野営……不器用な左手
夕方頃、ぼくらはテント……と言うにはいささか原始的な陣……を張り、そのへんで集めてきた枯木を使って焚き火をし、干し肉とハンバーガー的なもの……西欧の簡単な食事というのは、だいたい、ハンバーガー的なもの、ホットドッグ的なもの、ピーナッツバター・パン的なもののローテーションなのだ……で夕食にした。パスカルちゃんをしゃぶりながらハンバーガーも食べようとすると、さすがにシャロンがたしなめてくる。
「トロール様、夕食の時ぐらいパスカルちゃんしゃぶるのやめてください。お行儀が悪いですよ」
「お、すまんな」
M字縛りに戻して腹に固定し、ぼくはハンバーガー的なものをほおばる。
「うう……」
パスカルちゃんは全身をしゃぶられ過ぎて、ふやけてぐったりしていた。
仕方ないので、ぼくの食いかけを千切って食べさせてやる。
パスカルちゃんは最初はいやいやしていたが、そのうち空腹に負けてすこしずつついばみだした。
……やれやれ、これじゃあまるで介護だね。
「これから先、どういう道を行くんだ?」
アランが、シャロンにパンくずを貰いながら聞いてくる。
「いや、どういう道もなにも……基本的に西の森への最短コースを行くつもりだけど」
ぼくが言うと、アランは地図を取り出して、示して見せた。
「というと、やや南下してヴィヴァルヴェルテの沼沢地を抜けて、カーボネイテを通って海に出るコースかな」
「そうですね」
シャロンもうなずく。
「早くゴッドハードで貰ったものを換金したいな」
「それはカーボネイテで出来るだろう。港町で、このへんじゃ一番栄えているし、足下見られることもないだろう。……ただ、俺としては、ヴィヴァルヴェルテを通るのはオススメしないな」
「なんで? 沼沢地で湿ってて臭いから? 道がなくて底なし沼的なものにハマりやすいから?」
「いや、今の季節、ヴィヴァルヴェルテはそんなにひどい場所じゃないよ。むしろ、水は綺麗だし、風が心地よいくらいだ。すこし寒いかもしれないけどね。道もちゃんと舗装された道があるからその心配はない。ただ、ヴィヴァルヴェルテは……むかしから、魔女たちの支配する土地なんだよ」
「魔女?」
「ああ。彼女らは、人間の死体から呪物を作るのを得意とする……もちろん錬金術師も死体から金枝を抽出したりもするけどね。錬金術の金が、彼女らの魔術にとっては火なんだ。だから彼女らにとって火を灯す油と蝋というのは、とっても大事なものなんだ」
ぼくのお腹で疲れ切った目をしていたパスカルちゃんが口を挟んだ。
「ヴィヴァルヴェルテは死蝋作りが盛んなのさ。あそこには極上の湿地遺体が作れる環境がある。あいつら魔女たちが好きこのんで使う死者の手、栄光の手や猿の手なんかも簡単に作れるし、ほかにもその気になれば、聖人まるまる死蝋化した大呪物だって作れる。そんな場所だから、ろくでもない魔女共が集まっちゃ、しょっちゅういざこざ起こしてるのさ」
「へー」
「俺らみたいな旅人になにかしてくるとは考えづらいけど、彼女らもなかなか気まぐれで、なにを考えてるかわからないところがあるからね。あんまり関わり合いにはなりたくないのさ」
魔女か。
ぼくは思い描く。よれよれの洗ったこともなさそうな帽子と、血走った眼、鷲鼻に、いぼいぼしわしわの皮膚に、欠けた歯にしゃくれ顎。薬品臭い衣服で、大釜で紫の謎液体を一心不乱にかき回す、薄汚れた老婆。ではなく。
魔女っ子。ただの魔女っ子ではなく、8歳から14歳までの……ここ重要!……かわいらしい少女魔女。ふわっとした髪。ホットケーキの匂い。メガネかけていたりもする。ローブの下は、ほとんど半裸。なんでかというと、魔力は皮膚からしか供給できないから。だから月夜はみんな半裸で月光浴。
そういうファンタジー生物。
……でも、いるかもしれない。
死蝋とか、そういう魔女グッズのメッカなら、修行中のそういう見習い魔女っ子、ひとりくらいいるかもしれない。どっかの大魔女のところで修業しているそういう子を、ひとりくらいさらっていっても、ばれないかもしれない。
それに、ぼくのハーレムに、魔女、必要かも知れない。魔女がいれば、パスカルちゃんを洗脳する催眠術や、一晩中絶頂に達したまま止めとく媚薬や、年若くても安全に妊娠出産させる魔術、いやらしいするのに必要なローション……そういうのを調合してくれるかもしれない。
パスカルちゃん、錬金術師で鉱物毒とか詳しいだろうから、そのうち身体にヒ素とか塗って、それをなめさせてぼくを殺そうとするかもしれない。亜ヒ酸を含んだおしっこをぼくに飲めと言ってくるかも知れない。さすがのトロールもヒ素には勝てないだろう。青酸系の毒物は一般に未成熟処女と似た匂いがするとコナンも言っていたから、ぼく一人では気付くのに遅れて手遅れになる可能性が高い。そういう時、ぱっと解毒剤を渡してくれる魔女、必要かも知れない。
「いいね、ヴィヴァルヴェルテ」
ぼくが言うと、みんな、なにが? という顔をしていた。
そんなこんなのうちに日は落ち、暗くなってきたので、寝ることにする。
「わたし、こちらのテントで寝ますね」
「俺も」
シャロンとアランはテントに入っていった。
「おう」
ぼくは、パスカルちゃんと馬車で寝ることにした。
……これなら、ヒグマが出ても、アランとシャロンが食われている間に逃げられるな。
「わたしもテントで寝る!」
パスカルちゃんが主張したが、
「駄目だ!」
ぼくは断固拒否した。
「なんでだ!」
「だっておまえ、縄ほどいたら、どっかそのへんからヒ素を調達してきて、身体に塗りたくって、それをぼくになめさせるつもりだろ! 亜ヒ酸を最初に合成したのは錬金術師だって知ってるんだからな! 遺産相続とかで毒殺するのにも使われてんだろ! 伊達に毎週コナン見てないんだからな!」
「アホの癖にどうでもいいこと知ってるな! そんだけ知ってたら、ヒ素身体に塗りたくったら、わたしもヒ素中毒になることに気付け!」
「なんにせよ、おまえは目の前に置いておかないと信用できん! 今夜は抱き枕として使わせて貰うからな! 一晩中、こすこすスコスコしてやるからな!」
「やだああああああああああああああああああっ!」
見上げた夜空は、星が近く、多く……まるで見たことないその配置と星座達が、ここが異世界だとぼくに強く知らしめてくれていた。
アバラババラバラバラ〜! アバラババラバラバラ~!
早朝。けたたましくファンファーレを鳴らしながら、その一団はゴッドハードの砦を目指していた。貴族のはずだが、あまりそのようには見えない。馬に乗る鎧の男達はみな、野卑で粗暴で、あまり品が良くないものたちのように見えた。鎧にも統一性がなく、それぞれが自分好みのものを着ている。装飾しかり。武器しかり。騎士団と言うより山賊といわれたほうがしっくりとくる。
アバラババラバラバラ~! アバラババラバラバラ~!
先頭を行く者の掲げる旗は、まずこの集合国家エウロスの紋章、次に鎌首もたげた水竜の紋章……ヒードラー家の紋章……そして、最後に、力こぶ逞しい腕の紋章。手と腕というのは貴族にとってはある意味、象徴的な存在ではあるが……それをそのまんま家紋にするのは、貴族の中でも珍しい。
アバラババラバラバラ~! アバラババラバラバラ~!
やかましいラッパの音は、一行がゴッドハードの砦の門前に着くと止まった。
「ゴッドハード砦、到着致しました!」
先頭の男が背後に向かって吼えるように報告すると、烏合の衆のように見えた一団が、ばっと割れ……
一番後ろの者を通すための道が出来る。
曲者揃いに見えるその中で、割かれた人波の道を行く彼は、さらに異彩を放っていた。
巨躯である。二メートルはある。それでも、落ち着き払った態度のせいか、それほど威圧感はない。纏った鎧も軽量。海獣を思わせるスマートでシンプルなデザイン。しかし、なぜか左腕だけは別にあつらえたように奇妙にでかい。素材も鉄などではないように見える。黒光りするその左腕だけが、妙に浮いていた。
無言のまま、前に進む。
そして、門前に立つと、兜を取った。
突き刺すような黒髪の、アイロンパーマのリーゼント。
細長い、岩を圧し凝らしたような渋い顔。
そいつは、砦中に響く怒号で言った。
「俺の名前はジャック・タッカー・クラーケン! ルドルフ・ヒードラー様、一の配下! 彼のお方の命において、ゴッドハード砦の現状把握したく、ここに来た! 誰ぞ、わかるもの、出て参れ!」
砦の中はごたついている。
「誰ぞ!」
二度目の怒声に、兵士達か慌てて現れる。
しかし、あまりに少ない。
ジャックは一言だけ聞いた。
「どうなっている、この砦は?」
「じ、実は、砦がヒグマに襲われまして……」
おそるおそる兵士が言う。
ジャックは眼を閉じる。
そして感じ入るように瞼をかみ締めて、眼を見開いた。
「無礼ているのか?」
それから巨大な左の腕を、目の前に差し出した。
いつのまにか、風が、腕に向かって吹いていた。
大気中に満ちた力が、その腕の中に収束していく。
その内側の筋肉の無数の筋、その中に吸い込まれ、ねじれて、織り込まれていくかのように。
「これが俺の死者の手! 名前は不器用な左手! 能力は圧倒的パワー! それだけだ! ほかの貴族共みたいなけったいな仕込みも、むつかしい小理屈ねえ! 溜めて溜めて撃つ! 引き締めて引き締めて捻り込む! それだけの能力よ! 先祖代々これ一つ! 六代受け継ぐ一本槍よ!」
「ひゅ〜!」
「出たぜ、タカさんの得意の名乗り上げ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
アバラババラバラバラ~! アバラババラバラバラ~!
後ろの配下達が盛り上がる。
手を打ち鳴らし、吼え哮る。
その歓声を吹き飛ばすように、ジャック・タッカー・クラーケンは腕を振るう!
ずおん!
左腕を叩きつけられた地面は轟音とともにひび割れ、蜘蛛の糸の如き紋様が四方に一瞬にして走った! ジャックの先にあった門扉は弾け飛び、すさまじい夾雑音と共に砂と化す! 兵士達は、あまりの震動に、砦が崖もろとも砕けて落ちる気がして、その場にへたり込んだ。
彼らを見下ろし、ジャックはもう一度問うた。
「どうなっている、この砦は?」
落ち着きを取り戻すと、兵士達はあの恐ろしいトロルの話。錬金術師パスカルの話。それから、かれらのその後を隠すことなく打ち明けた。
すべて聞き終えると、ジャックは、兵士達を助け起こし、礼を言った。
「ありがとう。脅かして済まなかったな。許されよ。……不器用なんでな」
そして、トロル達が去った方に向かい、仲間共々また去って行った。
アバラババラバラバラ~! アバラババラバラバラ~!
ファンファーレだけがいつまでも響いていた。
※毎日その場しのぎで書いてきた本作ですが、いつまでも終了の目処が立たず、このままでは延々書き続ける羽目になってしまうため、申し訳ありませんが、ひとまずここで終了です。
ここまで読んでいただきまして、まことにありがとうございました。
よろしければ、同じ「八木くん」のシリーズがwindowsパソコン用ノベルゲームで出ているので、
引き続きこちらを遊んでいただけたら幸いです(こちらは一応完結しているので)。
八木くん.おっぱいエクストリーム
https://www.freem.ne.jp/win/game/4045
八木くん.無印
https://www.freem.ne.jp/win/game/16769
どうぞよろしくお願いします。プレイ後は感想などいただけたら狂喜乱舞します。




