っているから、悪さは出来ませんよと言う事らしい。
「私が名付け親です」琴乃ちゃんが鼻を膨らませて胸を張る。機嫌は直ったようだ。
その内、戦車も上げれるようになる。と京一郎は言うが、今の優先順位はSSの2号機を作る事が一番だ。最終的に12機のSSで全世界をカヴァーする事が可能になると言う事だが、それを実行に移すとなると、中国や北朝鮮に韓国、アメリカ、ロシア、中東の国々等が反抗してくるのは火を見るより確実だ。
「大丈夫、ちゃんとWin,Winの関係にするから」と京一郎は言うが、いくら、人たらしの名人にも簡単には行かないだろう。むしろ不可能に近いと言うのが偽らない心境だ。 只、イスラム国によるテロ行為が問題になっている地区なんかは、一日も早く解決すればいいなとは思っている。
日本には過去、戦国時代に代表されるように、幾度となく内戦を繰り返してきたが、江戸時代から今日にかけて国内での戦は無かったと言っていいだろう。国を追われ、難民になった事の無い人達にとっては、あくまでも<対岸の火事>としか映らないのは仕方のない事だろう。でも、私達はそういった人達と一線を画さなければいけない立場にある。私達にはそれを可能にできるだけの力が与えられようとしているとも言える。
興が乗り過ぎた私は、飲んでいたグラスを持ち上げて「世界平和の為に、乾杯」とやらかしてしまった。京一郎を始めアンドロイド達さえも、私も見つめて呆気にとられていた。(う~ん、人工知能・感度よすぎ、琴乃ちゃん・笑い過ぎ)
「ちょっと寄り道していきますか」の一言で、対流圏まで降下していたエアーシップはそのまま水平飛行に走った。
「見つからないの?」
私の問い掛けには「アフリカの視力5.0の種族が空を見上げていたらヤバイかもね」とウインクして見せる。エアーシップはレーダーに映らない。だから勝手に領空侵犯しても気付かれる事も無い。もっと下まで降りる時は、雲の煙幕を張るそうだ。空を見上げた人達は、<やけに低い雲が流れているなぁ>位にしか考えない。曇り空なら尚更気付かれないだろうねと言う。「こんなデバイスも有るんだよ」京一郎はそう言ってパネルを操作する。休憩中の農夫夫婦の「今年は豊作だべ、えがったな、お前」「うんだ~お天道様のおかげだべ」と言う会話が聞こえてきた。ちなみに、この夫婦はスペイン語で喋っていたので、なまっている部分は私が勝手にアレンジした。
「今度は女子高生を盗聴する気?」今回の質問に対しては、流石の京一郎もあきれ果てたと見えて、両手を広げ、首を左右に振って見せた。「お前は欧米人か!」
翡巫子は満面の笑みでお出迎えをしてくれた。お土産はオーストラリアの青空市場で買ったコアラのぬいぐるみだ。何故、私がこれを手に入れることが出来たのか?話は2時間前に遡る。
「じゃ、下に降りてお買い物タイムとしますか」こう言われると当然「いくらんでもそれはマズイでしょ、目立ち過ぎるって」とこうなる。「大丈夫、車で行くから」と返されると、私の頭の中でひさかた振りのホタルのダンスが始まる。
結局、車に乗って下に降り、道路を走って、市場に行く結末になるのだが。その車はと言うと、いつの間にかエアーシップとドッキングしてスタンバイしていた。したり顔の京一郎にすれば、全て計画どうりのようだ。予め、オーストラリア上空に待機させ、呼び寄せる段取りになっていたのだろう。サプライズにも程がある。
車はオーストラリア国内で何処にでも走っているようなタクシーのデザインをしていた。これならSPが運転席に座っていても、なんの違和感も無い。
(そ~かぁ、いよいよ車が空を飛ぶ時代がやってきたのね、SFの世界だわぁ)私の想いは京一郎のドヤ顔に飲み込まれて、言葉を結ぶ事を拒否した。
そんなこんなで今、コアラは翡巫子の腕の中でハグをされている。余程嬉しかったのか「パパ、ママありがとう。だいすき」とまで言っている。
パパとママの順番が違う事に関して一々、目くじらを立てるような私・・・では無い。
が!「今度は翡巫子も連れて行ってあげるよ、もう少し大きくなったらね」と翡巫子への好感度を上げようとする京一郎に対しては、足を蹴飛ばして意思表示をしてやった。
勿論、偶然のアクシデントを装うための謝罪の言葉を添えるのも忘れなかった。