表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第二章 祭り一日目

定期便に乗り込んで数分後のことである。定期便は港を離れて、海波根島へと向かっていた。その時に鬼島笹百合が錬太郎に聞いてきた。

「ねぇ、錬太郎くん。ついさっき法被を着ていたら涼しいって言っていたけど本気で? 強がりとかじゃなくて?」

 定期便のなか、自動販売機の前でのことだった。錬太郎に質問をする鬼島笹百合は実に不思議そうにしていた。質問をしながら錬太郎に自動販売機で買ったお茶のペットボトルを突き出していた。

 鬼島笹百合が錬太郎に質問を飛ばすのはさっぱり納得できなかったからである。納得できなかったのはつい先ほどの出来事についてである。

 鬼島山百合に対して錬太郎が語った感想だ。あれが納得いかなかった。なにせ涼しいなどというのだから信じられない。どこからどう見ても暑苦しい格好だったのだ。実際体験したことのある彼女は嘘だとはっきりと言い切れる。その自信がある。

 だから鬼島山百合に対して錬太郎が語ったはっぴの感想は強がりか嘘だと考えていた。そしてあまりにも納得がいかないので、錬太郎に直接聞くことに決めたのだった。

 不思議そうな顔をしながら鬼島笹百合が質問をするので、ペットボトルのお茶を受け取りながら錬太郎は答えた。

「全然ですよ。よくわからないんですけど、風が吹いているみたいですね。あれじゃないですか? 温度差で気流が生まれるとか、そういう感じ。砂漠に暮らす人たちの民族衣装にそういう効果があるとどこかで見た覚えがあります」

 鬼島笹百合のおごりのペットボトルを開けながら錬太郎は自分の感想を話した。その時の錬太郎は少しも後ろ暗いところがない。嘘偽りなど全くないと自信満々だった。表情を見れば嘘をついていないのはすぐにわかる。

 それはそのはずで、錬太郎はさっぱりウソをついていない。まったく何もない。本当に涼しかったのだ。木彫りのお面をかぶり、裾が燕尾服のように変形している法被を着ていたというのにもかかわらず、暑苦しいと感じなかった。むしろ非常に快適だったのだ。そのため涼しく感じられた理由などを考えて正直に話すことができるのである。

 錬太郎が自信満々に快適だったと答えると、鬼島笹百合は少し膨れた。明らかに納得していない。しかしそれ以上突っ込んでくることはなかった。鬼島笹百合は一応納得したのである。錬太郎の涼しく感じられた理由を受け入れたのではない。錬太郎が涼しく感じたのは間違いではないというと納得したのだ。

 そして錬太郎の感覚を信じたのは錬太郎の自信満々にうなずく姿が、鬼島笹百合の友人花飾晶子の自信を持って答えるときの顔とよく似ていたので、信じた。少なくとも本人は自分の中の真実というのを発表しているのだろうと納得がいったのだった。

 そうして鬼島笹百合と錬太郎がだらだらと話し始めた。特に取り留めのない会話でまだぎこちないところが多くみられた。しかし二人とも会話のキャッチボール自体は上手で、話はうまく続いた。そして探り探りながら二人が話をしていると、知り合いと話をするために姿を消していた鬼島山百合が現れて、話しかけてきた。

「そろそろつくわよ。降りる準備をしなさい」

 定期便の中でも鬼島山百合はお面とはっぴを身に着けたままだった。鬼島山百合がお面とはぴを身につけたままでいるのは、錬太郎と同じ理由である。このお面とはっぴを身に着けていると非常に快適であるから、身に着けたままなのだ。

 普段はこのような格好をしていると怪しいにもほどがあるのでできない。しかし今日、明日、明後日の三日間は祭りの時間である。このような奇妙奇天烈な恰好をしていても問題ないので、思う存分快適さを楽しんでいるのだ。

 鬼島山百合が到着を予告すると、錬太郎は船の行く先を見つめた。錬太郎の目は輝いていた。錬太郎の視線の先には、島があった。海波根島はたくさんの人が住んでいるわけではないだろう。しかし遠くからでも見える民家の数を見ていると、それなりの島人たちがいるのは間違いないのがわかる。そして、定期便が近づけば近づくほどはっきりと見えてくる、町の中に見える祭りで使うのだろう飾りつけ、やぐらのようなもの。部外者である錬太郎からは見るだけでも胸躍る光景だった。



 錬太郎が海波根島を眺めていると鬼島山百合がこのような質問をした。

「花飾くんは高校を出た後のことは考えているのかしら?」

 鬼島山百合の突然の質問は、非常に軽いテンポで飛んできた。まったく堅苦しいところのない調子で、警戒心を持たせない声色だった。

 この質問に特に大して意味はない。鬼島山百合の孫娘、鬼島姫百合が大学受験に挑むというので、そのつながりで錬太郎に質問を飛ばしているのである。錬太郎が受験をするのは来年のことであるから、気が早いかもしれない。しかし時期は特に問題ないのだ。少し時間があるので、暇をつぶす目的で話をしていた。

 少し間を開けてから、錬太郎は答えた。

「大学に行こうと思っています」

 錬太郎は海波根島を見つめたままで答えていた。質問に答える時の錬太郎は少しも迷いがなかった。錬太郎の答えには錬太郎の自分なりの理由があったからだ。だから、全く迷いもなくそして力むようなこともなく答えられたのだった。

 錬太郎が答えると、何度かうなずいてみせてから鬼島山百合が質問をした。

「大学ね、このあたりだと県立大学あたりが通いやすいわね。もうどこを受けるか決めているの? まだ早いかしら」

 鬼島山百合は自動販売機でジュースを買いながら質問をしていた。まったく気負うところはない。完全な世間話だった。

 鬼島山百合にしてみると、大学などどこでも同じだろうという気がある。もちろん大学に入るために難しい試験が待ち構えているのは知っている。鬼島山百合も当然だが子供たち孫娘たちの頑張りを知っているのだ。

 しかし、大学に入った後は結局自分次第だろうと鬼島山百合は考えていた。つまり大学に入った後一生懸命に学生をするのか、それとも大学生という身分をつかい遊びまわるのかはその人次第だあろうと考えているのだ。

 そのため、どの大学に通うことになろうとも、鬼島山百合は構わないと思っているし、重要だとも思っていなかった。そのため、大学に進むといって答えた錬太郎に対して質問をするのも、通いやすいかどうかくらいのものしかないのだ。

 これは、大学の学力に意味があるわけではないと見きった考え方で、どうでもいいと思っているからの発想だった。

 かなり間を開けてから錬太郎は答えた。

「いえ、まだ決まっていません。今は学力をつけることでいっぱいいっぱいです」

 質問に答える時の錬太郎は海波根島ではなく海を見ていた。穏やかな波の立たない海が広がっているのを、錬太郎は見つめていた。

 錬太郎は自分が足りていないのがわかっていた。学力ではない。学力なら全く問題ないのだ。また熱意もある。どこかへ行きたいという力もある。

 そして、その熱意にしたがって冒険できる勇気ももっている。

 しかしそれだけなのだ。錬太郎はどこに向かうともわからないのである。熱意だけがあり未知の世界を歩き回る目的がない。鬼島山百合や鬼島姫百合のように、そして名前も知らないどこへ向かえばいいか決められた人たちが持っているような何かが、錬太郎には足りていなかった。この足りていない自分がいるとわかっているからこそ、海波根島を見つめていられなかったのだ。結局海波根島は錬太郎の目的地ではないのだから。

 錬太郎の答えを聞いた鬼島山百合はそれ以上何も聞かなかった。すぐに別の質問に切り替えて、話を弾ませた。趣味の話。好きな食べ物について、鬼島山百合は会話上手で、錬太郎もあっという間に乗せられて、好きな女性のタイプまで話してしまった。

 鬼島山百合の話術ならば、錬太郎の迷いについてさらに深く手を入れられただろう。しかしやらなかった。錬太郎の中に迷いがあると見抜いたからだ。そしてこれが、大切な迷いだと知っていた。錬太郎と同じくらいの子供たちには、よくある悩みの一つである。

 長い間生きてきた鬼島山百合にとって、錬太郎のように悩む子供たちは何度も見てきた。そして子供たちが悩みを乗り越えるのも見てきた。そして、鬼島山百合も悩んできた人間なのだ。

 こういうときに他人から与えられる答えは意味がないと鬼島山百合は知っていた。だから錬太郎の悩みに入り込むようなことはしなかった。それが錬太郎に対する鬼島山百合の配慮、優しさだった。

 鬼島山百合と錬太郎が会話を黙って鬼島笹百合は聞いていた。鬼島笹百合は話に入ってこないけれども、聞き耳だけは立てていた。

 そして、ペットボトルのお茶を飲みながらいろいろと考え込んでいた。鬼島笹百合は錬太郎が悩んでいる問題について、思い当るところが多くあったのだ。何せ錬太郎の悩みとは数年前に鬼島笹百合が体験した悩みである。

 大学に進むと決めたはいいけれど、実際何をするのか、どうしたらいいのかというのは実際に大学に通ってみてやっとわかることばかりだった。

 だからどうしても高校生の間は不安になる。先輩から話を聞いても大学を見に行ってみて講義を体験してみても不安はなくならない。そうして困ってしまって迷い始める。そんな時期が彼女にもあった。だから黙って聞いていた。

 アドバイスなどすでに先生たち同級生、先輩から嫌というほど聞かされるのだ。それでも迷っているから問題であって、こんな時に割り込んでしまえば余計につらくなるのは見えていた。だから黙って聞いていた。そしてこんなことを決心するのだった。

「もしも、錬太郎くんがどうしようもなくなって私に頼ることがあれば手をかそう。

 それがきっと一番角が立たなくて、一番ためになるはず」

 鬼島笹百合が静かな覚悟を決めてから十分ほど後のこと、いよいよ海波根島に到着した。




 定期便から降りるときだった。鬼島笹百合が非常に遅れた。ほかの二人は簡単に船から降りられたのだが、彼女はできなかったのだ。

 鬼島笹百合は非常に大きな荷物を持ってきていた。キャリーバックのことである。一応自分の力で持ち運びできているのだが、定期便の出入り口というのが思いのほか波で揺れるのだ。もちろん、大したものではない。少し揺れているなと思うくらいのものである。

 しかし、鬼島笹百合にとっては結構な問題であった。小さな波の揺れでキャリーバックがくるくる動いて、彼女の腕から逃げていきそうになるのだ。何とか動かないようにしていると、今度は足がほとんど動かなくなる。そうして、鬼島笹百合は亀のような移動速度で定期便から降りるということになっていた。

 定期便に乗っていたお客たちと比べても圧倒的に動きの遅い鬼島笹百合がどうしたものかと困っていると、錬太郎が動き出した。一度は定期便から降りていた錬太郎であったがあっという間に定期便に戻り、鬼島笹百合を担ぎ、キャリーバックを持ち上げて、定期便から島に降り立ったのである。

 錬太郎の動きというのは実に素早く、またまったくデリカシーのない行動だった。鬼島笹百合に許可を求めることもなく、あっという間に鬼島笹百合を肩に担ぎ、荷物を運んでしまったのだ。しかし周りの状況を見ているとしょうがないのではないかと思う人のほうが多いだろう。何せ、鬼島笹百合がまごついているのを周りにいる人たち全員が注目していたのである。

 そして何とも言えない空気包まれ始めていた。錬太郎はその空気を察して、問答無用の移動を試みたのだった。

 錬太郎の身軽な動きを見ていた鬼島山百合が錬太郎たちから少し離れたところでつぶやいた。「これはすごい。いい感じじゃないか」

 独り言を言う鬼島山百合は腕を組んで何度もうなずいていた。海波根島の島祭りでつかう木彫りの鳥のお面と燕尾服のようなはっぴを着ているため非常に怪しかった。

 鬼島山百合が何度もうなずいているのは、錬太郎の身体能力が鬼島山百合の目にかなうものだったからである。鬼島山百合は最近の子供たちはまったく外で遊ばなくなったと思っているところがある。森の中を駆け回るとか、外で遊びまわるようなことはせずに、携帯ゲーム機で遊ぶのが当たり前なのだと、そう思っていた。

 そのため、孫娘の世代には鬼島山百合の世代にいたような筋骨隆々な人間というのはいないと思っていたのである。しかし今目の前に錬太郎がいる。これは鬼島山百合にしてみると実にうれしいことだった。時代の流れだからしょうがないと思うところはある。しかしやはり自分の好みというのがあるのだ。

 錬太郎の肩からおろされた鬼島笹百合がこう言った。

「いきなり担がないでよ。びっくりした」

 錬太郎に文句を言う鬼島笹百合は定期便の発着場でまっすぐに立とうとしていたけれどもふらついていた。また、文句を言っているけれども文句を言っているだけで怒っているわけではなかった。

 どちらかというと怒りではなく注目を集めてしまったことに対しての恥ずかしさが顔色からうかがえた。鬼島笹百合自信、錬太郎の行動には感謝している。正直なところ百点満点ではないけれども、助けてくれてありがとうという気持ちが多くあるのだ。

 実際鬼島笹百合に向かっていた視線のほとんどはなくなり、今は錬太郎に注目が集まっている。しかも一応うまく船から降りることもできたのだから、いいことづくめである。しかしやはり担がれたのは鬼島笹百合的には一言断ってもらいたかったのが本当だった。ただ、やはりそれでも怒るに怒れないのは感謝がやや上回っているからなのである。

 鬼島笹百合が文句を言うと、明後日のほうを見ながら錬太郎は軽く謝った。

「すみません。いつもの癖で」

 謝る錬太郎だったが、その目線は海波根島の中心部分にある山に向かっていた。島の中心にドンと構えている山はなかなか威厳があった。

 ただ今までにないくらいに真剣な表情で錬太郎は山をにらんでいる。これは、すぐ近くにいた鬼島山百合も鬼島笹百合もおかしいなと思う真剣さであった。今まで見てきた進路に迷いを持っているどこにでもいるような高校生のする表情には見えなかった。

 二人がおかしいなと思う原因になったところの錬太郎の視線。これが海波根島の中心部分にある山に向かっているのは、誰かに見られているような気がしたからである。錬太郎は何かが自分を見つめているような気がしたのだ。

 錬太郎の真剣な表情、剣呑な雰囲気というのはただこのあいまいな何となくのために生まれていたのである。いるのかどうもわからない、何者かの視線。その妄想だろうとしか言いようのないもののためだけに真剣になるのはおかしなこと。

 しかし錬太郎の自分では制御できないところにあるなにかが錬太郎に警戒を促していたのだ。そして、錬太郎はほぼ無意識に意識を切り替えていた。この意識の切り替えが、錬太郎の真剣さ、剣呑さを生み出していたのである。

 海波根島の中心にある山に視線を向けながら錬太郎が謝ると鬼島笹百合がこう言った。

「姫ちゃんにもこんなことを? 怒るでしょ?」

 錬太郎に質問を飛ばす鬼島笹百合はほんの少しだけひきつった笑みを浮かべ、錬太郎から視線を切り、一歩引いた。質問をする鬼島笹百合は平静を装っていた。

 しかし感情を隠しきれていないのは、表情と行動を見ていればわかる。隠している感情とは恐れと混乱である。

 この二つの感情をもたらしたのは、目の前にいる錬太郎である。彼女には錬太郎が豹変した理由がさっぱりわからなかったのだ。鬼島笹百合に対応するところを見れば、冷静なのだろうけれども、錬太郎の目の鋭さ、発する気配の剣呑さは尋常でない。それこそ問答無用で敵対するものを始末してしまいそうな殺気という現実味のないものを想像するほどである。

 鬼島笹百合にするとこのような変貌はあまりにも非現実的なもので、受け入れられなかった。かろうじて鬼島姫百合の話題を出せたのは、頭のどこかで錬太郎の変貌が勘違いかもしれないと思う心があったからである。

 鬼島笹百合の、人の妹を荷物のように運んだことがあるのかという質問に、錬太郎はこの用に答えた。

「万年院と池淵先輩くらいしかしませんよ、基本は。急いでいるときはかついだほうが早いんで」

 鬼島笹百合に答えるときには錬太郎の視線は鬼島笹百合に向かっていた。今までのように海波根島の中心部分にある山に向かったままではない。また、鬼島笹百合を見る錬太郎の表情はいつもと変わらない少年としての錬太郎の顔に戻っていた。

 それというのも、錬太郎が今まで感じていたあいまいな視線が全く感じられなくなったからである。錬太郎はこの、妄想としか言いようのない感覚がなくなったのを、やはりと思ったのだ。やはり自分の勘違いだったと。それこそ、シャンプーをしているときに、背後に気配を感じるような、勘違いだったのだと、そう納得したのである。

 そうして錬太郎は警戒を解いたのだった。そして、警戒の必要がないのだから、普通に会話をするだけになったのである。



 目線を鬼島笹百合に向けて錬太郎が答えると、鬼島笹百合はうなずいた。少しほっとしているように見える。鬼島笹百合はやはり勘違いだったと思えたのである。

 自分が今まで見ていた鋭い視線の錬太郎は勘違いであったのだと。それこそ夏の暑い日差しの下にいるのだ。あまりにもまぶしい太陽の光が顔をしかめっ面にすることはよくあることである。そして今まで錬太郎が海波根島の母山を見つめていたのは、やはり目立つからであろうと、そのように納得したのだった。

 そして納得できたから、彼女はほっとして、うなずいたのである。


 二人が話をしていると、鬼島山百合が二人に大きな声を出した。

「二人とも、おいていくよ。さっさとおいで」

 二人に声をかけた時には、鬼島山百合はすでに歩き始めていた。歩幅が非常に狭いのだけれども、足を繰り出すスピードが非常に早くあっという間に背中が遠くになり始めていた。

 錬太郎が追い付こうとするのならば、早歩きをしなければならないスピードである。鬼島笹百合が追い付くためには少し走る必要があるだろう。

 鬼島山百合がさっさと歩き始めたのはいつまでもこんなところでダラダラとやっているのが時間の無駄であったからだ。鬼島山百合にはいろいろと済ませなければならない仕事がある。祭りの仕事を放り出して孫娘を迎えに行ったから準備が遅れているというのはもちろんあるけれども、やはり祭りの最終日に合わせての準備というのは多いのだ。

 錬太郎の気配が豹変したのも鬼島笹百合がわずかに恐れ震えたのも、鬼島山百合は気が付いていた。しかしそれは鬼島山百合にとって騒ぐような問題ではなかったので無視していた。そうしてこの定期便の発着場に特別な問題がないのだから、次に迫っている海波根島の島祭り、二日目、そして三日目の本番に向けて動き出したのだった。鬼島山百合は思いのほか切り替えが早かった。

 鬼島山百合があっという間に歩いていくのを見て、あわてて、錬太郎は動き出した。動き出した時に、鬼島笹百合のキャリーバックも一緒に持って歩き出していた。本当ならば鬼島笹百合が自分で押して運べばいいものであるが、錬太郎はあわてていたため特に気にせずに持ち上げていた。

 鬼島山百合を追いかけようとした理由というのは大したものではなく、単純において行かれると困るという考えが出てきて体が反応してしまったのだ。

 この海波根島に始めてくるのだから錬太郎は道がわからない。三日間過ごすのは鬼島笹百合の親戚の家、つまり鬼島山百合が暮らしている家なのだ。当然だけれども案内がなければたどり着くのは非常に力がいる作業になる。

 そういう面倒を思うとおいて行かれるとまずいという考えになり、焦って動いてしまう。冷静に考えると大して急ぐ理由はないのだけれども、やはりはじめてくる場所であるため少し浮ついていた。

 あわてて錬太郎がキャリーバックを持ち上げて歩き出したのに合わせて、鬼島笹百合があとを追いかけてきた。一生懸命に早歩きをしていたが、全く錬太郎に追いついてこれていない。当たり前だけれども、鬼島山百合にたどり着くのは無理そうだった。

 歩いているこの間にも鬼島山百合と鬼島笹百合の距離は離れていくばかりだった。鬼島笹百合はふざけているわけではない。純粋に追いつこうと頑張っていた。海波根島など何度も来た場所であるから、道に迷うことはない。顔見知りも結構多い。

 しかし一人きりになるのはさみしかったので、頑張って追いつこうとしていた。しかし、鬼島山百合も錬太郎も普通の人よりもはるかに歩くスピードが速い。そのうえ、鬼島笹百合があまり運動が得意ではないために、差は広がるばかりであった。

 二人が追いかけてきているのを見て鬼島山百合は二人にこう言った。

「花飾くんはいいけれど、笹百合はもう少し鍛えないとだめだわ。

 そんなんじゃあ散歩をするのも一日仕事になるわよ? 勉強に熱中しすぎて運動不足かしらね?」

 木彫りのお面をかぶり、燕尾服のような長い裾の法被を着た鬼島山百合は、二人をたきつけるようなことを言いながら、軽く飛び跳ねて見せていた。錬太郎たちから少し離れた、緩やかな坂で飛び跳ねているのを見ると、おばあさんという気が一切しない。

 また服装が奇妙なため、どこからどう見ても妖怪の類である。鬼島山百合が飛び跳ねて見せているのは挑発のためである。

 しかし大した理由はないのだ。どちらが素早いのか、試してみようじゃないかというそれだけの話である。小さなころに鬼島山百合が孫娘と駆け回ったように、少し遊ばないかというその程度の気持ちからの行動だった。

 しかしたきつけてみても鬼島山百合に簡単に追いつけるものはなかなかいないだろう。なにせ挑発するだけしておいて、全く錬太郎たちの反応を見ずに緩い坂道をあっという間にかけぬけて行ったからだ。

 その身のこなしはそれこそ妖怪そのものであった。天狗というのがいたとすれば、鬼島山百合のことを言うのだろう。実際そのように思えるほど足腰がしっかりしていた。完全に鍛えられたアスリートのごとき動きであった。

 鬼島山百合が自宅に続く道をかけぬけて行ったのには、これまた全く何の理由もない。ただただ孫娘が遊びに来ているのではしゃいでいるだけである。

 挑発されて笑って済ませられるほど大人ではないはずの錬太郎ではある。しかし鬼島山百合を錬太郎は追いかけなかった。

 あっという間に駆け抜けていった鬼島山百合を見送っていた。足は完全に止まっている。追いかけるような気持ちにならなかったからだ。

 挑発がカチンときたのは間違いない。負けるかよという気持ちもある。嘘ではない。悔しいとは思う。しかし、それよりも大切なことがあるように錬太郎は思えたのだ。

 そして、追いかけるどころか、むしろゆっくりと歩くようにした。一歩一歩は大きいけれど、歩くスピードは格段に落ちていた。というのも鬼島笹百合を置いていく羽目になるからである。鬼島笹百合を放り出して、鬼島山百合の挑発に乗るのは錬太郎にとってはよくないことだった。

 確かに挑発されたのは、間違いないのでカチンとは来ている。しかし、それはそれだった。錬太郎にとって挑発よりも鬼島笹百合のほうが大切だったのだ。

 追いかけるのをやめた錬太郎がゆっくりと歩いていると、錬太郎まであと五メートルというところで鬼島笹百合が追い付いてきてこう言った。

「別に、待たなくたっていいのよ。錬太郎君なら追いつけるでしょ。

 いっちょおばあちゃんに追いついて、驚かせてやってよ」

 錬太郎に話しかける鬼島笹百合は息も切れ切れだった。完全に肩で息をしていた。少し早歩きをしただけで、額に汗がにじみ始めている。

 完全な運動不足である。日々の運動不足がここにきてはっきりと体力の差を教えてくれていた。しかしやや嬉しそうなのは錬太郎が一緒に歩こうとしてくれているからである。

 鬼島笹百合は錬太郎の小さな配慮が、実にうれしかった。一人きりで暑い夏の目がくらみそうになる日差しの中を歩くのは、たとえ道を知っていてもさみしいことだった。そして何といえばいいのか鬼島笹百合の脳裏にある花飾晶子の好きなところがそのまま弟である花飾錬太郎にあったというのもうれしい気持ちにさせた。

 ただ息が上がっているのは間違いなく運動不足のせいである。

 息を切らせて先に進んでもいいぞという鬼島笹百合に錬太郎が答えた。

「先輩を置いていくわけにはいかないでしょ」

 鬼島笹百合に、おいていくつもりはないと答える錬太郎は完全に歩くのをやめていた。緩い坂道の途中で何が入っているのかわからないキャリーバックを持ったままで錬太郎は、息を切らせながら歩いてくる鬼島笹百合を見つめていた。

 鬼島笹百合とは対照的で、全く息が切れていなかった。少し汗をかいているけれども、夏の暑さのせいである。早歩きをしたからではない。汗をかきたくないからとか、疲れているから追跡をやめたわけではないのだ。

 確かに鬼島山百合の後を追いかけて、若者の体力も馬鹿に出来ないと証明するのも面白いと錬太郎は思うところもある。

 しかし、そんなことよりはやはり鬼島笹百合のほうが大切だった。もともと鬼島笹百合の手伝いのために島に来ているのだ。ここで鬼島笹百合を放り出してしまうのは錬太郎にはできないことだった。

 ただ、鬼島笹百合を待つ錬太郎は、少し苦笑いを浮かべていた。というのも、鬼島笹百合があまりにもつらそうにしているからである。錬太郎が今いるゆるやかな坂は、定期便の発着場から二十メートルほどしか離れていない。はっきり言って、疲れるような場所ではない。

 確かに早歩きをしたのは間違いないけれども、大した運動量ではない。今までのペースで歩けと言われれば、長時間歩いてもそれほど疲れはないだろう。そうなってくると、錬太郎に追いつこうとしている鬼島笹百合の疲れぶりはとんでもなかった。

 五十メートルを全力疾走した後のような顔をしている。さすがに鬼島山百合の運動不足ではないのかという言葉も、錬太郎はうなずけた。

 鬼島笹百合がやっと隣まで来たところで、錬太郎はゆっくりと小さく歩き出した。錬太郎のいつも通りの歩き方とは違い非常に小さい足の運び方だった。鬼島笹百合の体力がないのは十分にわかったのだ。ならばと錬太郎は考えた。

 ならば、鬼島笹百合の一番楽なペースで歩いてもらえばいいと。錬太郎は完全に鬼島笹百合に合わせるつもりなのだ。鬼島笹百合が一番大丈夫そうなスピードで錬太郎は歩くつもりである。

 錬太郎がゆっくりと歩くのを見て、呼吸を整えてから鬼島笹百合はこういった。

「ありがと」

 錬太郎にお礼を言う鬼島笹百合はほほ笑んでいた。額に汗がにじんでいて、まだ少し息が切れていた。しかしうれしそうだった。



 かなり時間をかけて、少なくとも十分近く差を開けられて鬼島山百合の家に鬼島山百合と錬太郎は到着した。鬼島山百合の家に到着するころには鬼島笹百合も錬太郎も、結構な汗をかいていた。鬼島山百合の家自体はそれほど遠い場所にあるわけではない。

 しかし島の緩い坂道を登っていく必要があったことと、夏の暑い日差しがあったことで鬼島笹百合も錬太郎も非常にたくさんの汗をかくことになった。

 鬼島笹百合の荷物を錬太郎が運んでいたことでかなり時間の短縮ができたのは間違いないだろう。何せ、鬼島山百合の家にたどり着いた瞬間に鬼島笹百合はふらついて倒れそうになっていた。キャリーバックなどを引きながら緩い坂道を上っていたら間違いなくどこかでへばって動けなくなっていただろう。

 二人が到着した時には玄関には誰もいなかった。日本家屋の門がしっかりとあるのだけれども、誰もいないのだ。一応玄関の扉は開いているけれど、それだけである。玄関の扉が開いているのは、鬼島山百合が一番にたどり着いて、開けておいてくれたからである。

 鬼島山百合の家にたどり着いて少しふらついた鬼島笹百合であったが、なんとか頑張って玄関で大きく挨拶をした。

「ただいま! おばあちゃん! いるの!? 笹百合だけど!」

 挨拶をしながら鬼島笹百合は玄関の中に進んでいった。そして、返事も聞かずに靴を脱ぎ始めていた。靴を脱ぎ始めた時に錬太郎に視線を向けて、入ってくるようにと合図した。

 鬼島笹百合は一応自分が来たということを伝えるために大きな声を出しているのである。そもそも自分の家族の家、何度も来たことのある家である。住んでいる人たちも自分がよく知っているおじいさんとおばあさんである。まったく遠慮するところがない。そして非常に鬼島笹百合にとっては困難な道を歩いてきたのだ家からさっさと休みたいという気持ちがあり、あっという間に靴を脱いで中に入っていくという少し行儀の悪いことをするに至ったのだ。

 大きな声で鬼島山百合を呼ぶと、家の奥からおじいさんが現れた。随分優しげなおじいさんだった。半袖半ズボンで片手に団扇を構えていた。家の中から現れたお爺さんは、鬼島笹百合のおじいさんである。久しぶりに会う孫娘の顔を見てとてもうれしそうに笑っていた。

 そして鬼島のおじいさんは二人にこう言った。

「おぉ、いらっしゃい二人とも。山ちゃんは何か用事があるみたいだから、放っておけばいいよ。さぁ、疲れただろう。上がって休むといい」

 鬼島笹百合と錬太郎に休めといって進めてくれる鬼島笹百合のおじいさんは団扇で鬼島笹百合を仰いでいた。鬼島笹百合が非常に疲れた顔をしていたので、心配してくれたのだ。夏の暑い日であるから汗をかくのはしょうがないとしても、鬼島笹百合の疲れぶりは心配するほどのものだった。

 鬼島笹百合のおじいさんが鬼島笹百合を団扇であおいでいるときに、錬太郎は頭を下げて挨拶をした。

「お邪魔します。花飾錬太郎です。お世話になります」

 錬太郎はしっかりとあいさつをしていた。その時にきれいに頭を下げていたので、玄関でだらけている鬼島笹百合と目があっていた。

 鬼島笹百合が何かニヤついていたけれども錬太郎はまったく気にしなかった。これから数日の間だけれども錬太郎は鬼島の家でお世話になるのだ。

 お世話になるのだから、しっかりとあいさつをしなければならない。ならないと強い言い方をしたけれどもどちらかというと感覚的な問題なのだ。少なくとも錬太郎にとって、ここであいさつをせずにいるというのは何となくもやもやとする。

 理屈ではなく、生理的な良し悪しの問題で錬太郎は行動できている。少なくとも錬太郎にはそうだった。そうしてここであいさつをするべきという感覚に従ってきっちりとあいさつをしていた。

 錬太郎が挨拶をすると、おじいさんが挨拶をした。

「おぉ、そうじゃな。挨拶をしとかんとな。

 鬼島兵辰へいたつです。何年振りかな、自己紹介をするなんて。この島に住んでいると顔見知りばかりになってしまってね」

 錬太郎に自己紹介をする鬼島兵辰は照れ臭そうに笑っていた。海波根島で暮らしている鬼島兵辰にとって自己紹介というのはほとんど必要ないのだ。なぜならほとんどの島人は顔見知りだからである。

 そのためたまに島の外からくる人たちに出会った時くらいしか自己紹介はしない。そして、島の外からくる人たちというのもほとんどいないわけだから、かなり長い間自己紹介をした覚えがなかった。そんな鬼島兵辰である。ただの自己紹介をするというだけなのだけれども、くすぐったかったのだ。

 男二人が挨拶を終えると鬼島兵辰と錬太郎は軽く笑った。小さな笑いだった。二人が笑っているあいだに、鬼島笹百合は玄関を通り過ぎて家の奥に進んでいった。

 二人を放っておいて家の中に入っていく鬼島笹百合の目は飢えていた。ただ涼しい空気に飢えていた。彼女は知っているのだ。海波根島の鬼島の家の奥にはエアコンがついていると。そして、そのエアコンをつければどうにか不愉快な夏の暑さから逃れられると知っていた。だから夏の暑い空気から逃れるため、さっさと一人で先に進んでいったのだ。



 少し世間話をしてから、錬太郎を客間に鬼島兵辰は案内した。鬼島兵辰は錬太郎に中に入ってくれといって呼び込んで、玄関から廊下をすすみあっという間に客間へと進んでいった。

 案内になっていなかった。完全に錬太郎は鬼島兵辰の姿を見失った。鬼島も家が非常に広く、またはじめてくる場所というのもあるけれど、見失ったのは鬼島兵辰の歩きが素早かったからである。

 さすがそれこそ鬼島山百合と見比べても全く遜色ない足腰の強さだった。むしろ鬼島山百合も素早い。これは身長が鬼島兵辰のほうが高いからである。

 世間話を切り上げたのは二つ理由があった。

 一つは暑苦しいから。鬼島兵辰はもう少し世間話をしたいなという気持ちもあったのだが、さすがに玄関で話し込むと外の熱気が流れ込んできて暑い。

 二つ目の理由は、すでに家の中に入り涼んでいるだろう孫娘がほったらかしになってすね始めるだろうと予想したからである。

 鬼島兵辰を見失った錬太郎であったが、なんとか客間に到着した。よそのおうちの中を歩き回るのは非常にプレッシャーを感じるものだと思うのだが、錬太郎もそうだった。

 緊張して、まずいことをしないように気を付けていた。しかし、それほど苦労することもなく鬼島兵辰を見つけることができた。たしかに鬼島の家は非常に広くはじめてくるためどういう形をしているのかは錬太郎にはわからない。しかし非常識なほど広いわけではない。そしてどこにだれがいるのかがわからないということもないのだ。

 この、だれがどこにいるのかがわかるというのは、特に難しい技術を必要としない。耳を澄ませればいい。錬太郎は家の中で聞こえている音を頼りにして、鬼島兵辰と鬼島笹百合の居場所を探っていた。一番わかりやすいのはエアコンの動く音が聞こえている場所。そして、そのすぐ近くで聞こえている微妙な床のきしみと、服のこすれる音。

 田舎であるから雑音が少ないというのもあるのだろうけれど、それほど難しいことではなかった。錬太郎が鬼島兵辰と離れていたのはせいぜい三十秒ほどのことだった。

 錬太郎が荷物を持って移動して客室に到着してすぐだった。錬太郎の案内された客室の隣の部屋から鬼島笹百合が顔を出した。

 ふすまを顔が出せるだけ開いて、できるだけ暑い空気を中に入れないように工夫していた。涼しい場所にいたからだろう、顔色がよくなっていた。鬼島笹百合が顔を出したのは、錬太郎の到着を察したからである。

 錬太郎の廊下を歩いてくる音は実にわかりやすかった。

 鬼島笹百合がくつろいでいる部屋が畳の部屋であったので、彼女は畳の上に転がっていたのだがそうしていると錬太郎ができるだけ音をたてないようにして歩いてきても、微妙な振動が頭を揺らして錬太郎の到着を簡単に見破れたのだった。そして、やっと来たかといってほっとしてしまうのである。


 錬太郎を見つけて鬼島笹百合はできるだけ涼しい空間から出ずにこういった。

「錬太郎君、私の荷物をいただけるかしら。もしかして玄関に置いてきたりした?」

 錬太郎に話しかける鬼島笹百合は顔を半分だけしかふすまから出していない。本当に厚い空気の中にいたくないという気持ちがこれでもかというくらいに現れていた。

 できるならシャワーでも浴びてそのまま眠ってしまいたいとさえ思っていた。彼女にとって海波根島に来るということ自体がすでに非常につらいものであったのだ。

 これは仕方のないことでもある。体力が少ないからといってしまうとそうだが、それ以上に夏の日差しと海の潮風からくる汗とべたつきが不愉快でしょうがなかったのである。もともと体力自慢ではない鬼島笹百合は体力も精神も徐々に消耗して、そんなところでやっとの涼しくて安心できる場所を手に入れたのだから、できるだけでていきたくないというのはしょうがないことである。

 鬼島笹百合にたずねられた錬太郎は片手でキャリーバックを持ち上げて見せた。ここまで床にするようなことはしなかった。手提げかばんを持ち上げるようにして、当たり前のように浮かせたままで鬼島兵辰の後を追いかけて、客室までやってきていた。

 錬太郎が荷物を持ち上げてみせると、鬼島笹百合はこのようにお願いをするのだった。

「それじゃあ、こっちの部屋まで持ってきてほしいな。いいかしら?」

 錬太郎にお願いをする鬼島笹百合は実にうれしそうに笑っていた。もしも錬太郎がキャリーバックを玄関に置いたままここまで来ていたら、暑い空気の中に出て行って重たい荷物を運ばなくてはならなかったからである。本当のところは、暑い空気の中に出ていく覚悟はしていたのだ。

 なぜなら、錬太郎の足音しか聞こえなかったからである。つまり鬼島笹百合の頭の中ではキャリーバックは引きずって移動させるものであるから、錬太郎が歩く音しかきこえなかったということは、持ってこなかったということになるはず。ならば自分で取りにいかないとだめだろうなという発想である。これが鬼島笹百合の当然だったのだ。

 しかしもしかすると腕力と体力に秀でている錬太郎なら、キャリーバックを持ち上げてきてくれるかもしれないと期待していた。そして期待通りにしてくれたものだから、うれしくなったのだ。

 鬼島笹百合のお願いを聞いた錬太郎はうなずいた。まったく嫌な顔をせず、実に涼しげだったもともと荷物を持ってきたのは、鬼島笹百合のためなのだからあと少しの距離を嫌がる理由がない。そしてそもそも錬太郎は鬼島笹百合のように疲れていない。まだまだこれからいくらでも動き回れるほど体力が余っていた。

 うなずいて鬼島笹百合のお願いを聞き入れた錬太郎はこのように言うのだった。

「ここまで持ってきたら最後までやりますよ」

 鬼島笹百合に了解を告げる錬太郎は実にさわやかに笑っていた。鬼島笹百合の冷房の効いている部屋に対する執着心が、おもしろかったのだ。しかしわからなくない気持ちだった。暑いものは暑いのだ。これはどうしようもない。



 錬太郎が荷物を運びいれようと鬼島笹百合の部屋のふすまに手をかけると、鬼島兵辰がこう言った。

「それじゃあ、悪いけどあとは笹百合ちゃんに任せるよ。祭りの準備がまだ終わっていないんだ」

 孫娘に任せるといいながら鬼島兵辰は玄関に向かって歩いて行った。少し急いでいるらしく、早歩きだった。鬼島兵辰が急いでいるのはこれから海波根島の島祭りの三日目の準備を行うためである。海波根島は本日から島祭りが始まっているのだけれども、二日目まではほとんどが準備期間である。

 そして二日目までに準備をしておいて、三日目になって初めて神輿を担いだりいわゆるお祭りのムードでいっぱいになる。

 祭りというと常に騒ぎ続けているような印象があるけれども、非常に地味な神事が重なっているためにこのような日程になっているのだ。鬼島兵辰があわてて行っているのは、三日目のあわただしいにぎやかな祭りの準備であって、一日目、二日目の地味な祭りの準備ではない。

 それはとっくの昔に終わっていた。鬼島兵辰が若いころには三日目の準備もあっという間に終わっていたのだ。しかし少子高齢化のあおりと、産業体制の変化を受けて若い世代が消えてしまい今では三日目の祭りを用意するのも一生懸命やらなければ終わらないということになっているのだった。

 鬼島兵辰の背中を錬太郎は見送った。錬太郎が鬼島兵辰を見送っていると、鬼島笹百合がこう言うのだ。

「それじゃあ中に入っていらっしゃい。錬太郎くんもエアコンがきくまでこっちにいればいいよ」

 錬太郎を誘う鬼島笹百合はいつの間にか部屋から出てきていた。そして、錬太郎が止まる予定の客室に入っていった。鬼島笹百合が動き出したのは、錬太郎の泊まるはずの部屋のエアコンをつけ忘れていたからである。

 鬼島笹百合は自分がこれだけ暑くて、苦しいのだから錬太郎もきっとそうだろうと考えたのだった。そして、錬太郎にエアコンの操作を任せずに鬼島笹百合が行ったのは、リモコンの位置が錬太郎にはわからないだろうし、探す時間が無駄だと思ったからである。錬太郎が重たいキャリーバックを持ってきてくれたことで少し機嫌がよくなっているため、鬼島笹百合の動きは軽快だった。

 鬼島笹百合が客室のエアコンを操作している間に、鬼島笹百合の部屋に錬太郎は荷物を運びこんだ。ふすまを開けて、さっさと鬼島笹百合の部屋に入り込んだのだ。ためらいはなかった。

 錬太郎がキャリーバックを運び込んでいると、鬼島笹百合がエアコンの操作を終えて戻ってきた。そして、畳の上に寝転がった。畳の上に寝転がる鬼島笹百合は少し疲れているように見えた。錬太郎が使う予定の客室が思ったよりも蒸し暑かったのだ。かなり急いでエアコンの操作を完了させたのだけれども、涼しいところから暑いところに移動したせいで不愉快が余計に感じられたのである。

 そして急いで戻ってきて、あっという間に寝転がったのは一刻も早く涼しい空気の中でくつろぐためである。

 畳に寝転がった鬼島笹百合は錬太郎に声をかけた。こういうのだった。

「ありがとう。もしかしたらすぐにお手伝いに呼ばれるかもしれないけど、その時はお願いね」

 錬太郎に声をかける鬼島笹百合は手をゆらゆらと揺らしていた。その手の動きは、錬太郎に向けてのメッセージである。

 この手の動きから読み取れるメッセージは、いつまでも立っていないで座れである。鬼島笹百合は錬太郎が立っているのを居心地悪く感じていたのだ。

 当たり前といえば当たり前のことである。そもそも鬼島笹百合よりも錬太郎のほうがずっと動いている。荷物を運んだのは錬太郎で、サポートしていたのも錬太郎だ。誰が一番疲れているのかという話になれば、間違いなく錬太郎だろう。

 そうなってくると一番に涼んでいる鬼島笹百合というのがおかしいというのは彼女自身わかっている。また、単純に錬太郎の図体が大きいというのも座れというジェスチャーの理由になる。

 錬太郎が立っていると圧迫感が半端ではない。身長が高いせいで頭があと少しで天井に着きそうなのだ。クーラーがかかっているのに暑苦しく思える。このような理由のため、鬼島笹百合はさっさと座れと合図を出すのだった。

 鬼島笹百合の合図を理解した錬太郎はうなずいた。そして今まで背負っていたリュックサックを下して、畳の上に胡坐をかいて座った。鬼島笹百合のように畳の上に寝転がるようなことはしなかった。さすがにそこまでくつろぐのは無理だった。



 特にやることがなかったので鬼島笹百合の部屋で二人は話をしていた。このとき錬太郎は大学進学を決めたはいいが細かいところを決めていないので、非常に困っているという話を鬼島笹百合にした。そうすると鬼島笹百合も、暇だったので特に話せない理由もないので、自分の体験談を話して聞かせたのだった。

 一時間近く鬼島笹百合と錬太郎が話をしていると、部屋に鬼島山百合が現れた。鬼島山百合は奇妙な箱を持っていた。そろそろ正午になるという時間帯であるから、尋常ではない太陽光線が降り注いでいるというのに、いまだに奇妙な格好をしたままであった。

 奇妙な格好とは、木彫りの鳥のお面と燕尾服のような裾の長い法被を着た格好である。鬼島山百合が客室に現れたのは、錬太郎に用事があったからである。特に迷いもなく鬼島笹百合の部屋に入ってきたのは、錬太郎たちがここにいるとすぐにわかったからだ。

 怪しい格好をした鬼島山百合が部屋に現れると、鬼島笹百合と錬太郎が何事かと動きを止めた。


 一目で鬼島山百合だとわかる格好だったのだが、それでも二人は固まっていた。確かに鬼島山百合であるとわかる格好である。しかし、心の準備がなければ驚くのはしょうがないことである。

 これはどちらかというと見た目の恐ろしさが引き起こしたものではないのだ。二人が驚いた一番の原因は、鬼島笹百合の足音が全くといっていいほどなかったからである。まったくといっていいほど床がきしまなかった。それこそ全く足音がないものだから、鬼島笹百合はふすまが開くまで接近に気が付かなかった。

 錬太郎が気付いたのはふすまを開こうとした時である。しかしこれは足音が聞こえたから気が付いたというものではない。燕尾服のようなな裾を持った法被がふすまを開ける動きに合わせて動いた時に、布の擦れる音が聞こえてきたのである。

 これで錬太郎は気が付いたが、ほとんど、鬼島笹百合と同じタイミングだった。何にしても、ここまで気配を隠してあらわれられると驚く。いつの間にか背後に人が立っていて声をかけられたような気分である。

 二人が驚いて固まっているのを見て、鬼島山百合はこういうのだった。

「すまんが花飾くんよ、こいつを開けてもらえないかしら。兵ちゃんに頼もうと思ったんだけど、いないみたいなのよ」

 固まっている二人を無視したまま話を進める鬼島山百合は錬太郎に妙な箱を開けてみろと突き出してきた。錬太郎に突き出された奇妙な箱は木でできていた。

 大きさは大体、週刊漫画雑誌と同じ大きさである。そこそこ厚みがあり、拳が二つ分である。少しおかしなところがある木箱だった。

 おかしいところとはぴったりと一つの塊のようにしか見えなかった。つなぎ目が見えないのだ。しかし、人の手が加えられたものなのは間違いない。なぜなら木箱には漆のような光沢があったからだ。

 鬼島山百合の用事はこの木箱なのだ。鬼島山百合はこの木箱を開けてほしくてここまでやってきたのだった。足音が聞こえなかったのは、特に理由はない。単純にいつもの歩き方をしていたら足音がしなかっただけである。足音が出ないのは、鬼島山百合の当り前であった。

 鬼島山百合に木箱を開けてもらえないかとお願いされた錬太郎はすぐにうなずいて、こういった。

「わかりました。でもこれ、壊れたりしないですよね?」

 つなぎ目のない木箱を開けてやろうじゃないかと意気込む錬太郎であるけれども、あまり勢いがない。というのも奇妙なつなぎ目のない木箱を開けられるイメージが全くわかなかったのだ。錬太郎は奇妙な木箱を見た時に、何か仕掛けがあるのではないかと疑っていた。力任せに扱うのは間違いで、何か目に見えにくい仕掛けがあるのではないかと疑っていた。

 これは、決まった手順を踏むことで木箱の仕掛けが作動して、開く仕掛けのある伝統工芸品を知っていたからこその発想だった。仮にそうだったとしたら錬太郎には全く手も足もでないので木箱に取り掛かる勢いは出ない。

 錬太郎が困りながらお願いを受けたのを見て鬼島山百合はこういった。

「壊せるのならそれでもいいわ。中身が大切なのよ」

 壊れてもいいのかという錬太郎に答えながら鬼島山百合は笑っていた。すでに錬太郎に伝えているけれども、中身が大切なのであって箱はそれほど重要ではないのだ。だから若しも箱を壊すことになったとしても、中身が取り出せるのならばまったく何も言わないつもりだったし、気にするつもりはなかった。

 むしろ箱を力づくで壊せるというのならばそちらのほうが鬼島山百合にとってはおもしろそうだった。そして笑いながら錬太郎に箱を差し出すのだった。

 差し出された箱を受けとった錬太郎は箱を思い切り引っ張ってみた。とりあえず普通の木箱ならば、おそらく常識的に開くはずだろうという方向に思い切り引っ張ったのだった。そして壊してもいいといわれたので、本当に壊れる勢いで力を込めたのである。

 しかし不思議なことで、この箱はなかなか簡単に壊れなかった。木箱の重さと大きさを考えると、それほど固いわけではないというのが錬太郎の感覚で得られた情報であるが、全く何も変化がないというのは不思議だった。

 思い切り箱を壊しにかかった錬太郎を見て寝転がっていた鬼島笹百合がぎょっとした。錬太郎がかなり無茶な開け方をしようとしたというのも驚いたのだが、それにもまして無茶な腕力を受けているだろう箱が全く問題なく存在しているのが不思議だった。

 実際、客室に聞こえているのは箱がきしむ音ではない。箱を壊すために働く錬太郎の筋肉の唸りである。

 筋肉の唸りが聞こえるほど力を込めて錬太郎が箱に仕掛けはじめて十秒ほどたったところで鬼島山百合がほんの少しだけ口元を上げて、こういった。

「なかなかいい線言っているみたいだけどさすがに無理そうかしらね?」

 鬼島笹百合にでもなく錬太郎にでもなく、ただの独り言である。この独り言には鬼島山百合の挑発の念がこもっているように聞こえた。鬼島山百合がこのような独り言を吐いたのは、間違いなく発破をかけるためである。鬼島山百合はもしかすると錬太郎が、つなぎ目のない木箱を打ち破れるのではないかと期待していた。そして、期待しているからこそ、さらなる力を引き出すために挑発するのであった。

 真正面から放たれたわけではない挑発だったが、見事に錬太郎を本気にさせた。今まで以上に筋肉が唸りはじめ、錬太郎の目の奥に夕焼けのような光がともった。我を忘れさせるほどの挑発ではない。

 ただ、この一言で遠慮はなくなった。錬太郎は心のどこかで遠慮していたのだ。遠慮というのは本当に箱を壊していいのかという遠慮。できるのならば箱を無事のまま中身を取り出すべきだろうという遠慮。

 その遠慮が、挑発で吹っ飛んだ。わかったと、そっちがその気ならいいだろうと、錬太郎は完全に壊しにかかった。何が何でも奇妙な木箱を壊すのだと覚悟を決めた。そして一気に動き出したのだ。自分の持てる筋肉の力、そして身に着けてしまった超能力の力を発揮した。

 挑発で本気になった錬太郎、そして本気になった錬太郎から現れた異変に鬼島山百合が一歩身を引いた。完全に一歩引いて、身構えていた。

 鬼島山百合は錬太郎の気配から恐ろしい気分を味わっていた。これは身の危険を感じるほどの暴力の気配である。錬太郎が暴力をふるうようなタイプではないと鬼島山百合は思っている。今までの錬太郎を見ていても、荒くれ者のような印象はかけらもなかった。しかし今の錬太郎の気配はあまりにも恐ろしかった。手負いの獣のような気配があった。この気配のため鬼島山百合は無意識に距離を取り、戦いのために姿勢を作るようなまねをしたのだった。

 鬼島山百合が一歩引いたその時であった。今までびくともしなかった箱を錬太郎が引き裂いた。その威力すさまじいものがあり、箱は原形をとどめず破壊された。破片が畳に散らばってしまった。そして箱の中身が床に転がり落ちてしまった。あっという間のことだった。錬太郎が本気に一秒と箱は元の形を保てなかった。

 箱の中身が畳に放り出され、一瞬間をおいて、鬼島山百合がこう言った。

「いい感じだ。実にいい。花飾くんは祭りに参加する資格があるわ」

 独り言を言いながら鬼島山百合は畳の上に転がった箱の中身を拾った。鬼島山百合が拾い上げた箱の中身は木彫りの鳥のお面である。鬼島山百合のお面とはデザインが少し違っていた。鬼島山百合のお面はかわいらしいツバメのイメージがあるのだけれども、鬼島山百合が拾ったお面はフクロウのようなイメージがあった。鬼島山百合が求めていたものとは、この木彫りのお面なのだ。これを箱の中から取り出すために鬼島山百合は錬太郎にお願いをしたのだった。

 いまいちわかっていない錬太郎をしり目に、フクロウのようなイメージのお面を錬太郎に鬼島山百合は差し出した。そして、こういうのだった。

「さぁ、これが花飾くんのお面よ。このお面と、はっぴを着て祭りの二日目、ご神体めぐりに参加してほしいわ。巫女である鬼島山百合が許します」

 ご神体めぐりに参加してほしいという鬼島山百合は力強かった。有無を言わせない迫力がある。鬼島山百合は錬太郎にぜひ祭りに参加してほしいと思っているのだ。

 もともと暑苦しい時期に暑苦しい格好をして行う祭りである。徐々にだが参加する人数は減ってきていた。そんな時であるから、錬太郎のように祭りに参加できるかもしれない助っ人はとても喜ぶべきことで、鬼島山百合にしてみれば、ぜひにも参加してほしいのは当然だった。

 まったく誰もいないままで祭りを開くのは、あまりにもかわいそうで、さみしすぎた。

 鬼島山百合に木彫りのお面を差し出されて、錬太郎は受け取った。しかしずいぶん困っていた。いきなり鬼島山百合の雰囲気が変わったというのももちろん理由の一つなのだが、自分が思いきり箱を壊してしまったのを冷静になって省みてまずいことをやったと理解したのだ。

 何せ、今の鬼島笹百合の部屋というのはひどい状況だった。錬太郎が思いきり木箱を破壊したせいで、木の破片が部屋中に広がっている。掃除機でどうにかするには残骸が大きいのでまずは箒で掃いて集めるか、素手で拾っていくしかない。

 そしておそらく掃除をするのは錬太郎になるのだろうから、やってしまったという気しかしなかった。そんなやってしまったという気持ちでいっぱいな錬太郎であるために、自分の手に渡った木彫りのお面に奇妙な熱があるのに気が付かなかった。

 鬼島山百合が錬太郎にお面を渡すのを鬼島笹百合はさっぱり意味が分からないらしく首をひねっていた。そしていくらか首をひねった後、鬼島笹百合は目を再び見開いた。鬼島笹百合は自分の部屋が随分汚れてしまったと気が付いたのである。錬太郎の筋肉の脈動や、木箱がねじ切れる様子に感動していてあまり気が回っていなかった。しかし冷静に自分の部屋を見渡してみてわかったのだ。散らばった木のかけら。細かい破片。これらを見て鬼島笹百合は、面倒が増えたなとがっくりきていた。


 

 奇妙な木箱から出てきたお面を渡された錬太郎であったが非常に困っていた。さっぱりわからないといった風である。お面を受け取ったのは受けった。しかしそれ以上の行動ができていなかった。受け取ったお面と鬼島山百合を交互に見て、あいまいな笑みを浮かべていた。

 確かに鬼島山百合が錬太郎のためにお面を用意するという話をしていたのは錬太郎も覚えている。海波根島に向かうための定期便を待つ間に、そういう話をしたのを覚えている。しかし、錬太郎はいまいちわからなかったのだ。

 わからないのはどうしてこんなに面倒くさいことをするのかというところである。面倒くさいではないか。普通にお面を渡せばいいではないか。これが君のお面だと言って渡せばいい話だ。しかし鬼島山百合は奇妙な木箱に詰めて、錬太郎にお面を渡そうとした。それも中身を知らせないままで、試すような真似までして。

 さっぱり意味が分からない。そして面倒が多すぎる。錬太郎にとってではない。鬼島山百合にとって面倒が多いのだ。いちいち木箱にお面を詰めるのも、一芝居打つのも面倒である。しかしそれをあえてやった。そうなると錬太郎はわからない。困ってしまう。このお面を鬼島山百合がどうしてほしいのかが、さっぱりわからないで困ってしまうのだった。

 困っている錬太郎を見かねて鬼島山百合がこう言った。

「まぁ、意味が分からないわよね。でもいいの。

 今はとりあえずお面があうか、あわないか見せてもらえるかしら。うまく合えば二日目のご神体めぐりに正式に参加できるわ」

 錬太郎にお面の試着を進める鬼島山百合は少しわくわくしていた。木彫りのお面をつけているので、表情は見えない。しかし声のトーンとせわしなく動いている両手が心情を教えてくれる。鬼島山百合は、久しぶりに面白いことになるかもしれないと思っているのだ。

 というのも鬼島山百合は海波根島の島祭りはあと数年も続けば終わりだろうとあきらめているところがある。鬼島山百合はすでにおばあさんと呼ばれる年齢である。鬼島兵辰もおじいさんと呼ばれる年齢だ。

 今、海波根島の島祭りの準備をしているのは、同年代の島人たちばかりなのだ。もちろん若い人たちもちらほらといる。しかしそれもおじいさんとおばあさんと比べると若いというだけの若さなのだ。錬太郎たちのような若さではない。だからあと数年もすれば、準備をするのも難しくなるようになるだろう。

 そしてそもそも、人がいなくなる可能性も高いのだ。

 時代である。島で暮らしていた子供たちは働くために島から出ていく。そうして島の外で結婚して島の外で子供を作り、帰ってこなくなる。しょうがないのだ。島で働くよりも、島の外で働くほうがずっといいのだから。昔のように生きるのは今の時代では無理であった。どうしようもないこともある。

 そんな考えであきらめていた鬼島山百合である。そんなところに錬太郎のような面白い人物がやってくれば、わくわくしてもしょうがない。暗い心もいくらか明るくなってしまうだろう。こんなに珍しい人間はなかなかいないのだから、特に明るくもなる。

 鬼島山百合にお面の試着を進められて錬太郎がお面をかぶろうとした時だった。鬼島笹百合が邪魔をした。こういうのだ。

「何言ってんのおばあちゃん。こんなので歩き回れるわけないじゃない。目のところに何かはまってるじゃない。危ないわよこんなの」

 鬼島山百合に文句をつける鬼島笹百合は畳に寝ころんだままだった。しかし、しっかりと錬太郎の手に持っている木彫りのフクロウのお面を見つめていた。口を前に突き出しているのは、非難と茶化す気持ちの表れである。

 しかし鬼島笹百合の言うことはもっともである。なぜならば錬太郎が持っているフクロウをイメージして作られた木彫りのお面には、おかしな仕掛けがあったのだ。おかしな仕掛けというのがフクロウの目の部分にあたるところにきらきらと輝く飾りが付けられているのだ。これが、ガラスのような無色透明の飾りなら問題ないだろう。しかしこのお面の目の部分に着けられている飾りは、どう見ても銀色である。そうなると、どうなるのか。

 当然だが視界はないだろう。まったく見えるわけがない。フクロウの目の部分にあたるところに銀色の飾りがついているのだから、お面をつけたらそこからは真っ暗闇である。こんなアイマスクにしかならないお面などつかえたものではない。だから鬼島笹百合は茶化すような言い方で鬼島山百合を責めるのだった。

 鬼島笹百合がバカなことを私の客人にするなと遠回しに伝えると、鬼島山百合が遮った。

「黙ってみてなさい。

 さぁ、花飾くん、試してみて? ダメなら、別のものを用意するだけよ。

 まさか、怖いなんてことはないでしょ?」

 鬼島笹百合を遮りながら錬太郎を挑発する鬼島山百合であるが、非常に声に力がこもっていた。何としても錬太郎にお面をかぶってもらいたいという気持ちが、少しも隠れていなかった。これは鬼島笹百合も錬太郎も、言葉に込められた力の強さからすぐに察せられた。

 目的はわからないけれどもどうしてもお面をかぶってほしいのだと。鬼島山百合は祭りを面白くしたいと思っている。もともとほとんどあきらめている祭りであるから、わずかなチャンスを逃したくない。あと少しだからこそ、いい祭りをしたいと思っている。

 それこそ鬼島笹百合や錬太郎にはわからない気持ちだろう。長年やってきた祭りが、じわじわとしぼんでいく気持ちなど。そして祭りを大変楽しみにしている者の気持ちなど、わかるわけもない。そんな気持ちがあるから、少しでもこのチャンスを逃したくないと思い動いてしまう。わかりやすすぎる挑発や、不自然な力強さなど気にしないほどである。

 鬼島山百合のわかりやすすぎる挑発を受けた錬太郎はお面をかぶってみた。挑発を受け止めて、少し考えてからの行動だった。鬼島山百合に促されたというのはもちろん理由の一つなのだが、鬼島山百合に少しだけ興味を持ったのが本当のところだった。

 錬太郎にとってお面をかぶるかどうかというのは、非常にどうでもいい問題である。どうでもいい問題すぎて、きっと数分もすれば忘れてしまうだろう。しかしどうでもよくないと思っている者がいる。鬼島山百合はどうでもよくないと思っている。錬太郎は少し興味を持ったのだ。不思議だったのだ。なぜこんなどうでもいいことに力を入れているのだろうか。錬太郎はその答えを知るためにどうでもいい問題に取り組んだのだ。

 問題自体ではなくその先にある鬼島山百合の目的を知るためである。

 そうして、お面をかぶった錬太郎であったが、かぶった直後に動きを止めた。完全にお面を顔に当てたままの態勢で動かなくなった。そばで見ている鬼島笹百合が不審がるほど動かないのである。これはまったく不思議な感覚が錬太郎を襲ってきたからなのだ。

 木彫りのフクロウのお面をかぶった直後から、何か懐かしいものに触れているような気持がするのだ。錬太郎は間違いなくこの何かに触れたことがあった。しかしまったく思い出せなかった。錬太郎はこのまったく思い出せない懐かしい感覚を何とか思い出そうとしていた。その思い出そうとするのに一生懸命になって、錬太郎は動くのを忘れてしまっていた。



 お面をかぶった直後から錬太郎が動きを止めたところで、鬼島笹百合が動き出した。畳に寝転がった姿勢でにやりと笑い、匍匐前進のような動きで、錬太郎の背後に回っていった。とても楽しそうである。鬼島笹百合はとてもいいことを思いついたのだ。

 というのが、今の錬太郎は木彫りのフクロウのお面をかぶっている。木彫りのフクロウのお面というのは奇妙な銀色の飾りが目の部分についていて、どう見ても視界がなくなる。目の部分に銀色のカバーがついているような状態である。

 となれば、錬太郎の視界が失われているはずだ。そこで、一ついたずらでもしてやろうかなと鬼島笹百合は思いついたのだ。

 錬太郎との付き合いが薄く長い鬼島笹百合だが、この数時間のうちに錬太郎の大まかな性格を把握することができていた。完全に主義主張や、趣味を理解したわけではない。しかし錬太郎がちょっとしたいたずらくらいなら笑って許してくれるだろう性格をしていることや、面白がっていたずらに乗ってくる可能性があるというのを予想するくらいには、理解し始めていた。

 鬼島笹百合も暇をしているのは間違いなく、遊べそうなら遊びたいというのが本当のところだった。

 そうして、鬼島笹百合が匍匐前進気味の態勢で動き出した時、鬼島山百合が錬太郎に聞いた。

「さて、サイズはあっているかしら? 別のお面が必要そう?」

 錬太郎にお面のサイズはあっているかと話しかける鬼島山百合であるが、視線は錬太郎から離れている。鬼島山百合の視線が錬太郎ではなく錬太郎の背後に回ろうとしている鬼島笹百合に向かっているのだった。

 錬太郎のお面のサイズがあっているかどうかというのが大切な問題なのだけれども、自分の孫娘が匍匐前進で錬太郎の背後にじりじりと移動しているというのは非常におかしな光景だった。

 孫娘の狙いをすっかり鬼島笹百合は理解している。いたずらをしてやろうという気持ちが、鬼島笹百合の顔を見ればすぐにわかる。問題は悪戯を仕掛けてやろうとしているところではなく、いたずらを仕掛けようとしている姿が非常に女性らしくなかったというか、あまりよくない格好に見えていた。少なくとも錬太郎から視線が離れるくらいにはなかなか衝撃的だった。

 鬼島山百合の質問に錬太郎が答えた。

「問題なさそうですね。まったく問題ないです」

 質問に答える錬太郎は鬼島山百合にうなずいてみせた。錬太郎が答えている通り全く問題はなかった。木彫りのフクロウのお面は錬太郎の頭にぴったりだった。鬼島山百合がサイズを図ってくれたおかげである。そして鬼島笹百合が言っていたような問題もない。

 つまり視界がないということがなかったのだ。実によく見えている。木彫りのフクロウのお面の目の部分に銀色の飾りがついているのは間違いないことではある。

 しかししっかりとみえているのだ。少なくとも錬太郎はこのお面をかぶったままで外を出歩いても問題ないと言い切れる状態だった。もちろん、祭りだからこの格好でも問題ないという発想である。普通の生活でこのお面をつけたままで歩くと白い目で見られるだろう。

 錬太郎の答えを聞いて鬼島山百合がほほ笑んだ。そしてこういった。

「よかったわ。バカなことをしていないで、こういう仕事ばかりしてくれていたらいいのに……それじゃあ私は少し失礼するわね。

 少し用事が出来たの」

 用事ができたといって部屋から鬼島山百合は出て行った。非常にうれしそうだった。歩く様子がやや弾むようなところがあったところを見ると相当うれしかったとうかがえる。

 鬼島山百合はこれから錬太郎の話を祭りの執行部にするつもりなのだ。執行部といっても島人たちの集まりである。執行部に話をするというのは祭りの二日目に予定されているご神体めぐりに参加させるつもりだからだ。

 錬太郎にぴったりとお面が合わさったというのならば、錬太郎には正式にご神体めぐりに参加する資格がある。少なくとも鬼島山百合たち海波根島の島祭りを執り行っている島人たちは、正式に参加してもらえるのならしてもらったほうが嬉しいのだ。

 だから鬼島山百合は急いで動き始めたのである。これでいい祭りが開けると、年甲斐もなくはしゃぎながら。

 鬼島山百合が客室から出て行った後、鬼島笹百合が錬太郎に飛び掛かった。錬太郎の背後に音を立てずに忍び寄っていた鬼島笹百合が、おばあさんである鬼島山百合が出て行ったのをチャンスと思い動き出したのだった。

 さすがに鬼島笹百合であっても自分のおばあさんが目の前にいる間に、年齢の近い男子高校生に飛び掛かるというのは気が引けたのだ。また、匍匐前進をした時点で女の子らしくないのは間違いないのだけれども、これ以上女の子らしくないことをしていると間違いなく叱られるので、タイミングを計っていたのであった。そして、タイミングがちょうどよく回ってきたので、錬太郎の背後から背中に向けて飛び掛かった。

 しかし失敗した。簡単に錬太郎はよけて見せた。錬太郎はくるりと体を回転させて、鬼島笹百合を捕まえてしまった。荷物を抱えるように、ひょいとわきに抱えるように持ち上げているのだ。錬太郎が反応できたのは、自分の背後に回り込んでいる鬼島笹百合が普通に見えていたからである。

 匍匐前進をして自分の背後に移動しているのも見えていた。鬼島笹百合の顔が錬太郎の姉、花飾晶子のちょっかいをかけてやろうという顔とよく似ていたのも見えていた。そのため、何かするつもりだろうと予想がついていた。

 そして予想がついていたところに、背後から思い切りとびかかってきた。そうなれば、あとは簡単である。後ろにいるのが見えているのだから、くるりと体を回転させて、捕まえてしまえばいい。簡単なことだった。

 ただ、簡単に捕まえられた鬼島笹百合は納得せずに文句を言っていた。




 鬼島山百合が姿を消してからすぐのことである。錬太郎が被っていた木彫りのフクロウのお面を鬼島笹百合が被ってみたいと言い出した。

 断る理由など錬太郎にはないので、素直にお面を鬼島笹百合に渡した。そうすると、ぶかぶかのお面を顔に当てて鬼島笹百合は小さく笑って見せた。錬太郎のお面を鬼島笹百合が被りたいといったのは、錬太郎がものが見えているような言い方をしたからである。

 そして、実際にお面を外しているときと同じように動いて見せたのが気になったのである。そうして、気になったから確かめてみたのだ。そうすると鬼島笹百合の思った通りのことが起きていた。まったく光がさしていない。

 目の部分に銀色の飾りをつけているせいで、光が入ってこないようになっていた。だから彼女は笑ったのだ。やはり嘘ではないかと。たから彼女は笑うのだ。面白いというよりは、やはりそうだったかと思い笑うのだった。

 そうして少し上機嫌になった鬼島笹百合と錬太郎はだらだらと話をした。鬼島笹百合は畳の上に寝転がって、錬太郎は胡坐をかいて話をした。

 その時木彫りのお面は二人の間に置かれていた。鬼島笹百合は非常にリラックスしているようで、少し眠たそうにしていた。錬太郎はやや緊張していたが、ほとんど気を抜いているのに近い状態だった。

 二人が話をしていたのは、錬太郎の進路についてである。話を切り出したのは、鬼島笹百合からであった。鬼島笹百合が話をし始めると錬太郎も乗ってきて、二人は話し続けたのだった。二人とも考えていることは多いのだ。

 やはり錬太郎にも、鬼島笹百合にもいろいろと思うところがあるのだ。鬼島笹百合は錬太郎にむかしの自分を見ていた。悩みに悩んだ自分の姿を見ていたのだ。

 そして錬太郎は、自分の一歩先を行っている鬼島笹百合を精神的に頼もしいと思っていた。だから、もしかすると自分自身の問題を解決できるのではないかと期待していた。

 それはつまり、具体的にどこへ進むのかという選択を鬼島笹百合との対話から見つけられるのではないかという期待である。

 しかしこの会話は途中で切られてしまった。錬太郎は自分の具体的な道を見つけられていない。そして、鬼島笹百合は錬太郎を終わりまで導けなかった。というのも、鬼島笹百合の携帯電話が鳴り始めたからである。鬼島笹百合がジーパンのポケットから携帯電話を取り出して、誰からだろうと確かめてみた。

 そうすると携帯電話の画面には大きく「姫」と表示されていた。鬼島笹百合は「姫」という表示を見て、非常に嫌な顔をした。できれば携帯電話に出たくないというのが表情から分かる。そしてその顔色が示すように、一度は着信を無視したのだ。

 そうすると今度は、錬太郎の携帯電話が鳴り始めた。錬太郎の携帯電話の画面には鬼島姫百合としっかりと表示されてる。錬太郎は迷わずに携帯電話を取った。まったくためらわなかった。電話をかけてきているだろう、鬼島姫百合が非常にあわてているのがわかったからだ。

 錬太郎は考えたのだ。もしかしたらとんでもなく面倒な用事が鬼島姫百合に起きたのかもしれないと考えたのだった。そうして、若しもどうしても連絡を取らなければならない理由だったとしたら、これはできるだけ素早く情報を交換するべきだろう。だから錬太郎はさっさと携帯電話を取ったのだった。

 錬太郎が携帯電話に出ると、鬼島姫百合の声が聞こえてきた。鬼島姫百合はこういっていた。

「姉さんはすぐそばにいる?」

 質問をする鬼島姫百合の声をきいた錬太郎は震えた。短い言葉に込められた怒りの感情に気付いたからだ。錬太郎にはさっぱり何を怒っているのかわからない。しかし間違いなく怒っている。錬太郎には何が鬼島姫百合を怒らせているのか見当もつかない。

 ただ、今この瞬間に逆らうのは間違いであるということだけははっきりと理解していた。

 鬼島姫百合の質問を受けた錬太郎はまったく間をおかずに答えた。

「目の前にいます」

 錬太郎が質問に答えると同時に、通話が終了した。この通話終了から一秒ほど後のこと、鬼島笹百合の携帯電話が再び着信を告げ始めた。画面を見るまでもなく、鬼島姫百合からである。錬太郎は何も言わずに、鬼島笹百合を見つめた。そして小さくうなずいた。

 黙ってうなずく錬太郎に、少し間を開けてから鬼島笹百合がこう言った。

「ちょっとごめんね。姫ちゃんからだわ。なんだろ」

 自分の妹からの着信からだといって白々しくいことを言う鬼島笹百合であるが、電話に出るのが非常に嫌そうだった。

 寝転がった姿勢のままで、携帯電話を握っているのだけれども、通話ボタンを押す指がなかなか動かなかった。鬼島笹百合は怒られたくないのだ。鬼島姫百合が何を思い電話をかけてきたのか、錬太郎と同じく鬼島笹百合も検討が付かない。さっぱりわからない。

 しかし、錬太郎と鬼島姫百合との会話が漏れ聞こえていたので、十分鬼島姫百合がどういう気分でいるのかは、分析できている。短い一言だけに乗っていた怒りの感情。間違いなく鬼島姫百合は怒っている。そしてその感情をぶつけられるのは間違いなく鬼島笹百合である。

 一度目の着信をあえて見逃したのは何となく嫌な予感がしたからだったのだが、鬼島笹百合の予感は正しかったようだった。ほとんどの人間はそうだろうが、怒られるのは嫌だ。できるなら、ほめられたい。怒りの感情を見るのも聞くのも嫌なものだ。自分にぶつけられるなどというのはつらいだけである。鬼島笹百合の気持ちはそれである。

 錬太郎に軽く断りを入れてから、携帯電話を手にとって鬼島笹百合は部屋の外に出て行った。非常にだるそうだった。寝転がっているところから、立ち上がるまでたっぷり十秒ほどかけていた。そして、携帯電話の通話ボタンを押すのを何度かためらってから、やっと通話ボタンを押すという徹底した嫌がりぶりである。

 部屋の外に出て行ったのは、錬太郎に聞かれるとまずいような文句が飛んでくるかもしれないからだ。鬼島笹百合は、自分の妹が見た目と同じようにかわいらしい性格をしていないとよく承知している。そのため、いったい何が妹の逆鱗に触れたのかはわからないが、いろいろと責められるだろうと覚悟してかからねばならなかった。

 ただ、面倒事が待ち構えているのにもかかわらず対応しようとしているのは、鬼島姫百合が理不尽な理由で激怒するような人間ではないと理解しているからだった。若しも、そうでなければ拒否して終わらせていた。しかしわかっていても、気分が落ちるのは間違いなく、できるならちょっとの苦しみで終わらせてもらいたかった。

 そうして、いやいやだけれども妹と対話するために鬼島笹百合が部屋を出ていくのとほとんど同時に、客室に鬼島兵辰が入ってきた。

 鬼島山百合と同じように鬼島兵辰も燕尾服のような裾の長い法被を着ていた。鬼島兵辰の身長に合わせた法被のため、鬼島山百合よりも暑苦しく見えた。錬太郎しかいない部屋に入ってきた鬼島兵辰は少し汗をかいていた。鬼島兵辰は涼みに来たわけではない。錬太郎に用事があるのだ。鬼島笹百合ではなく錬太郎である。

 錬太郎が軽く会釈をすると、鬼島兵辰はこう言った。

「花飾くん、申し訳ないが少し手伝ってもらえないか。ちょっと私たちでは無理そうなんだ」

 錬太郎に手伝いを頼む鬼島兵辰は大きくため息を吐いていた。ほんの少しの疲れが、ため息の形になって表れたのだろう。

 真夏の暑い時期に祭りの準備をするのは誰であってもつらい。年を取っている鬼島兵辰なら、若いころよりも疲れがたまるのも当然だ。鬼島兵辰の大きなため息もそういうところから生まれてきている。しかし、鬼島兵辰が思っているよりもずっと、深刻そうに見えるため息だった。少なくとも錬太郎にはかなりぎりぎりまで頑張って、体力が底をついたようにしか見えなかった。

 鬼島兵辰のお願いに、錬太郎はすぐにうなずいた。うなずいた時にはすでに立ち上がっていた。やる気にみなぎっていた。もともとそのつもりで海波根島に来ているのだ。まったく問題ないことだった。

 それに加えて、鬼島兵辰の妙に調子の悪そうな様子が目の前にあるのだ。夏の暑い日差しの中で動き回るのはつらいことだろう。汗もかくだろうし、不愉快な気持ちにもなるだろう。しかし、それ以上に目の前の鬼島兵辰が心配だったのだ。一生懸命手伝って、そうしてさっさと終わらせてしまおうと錬太郎は心に決めていた。



 鬼島兵辰が部屋から出ていくのに合わせて錬太郎は部屋の外に出た。完全に身軽になっていた。木彫りのフクロウのお面も、少ないながらも持ってきた荷物も置いたままにしておいた。

 鬼島笹百合の部屋から出た時に錬太郎は立ち止った。錬太郎の視線は廊下の先に向いていた。というのも、視線の先に鬼島笹百合がいたからである。鬼島笹百合は錬太郎に背中を向けて携帯電話で話をしていた。そして携帯電話の向こうにいる誰かに向けて、何度も頭を下げている。

 鬼島笹百合に対して、これから出てくると伝えた用がいいだろうと錬太郎は考えたのである。鬼島兵辰の手伝いでこれから外に出ていく錬太郎であるけれども、鬼島笹百合が鬼島兵辰の到着に気が付いているのかわからない。

 もしかすると鬼島兵辰の姿を見かけて、錬太郎が外に出ていくという予想が建てられるかもしれない。しかし廊下で話をしているのだから、わかるかもしれない。一応は声をかけていたほうがいいだろうと思う状況だった。

 そうして廊下で携帯電話で話をしている鬼島笹百合に少し迷ってから錬太郎は声をかけた。

「先輩、ちょっと手伝ってきます」

 鬼島笹百合に外に出ていくといって伝える錬太郎は、少し大きめの声を出していた。鬼島笹百合が、錬太郎とは別の方向を向いていたからである。丁度、錬太郎に背中を向ける体勢で携帯電話で話をしているのだ。近づいて、小さな声で話をするというのも手段としてはありだったが、いちいち近寄って話をするのが面倒くさかったので選ばなかった。それこそ少し大きな声を出すだけで通じる距離であるから、大きな声を出すだけで済ませたのである。

 錬太郎を見送りながら、鬼島笹百合はこういった。

「わかった、気を付けていってらっしゃい」

 気を付けという鬼島笹百合はくるりと振り返っていた。そして錬太郎の目を見て軽くうなずいて、またくるりと元の姿勢に戻ったのだった。鬼島笹百合は鬼島兵辰が自分の部屋に入っていくのに気が付いている。

 そして、鬼島兵辰の様子からおそらく錬太郎に用事があるのだろうとも予想がついていた。きっと錬太郎に手伝いを頼みに来たのだろうなと思っていたところで、錬太郎が部屋から出てきて、声をかけてきたのでやはりそうだったかと納得したのである。

 そうして、廊下の天井に頭が付きそうな錬太郎を見て、夏の暑苦しい海波根島でおじいさんおばあさんに交じって錬太郎が動き回っても大丈夫だろうと納得していたのであった。そして納得して錬太郎をさっさと送り出して、手の中の携帯電話の面倒事に再び挑むため恰好を戻したのだった。

 錬太郎が鬼島兵辰のお手伝いのために玄関へ歩いて行ったのを確認してから、携帯電話の向こうで怒っている妹に鬼島笹百合はこう言った。

「本当にそういうつもりじゃないから。大丈夫だって。

 おばあちゃんがどこを気に入ったのかわからないけど、いきなりそんな関係になるつもりは……いやいや、段階を踏めばいいとかそういうことも思ってないから……うん、わかってるって。

 あぁ、そういう可能性もあるね、でもそれは錬太郎君の趣味の問題だから……嬉しそう?

 いや別にそういうのは……え? うん? はいはい、わかってますってはいはい。

 えっ? 晶子に連絡? それはちょっと勘弁してもらえませんかね、さすがにそれはきついかも。うん……うん……うぇぇ、本当? 晶子は完全に頼子陣営……あぁ、でもわかるかも。晶子結構怒ってたから……」

 妹に弁解しながら鬼島笹百合は何度も頭を下げていた。目の前に妹がいるわけではないのだが、何度も小さく頭を下げていた。小言を言われて受け流そうとしている人間の動きだった。妹と会話したことで、妹の怒りの原因が自分ではないと理解できたため、鬼島笹百合にはさっぱり真剣さがなかった。

 しかし当然である。関係ないのだから。これでもしも自分が原因であれば、誠実に対応していただろう。たとえば、冷蔵庫の中に妹のプリンが入っていて、それを食べてしまったとか。たとえば、妹がまだ見ていない映画の結末をぽろっと漏らしてしまったとか、そういう失敗ならば誠実に謝るのだ。

 しかし今回の妹の怒りに関しては、まったく鬼島笹百合は関係していない。間接的には関係しているのだ。しかし、原因は鬼島笹百合にはない。どちらかといえば錬太郎にある。そのため鬼島姫百合が文句を言いに来ても話を聞くくらいしか対応の手段がなかったのであった。もちろん知ったことではないといって突き放すこともできた。しかし錬太郎を引っ張って海波根島にきた状況事態がそもそも自分のせいだという自覚と、妹が結構まいっているのを感じて愚痴を聞いているのだ。



 錬太郎が玄関に到着すると、すでに準備を終えた鬼島兵辰が待っていた。玄関のところで待ち構えている鬼島兵辰は錬太郎よりは身長が低い。しかしそれでも百七十五センチほどある。

 それなりに背の高い鬼島兵辰が燕尾服のような長い裾の法被を着て立っていると暑苦しくてしょうがなかった。温度としてではなく見た目の暑苦しさである。しかし鬼島兵辰自身は暑さというのをそれほど苦しんでいなかった。額に汗がにじんでいるけれども、まだまだ大丈夫そうに見える。

 錬太郎が靴を履くと、鬼島兵辰は歩き出した。

「それじゃあいこうか」

といって歩き出した鬼島兵辰は一歩一歩が力強かった。まったく年齢を感じさせない。そして夏の暑い日差しも気にしていないようだった。

 錬太郎に手伝いを頼んだはずなのだけれども、あとをついていく錬太郎は、全く手伝いなど必要ないのではないかと疑うほどの元気がある。

 力強く見える鬼島兵辰である。しかし、時の流れはやはり恐ろしい。見た目こそ元気そうに見えているが、昔のような力を発揮するのは難しくなっていた。全身の力が徐々に失われていっている実感がある。若いころの日々強くなる肉体であったころは過ぎ去り、今は力を失い続けている。どうしようもないことであると受け入れてはいるけれども、実際に衰え始めると実害は出てくる。

 人の手を借りなければできない仕事が増えて、それこそ若いころの鬼島兵辰ならば、錬太郎の手伝いなど必要なかった。祭りに参加する人たちが減ってきたというのももちろんあるけれど、それ以上に力は落ちて行っていた。

 そうして鬼島の家から出発した二人は二十分ほど島の緩やかな上り坂を歩いた。夏の日差しが非常に強いせいで、海波根島の草花の緑が非常に濃く見えた。鬼島兵辰も錬太郎も平気な顔をして緩やかな坂道を歩いているけれども、二人ともじっとりと汗をかいていた。

 移動中、セミの鳴き声を聞きながら、鬼島兵辰が昔話を聞かせてくれた。鬼島兵辰の昔話は、道ばたの変形したお地蔵様のような石像をきっかけにして始まった。

 話の内容はこの海波根島には優しい神様が住んでいて、今でも島の人たちを見守っているという話だった。そしてこの神様は非常にさみしがり屋だという。海波根島の島祭りが三日間にわたって行われているのは、普段はさみしくして泣いている神様が長い時間島の人たちと一緒に過ごせるようにという配慮という話だった。そして道端にある変形したお地蔵様はその神様が仏教の伝来とともに姿を変えた姿であるというのだ。鬼島兵辰はこんな話をしてくれた。

「この島に伝わる伝説によると、守り神様は巨大な鳥の姿で現れる。守り神様は常に巫女を伴っていて、巫女には絶対の信頼を寄せるのが常だという。

 とても心優しい神様で、けがをしたり病気をしたら守り神様のところへ行けば治してくれた。また非常に器用な神様で、島のほとんどは神様が自分で作ったものであるとまで伝承にはある。。

 芸術の神様かというとそうではなく、高い武力を備えていた。恐ろしいくちばしと、つめはもちろんだが、風を操る力があった。

 この風を自在に操る力で、島の子供たちを風で守ってみたり、外敵を退けることができるという。また風の力は尋常なものではなく島を食い尽くすために使わされた悪鬼の軍勢を嵐で迎え撃ち、友である海の神の協力を持って永遠に封印したという伝説まで残っている。

 もともとは大量の時によって来る鳥を奉っていた島の人たちが、仏教の伝来とともにお地蔵様に信仰の対象を変えてしまったというのが、僕の先生だった人の解釈だったかな。この島にあるお地蔵様が少し変わっているのはその影響だろうと。

 このあたりは時代の背景、芸術の流行を理解したほうがいいということも言っていた」

 鬼島兵辰が昔話をしてくれたのは、移動中の何とも言えない無言の空間を和ませるためだった。鬼島兵辰の心遣いには錬太郎も気が付いていたので、しっかりと相槌を打って答えていた。



 鬼島の家から三十分ほど歩いたところで、緩やかだった坂道が急な角度を持った道に変化した。そうしても鬼島兵辰はまったく関係ないとばかりに、さっさと先に進んでいった。

 鬼島兵辰も錬太郎と同じように随分汗をかいていたが、足はしっかりと地面をとらえていた。夏の暑さに飽き飽きし始めていた錬太郎は鬼島兵辰の足腰の強さに少しおいて行かれてしまった。

 錬太郎にしてみると、始めてくる場所で、何が待ち構えているのかもわからない場所であるが、鬼島兵辰にしてみると、緩やかな坂道も急な坂道も通いなれた道なのだ。

 確かに体力自体は昔のようにはないけれども、老人と呼ばれるようになる年齢までこの島で暮らしてきただけあって、持ち合わせている体力はけた違いだった。そして、やはりこれは男の意地というのもあるのだ。錬太郎のような若い小僧の前で情けない姿を見せるのは今までこの島で頑張ってきた鬼島兵辰に耐えられないことだった。

 強く角度が付き始めた上り坂を鬼島兵辰が勢いをつけて歩き始めたのと同時に、錬太郎もまた歩く速さを上げていた。夏の暑い中をゆっくりと歩いてきたことで汗がほほを伝いシャツが汗で湿り始めているけれども全く気にしていなかった。

 錬太郎が勢いを上げたのは鬼島兵辰において行かれるのが嫌だったからである。若しもここで鬼島兵辰において行かれるようなことになれば、間違いなく帰り道がわからなくなる自信が錬太郎にはあった。

 鬼島の家が大体どのあたりにあるのかという感覚は、錬太郎の中にしっかりと刻まれている。しかし細かい場所がいまいちはっきりとしていないのだ。というのも、三十分近く歩いているのと同じような景色が続いたこと、始めてくる場所であるということで、はっきりとどこの道を行けばいいのかわかっていなかったのだ。

 そのためおいて行かれるのだけはできるだけ避けたかった。また、体力的にはまったく問題なかったので勢いを上げるのは特に支障はない。

 角度がきつくなり始めた坂道を歩き始めて五分ほどすると、鬼島兵辰が錬太郎に話しかけてきた。

「疲れていないかい花飾くん。旅の疲れもあるだろうに、すまないね」

 錬太郎に話しかける鬼島兵辰は前だけを見ていた。緩やかな坂道を歩いているときには、周りに家が見えたり人の気配があったのだが、角度がきつくなり始めてから舗装された道はなくなっている。目の前にあるのはけもの道で、遠くから聞こえるのは鳥の鳴き声と羽ばたきだけだった。

 鬼島兵辰は余裕を持っているような様子があるが、実のところそうでもないのだ。今までの舗装された道ならば特に問題はないのだけれども、舗装がなくなるようになると急に足場が悪くなり体力の消耗が激しくなっていた。口調こそ余裕を持っているようだけれどもしっかりと道の状況を見て歩かなければ、事故を起こしそうだった。

 体力は大丈夫だろうかと心配してくれる鬼島兵辰に錬太郎が答えた。

「大丈夫ですよ。体力だけはありますから」

 鬼島兵辰に答える錬太郎はあさっての方向を見ていた。急な坂道を歩くようになってからというもの、周りに見えるのは植物ばかりである。目の前の道を歩くことに集中するのが一番良いのだけれども、それでも視線を前ではなく明後日の、森の中を錬太郎は見つめていた。

 それというのも、錬太郎は誰かに見られているような気がしたのである。それも海波根島に来て、定期便の発着場で感じたような視線であった。錬太郎は勘違いかもしれないと思ったのだが、錬太郎が今歩いている場所と一度視線を感じた方向を考えてみると、もしかして何者かが潜んでいるのではないかなどという気になってしまう。

 もちろん、錬太郎は命を狙われるような真似をしたことはないし、また、視線をもらわなければならないような特殊な能力というのも、言うほど持っていない。身長が高く体格がよく、超能力のようなものを持っているくらいである。いろいろと見つめられる理由を考えてみても答えは出ない。しかしとりあえず自分を見ている誰かというのを見つけようとしたのだ。見つけて、それから対応を考えればいいと判断したのだった。

 問題ないとあさっての方向を見ながら錬太郎が答えると、鬼島兵辰がこう言った。

「何かスポーツでもしているのかな」

 錬太郎に話しかける鬼島兵辰であるが声に力がない。息が上がり始めている。今まで鬼島兵辰の前にあった道が、いよいよ道でなくなり始めたのだ。今までは坂道だったのが、階段になったのだ。

 この階段は石で造られた階段で、段差自体は大したものではない。一般的な階段と同じ段差である。問題はその多さだった。そして九十度に近い角度で階段が、ずっと上まで続いているのだった。

 鬼島兵辰はこのずっと上に登っていく階段を見て、あと少しだと思う以上に体力が持つかどうかわからないなという気持ちになるのだった。体力的にも息が切れ始めているけれど、精神的にも息が切れ始めているのだ。

 長い階段を前にして息が切れ始めた鬼島兵辰に錬太郎が答えた。

「中学までは……武術を少しやっていました。幼馴染の家がそういうおうちだったんで、遊びに行くといつも修行みたいな感じで……まぁ、楽しかったんでいいんですけどね。

 今は筋トレをするくらいですね。父がマラソンをするので、練習に付き合ったりしています」

 鬼島兵辰に答えながら階段を上っていく錬太郎だったが、非常に歩きにくそうにしていた。視線は完全に下を向いて、前を向いていない。体力的な問題というのはないのだ。

 問題なのは、階段の段差である。錬太郎の身長は平均的よりも高い。そのため一歩一歩が普通よりも大きいのだ。そうなってくると、平均的な身長に合わせて作られている階段の段差というのは非常に厄介になってくる。段差が微妙に体に合っていないため、錬太郎は気を付けて足を繰り出さなくてはならなくなっていた。これで気を抜いて階段を上るようなことをすれば、大きな事故を起こしかねなかった。

 視線を足元の会談に向けながら錬太郎が答えると、鬼島兵辰は納得がいったとばかりにうなずいた。そしてこういった。

「なるほど。それでいい体格をしているわけだ。そろそろ到着だ。荷物運びなんだけどね、場所が悪いんだよ。場所が」

 

 

 長い階段をさらに五分ほどかけて登ってやっと到着したところ、錬太郎は少し立ち止まってしまった。

 目的地は本当に足場が悪かったのだ。そもそもどうしてこんなところに倉庫があるのかもわからない。階段を上り切った先にあったのは神社のような建物である。この場所には建物がぽつんと一つだけ立っていて、あとには何もない。

 しかしそれもしょうがないことで、神社のような建物を一つ立てれば、それ以上は何もものを立てられないような狭い場所だったのである。錬太郎の大雑把な感覚で言えば、二十五メートルプールくらいの敷地に、神社らしきものが一つあり、それ以外は何もないのだ。神社の向こう側は切り立った崖。しっかりと柵がされているけれども、それだけだった。しかし景色はよかった。そして錬太郎が昇ってきた道とは違った道が、森の中に伸びているのが見えた。

 特に見るものはないが、高いところにあるため見下ろす海の広さはなかなか気分のいいものであった。

 なぜこんなところに神社があるのかというのはなぞだが、狭い場所に立っている神社に到着すると、鬼島兵辰がこう言った。

 「昔は人が多かったから、なんとかできたんだけどね、今は人が少なくなってどうにも困ってしまう。大丈夫そうかな? 

 倉庫はこっちだ」

 錬太郎に話しかける鬼島兵辰は肩で息をしていた。汗がひどい。一応なんとか自分の力で立っているけれども、体力はほとんど残っていないように見えた。年を取ったことで体力を失ったということももちろんあるが、長い階段を上ってきたということと夏の熱光線が鬼島兵辰の体力を劇的に奪ったのだった。

 鬼島兵辰がゆっくりと神社の中に入っていった。錬太郎は黙ってついて行った。鬼島兵辰の後をついていく錬太郎は、非常に顔色が悪かった。気分が悪いのではなく鬼島兵辰の体調を心配しているのだ。夏になると熱中症で非常に恐ろしいことが起きるという話を錬太郎は姉の晶子から聞かされていたのである。

 そうして、目の前には鬼島兵辰の調子の悪そうな顔があるわけで、錬太郎にとっては気が気ではない。これが話に聞く熱中症かと思い、錬太郎は祭りのお手伝いよりも鬼島兵辰を担いで帰る心配をし始めていた。



 錬太郎が大丈夫だろうかなどと思いながら神社に向かって歩いて行っている間に、あっという間に鬼島兵辰は大きな包みを持って神社からでてきた。

 大きな包みは、鬼島兵辰の身長を少し超える大きさ。布のようなもので包まれているのでどのようなものが入っているのかはわからない。しかし大体の形は予想できる。おそらく細長いもの。そして、金属だろう。金属であるとわかるのは、鬼島兵辰が歩くたびに、金属の擦れる音、金属がぶつかりあってでる高い音が聞こえてくるからである。

 鬼島兵辰が倉庫の中から持ち出してきた物こそ海波根島の島祭り、二日目で使う道具である。これがなくとも二日目の行事はできなくもないのだ。しかし格好をつけるというのは祭りではとても大切なので、できるなら正しいものを用意して置きたかった。

 倉庫から出てきた鬼島兵辰は布に包まれた荷物を錬太郎に差し出した。そしてこういった。

「これなんだけどね。結構重たいんだ。これを祭りの会場まで運んでもらいたいんだよ」

  差し出された布に包まれた荷物を錬太郎は受け取った。その時に錬太郎はバランスを崩した。重たいものを持って動けなくなったのではないのだ。逆である。重たいと思って力を込めていたら、全く重たくなかったため、錬太郎は体のバランスを崩したのだった。

 錬太郎がバランスを崩していると、鬼島兵辰がこう言った。

「大丈夫そうだね。それじゃあ、会場に向かおうか。もうひと踏ん張りだ。お互い頑張ろう」

 鬼島兵辰が笑い、錬太郎はそれに笑い返した。

 



 狭くて景色のいい場所に立っている古びた神社に到着して十五分後のこと。錬太郎は布に包まれた荷物を担いで、祭りの会場に到着していた。錬太郎は特に問題なさそうに荷物を担いでいたけれども、全身汗まみれだった。太陽が真上を示すころであるから熱線の威力は半端ではない。それに加えて下り坂を延々と歩いて戻ってきたのだから、筋肉も熱を持つ。

 これで汗が出ていないのならば、それこそ熱中症を心配するべきだろう。何にしても錬太郎は鬼島兵辰のお願いをかなえることができていた。とりあえずこれで錬太郎が海波根島に来た一応の目的は軽くだが達成できた。

 祭りの会場に到着すると、鬼島兵辰は

「ちょっと待っててもらえる?」

といって、錬太郎から離れていった。一日目の祭りを仕切っている人物に話をつけてくる必要があるとのことだった。

 鬼島兵辰がどこかに行ってしまうと一日目の祭りの会場でぼんやりと錬太郎は立ち尽くすだけになった。祭りの会場はそれなりに広い広場で行われていた。昼間だけれどもすでに出店が商売を始めていて、島人たちが楽しそうに見て回っていた。

 錬太郎はその様子を少し離れたところで、邪魔にならないように見ていた。荷物を置いて出店を見て回るというのも考えたのだけれども、錬太郎は財布を持ってきていなかった。荷物の中に置きっぱなしである。そして、よく考えてみると錬太郎はこの島に知り合いというのが全くいなかった。そうなってくるとなかなか輪の中に入っていくのは難しかった。

 そうしてやることがないので、錬太郎はぼんやりと一日目の祭りを眺めるだけになったのだった。

 鬼島兵辰が早く帰ってきますようにと錬太郎が祈っていると、百六十センチくらいの少し背の高い女性に話しかけられた。二十代前半、もしくは十代後半くらいの年齢で髪の毛が肩あたりまであった。そして日に焼けていた。非常にラフな格好をしていて、どこかで見たような顔をしていた。

 「ねぇ、あんた。名前は?」

 錬太郎に話しかけてきた女性は錬太郎をじろじろと観察していた。まったくためらいがなかった。錬太郎の全身を見て、顔を見て、体を見て、足元を見て、そうして最後に肩に担いでいる荷物を見ていた。

 錬太郎の顔に見覚えが全くなかったのでこの女性は話しかけてきた。そもそも海波根の島祭りはほとんど島の人たちか、その関係者たちだけの祭りである。まず部外者は祭りに参加しようとは思わないし、来たとしても三日目である。錬太郎のように初日からきているのは非常に珍しい。

 たまに島の外から一日目から参加する人がいてもそれは一人か二人のもので、ほとんど間違いなく町の役場からきている役人である。錬太郎のような明らかに島の人ではない人間というのは珍しく、しかも若いと来ると、話しかけずにいられなかった。

 この女性は考えたのだ。誰かが連れてきたのだろう。ではいったい誰が連れてきたのかと。それが気になった。もちろん錬太郎にも興味は沸いていた。

 いきなりの質問に、錬太郎は少したじろいだ。しかしすぐに挨拶をした。

 「花飾錬太郎です」

 話しかけてきた女性に軽く会釈をする錬太郎は距離を開けようとした。いきなり距離を詰められたので、居心地が悪かったのである。そして、話しかけてきた女性の服装が夏仕様で布が少なかったのも理由の一つだった。

 錬太郎が答えると、二十代くらいの女性はこういった。

「もしかしてあんた、笹百合のこれ?」

 錬太郎に詰め寄っていく女性は小指を立てていた。そして笑っていた。この女性は花飾錬太郎という名前に聞き覚えがあった。つい先ほどきいたのだから間違えるわけもない。鬼島笹百合から聞いたのだ。そして明らかに恋人でもなんでもないのに恋人だと言い張る鬼島笹百合の様子から、本当のところはどうなのだろうかと確かめ作業に入ったのだった。小指を立てたのはそういうことである。

 小指を立てて見せる女性に錬太郎が答えた。

「ただのお手伝いです」

 答えながら錬太郎は少しだけ距離を取った。どうにも距離をじりじりと詰めてくるので、何とかして自分の居心地のいい距離を保とうとしているのだ。これは錬太郎が悪いというよりは話しかけてくる女性が思ったよりも勢いよく距離を詰めてくるのと恰好が夏仕様であるというのが悪いのだ。

 錬太郎の答えを聞いた二十代くらいの女性がこう言った。少し笑っていた。

「笹百合とは知り合いなのは間違いない? これは正解?」

 錬太郎に質問を飛ばす女性は、祭りの会場に視線を向けていた。そろそろ鬼島笹百合が戻ってくる頃だとわかっているからである。そしてこれから鬼島笹百合が戻ってきたところで、いろいろとからかってやる材料が手に入るのだなと思うと面白くてしょうがなかった。

 鬼島笹百合と知り合いなのかと問われた錬太郎はうなずいた。うなずく錬太郎の視線は祭りの会場に流れていた。目の前の女性の視線が、祭りの会場に移ったのに気がついて、何かあるのかもしれないと思ったのだ。特に理由はなく、急に自分の目を見つめていた二つの目が、勢いよく祭りの会場に移動するので、つられたのだ。

 錬太郎がうなずくのを見た二十代くらいの女性は、笑ってこう言った。

「なるほど。やっぱりそうか。まぁ、あのちんちくりんには無理だわね」



 女性が楽しそうに笑っている間、錬太郎は困った顔をして立っていた。

 どうやら鬼島笹百合の知り合いか、友達だということはわかるのだけれども、どのように対応していいのかわからなかったのだ。パッと見たところ明るい性格だろうから、普通に話しかければいいのはわかる。

 しかし問題はそこではなく、完全に自分のわからないところでいろいろと話が進んでいるという状況と、はじめてくる場所、行事の場で不安な心がほとんど混乱気味になっているところである。冷静なら大して問題にならない状況だったが、いよいよ処理しきれなくなり始めていた。

 錬太郎が困っていると二十代くらいの女性がこう言った。

「ごめんね、急に話しかけたりして。私は葉波根 みなと(はばね みなと)、笹百合の幼馴染よ」

 自己紹介をした葉波根みなとは右手を差し出してきた。握手の形である。錬太郎の困り顔をみて、そういえば自分の名前を名乗っていないのに思い当たったのだった。そして、自己紹介をしていろいろと話をしようじゃないかという気持ちになっていた。鬼島笹百合は線の細い男性が好みであるけれども、彼女は逆で錬太郎のようなタイプが好みだったのも、握手の理由になっていた。出なければ汗まみれの男の手など握りたくはないだろう。

 少し間を開けて、錬太郎は自己紹介に答えた。

「花飾 錬太郎です。祭りの手伝いに来ました。祭りの間は鬼島さんにお世話になるつもりです」

 自己紹介をしながら錬太郎は自分の手をズボンで拭っていた。自分の手が汗でぬれているのに気が付いていたからである。さすがに人の汗で湿っている手を握りたいと思わないだろうし、握った時にいやな気持になられたら、錬太郎としてもいい気分はしない。できるならどちらも気持ちよく挨拶をしてそれで終わりたいところだった。

 二人が握手をすると少しは葉波根みなとがギュッと力を入れて錬太郎の手を握った。錬太郎の手が葉波根みなとよりも大きいので、完全につかみ切れていない。しかし思いきりつかんでいるのは、葉波根みなとの顔を見ていたらわかる。初対面の人間同士が挨拶をして、握手をする。そうして思いきり握るというのは、間違いなくこれからの人間関係を悪くさせるだろう。

 それは、葉波根みなともわかっている。普通ならやらない。錬太郎だからそうしただけだ。つまり初対面だけれども、こういうことをしても大丈夫そうな冗談がわかるタイプにしかしないということである。何となく弟に接するような気持ちで動いていた。

 それから握手は五秒ほど続いた。そうしていると周りにいる人たちが少し困り顔で葉波根みなとと錬太郎を見詰め始めた。それはそのはず、葉波根みなとの握力というか、腕力は結構なものがあり、力いっぱい握られたら腕がちぎられてしまうような痛みを感じると知っているのだ。

 しかし徐々に周りにいた人たちの顔は驚く顔に変わっていった。葉波根みなとの顔色が悪くなるばかりで、錬太郎がさっぱり何の変化も起こさなかったからだ。葉波根みなとは力いっぱい握っているのを隠しもしていない。

 逆に錬太郎はさっぱり力みがないのだ。これはおかしかった。いくら錬太郎が身長体格ともに優れていたとしても、まったく何も変化がないのはおかしかったのだ。それくらいに葉波根港の力は見た目よりも強かった。

 握手が全体で三十秒ほど続いたところで、錬太郎がこう言った。

「あの、そろそろ手を放してもらえませんか?」

 手を放してくれという錬太郎はものすごく困っていた。視線がいろいろなところに飛んでいる。それはそのはず、握手だったはずなのが全く手を離してくれないのだ。

 それに加えて、あまりにも話してくれないものだから、手のひらに汗がにじみ始めて、恥ずかしい気持ちがわいてきている。これで、握手の相手が男なら思い切り力づくでどうにかできたのだが、相手は女性である。乱暴なまねができるわけもなく困ってしまうのは当然だった。

 錬太郎が握手をやめてもらえないかと頼むと、葉波根みなとは錬太郎をにらんだ。錬太郎のほうがはるかに身長が高いので見上げるような格好になっている。ただ、ずいぶん悔しそうだった。

 葉波根みなとは自分の持っている怪力を自慢に思っている節がある。もちろん、人並み外れた腕力を持っているというのは同世代の男性たちが評価するときには、あまりいいステイタスではないだろうともわかっている。

 しかし、一つ特殊なところがあるというのは胸を張っていいところだろう。錬太郎に少し強めに握手をして見せようとしたのも、そういう気持ちが胸の底にあったからかでもある。しかしそれが、通用しなかった。悔しかった。

 なぜ睨まれているのかもわからない錬太郎が困っていると、祭りの会場の端、葉波根みなとと錬太郎が握手をしているところに鬼島兵辰と鬼島山百合が姿を現した。二人が現れると、場の空気が緊張した。一日目の祭りを楽しんでいる人たちの動きが緩やかになり、視線が錬太郎たちに集中していた。じっとりとした空気が生まれつつあるその時に、鬼島山百合がこういった。

 「握手をしたまま祭りを楽しむつもりなのかしら、みなとちゃん。花飾くんは祭りの手伝いをしてくれているのよ。邪魔しちゃだめ。

 さぁ、ご苦労様だったわね花飾くん。荷物をこっちに持ってきて。こっちよ。ついてきて頂戴。

 それを運んだら、お昼にしましょう」

 鬼島山百合が話し始める前に錬太郎から葉波根みなとは手を放していた。実に素早かった。そしてずいぶんいやな汗をかいていた。鬼島兵辰は問題ないのだけれども、鬼島山百合が恐ろしかったのだ。年齢を重ねたからというよりも研鑽と、研鑽から手に入れた実力を持つからこそ身につく自信から現れる鬼島山百合の妙な圧迫感が葉波根みなとは苦手だった。

 

  

 錬太郎は布に包まれた荷物を肩に担いで、鬼島山百合の後を追った。葉波根みなとから解放された錬太郎は実にさわやかだった。解放された時などうれしくて笑いそうになった。鬼島山百合の後を追うのはもちろん、荷物を届けるためである。

 そして一番大切なのは昼食だった。錬太郎はお手伝いを最後までやり遂げて、気持ちよくお昼ご飯を食べる気持ちになっていた。腹が減ってはどうにもならないのは、錬太郎も同じなのだ。動き回ったせいだろう、そろそろ何か食べないとやる気が起きなかった。

 鬼島山百合のあとを追いかけ始めた錬太郎と鬼島兵辰がすれ違う時、鬼島兵辰が錬太郎にこう言った。

「ごめんね。同年代の子があんまりいないから、そのなんだろ、じゃれたいらしくてね?」

 葉波根港の行動について語る鬼島兵辰は苦笑いを浮かべていた。鬼島兵辰も成人した女性が、何を頭の悪いことをやっているのかとあきれてはいるのだ。しかし、同世代の人間が全くいないというのはつらいものであるともわかっていた。そのため、かなり難しいけれどもフォローを入れたのだった。

 すれ違いざまに伝えられた情報に、錬太郎は軽くうなずいて見せた。「なるほど」といった調子だった。まったく先ほどのやり取りなど気にしていないのだ。まったく気にしていない。ただ、長い間若い女性に手を握られて、目のやりどころに困っただけだ。痛くもかゆくもない握手を続けるくらい、何を嫌な気になるものだろうか。



 

 葉波根みなとにかるくちょっかいをかけられた数分後、錬太郎は布に包まれた荷物を神社らしき場所に運び込んでいた。祭りの会場に建てられている神社は、錬太郎がはじめに見た神社よりもずっと大きく立派だった。

 祭りの会場にある神社を見た後に、立地の悪い神社を思い出すとあれは神社ではなくただの小屋だったのではないだろうかと思うほどだった。布に包まれた荷物を運ぶ錬太郎は特に疲れた様子もなく、また緊張するところもなかった。

 しかし神社の中に運び込むとき少しだけ気を付けて歩いていた。それというのも荷物を運びこむときに神社の入り口が小さく頭を打ちそうになったからである。そうして頭を打たないように気を付けながら鬼島山百合の案内で、神社の中を進み、錬太郎は空気のきれいな広間のようなところに到着した。この場所は特に変わった何かがある場所ではなかった。畳張りで少し広いリビングくらいの大きさだった。おそらく祭りで使うのだろう道具が運び込まれていて、少し場違いな布団と枕が一組だけ部屋の隅っこに置かれていた。結構いい布団と枕なのだ。ただ、非常にかわいらしい刺繍が施されている。キュートな花の刺繍である。

 この畳張りの少し広い広間の印象的なのは、空気が非常にきれいなことである。海波根島自体が非常に気持ちのいい場所であるが、それにもましてまったくこの場所には嫌なものがなかった。清らかだった。

 非常に気持ちのいい空気のある広間に錬太郎が荷物を運びこんだのを確認すると、鬼島山百合がうなずいた。そしてこういった。

「ありがとう。随分助かったよ。実をいうとこの杖を運ぶのが一番骨が折れるんだ。一本がものすごく重たいからね」

 錬太郎にお礼を言う鬼島山百合は何度もうなずいていた。お面をかぶっているのでまったく表情が見えないけれども間違いなく喜んでいるのがわかる。それというのも、今回の祭りに錬太郎が来ていなければおそらく二日目の祭りは不完全な状態で行われていたからである。

 海波根島の島祭りは一日目から始まり三日目で終わる。三日目の神輿だとか出店を目的にしている人たちは多いが、開催する側からすると二日目が本番の祭りなのだ。

 ただ地味である。面白いことは何一つない。だからほとんどの島人には関係のない行事である。 

 行事自体が地味なのもあるが、二日目の祭りを行うときに使う道具をそろえるのが面倒くさいのだ。何せ非常に足場の悪い道を通り、山を登る階段を上がったところにある神社本殿の杖を持ってこなくてはならない。これは面倒くさい。

 車で移動できない場所に道具をしまっているので体力勝負になるのだけれども、よほど鍛えていないと到着するだけで体力を使い切ってしまうのは間違いない。大昔は鬼島兵辰たちが数人がかりで行っていたのだけれどもそれもそろそろ難しくなっている。住民の平均年齢が上がっていることもあり、そろそろ準備をやめたほうがいいのではないかという話にもなっていたのである。そんな微妙な状況だったので、錬太郎の手伝いは本当に助かるものだったのだ。



 鬼島山百合が満足そうにうなずくのを見た錬太郎は聞いた。

「ほかに何か手伝えそうなことはありますか? 荷物運びくらいならできると思うのですが」

 まだまだ手伝える力は残っていると錬太郎は言いながら、鬼島山百合から視線を切っていた。鬼島山百合ではなく畳張りの広間の中を探るように見ていた。あまりじろじろと神社の中を見るのはよろしくないことである。

 錬太郎もそのあたりはわかっているのだ。しかし何かが自分を見ているような気がしてしょうがなかった。鬼島兵辰と一緒に道具を取りに行った時にも感じた誰かに見られているような感覚は、鬼島山百合と一緒にいても感じられた。そして、今もどこかから見られているような気がしてしょうがなかった。

 島人たちが自分を見ているのかもしれないとも考えたのだけれども、おそらく違うと錬太郎は思っていた。というのが島人たちの視線には錬太郎が気が付くほどの力がない。よそ者がいるなというくらいのもので、大したものではないのだ。しかし錬太郎が感じている視線には島人たちとは違う熱意のようなものが感じられた。だから錬太郎は気になってしょうがない。神社の中に入っていても感じるのなら余計に気になってしょうがない。だから見つけようとした。さて何者かと、見つけてとらえて話でも聞こうかと思うようになっていた。

 まだ手伝う仕事はあるだろうかとたずねる錬太郎に鬼島山百合はこのように答えた。

「もうないかな。祭りの準備といっても規模が小さいからね、あっという間に終わるのよ。難しかったのは、錬太郎君が手伝ってくれたからね。

 あと少ししたら、年寄連中で雑談でもし始めるわ。

 それじゃあ、お昼ご飯にしましょうか。そろそろいい時間でしょ? うちに戻って休んでおいて。明日のためにね」



 錬太郎が昼ごはんは何になるのだろうかなどと考えていると、鬼島山百合がこう言った。

「そこにいる小娘。ちょっとこっちに来なさい」

 鬼島山百合は錬太郎のほうを向いたままであった。鬼島山百合は神社の広間の出入り口のところに隠れている小娘に話しかけていた。

 鬼島山百合は小娘が錬太郎の後を追って神社の中に入ってきているのに気が付いていた。そして、気が付いていたので、少し仕事を頼むことに決めた。

 鬼島山百合は錬太郎がまだ海波根島になれていないのを見抜いている。はじめてくる場所であるから道がいまいちわかっていないこと、少し不安を覚えているだろうとも配慮ができていた。そのため、ちょうどいいところにいた小娘を案内役にすることに決めたのだった。やや声が厳しめなのは、神社の中に入り込んできたことと、盗み聞きをしていたからである。

 鬼島山百合の言葉を受けて、錬太郎は鬼島山百合の視線の先を見た。そこには鬼島笹百合と、葉波根みなとが陰に隠れていた。二人とも大きいとは言えない背格好なので物陰に隠れているとさっぱりどこにいるのかわからなかった。

 錬太郎は鬼島笹百合の言葉を聞いて、自分を見ていたのはこの二人なのかと一瞬思ったのである。そして、あわてて視線を出入り口のほうへと向けたのだった。鬼島山百合の言葉で二人が動揺したのがわかったからである。しかし、錬太郎はいまいち納得いかなかった。鬼島笹百合と葉波根みなとがいることに納得がいかないのではない。二人を見つけてみても、錬太郎に笹る視線はいまだ消えていないのに納得がいかなかったのだ。

 錬太郎が謎の視線について考え込んでいる間に、鬼島山百合に見つかった二人はしぶしぶ姿を現した。鬼島笹百合も葉波根みなとも納得がいっていないような顔をしていた。二人とも鬼島山百合からは見つけられない場所に隠れたと確信していたからである。後をついてきたことや、神社の中に入ってきたことにいまいち罪悪感がないのは神社が遊びなれた場所でそもそも遠慮するような立場ではないからである。

 葉波根みなとは神社の娘、鬼島笹百合は血縁であるから。

 しかしそれにしても、鬼島山百合が全く見えないだろうか所に隠れていた自分たちを見つけるのには、やはりいまいち納得がいっていないようだった。

 しぶしぶ姿を現した二人が畳張りの広間の中に入ってきて錬太郎の目の前にやってくると、鬼島山百合はこういった。

「花飾くんが道に迷わないようにしっかり家まで送りなさい。それとおひるごはんの用意もね。冷蔵庫の中に作ってあるからレンジでチンでもいいし、作ってあげてもいいわ。

 本当なら、笹百合ちゃんが手伝ってくれるはずだったのに、全部花飾くんがしてくれたのよ? これくらいはしてくれるわよね?」

 錬太郎を家まで送るようにという鬼島山百合は錬太郎が運んできた荷物のひもをほどき始めていた。鬼島山百合の手つきは手慣れたものだった。しかし少しおかしかった。布で包まれた細長い荷物、鬼島山百合が言うには杖らしいが、この荷物を包む布、その布を縛るひもは奇妙な縛り方をしていた。何というかどう見てもほどけるような縛り方ではなかった。

 めちゃくちゃに結んでいるというよりも、どうやっても物理的に結べないだろうという結び方になっているのだ。上と下がまじりあっているようなというか、じっくり見るとおかしい結び方なのだ。

 ただこれを、鬼島山百合はまったく問題なくほどいていくのだ。錬太郎はそれが不思議だった。鬼島山百合が錬太郎を家まで送れないのはしょうがないことである。なぜならこれから荷物の点検をして、二日目の準備をしなければならないのだ。しかし二日目の準備を終えてしまえば準備はほとんどないようなものであるから、それほど疲れることはない。

 鬼島山百合のお願いを聞いた二人は少し間を開けてから、うなずいた。もう少し祭りを楽しみたいという気持ちが顔に現れている。鬼島笹百合も葉波根みなともまだ遊び足りていない。出店をまだすべて見て回っていないし、金魚すくいもしていない。錬太郎と一緒に家に戻ってお昼ご飯を食べるとなれば、間違いなく外に出たくなくなるだろうから、それはまだ嫌だった。

  二人のまだ遊び足りないという無言の主張を見た錬太郎は二人にこう言った。

「大丈夫ですよ。道順なら覚えていますし」

 鬼島の家にならば一人で戻れるという錬太郎は目線を上にずらしていた。一人で鬼島の家に戻るというのはそれほど難しいことではないのだ。それこそ歩いてきた感覚と、目で見てきた風景を照らし合わせながら歩いていけばいい。まったくわからなくなったとしても、定期便の発着場があったところからの道のりならば、大体覚えているので完全に迷ったとしても問題はなかった。

 視線が上にずれていたのは、なんとなくだが今まで向けられていた視線が上から注がれているように感じられたのだ。そして、上を見たのだけれどもそこには天井があるだけなので、錬太郎はただの勘違いだったのだろうと一人で納得していた。

 謎の視線について考えている錬太郎が一人で帰れると言うと鬼島山百合がこう言った。

「この時期にはね、さみしがり屋の神様が現れるのよ。かわいい子を見つけたらさらってしまう悪い神様がね。

 もちろん迷信だけど、万が一お客人が迷子になったりしたら大変でしょ? さぁ、ぶーたれていないで、案内しなさい」

 錬太郎を一人にするわけにはいかないといいながら、鬼島笹百合の尻を鬼島山百合はたたいた。

もともと錬太郎を連れてきたのは鬼島笹百合である。そして本当ならば鬼島笹百合が海波根島の島祭りの準備を手伝ってくれるはずだったのだ。

 もちろんただではなく、少しお小遣いを渡すことになっていた。しかしほとんどの仕事を錬太郎がきれいさっぱりやってくれた。本当ならば夕方に終わる仕事のはずだったのが、錬太郎がいっぺんに運んでしまったのだから、これくらいはしてもらわないと、鬼島山百合の気持ちが釣り合わない。



 一日目の祭りの会場から鬼島の家に向かう道で鬼島笹百合が錬太郎に聞いた。

「荷物運び大変だったでしょ。あの杖、ものすごく重たいんだよね」

 錬太郎に話しかけているとき、鬼島笹百合は少しだけ錬太郎から距離を取っていた。錬太郎よりも少し前を歩いて、振り返らずに話しかけていた。鬼島笹百合は妹の鬼島姫百合からきつく錬太郎に接近しないようにとお願いされたためである。

 鬼島笹百合からすれば、話をしながら歩くのだから、横について歩くのが一番やりやすいのだけれども、妹の鬼島姫百合が本当にきつめにお願いをしてきたので、少し距離を置くことにしたのだった。

 少し前を歩いているのは、錬太郎が道に迷わないようにするためである。鬼島山百合が話していたような、人をさらう神様の存在など全く信じていない。しかし、錬太郎が迷ってしまうかもしれない可能性については、うなずけたので、道案内はしっかりしていた。

 鬼島笹百合が荷物は重たくて大変だっただろうといって聞いてくると、少し間を開けてから、錬太郎は答えた。

 「ちょっと面倒くさかったですね。階段を降りるときに邪魔になって」

 答えるときの錬太郎は少し言葉に詰まっていた。どのように答えていけばいいのか思いつかず、困ったのだ。それというのもまったく、重たくなかったからだ。

 確かに布に包まれた荷物はそれなりに大きかった。布の中身もそれなりに入っているのは鬼島山百合が荷物をほどいているときに確認できている。しかしそれでも思ったより重たくなかったのだ。だから錬太郎は、困ったのだ。

 全然平気だというのも何となく嫌な感じがして、また、重たかったと話を合わせるためにうそをつくのも違うだろうという気がして、困ったのだった。

 錬太郎が困っていると、葉波根みなとがこういった。

「こりゃ、明日は筋肉痛かもしれないね。ご神体めぐりがつらくなるよ」

 錬太郎に話しかける葉波根みなとは錬太郎の隣を歩いていた。錬太郎よりも身長が低いため、見上げるようにして話しかけていた。葉波根みなとの口調からは少しだけからかうような気持ちが感じられた。やや挑発的でもある。ただ、見てくれがかわいらしいので逆に愛らしいという気持ちがわいてくるしぐさだった。

 錬太郎に向けて放たれた挑発。おそらく錬太郎は徴発された理由をさっぱり理解できないだろう。挑発されているという感覚をとらえることはできたとしても、本心までは無理だろう。

 なぜなら、この葉波根みなとの挑発は悪意から生まれたものではないのだ。どちらかというと健康的な対抗心から生まれたものだった。

 この葉波根みなとは錬太郎との握手の件を気にしているのだ。祭りの会場のすみで行われた握手である。錬太郎がびくともしなかったあの握手を気にしている。握手ひとつでと思うところである。そんなもののために挑発をするなんて、ばかげているとだれもが思うだろう。そんなものよりも世間体と、体裁が大切ではないか。

 しかしそんなものよりも大切なものがあったのだ。彼女の怪力だ。葉波根みなとは自分の怪力というのを特別なものだと思っていた。実際、葉波根みなとの体格、筋肉の量から考えるとどう考えても発揮できるわけがない力が出ているのだから、特別なのは間違いない。

 単純な数値で比較するのならば、一般男性の約二倍近い力を発揮できているのだから、世界中を見て回ってもまず存在しない怪力の持ち主だといえるだろうし、おそらくそうだろう。十分に訓練を積んだ男性であっても、平均の二倍の力を手に入れるのは至難の業だ。仮に訓練で二倍の力を手に入れられるとしたら、それはとんでもない努力の持ち主である。葉波根みなとはそれを生れた時から持っていた。とても大切な宝物だった。

 しかしそれが、ぽっとでの錬太郎に打ち砕かれてしまった。さすがにこれは、大きな声で自慢をしているわけではないにしてもプライドを傷つけられるというものであろう。そうして、そうなったらプライドを回復したいと思うのが人間というものでもある。そうしてそのプライドを回復する場所を、二日目の祭り、ご神体めぐりにしようとたくらんでいたのだった。

 葉波根みなとに挑発された錬太郎が黙った。錬太郎の目はまっすぐ前を見ていた。葉波根港を見てはいない。また、口元はしっかりと結ばれていて言葉を発する気配はない。錬太郎は非常に困っていた。どうしたらいいのかわからなくなり頭を必死で働かせていた。

 それはそのはず、錬太郎にはさっぱり理由がわからないからだ。葉波根みなとに挑発されているのはわかる。声の調子、自分を見上げる視線。体の動き。間違いなく二日目の祭り錬太郎の知らないご神体めぐりという行事で、何かしら仕掛けてこようとしているのはわかる。

 しかし、なぜ挑発されて、勝負を仕掛けられているのかがわからない。錬太郎には勝負を嫌う気持ちはない。遊ぼうじゃないかと挑発されているのならば、乗るくらいの度量はある。しかしだ、挑発される意味が分からないのだ。これが男子ならばわからないでもない。であったばかりの男子同士で遊ぶというのはそれほど不思議なことはない。

 ただ、自分よりも年上の女性に挑発されるのはさっぱり理解できないのだ。本当に男女の区別のない小さなころならばわかるが、さすがに自分より年上の女性に対しての理解は錬太郎はまったくなかった。そのため何を目的としているのかわからなくなり、混乱気味になり困るのだった。

 錬太郎が困り果てて黙っていると、変な空気を感じ取った鬼島笹百合がこう言った。

「もう、いらないことを言ってあおらないでよ。心配しなくてもいいよ、ご神体めぐりなんてちょっと山道を歩くだけだから。

 それにつらくなったらあきらめてもいいんだよ。大した行事じゃないんだから」

 葉波根みなとと錬太郎に話かる時に、鬼島笹百合は振り返ってきた。葉波根みなとと錬太郎の様子を確認するためである。葉波根みなとの声の調子、会話のふり方からして挑発しているのだろうなというのは鬼島笹百合も察せられたのだ。

 しかし、錬太郎のだまり様からすると少しおかしく感じたのだ。錬太郎ならば、ちょっとした挑発くらいならば軽くいなすくらいのことはできると思っていたからである。うまい返し方ができなかったとしても、普通の会話をつづけるくらいのことはできると思っていたのだから、黙り込むというのはおかしかった。

 そうして、振り返ってみたところで、鬼島笹百合は錬太郎が黙った理由をすぐに見抜いた。錬太郎の顔を覗き込んでいる葉波根みなとの恰好が錬太郎からすると非常に角度が悪かったのだ。葉波根みなとは夏の暑い季節ようの格好をしている。鬼島笹百合も夏用の格好をしているけれども、日焼けを気にする格好である。

 葉波根みなとは全く気にしていない。暑いのだから布の面積を少なくしておいたほうがいいだろうという思想で選んだ格好をしていた。この格好で錬太郎にちかよれば、対応に困るのもしょうがないことだった。

 祭りの二日目のご神体めぐりなど、つらくなればやめてしまえばいいという鬼島笹百合に対して、すぐに葉波根みなとは反応した。葉波根みなとはこんなことを言った。

「巫女の孫がそんなことを言っていいの? 神様泣いちゃうんじゃない? 六十年も顔みせできてないんだよ?」

 鬼島笹百合に反応する葉波根みなとは、軽く錬太郎に視線を向けていた。錬太郎が自分と目を合わせようとしていないのに、気が付いたからだ。

 巫女の孫であるといわれた鬼島笹百合であったがまったくどうでもよさそうにこういった。

「祭りの時に限ってでしょ? 別に顔みせなんていつだってできるわけだし、いない神様のために頑張るなんて、面倒なだけよ」

 神様なんているわけがないという鬼島笹百合であるが、この時に葉波根みなとの手を引っ張って歩き出した。鬼島笹百合は錬太郎にちょっかいをかけて困らせている葉波根みなとを自分の話し相手にして、錬太郎への面倒を減らそうとしたのである。鬼島笹百合の作戦は思いのほか簡単に、葉波根みなとにはまっていた。葉波根みなとは鬼島笹百合に引っ張られていつの間にか普通の会話を楽しむようになっていた。鬼島笹百合と葉波根みなとの二人が先を進みながら、錬太郎がついていく。この形で、三人は鬼島の家に帰っていった。



 

 女性二人が世間話しているのを錬太郎は黙って聞いていた。葉波根みなとに絡まれているときよりは顔色がよくなっていた。二人の後をついていく錬太郎の視線は二人を飛び越え他ところにあった。

 錬太郎は海波根島の景色を見ていたのだ。二人の話を聞きながら眺める島景色というのが思いのほか美しかったのである。四方を海に囲まれているという状況は、なかなか体験できないものである。船に乗るのも初めてだった錬太郎であるから、こういう島での光景はなかなかお目にかかれないもので、体験するもの見る者感じる潮風などは、感じ入るものが多かった。

 そして少し不思議なものを見つけた。きれいな浜辺が見えたのだが、その浜辺のすぐ近くに洞窟があったのだ。この洞窟の入り口にはいかにもな、しめ縄が張られていたのだ。うかつに近寄るとひどい目にあいそうな雰囲気がぷんぷんしていた。しかし浜辺がきれいで、そこで泳げたら気持ちいいのにななどという気持ちがわいてきて、どうでもよくなっていた。

 そうして島の景色を眺めて気分良く歩いていると、急に錬太郎は振り返った。何かに見られているような気がしたのだ。結構な勢いで振り返っていた。しかし振り返ったところには何もなかった。錬太郎の背後にあるのは緩やかな上り坂と、その先にある少し大きな山だけだ。もう少しゆっくりと動いてよかったはずなのだが、気を抜いていたところで何かに見られているような気配を感じたものだから、あわてた対応になったのだった。それこそ襲撃を受けた時に、対応するような勢いだったのだが、不意打ちを受ければこんな感じにもなるだろう。

 錬太郎が振り返ったのに気が付いたらしく、鬼島笹百合が話しかけてきた。

「どうかした? イノシシでもいた?」

 錬太郎に話しかける鬼島笹百合はこわごわきいていた。イノシシが現れたかもしれないから、怖がっているのではない。背後でおとなしくしていた錬太郎の気配が一瞬とんでもなくとがったのを感じ取ったのだ。鬼島笹百合はその気配が恐ろしかった。

 おびえている鬼島笹百合に、錬太郎は答えた。

「いえ、何でもないです。

 というか、この島ってイノシシがいるんですか?」

 鬼島笹百合に質問をする錬太郎はほほ笑んで見せていた。鬼島笹百合がおびえているのに気が付いたからだ。そしてその理由は間違いなく自分だろうとも思っていた。何せ、錬太郎は自分でも驚くほど勢いをつけて振り向いている。自分が鬼島笹百合の立場なら、何事かと心配に思うだろうし、急におかしな行動をとり始めて自分のことを不振がるだろう。そう思った錬太郎だから、自分は大丈夫である足、熱線でおかしくなったわけでもないと伝えるために微笑んで見せたのだった。

 錬太郎の質問には葉波根みなとが答えた。

「イノシシどころかシカもいるよ。ヘビとか虫もわんさかいるし、寝るときは気を付けたほうがいいよ」

 錬太郎の質問に答えながら、葉波根みなとは錬太郎に接近してきた。錬太郎を怖がらせてやろうという気持ちでいっぱいなのが表情と、手の動きでわかる。錬太郎をからかうと反応が返ってくるのが面白いらしく、やや勢いづいている。だが、葉波根みなとのからかいに錬太郎が反応したのは眠っているときに虫だとか蛇だとかが現れることというよりも、目線のやり場に困る格好で近寄ってくる葉波根みなとを恐れた結果のことであるのは、言うまでもない。






 鬼島の家に戻ると玄関で鬼島笹百合がこう言った。

「それじゃあ、昼ごはんの用意をしましょうか。おばあちゃんが用意してくれているから、すぐにできるわ」

 お昼ご飯の用意などは簡単にやり遂げられるといいながら、鬼島笹百合は雑に靴を脱いだ。そして、脱いだ靴を足でそろえて、台所へ歩いて行った。

 鬼島笹百合は自分で料理を作る気はない。鬼島山百合が昼ご飯を作りおいてくれているという話なのだから、レンジで温めて、食べるつもりである。もしかするとそうめんあたりをゆでておいているだけという可能性もあるけれども、それはそれで涼しくてよかった。

 海波根島の島祭り一日目を遊び倒したわけではないのだけれども、すでに心は家の中で涼みながら過ごす気持ちになっていた。

 鬼島笹百合がやや無作法に上がっていくのを見て、葉波根みなとが眉をひそめた。そして、何も言わずに、鬼島笹百合の少し散らかった靴を直してから、葉波根みなとは自分の靴を脱いだ。靴を脱いだ葉波根みなとは錬太郎にこう言った。

「シャワーでも浴びてきたほうがいいかもね。汗かいてるでしょ? 案内してあげるよ」

 シャワーを浴びてきたほうがいいという葉波根みなとはにっこりと笑っていた。葉波根みなとは鬼島山百合の話を聞いていたので、錬太郎が非常に汗をかいているのではないかと考えたのだった。葉波根みなとは錬太郎が荷物を取りに行った立地の悪い神社に何度か足を運んだことがある。そのため、足を運んだらどういう状態になるのかが予想がついたのだ。

 特に、夏の暑い日であるから、ただでさえ険しい道はより過酷なものになっていただろう。そのように考えた葉波根みなとであるから、錬太郎にシャワーを浴びてきたほうがいいと進めるのだった。完全に、善意からの行動だった。

 葉波根みなとにシャワーを浴びてきたほうがいいといわれた錬太郎は少し考えてから答えた。

「そうですね、それじゃあ、お願いします。 着替えを取ってきていいですかね?」

 葉波根みなとに答える錬太郎は、自分のシャツを軽く確認していた。葉波根みなとにシャワーを浴びてきたほうがいいとすすめられるほど、汗をかいていたのかと考えたのだ。そして、お願いをしながら、錬太郎は靴を脱いで、葉波根みなとにならって靴をきっちり揃えていた。


 錬太郎の着替えを取りに行くために葉波根みなとと錬太郎は鬼島の家を進んでいった。鬼島の家には何度も来たことがあるらしく、葉波根みなとは全くためらいがなかった。錬太郎の荷物が置いてある客室に向かう途中に、葉波根みなとが台所に向かって大きな声を出した。

「錬太郎にお風呂貸すからね!」

 葉波根みなとの声は実によく通る声だった。葉波根みなとは一応鬼島笹百合の許可を取らなければならないだろうと思い、声をかけたのだった。

 葉波根みなとが声をかけると、台所から返事が返ってきた。

「わかった!」

 鬼島笹百合の声だった。葉波根みなとと同じでよく通る声だった。

 二人のやり取りが終わると、葉波根みなとは錬太郎の荷物が置いてある客室の前までたどり着いた。客室の前まで来ると錬太郎は自分の荷物を取りに部屋の中に入っていった。この時に、葉波根みなとも一緒に入ってきた。

 錬太郎が自分の荷物を探っていると、背後にいた葉波根みなとが錬太郎に話しかけてきた。

「ねぇ錬太郎、ちょっと質問なんだけどいい?」

 錬太郎に質問をする葉波根みなとは出入り口の前に陣取っていた。両腕を胸の前で組んで、荷物を探っている錬太郎を厳しい目で見つめていた。葉波根みなとは自分の怪力が錬太郎に通用しなかった理由を探ろうとしているのだ。

 葉波根みなとは自分の生まれ持った怪力が、特別なものだと思っている。実際特別な力であるのは間違いない。しかし、自分が世界で一番の怪力であるとは思っていない。上には上がいると思っている。それこそ数値上ではゴリラにやや劣る筋力しかもっていないのだから、ない胸を張るのは難しい。

 それでも鍛えられた成人男性よりは力があると確認できている。そうなると、錬太郎がおかしくてしょうがない。鬼島笹百合から聞いた話によれば、錬太郎は高校生である。

 そして特別な訓練を積むような生活環境にないとも聞き出せている。となると、やはりおかしい。

 葉波根港みなとにとって錬太郎は興味の的なのだ。葉波根みなとは二つの仮説を立てていた。一つは錬太郎が人知れず厳しい訓練を積んでいる可能性。錬太郎の身長と体格からして、トレーニングを積んでいるのは間違いないのだから、それが度を越したものであれば葉波根みなとの上を行くことはありうる。

 非常に現実的だが、学生という立場を考えると非現実的な仮説である。

 もう一つは、錬太郎が自分と同じだという仮説だ。葉波根みなとは自分の生まれ持った怪力が自分一人のものではないと思っている。この考え方は、先祖にも同じような力を持って生まれた人間がいるという発想。ここから彼女は仮説を立てるのだ。

 島の外で生まれただろう錬太郎も自分と同じようななにか特殊な血統の人間なのではないかと。この仮説のどちらが正しいのか、もしくはどちらも正しくないかもしれないが、確認のために錬太郎に話しかけているのだ。

 葉波根みなとが質問していいかというので、錬太郎は答えた。

「いいっすよ」

 非常に軽い返事だった。まったく葉波根みなとを見ていない。錬太郎が今見ているのは自分のリュックサックの中である。錬太郎は必死だった。確かに入れたはずのトランクスがどこに入っているのかわからなくなっていたのである。

 必死でトランクスを探している錬太郎に葉波根みなとがこう言った。

「昔から力が強かったの? それとも鍛え方が違うとか? 錬太郎が運んできたあの荷物って、結構重たいのよ、だから気になってね」

 錬太郎のなぞについて質問をする葉波根みなとであるが、視線は錬太郎の荷物のほうへと向かっていた。錬太郎がぐずぐすやっているのが気になったのだった。

 葉波根みなとの質問に錬太郎が答えた。

「昔からですね、筋トレもしてますけど」

 葉波根みなとに答える錬太郎の手にはやっと見つけたトランクスが握られていた。なかなか見つからなかったトランクスであるが、どうにも移動中に荷物が混ざり合ってしまったためにリュックサックの隅っこに移動してしまっていたのだ。何とか探し回って見つけたものだから、錬太郎はほっとしていた。

 錬太郎がほっとしているのを黙って葉波根みなとは見つめていた。そして少し考えてから、葉波根みなとはこんなことを言った。

「ねぇ、腕相撲やらない?」

 葉波根みなとの突然の提案に、錬太郎は何も返せなかった。さっぱり意味が分からなかったからだ。何がどうなれば、腕相撲をするという話になるのかがさっぱりわからない。

 しかし、葉波根みなとの顔を見ると、特にふざけているわけでもなく、本当に腕相撲で勝負したいという風に見える。やる気があるらしくストレッチまでしているのだから、嘘ではないだろう。しかし錬太郎にはわからない。なぜこのタイミングなのか、そしてどうして腕相撲なのか、全く分からなかった。

 困っている錬太郎は無視して、葉波根みなとは畳の上にうつ伏せになり、軽く上半身をそらせて、腕相撲の準備をした。どこからどう見ても腕相撲をするための姿勢だった。専用の腕相撲のステージなどあるわけがないので、畳の上にうつぶせになっているが、間違いなく腕相撲の準備状態だった。

 葉波根みなとは、悩むのをやめたのだ。錬太郎の答えを聞いてみても葉波根みなとは全く仮説を確かなものにできなかった。それはそのはずで、錬太郎が何を言ったところで実際に錬太郎がどういう生活をしているのか、葉波根みなとにはわからない。

 そして、生まれつきだったと答えられても、本当にそうなのかは錬太郎ではなく周りの人間に、それこそ家族のような人たちに聞かなければわからないことである。

 そうしてはっきりとしないのならばとただ一つだけ今この瞬間にはっきりとさせられることがある。彼女は思い至ったのだ。それはつまり、どちらの怪力が強いのかという優劣である。

 どちらがより強い力を持っているのか、これならばはっきりとさせられるだろう。そしてはっきりとさせる方法がある。腕相撲だ。普通の相撲でもよかったが、年頃の女子としては選べなかった。そうして、自分の隠し持っているプライドを回復させるために、力試しをしようじゃないかと仕掛けたのだった。しかし、切り出し方が悪かった。

 脈絡がなさ過ぎて錬太郎は困り果てていた。さらに困らせたのが葉波根みなとの恰好である。もともと夏用の格好をしているのに加えて、腕相撲の姿勢というのがまずかった。

 しかし錬太郎は断れなかった。しぶしぶ腕相撲の形を錬太郎もとった。葉波根みなとの失敗を錬太郎が言葉で指摘するというのは、尋常ならざる難しさがある。ここで指摘できる人間がいるとしたら、鬼島山百合か、鬼島笹百合、もしくは男子以外の女性だけだろう。そういう時代なのだ。



 葉波根みなとと錬太郎の腕相撲の準備が完了したところで、葉波根みなとがこう言った。

「手加減しなくていいからね。私これでも島で一番強いんだから」

 海波根島で一番だといいながら葉波根みなとは錬太郎の手を何度も握りなおしていた。本気で腕相撲をするために、錬太郎の手の一番握りやすいところを探しているのだった。また、海波根島で一番の怪力であるといって自慢をしているけれども、本当のことである。老若男女、鬼島山百合から、港の漁師たち含めての一番である。これは海波根島の人間すべてが知っていることで、鬼島山百合に腕相撲で勝利した時から、島の人間は一切疑わなくなっていた。

 海波根島で一番腕相撲が強いという葉波根みなとに錬太郎はこういった。

「なるほど、それなら本気じゃないとまずいですね」

 葉波根みなとに本気でやろうという錬太郎だったが、少し笑っていた。まったく信じていないのだ。葉波根みなとの言葉を錬太郎はこのように解釈している。

 海波根島で一番腕相撲が強いといっているけれども、それは結局のところ女性同士で比べているだけだろうと。その腕相撲の中には、男性が含まれていないのだろうと。侮っているといってもいいくらいの感覚だが、葉波根みなとの腕の細さを見て、腕相撲が強いなどと考えるものは世界中に誰一人としていないだろう。

 はっきり言って細いのだ。腕力というのは結局のところ筋肉がどれだけついているかという話である。もちろん腕相撲の技術というのもあるけれど、限界はある。葉波根みなとの腕は、そういうどうしようもない細さだった。錬太郎の腕と比べると、半分以下の細さ。こんな腕で、錬太郎を打ち負かせるなどと思うものは誰もいないだろう。いくら謙虚にふるまえる人間でも、これは明らかに無理があった。

 錬太郎の反応を見て、葉波根みなとはこういった。

「あれ、信じてないね。私の細い腕じゃあ、錬太郎のぶっとい腕を倒せるわけがないって顔してる。

 ねぇ錬太郎、私は錬太郎の本気が見たいの。油断した錬太郎は見たくない。

 そうだ、いいことを思いついた。ねぇ錬太郎。ちょっと賭けようか。もしも私が負けたら、錬太郎のお願いを聞いてあげる。

 何でも聞いてあげる。お嫁さんになれみたいな無茶なお願いでも、何でもいいよ……やる気になった?」

 挑発しているとき、葉波根みなとが錬太郎の目をじっと見つめていた。真剣だった。とんでもない内容の賭けを行おうとしているのに、少しもウソがなかった。

 自分の目を真剣な目で見つめている葉波根みなとに錬太郎が答えた。

「へぇ……面白いですね。

 賭けの内容はどうでもいいですけど、どうしてそこまで本気になっているのか、気になりますね」

 自分を見つめている葉波根みなとに答える錬太郎の目が一気に鋭くなった。

 葉波根みなとが口にした賭けの内容に含まれている、葉波根みなとの真剣さに打たれたのだ。普通ならあり得ない賭けの内容だ。特に、女性が口にするには無理がある。

 もちろん、賭けに負けたところで口約束だからといってなかったことにされる可能性のほうが高いだろうが、それでもあえて口に出してきたところに、錬太郎は葉波根みなとの真剣さを感じた。

 そして、真剣に勝負がしたいというのならば、錬太郎はそれに答えるだけだった。葉波根みなとの本気に答えると錬太郎の心が切り替わったことで、今までの女性に遠慮していた錬太郎の気配が消えた。一気に花飾錬太郎のいつもの空気に変わり、そして、あっという間に臨戦態勢へ入っていった。葉波根みなとの手を握る錬太郎に、油断はなくなっていた。

 錬太郎の空気が変わったところで、葉波根みなとはたじろいだ。自分ならば錬太郎を倒せるはずと自信に満ちていた葉波根みなとの顔に後悔の色がわずかに混じっていた。錬太郎の空気の変わりように葉波根みなとは威圧されたのだ。

 今までのあわてていたり小さくなって人の邪魔にならないようにしていたのが錬太郎である。借りてきた猫のような状態だった。それが、一気に本性を見せてきた。この変化は彼女にとっては怖いものだった。変化自体がではないのだ。変化した錬太郎の空気が鬼島山百合に似ていたのが怖かった。

 しかしそんな怖い気持ちを隠して、葉波根みなとはこういった。

「それじゃあ、カウントするよ。五秒前、四、三、二、一、ゴー!」

 腕相撲のカウントダウンに合わせて、一気に葉波根みなとは錬太郎の腕を倒しにかかった。葉波根みなとの腕に血管が浮き上がり、細い腕の筋肉が存在を主張し始めた。非常に力がこもっているせいだろう、二人の肘を乗せている畳が、じりじりと嫌な音を立てていた。

 腕相撲が始まって一秒後、葉波根みなとは脂汗を額に浮かべていた。歯を食いしばって一生懸命力を込めているのだけれども、ピクリとも錬太郎が動かなかったのだ。むしろ、力を込めれば込めるだけ、葉波根みなとの体がずり動いていた。

 葉波根みなとは錬太郎の怪力ぶりに完全に飲まれていた。錬太郎に全力をぶつけた一瞬で、自分の力が錬太郎に届いていないのに気が付いていた。それこそ、大きな岩を相手に相撲を取っているような気分だった。

 そして、葉波根みなとはかけなんてしなければよかったと後悔するのだった。しかしあきらめていはいない。いまだ全力を出している。本気で挑んでいた。ただ、錬太郎の腕は傾きもしていなかった。

 腕相撲が始まって五秒後、錬太郎が動き出した。ひょいと自分の腕を傾けて、葉波根港をひっくり返して見せた。腕相撲は錬太郎の勝利で終わった。しかし錬太郎は非常に困った眼をしていた。葉波根みなとが見た目通りの力しか発揮できていなかったからだ。本当にそのままだった。きゃしゃな女性の腕力だった。

 だから錬太郎は困ったのだ。もしかすると何か特殊な技術を持っているのかもしれなかったが、やはり結末は錬太郎が思っていた通りだった。そうなってくると葉波根みなとの賭けがさっぱり意味が分からなくなるので、余計に困るのだった。

 錬太郎との勝負に負けてひっくり返された葉波根みなとは、悔しそうに天井をにらんでいた。服の裾がずり上がっているけれども全く気にしていなかった。何となく負けてしまうような気がしていたけれども、実際に負けてしまうと非常に悔しかったのだ。

 ものすごく悔しそうにしている葉波根みなとは錬太郎にこう言った。

「……好きにしたらいい。ああ、そうさ、好きにするがいい!」

 錬太郎に好きにしたらいいという葉波根みなとは大の字になって畳の上に寝転がっていた。どう見てもいじけていた。

 困っている錬太郎は葉波根みなとにこう言った。

「とりあえず、風呂場に連れて行ってもらえます? それでチャラでいいです」

 

 錬太郎がシャワーを浴びて風呂場から出てくると、待ち構えていた鬼島笹百合に声をかけられた。

「お昼ご飯の用意ができましたよ錬太郎くん。それと、みなとと勝負したんだって? めちゃくちゃ悔しがってたよ」

 葉波根みなとの様子について話をする鬼島笹百合は楽しそういわらっていた。本当ならば悔しがっているのだから笑うのはよくないのかもしれない。しかし、葉波根みなとの悔しがり方は悔しくてしょうがなくて、憎しみがあふれているというものではないのだ。そういう憎しみがある悔しがり方ではなく、負けて悔しかったけれども次はきっと勝利するのだという前向きな悔しがり方だった。

 そのため、鬼島笹百合は笑って話をしたのだ。これが憎しみで曇った悔し方ならば、おそらくは葉波根みなとと錬太郎が顔を合わせないように動いただろう。

 鬼島笹百合と合流した錬太郎は鬼島笹百合の案内のもとで、居間に向かった。居間は畳張りだった。家族が十人ほど集まっても問題ない広さである。ここに、大きなテーブルとテレビがあり、テーブルの上には料理が並んでいた。料理の種類はいろいろだった。海の幸、山の幸を使ったものから、夏にはよく見るそうめんまでそろっている

 この食卓の上に並んでいる料理たちの中で、錬太郎の目を引くものがあった。明らかに、焦げてしまった料理である。おそらくウナギのかば焼きのようなものだったのだろうその料理は、ほとんど焦げて、何を焼いたものなのかわからなくなっていた。食卓に並んでいるほかの料理が、あまりにもよく出来上がっていたので、さすがに嫌でも注目してしまう羽目になった。

 この時、錬太郎は自分のすぐそばにいた鬼島笹百合が自信満々なのにも気が付いていたが、どの料理を鬼島笹百合が作ったのかなどといってたずねる気は全くわかなかった。すでに食卓に葉波根みなとが待ち構えていたのだけれども、とてもかわいそうなものを見るような眼で、錬太郎を見ていた。錬太郎と目があった瞬間、ちらりと焦げた料理を見たので錬太郎は黙ってうなずいたのだった。



 鬼島笹百合の用意したおひるごはんはきれいさっぱりなくなった。おなかがすいていたこともあったが、料理が非常においしかったのだ。錬太郎の顔色がやや悪いのは、食べすぎたためであり、少しこげたよくわからない何かのせいではない。

 錬太郎の顔色がやや悪くなっているすぐそばには、だらけている鬼島笹百合がいる。鬼島笹百合は、畳の上に寝転がり何か面白いテレビ番組はないだろうかとチャンネルをいじっていた。

 食卓に並んでいた食器はあっという間に葉波根みなとがかたずけてしまった。鬼島笹百合が何かする前に動き始め、錬太郎が手伝おうとした時にはすでに終わっていた。非常に手際が良かった。葉波根みなとにしてみると下手に手を出されるよりも一人で動いたほうがはるかに素早かったので、特に嫌な気持ちにはなっていない。

 食卓をきれいにしたのは、親戚であっても手伝えることがあるのならば手伝っておくべきだろうという気持ちがあったのと、鬼島笹百合が作った料理を食べるという生贄に錬太郎がなってくれたお礼の気持ちがあった。

 昼ご飯をかたずけ終わったところで、鬼島山百合と鬼島兵辰が帰ってきた。居間でテレビを見ながらだらけている鬼島笹百合と葉波根みなとを横目に見ながら、鬼島山百合と兵辰が錬太郎にこんなことを言った。

「法被が用意できたから、ためしに着てもらえないかい?」

 鬼島山百合は非常に大きなサイズの法被を持ち帰ってきていた。錬太郎の身長が高いせいもあり、鬼島笹百合と葉波根みなとならば、すっぽりと隠れてしまいそうな大きさがあった。実際、鬼島山百合などはうまく法被を広げることができず、燕尾服のような裾が畳についてしまっている。

 鬼島山百合が戻ってきたのは、錬太郎にこの法被を渡して確かめるためである。せっかく用意したのに無駄になってしまったらそれはとても悲しいことだ。せっかく錬太郎という最近では珍しい青年に出会えたのだ。孫娘の恋人ではないというのは悲しいところだが、行事がにぎやかになるのならば、ぜひ参加してもらいたかった。

 そんな気持ちがあるので、用意ができるとすぐに錬太郎に合わせようじゃないかと動き出していたのだ。

 鬼島笹百合が用意してくれた燕尾服のような裾を持つはっぴを錬太郎は着てみた。そうして錬太郎が法被を着てみると、これが思いのほか体にぴったりと合っていた。本当にぴったりなのだ。まるで自分に合わせて作られた服のような、着心地の良さである。錬太郎はこれには驚いた。錬太郎は自分の法被というのは昔に誰かが来ていたものを渡してくれるのだろうと考えていたからである。そのため、全部のサイズがぴったりと合うようなはっぴを着ることになるのがどうしても驚きだった。

 錬太郎が法被を着て驚いているのを見て、鬼島山百合がこう言った。

「ぴったりね。あとはお面をかぶれば明日のご神体めぐりに参加できるわ。

 本当に助かるわ、これで少しはにぎやかになるでしょう。

 ねぇ錬太郎くん、ちょっとお面をかぶってみてもらえないかしら。全体の感じを確かめてみたいの」

 錬太郎の姿を見て鬼島笹百合と鬼島兵辰はうなずいていた。錬太郎の身長と体格がいいこともあり、非常に見栄えが良かったのだ。これなら二日目のご神体めぐりに参加していてもまったくおかしなところがない。むしろ写真の一つでもとらせてもらって、来年の宣伝材料にしてみようかなどと思うところもあった。

 鬼島山百合に促された錬太郎はお面を取りに客室に戻っていった。木彫りのフクロウのお面を取りに向かった錬太郎は、少しだけ足取りが軽かった。弾むように歩いていた。しかし表情は不思議でいっぱいである。

 というのも、はっぴを着て動いていると妙に力がみなぎるのだ。錬太郎は別に楽しいわけではないのだ。法被を着てうれしくなっているのは確かであるけれども、跳ね回るほどうれしいわけではない。しかしなぜだか体が弾んでしまう。ただ歩いているだけなのに弾むのだ。そうして、これが不思議なのだ。自分では思っていない以上の力が出ている。これがどうにも錬太郎にはわからなかった。

 自分の荷物を置いてある客室で錬太郎はお面をかぶった。木彫りのフクロウのお面は錬太郎の荷物の上に置かれていて、さみしそうに銀色の目を輝かせていた。錬太郎はこれを手にとって、あっという間に顔に当てた。

 お面をかぶった時である。錬太郎はふらついた。立ちくらみ、貧血の症状が出たように見える動きだった。お面をかぶった瞬間のことだ。錬太郎は脳みそが揺れるような気持ち悪さを感じたのだ。それはいい。頭の中身が揺れるような感覚はまだ我慢が出来たのだ。

 しかし問題はそのあとである。耳鳴りが始まった。この耳鳴りがよくなかった。何かが頭の奥で声を上げているような耳鳴りだった。声が重なって、洞窟の中で反響するような耳鳴りだった。これがどうにも耐えられなかった。そしてふらついたのだった。

 耳鳴り自体は三十秒ほどで収まった。木彫りのお面の下の錬太郎の顔色は悪い。しかし何とか頑張って錬太郎は居間に戻っていった。きっと鬼島山百合と鬼島兵辰が待っている。待たせるわけにはいかなかった。膝をついて休みたい気持ちはあったが、それは後でよかった。



 お面とはっぴを身に着けた錬太郎が戻ってくると、鬼島山百合がこんなことを言った。

「いい感じだわ。とても見栄えがいい。

 ねぇ花飾くん、よければ来年のポスターのモデルになってもらえないかしら? きっとたくさんの人があなたのまねをしたがるわ」

 錬太郎の姿を見てほめる鬼島山百合は錬太郎に近寄っていき、錬太郎の腕に手を当てた。

 鬼島山百合に褒められた錬太郎は、思わず軽く頭をかいた。照れているのだ。木彫りのフクロウのお面をかぶり、表情が見えないのだけれども明らかに照れているのがわかる。鬼島山百合がポスターにしてもいいかなどというものだから、錬太郎はとてもうれしい気持ちになっている。

 あまり同年代に背格好をほめられない錬太郎であるから、鬼島山百合のようにほめてもらえるとどうしてもうれしくなってしまうのだ。

 錬太郎が非常に照れている間に、鬼島山百合と鬼島兵辰はうなずき合って、用事があるといって出て行った。鬼島山百合も鬼島兵辰もまだ少しだけ明日の準備が残っているのだ。しかし準備といっても話し合いだけである。

 そしてこの話し合いというのは純粋な話し合いというのではなく、話し合いながらいろいろと食べたり飲んだりする話し合いである。それがまだ残っていたので、二人は錬太郎が間違いないのを確認して、鬼島の家から再び祭りの会場へと戻っていったのだった。


 二人が出ていくと、鬼島笹百合と葉波根みなとが話し始めた。鬼島笹百合と葉波根港が話をするのは、大学の話だとか、バイトの話だった。錬太郎が聞いてもさっぱりわからない話だった。

 二人が話し始めると錬太郎が客室に帰ろうとした。二人の話に入っていけなかったし、邪魔をするのもつらかったからだ。自分の客室に戻ろうとしている錬太郎はまだ木彫りのお面とはっぴを着たままの状態だった。ほめられたので、少し気に入っていた。

 錬太郎が部屋に戻ろうとすると、葉波根みなとにつかまった。今まで畳に寝転がっていた葉波根みなとが転がってきて、錬太郎の足に飛びついてきたのだ。非常に素早い動きだった。しかしあまり行儀のいい行動ではない。服がめくれておかしなことになっていた。

 葉波根みなとが錬太郎を捕まえたのは、錬太郎に気を使ったからだ。錬太郎が自分たちに気を使い部屋に戻ろうとしているのは見えていたので、ここで捕まえておいて一人にしないようにした。錬太郎の客室にはテレビがないうえに暇をつぶせるようなものもない。そんなところで一人にされても困るだけだろうと配慮したのだった。

 足をつかまれてというか、目のやり場に困っている錬太郎に葉波根みなとはこんなことを言った。

「錬太郎も大学に行くんでしょ? どこ行くの?」

 錬太郎の足に引っ付いていた葉波根みなとは質問をしながら、元の場所まで転がって戻っていった。そのため、日焼けしている部分としていない部分がどこなのか鬼島笹百合と錬太郎にばれた。

 しかしまったく葉波根みなとは気にしていなかった。平然と鬼島笹百合との会話をしていた場所に戻り話を続けようとしていた。

 葉波根みなとに問われて錬太郎は困った。大学に行くと決めてはいたけれども、具体的にどこへ向かうのか錬太郎は一切決まっていない。答えがないのだから答えられるわけもなく、突然のことだったのでウソもつけなかった。

 錬太郎がうまく答えられそうにないので、数拍あけてから葉波根みなとは錬太郎にこんなことを言った。

「まだ具体的な道が決まっていないのなら、好きなことをやればいいのよ。面倒くさいことなんて考えなくていいの。笹百合にも同じことを言ったっけ。

 学力が伴っているのなら、迷う必要なんてないわ。まぁ私は専門学生だけどね」

 錬太郎に自分の考えを話しながら、葉波根みなとは畳の上に胡坐をかいた。そして乱れた服装をただした。錬太郎の視線が、自分の服装に向かっているのに気が付いたからである。胡坐をかいて、めくれた服を直そうとしていた。

 胡坐をかいている葉波根みなとに錬太郎が質問した。

「葉波根さんは何を勉強してるんですか?」

 質問をする錬太郎は、鬼島笹百合と葉波根みなとと少し間を開けて座った。鬼島笹百合と葉波根みなとと話をしていけば、相談していけばもしかしたら自分の具体的な進路が見えるかもしれないと考えたのである。

 まったく相談しても何もつかめないかもしれないが、少なくとも先んじて具体的な道を決めた二人だろうから、参考になるところはあると信じた。

 錬太郎が少し離れたところに座ったのを見て、葉波根みなとは答えた。

「料理だよ。選んだ理由なんて大したものじゃないの。

 おいしいものが作りたかった。おいしい料理が作れるならいいことでしょ? それだけで幸せなことだと思うの……わかるでしょ?

 半人前だけどね、結構いろいろ作れるんだよ、いつか作ってあげる」

 錬太郎に答える葉波根みなとはにこやかであった。まったく嘘はないのだ。葉波根みなとはおいしい料理を作るために、進路を決定した。もともと海波根島で神社を任されている一族である。あまり自由に動き回れないのが葉波根みなとである。

 高校を出たら、すぐに家の手伝いをする羽目になると思っていたのだが、少し自由にしてもいいといわれて、料理の勉強をすることに決めた。料理が上手というのは人生を豊かにするものであるし、嫁の貰い手も多いだろうとそんなことを考えて始めたことだった。

 料理がへたくそな人をよく知っているのもあり、うまくなって楽しく暮らそうと考えていたのだった。

 葉波根みなとの答えを聞いて、錬太郎はうなずいた。そういうものかと思ったのだ。葉波根みなとの進路の決め方は大した理由ではないだろう。

 つまり、お手本通りの答えではないということである。聞こえのいい理由ではない。誰かのためとか、幸せにしたいとか、そういうことではない。

 しかし、本当なのだと思えた。なぜなら葉波根みなとはとても幸せそうに見えた。彼女の笑みは暗いところがなかった。それはきっと彼女にとっては正解だったのだろうと、錬太郎は納得できたのだ。

 そして、そういうものかと思えた錬太郎は、自問する。今のままで彼女のように笑えるだろうか。答えはすぐに出せる。今のままなら無理だと。



 錬太郎の様子が変わったのを察したのか、それ以上進路の話はしなかった。錬太郎が深く考え始めたのが雰囲気でわかった鬼島笹百合と葉波根みなとはこれ以上話しても錬太郎を惑わすだけになると判断したのだ。

 この判断ができたのはやはり自分が悩んで道を決めた経験があるからである。助言はあればいいというものではない。必要な時に必要なだけあればいいのだ。彼女たちはよくわかっていた。静かに考えるときが必要なのだと知っていた。

 それから錬太郎たちはいろいろと話をしてみたり、遊んでみたりしていた。ゲームでもやらないかといって誘ったのは、鬼島笹百合である。これに葉波根みなとがすぐに乗った。錬太郎は進路について将来について考え込もうとしていたが、二人がさせなかった。煮詰まっているときには気分転換が必要であると錬太郎を説き伏せたのだ。

 




 夜が来た。鬼島の家の客室で錬太郎は寝転んでいた。鬼島山百合と鬼島兵辰に乗せられて身に着けていた木彫りのフクロウのお面と、燕尾服のような長い裾を持った法被は脱いでいる。寝転がっている錬太郎には覇気がなかった。ぼんやりとして緊張感がない。

 錬太郎自身はそれほど無理をしているつもりはなかったのだけれども、思ったよりも疲れがたまっているようなのだ。考えてみると錬太郎はまったく知らない海波根島に来て、夏の暑い日差しの中歩き回り、重たい荷物を運んでいる。

 そして、始めてくる場所だから、全く知っている人もいない状況である。大丈夫だと思っていても体力は削れていく。夏の日差しは浴びているだけでも体力を削るほど強いのだ。そんな日差しの中で動き回れば、やはり疲れもたまる。それに加えて、鬼島笹百合と葉波根みなととゲームで遊んだのも体力を奪っていた。精神的には助かっているのだけれども間違いなく肉体的にはマイナスだった。

 そうして夜が来て、太陽の光がなくなってしまえば徐々にだが日中の疲れが表に出てくる。錬太郎もそうだった。精神的にも体力的にも疲れていたのだ。

 錬太郎が寝転がっていると携帯電話が鳴った。携帯電話の画面には鬼島姫百合の名前が表示されていた。

 呼び出し音が三つ続いた時に錬太郎は携帯電話を取った。そしてこういった。

「花飾です」

 携帯電話を取る錬太郎の動きは非常に遅かった。そして、呼びかけに応じる声に力はなかった。体にたまっている疲れが、錬太郎の力を奪い始めているのだ。まだ晩御飯を食べていないので眠るような気分ではないけれども、いっそこのまま眠ってしまってもいいかもしれないと思うくらいには、体がだるくなっていた。

 携帯電話にいちいち出るのも、それこそ先輩相手の電話であっても、気を使えなくなるほどにはだるかったのだ。

 錬太郎が呼び出しに応じるや否や、電話の主鬼島姫百合がこんなことを言った。

「錬太郎くん? 私です、姫百合です。疲れているだろう処申し訳ないけれど、少し聞きたいことがあるの。

 おばあちゃんたちに、何を見せたの? ものすごく面倒くさいことになっているの。今日一日何をしたのか、説明してもらえる?」

 錬太郎にお願いをする鬼島姫百合の声は少しだけ困っていた。一日の流れを説明してもらうか貰わないのか、ためらっていた。

 錬太郎の声の調子がいつもの調子より半音以上低かったからだ。そして、声を聴いてすぐに錬太郎の状況を理解できたのだった。しかし鬼島姫百合も錬太郎に詳しい話を聞かないとどうしても対応できない問題が生まれているので、かなり心苦しい気持ちを持ったままでお願いをするのだった。

 鬼島姫百合のお願いを聞いた錬太郎は話し始めた。しかしかなり考えてからだった。無言の状況が三秒ほど続いたのは、鬼島姫百合にいやなプレッシャーを与えていた。

 鬼島姫百合に対して対応が遅れたのは、力がなくなっていたからだ。体力というのももちろんだが、精神的にも力を失いつつある錬太郎である。頭の動きが鈍くなり、いつもよりやや機嫌が悪くなっていたのだった。

 一日の疲れのためやや理性が鈍くなっている錬太郎が今日一日の出来事を説明し終わると、鬼島姫百合がこんなことを言った。

「そう、なんとなくわかったわ。本当、疲れているところごめんね。

 おばあちゃんたちには私から話をしておくから、あと二日がんばって。じゃあね」

 錬太郎にお礼を言う鬼島姫百合の声が少しだけ上ずっていた。今日一日の報告をする錬太郎の声の調子から、今の錬太郎の状況を想像したためである。

 鬼島姫百合は錬太郎が機嫌を悪くしているところというのを見たことがない。錬太郎というのが思いのほか温厚だからである。錬太郎の友人たちを見ていても錬太郎の性格というのは大体予想がつく。

 そんな錬太郎がやや機嫌を悪くしている姿というのを想像すると、彼女は恐ろしくなるのだった。しかしおそらく、現実の錬太郎よりも、鬼島姫百合の想像している錬太郎のほうがずっと恐ろしいだろう。そんな想像があったため、彼女の声はわずかに上ずっていたのだった。

 鬼島姫百合との電話が終わると、錬太郎はぼんやりと窓の外を眺めた。星がきれいだった。しかし、困ったことがあった。少しぼやけて星が見えていた。



 錬太郎がぼんやりと星を眺めていると、客室に鬼島笹百合が入ってきた。当然のようにノックはしていない。そもそもふすまなのだから、ノックのしようがないが、思い切り入ってきたのはさすがに錬太郎も驚いた。

 驚いている錬太郎をしり目に鬼島笹百合はエプロンをひらひらと揺らしながら、錬太郎にこう言った。

「晩御飯ですよ錬太郎くん。おばあちゃんと私の合作ですわよ」

 晩御飯の時間だといわれると、錬太郎の動きは素早かった。立ち上がって、すぐに鬼島笹百合と食卓に向かった。


 二人が食卓に着いたのはそれから数十秒後。食卓に上っていた不思議な料理がなくなったのはそれから、三十分ほど後のことである。錬太郎の空腹は思った以上のものであった。そのため、食卓に並んでいる見たことのない料理というのでも全く抵抗なく口に運べた。さすがに海波根島であるという感じで、海の幸が非常に多かった。

 晩御飯を食べたあと鬼島山百合がこんなことを話し始めた。

「いよいよ明日が、ご神体めぐりになるわけだけど花飾くんはコースがわからないだろうから、笹百合ちゃん、あなたが案内してあげて。

 さすがに森の中を一人で歩くのは無理でしょう」

 錬太郎を案内するようにといいながら鬼島山百合は食器のかたずけをしていた。鬼島山百合の中では、鬼島笹百合が錬太郎の道案内をするのは決まったことのようだった。鬼島山百合と鬼島兵辰が道案内をしてもいいのだけれども、二人には仕事が残っている。

 仕事というのはご神体めぐりがしっかりと行われるかどうかというのを監視する仕事である。監視といっても大したことではなく、参加する人たちに問題が起こらないように監視員を立てたり、調子が悪くなった人を助けるために人を動かすといった程度のことである。

 鬼島山百合がこのように話をすると、鬼島笹百合がこう言った。

「私が? いいけどさ、私も装束を着なきゃならないの? あれ暑くて着てられないよ」

 鬼島山百合に文句を言いながら、鬼島笹百合は携帯電話をいじっていた。鬼島笹百合は畳の上に寝転がっていた。ご神体めぐりに全く執着していなかった。

 それもそのはずで、ご神体めぐりなど全く面白いものではないと彼女は知っている。むしろ熱中症にならないように気を付けたり、虫に刺されないようにしなければならないので、面倒くさいとしか思えないのだった。

 そのため、錬太郎を道案内するということになっても、錬太郎を誘い早い段階でリタイアしてしまおうと考えているところがあった。

 携帯電話をいじっている鬼島笹百合に鬼島山百合がこう言った。

「装束は着なくてもいいわ。そもそもご神体めぐりの正装なんてないのだから、好きな格好でどうぞ。

 笹百合ちゃんは迷わないように花飾くんを案内するだけでいいの。

 明日は島の外からも人が参加するだろうから、しっかり頼むわよ」

 しっかり頼むといいながら、鬼島山百合はにっこり笑った。しかし鬼島笹百合には見えていない。鬼島笹百合がこの笑顔を見ていたらきっともう少し頭を働かせただろう。何せどう見ても何か企んでいるようにしか見えなかったからだ。

 この笑顔に気が付いているのは鬼島兵辰だけで、そして気が付いていたからこそかわいそうなものを見るような眼で錬太郎たちを見るのだった。

 晩御飯を食べたことでいよいよ頭が動いていない錬太郎を見て、鬼島兵辰がこう言った。

「花飾くんはそろそろ休んだほうがよさそうだ。風呂の用意はできているから、入ってきたらいい」

 鬼島笹百合にお願いをする鬼島兵辰はほほ笑んでいた。錬太郎のぼんやりとしている姿が、小さなころの自分の子供たちの姿と重なって見えたからだ。 

 鬼島笹百合はこういった。

「さすがに疲れちゃったみたいね」

 錬太郎はゆっくりと立ち上がって、大きな家の中を進み、お風呂場に到着しさっさと風呂に入って、客室に戻り眠った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ