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街道を行く

 街道に出ると、ぼくら以外にもぽつりぽつりと人が見えてきた。

 獣道じみた悪路から整備された道に出て、ぼくは馬の速度を落とし、観察する。老夫婦、旅の若者、騎士らしい壮年の男性、浮浪者、引っ越しの家族、芸人や職人らしい一団、「退け退け、邪魔だ!」と怒鳴りながら人々を蹴散らし馬車を駆る商人……こういうのは前世でよく見た、納期に追われたブラック企業の暴走トラックの運ちゃんと変わらない……いろんなものたちが道を行く。

 天は高く晴れ渡って空気は澄み、遠くの稜線の眺望美しく、草木が生い茂り、路傍には名も知れぬ花が咲いている。にも関わらず、そこを行く人々の顔はなぜか一様に暗い。

「みんなどうしてこんな暗い顔してるんだ?」

 ぼくがひとりごちると、すかさず後ろに控えていたシャロンが答えた。

「実は、春先から大変な増税が始まりまして……」

 この国エウロスは貴族の統治する国であり、一昨年の災害に起因する政変で大臣が総入れ替えした。新たに財政を管理することになったジョン・アッソー宰相は愛国心も強く悪い人物ではないが、上流貴族出身らしく庶民感覚が乏しく、適当すぎる増税で下流階級を圧迫。犯罪率は増加、生産性は下落、国民の六人に一人は貧困層で、十人に一人が自殺していた。

「あっそ」

 ぼくは聞いててまたむかついてきた。

 なんで、ファンタジー世界まできて、圧政とか、増税とか、そういう生々しい話を聞かなきゃならないんだよ。そうじゃ、ないだろう。ファンタジーって。オークの襲撃とか、スライム繁殖とか、入るたび姿を変える迷宮とか、財宝守るドラゴンとか……そういうものが人々を悩ませているんじゃないの? 基本みんな楽しく穏やかに暮らしているから、そういう異形な者の存在……たとえばトロールとか……が映えてくるんじゃないの?

「あ、トロールさま、こちらです」

「え?」

 ブツブツ言っていると、気がつけば、分かれ道に立っていた。

 シャロンが道を示している。だが……

「そっちの道は北に向かっているんじゃないのか? 西に行くにはこっちの道の方が近そうに見えるんだが」

 土地が開けているため、地形が道の向こうまでよく見える。

 シャロンが示す道は平坦で、たしかに一見楽なように見えるが、どうもぼくには遠回りのように思えた。それより山道を行くこちらの道の方が、多少は悪路のようだが、まっすぐ西に伸びて見える。

「はい、確かに、こちらは少し遠回りになります」

「では、こちらの道を行こう。エロエルフがぼくを待っているんだ。多少の山道や悪路だろうと出来る限り最短距離で行きたい」

「しかし……」

 シャロンは、眉をひそめた。

「こっちだとなにかまずいものでもあるのか?」

「そちらには……ゴットハードの関所があるのです」

「関所か。なあに、ぼくのパワー・オブ・トロールをもってすれば、どうということはないね」

「ただの関所ではございません。悪名高きヴォルフガングが代官を務める関所です。別名、狼之肛門(ヴォルフスアナル)と呼ばれ、みなが恐れております」

狼之肛門(ヴォルフスアナル)……」

 大仰な二つ名に、ぼくは唾をのんだ。

 そういえば中国の有名な故事にも、『前門の虎、肛門の狼』という言葉があるのを聞いたことがある気がする。狼の肛門……確かに半端無く括約筋が強そうだ。バナナとかひどく入らない感じがする。

「この代官、なんでも、ひどく恐ろしい男で、その……」

 シャロンは頬を赤くし、俯いて口籠もる。

「その、なんだい?」

「若い少年達を、け、尻穴雌奴(けつめど)として関所に何人も囲っており……関所を通る少年が気に入れば捕らえて囲い、若い娘は部下の慰み者にしてしまい……気に食わぬ者は容赦なく殺してしまうのだそうです」

「なるほどな」

 まあ、ベルセルクなどのダーク・ファンタジーでは稀にある展開だね。

「だが、ぼくは若い少年でなく、めっちゃトロールだし、代官如きにみすみす殺されたりしない。きみが捕まって慰み者にされそうになるのが心配なら、大丈夫、ぼくがちゃんと守ってやるよ」

 でも本心は楽しみなんだろう? ん?

 女に飢えた兵士に囲まれると悔しいけど感じてしまうんだろう?

 シャロンは眼を背けた。

「トロール様がそうおっしゃるのなら」

「なあに、ぼくはこう見えてけっこう世渡り上手なんだ。肛門代官だか尻穴雌奴(けつめど)野郎だか知らないが、話せばわかる。なんの問題も起こさず、すんなり関所を通過してやるよ」

 こうして、ぼくらは、平坦でなだらかな道を避け、山道を登りだした。

 周りの関所を目指すものたちの顔は相変わらず一様に暗く、そのせいか、晴れ渡る空が、すこし陰り出したような気がした。

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