【満潮の独白】/【万葉の独白】
この作品には、闘病、死、児童虐待を示唆する描写が入ります。
自己責任で回避をお願いします。
【満潮の独白】
あなたは言った。
「夜の海にはいったら、つかまってしまうよ」
「何に?」
あたしがいくら聞いてもあなたはほほえむばかりで答えてはくれなかった。
あたしは今でもわからない。
あなたは夜の海にとらわれたまま、帰ってこない。
【万葉の独白】
僕、鈴森万葉が生まれた時、僕には二人の兄がいた。
長兄、呉葉について、僕は語る口をもたない。
何故なら、僕と彼は十一も年が離れていて、ほとんど一緒に暮らした記憶をもたないから。
幼いころに不治の病を宣告され、そのほとんどの生を病院で過ごした彼は、高三でこの世を去る。
呉葉の死を、最も身近に感じたのは、二番目の兄、葉市だろう。
僕と三つ違いのこの兄もまた、呉葉と同じ不治の病にかかっていた。
病院から離れられず、いずれ呉葉と同じように、若くして死ぬことがさだめられた兄。
僕にとっての不運は、そんな兄らをもちながら、すこぶるつきの健康であったこと。
彼らの看病と治療費を稼ぐためという親の放任。そんな彼らを、それでも家族と思うだけの分別が育ったこと。
そして、葉市との微妙な年の差。
目ざわりだった。いつも。
いつでも。
葉市が。
いずれ呉葉と同じように、病院で、静かに逝くものだと思っていたのだ。
葉市は、まったくいつも、期待を裏切ってくれる。
二年前の今日、葉市は逝った。
事故で。
冬の、視界の悪い雨の夜に、若葉マークの葉市は、崖から車ごと海に突っ込んだ。
それっきり、戻ってこない。
荒波の海で遺体はあがらず、身を切るような冷たさの海中で、生存は絶望的で。
半年後、空っぽの棺で葬式ができることを知った。
死者一名、重症者一名のスリップ事故。
助手席にいたのは、幼なじみの彼女。
ただ一人の生存者。
当時、高校三年生だった彼女は、重症のまま、病院で春を迎え。
抜け殻のような一年を過ごし、少しずつ、回復していった。
かのようにみえた。
本当に、目ざわりだった。昔も、今も。
彼女は今も、真っ黒な冬の海にとらわれたまま、戻ってこない。
のんびり更新していきます。