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タマゴドーナツ

作者: ParticleCoffee

 コンビニ内のフードコートに女の子がいた。

 奥のテーブル席にひとりで座っている。

 女の子には見覚えがあったが、どうにも思い出すことができない。

 テーブルのうえには、紙ナプキンがテーブルいっぱいに広げられており、六角形のドーナツが山のように積まれている。

 食べきれるのだろうか――と女の子をよく見ると、体格が普通の人よりも大きい。

 手足が長く、モデル体型とスポーツマン体型の中間ぐらいの体つきをしている。

 その体格を、そして顔を見て、ようやく思い出すことができた。

 同じ部活の先輩だ。

 ボクは、その先輩を『身長が異常に高い』という特徴でしか覚えていなかった。

 そのため、イスに座った先輩がダレなのかわからなかったのだ。

 こちらが向こうに気がついてすぐ、向こうもこちらに気がついた。

 目が合うと、ドーナツをクチに含んだまま先輩の動きが止まる。

 あきらかな動揺が見て取れた。

 ボクは、先輩に向けて手首から先だけで軽く手をふった。

 ドーナツをかみ切って残った部分を山へもどすと、先輩もこちらに向けて手をふり返してくる。

 そのままフードコートを通り過ぎ、コンビニで自分の買い物をする。

 プラスチックのパックにはいったソバと、六個いりのカラアゲと、ちいさなプリン。みっつをカゴのなかへ放り込む。

 最後に、レジでアイスコーヒーを買う。

 氷のはいったプラスチックのカップだけをレジに通して、コーヒーの出る機械へセットして、ボタンをおせば、挽きたて淹れたてのアイスコーヒーが飲める、というものだ。

 そうして完成させたアイスコーヒーをグルグルとまわしてよく混ぜる。

 混ぜていくうちにコーヒーが冷え切って、氷が溶けなくなった。

 すこしだけクチへ含む。

 いつもどおりの、缶コーヒーよりはマシという程度の味だ。

 帰りぎわ、フードコートを通り抜けようとするとモノをたたく音がした。

 音の発信源に目を向けると、ドーナツを咥えた先輩がボクを見ながらテーブルをたたいていた。

 先輩は、ボクが振り向いたのを確認して、手のひらを上にして『おいでおいで』とジェスチャーをする。

 もう一方の手にはカラのカップがにぎられていた。

 近づいて、先輩にアイスコーヒーを手渡す。

 受け取ると自分のカラのカップに半分ほど移した。

 さっそく、ひとくちすすりながら、ボクへは手渡さずとなりの席のテーブルへ置いた。

 座れということだろうか。

 従うようにして、となりの席へ座る。

 先輩は、ぼくよりも頭ひとつ分程度身長が高い。

 にもかかわらず、こうして並んで座ると先輩の顔がとても近く感じる。

『座って近く感じる』ということは、ふだんの身長差は足の長さの差によるものなのか。

 思わずボクは背筋をまげて背もたれに深く寄りかかった。

 手を伸ばさないボクを気にして、ボクのほうへ先輩はドーナツを数個寄せる。

 座高の差について考えるのはやめにして、ボクもドーナツを手に取る。

 六角形のドーナツというものは初めてみた。

「ドーナツ?」

「『タマゴ』ドーナツ」

 先輩は『タマゴ』を強調して言う

 特長的な形をしているが、リング状の普通のドーナツとは何かちがうのだろうか。

 六角形の一辺をかじりつく。

 芳ばしくザクザクとして歯切れよい外側と、ほろほろと崩れてクチどけがよい内側。

 全体に、上品な甘味とは相反するような、力強い甘味がある。

 コーヒーをクチに含み、口内の甘さを消しながら考える。

 普通のドーナツとの違いが有るとすれば食感ぐらいだろう。

 一辺がかけたドーナツを手に取りながめていると、先輩がクチを開く。

「小麦粉と油と卵黄と、かくし味の蜂蜜と――そのほかたくさんの素敵なものでできているの」

「バターとベーキングパウダーとバニラエッセンスとが素敵なものなんですか?」

 先輩はボクをにらんでクチビルをとがらせた。

 いつもより近いその顔は、怒ったようでもあり恨めしそうでもあり不満そうでもある。しかし、まったくといっていいほど怖さや威圧感はない。むしろ、すねた子供のようで愛らしさすら感じられる。

 先輩は、山からドーナツをとると六角形の一角をかじった。

 ボクへ見せ付けるようにして、ゆっくり噛み、ゆっくり飲み込む。

 そして、わざとらしい笑みを浮かべて意味ありげに残りの部分を振ってみせる。

 ほかにもなにかはいっているということだろうか。

 ボクも自分のドーナツをかじる。

 前歯でかみ切り、

 奥歯でかみつぶし、

 舌で混ぜ転がし、

 口内全体で味わう。

 クチ全体に残る甘味にも鼻に抜けるニオイにも気になるところはない。

 先輩とボクが挙げた材料以上のものは感じられなかった。

 断面を見ても何もない。――かといって、何もないはずがない。

 こういうときの先輩は、何かを仕込んでいるはずなのだ。

 ――なにかはいっているんですか。

 素直に聞いてしまおうかとも思った。

 しかし、このしたり顔でボクをみおろしている先輩にたいして『わかりません』と言うのは、どうもシャクに障る。

 ボクの自尊心が許さない。いつもより近くに見えるからなおさらだ。

 短い時間で考え抜いた挙句にだした答えは、ボクも先輩を見習うように、納得顔でうなづきながらドーナツを意味ありげにふって見せることだった。

 先輩は、予想外のボクの反応におどろきを見せたが、すぐに先ほどまでの表情にもどる。

 そして、さらにひとくちドーナツをかじりこちらへ振る。

 互いに不敵な笑みを浮かべつつ、ふたたびドーナツへ手を伸ばす。

 ボクがひとつ食べ終えるあいだに、先輩は三個目を食べ始めていた。

 そんなペースでドーナツの山を消費し、五分もかからずにすべて食べ終えた。

 テーブルに敷いていた紙ナプキンを丸めて、ゴミ箱へと捨てる。

 ボクが立ち上がり、先輩も立ち上がる。

 やはりボクが見上げるほどに先輩は身長が高い。

 そういえば――

「ボクが店にはいってきたとき、なんで驚いてたんですか」

 ニヤニヤと笑う先輩の顔が、硬直ののち、一瞬ではじらう表情へと変わった。

 顔を赤らめ、目をそむけ、口元を隠してもじもじとしている。

 しようがないので、ボクも負けじと恥ずかしがるそぶりをした。

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