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身体検査はつづく……水竜の子

 ぼくは、とりあえずパスカルちゃんの猿轡を外してやった。

「……ぷはっ! ……なにするんだ! この変態っ! 変態っ!」

「ふひひひひっ」

 黄色い罵声が、心地よい。

 ぼくは、M字開脚スタイルもほどいてやる。

「……はじめからそうすればいいんだよ!」

 パスカルちゃんは、縄の跡を気にして擦りながら、言う。

 そして、ぼくがなめた箇所を触る。ねばーっと唾液の残りが指先にのっついて伸びた。パスカルちゃんは、青ざめながら、おそるおそる、その匂いを嗅いだ。

「うわっ、くさっ! 気持ち悪いっ!」

「ふひひひひっ」

「なに笑ってるんだ、この変態トロル!」

 パスカルちゃんは、ぼくをぼかぼかと殴りつける。

 なかなかいいパンチだったが、スーパーサイヤ人のようだった手の輝きは弱々しく、その威力もたいしたことがない。エネジン……人間の生体パルスから精製される、電気と精霊に似た性質を持つエネルギーとかアランは言ってたか……が溜まってないのだろう。

「そのキンキラキン、だいぶ弱まっているね」

金枝(フィラメント)だ。植物の成長性と、金属の加工性を併せ持つ神秘の素材。その金枝を発見し、製錬し、(へん)して、操する。それがわたしたち錬金術師というものだ! もっともおまえのような無学なトロルにはわかるまいがな!」

「………………」

 ぼくが黙っていると、パスカルちゃんは、言葉責めが思ったより効いた? と調子に乗ったのか、いままでのうっぷんを晴らすかのように罵ってくる。

「よくもわたしをべろべろとなめて回してくれたな! この変態トロル! 気持ち悪い! 臭いんだよ、おまえ! 生臭い! 剥きたての青物みたいな青臭い匂いがする! 気色悪いトロルめ!」

 殴られながら、罵られ続けて……ぼくは涙が出てきた。

 パスカルちゃんはサディスティックな笑みを浮かべ、

「え、泣くの? 泣いちゃうの? 意外と絹のような精神性なのね! ふふふ、あれだけ人を殺してても面と向かって罵られると悲しくなって泣いちゃうんだ? ……気持ち悪い! 違う世界から転生したって言ってたけど、あんたみたいな気持ち悪いのは、向こうの世界でもよっぽどひどい扱い受けてたんでしょうね! この低脳トロ……あ、ちょっ! な、なによ、それ!?」

 ようやく、パスカルちゃんは気付いた。

 自分の罵声にぴくぴく反応している、ギンギンに隆起した、ぼくのそれに。

 逃げようとするパスカルちゃんを、ぼくはがっちりホールドする。

「はなせ! はーなーせっ!」

「罵られて悲しい? それは違うよ、パスカルちゃん。……嬉しいんだよ! この世界に来て、初めてだよ。こんなにトロールらしい扱いをして貰えたのは。やっぱりトロールはこうでなくちゃいけない。みんなから忌み嫌われ、迫害され、罵られ……でも、感じちゃう。そうじゃないと」

 ぼくは涙をぬぐって、話し出した。

「きみにこんなことを言ってもわからないだろうけどね、ぼくは『ツンデレ』ってやつが大嫌いなんだよ。……なんだよ、『デレ』って。『デレ』とかいらないんだよ。いつかは『デレ』てしまう『ツン』、『デレ』が約束された『ツン』……そんなのは本物じゃない。偽物だ。『ツン』だけでいい。『ツンダケ』こそが至高なんだ。たとえ流れで『デレ』そうになってしまっても、『ツン』であろうとする意志。それが肝心なんだ。だから、きみにはすごく期待している。頼むからそのままのきみでいてくれよ。どれだけこのトロールボディに責められ、肉体は快楽に逆らえなくても、弱いアナルを狙われても、ち○ぽに負けそうになっても、心だけは変わらない……そういう『ツン』でいて欲しい」

「……なにを言ってるの、こいつ?!」

 パスカルちゃんは心底気持ち悪いという顔をして、必死こいて逃げようとするが、ぼくのがっつりホールドからは逃げられない。

「それじゃあ、前口上はこのへんにして……身体検査、はじめるよ♥」

 ぼくはべろーん、と大きく長い素敵なトロール舌で、パスカルちゃんのほっぺをなめた。つるつるぷりぷりのパスカルちゃんのお肌を、ぼくの舌べろがなめくじのように這う。

 ぞぞぞぞ、と身震いが伝わってくる。

「ひぃ、ひぃーっ!」

「あまーい♥」

 ぼくは歓喜した。

 年若い、金髪処女特有の味わい。

 パスカルちゃんは狼狽える。

「な、なにするんだ、この変態!」

「なにって……身体検査だよ」

 ぼくは大真面目な口調で応えた。

「きみの言うとおり、ぼくは錬金術にたいしてあまりに無知だ。だから、きみがぼくが知らないような不思議な武器や特殊な魔法、なんかすごい技術みたいのを隠し持っていないか、捕虜として入念にチェックしないといけない。ぼくだって、本当はこんなことはしたくないんだよ」

 そう言って、今度は、首筋から肩の辺りをねぶる。

 べろろろろろろろろろ!

「や、やだぁっ!」

 ぴくんぴくんと、パスカルちゃんが反応する。

「ああ~、甘酸っぱくておいしいよう! 金髪処女の首肩汗えええええええっ!」

「し、死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

 顔真っ赤にして、肘でぼくをがんがん小突いてくるパスカルちゃん。

 ぼくは、構わず胴を持ち上げて、ひっくり返す。

 今度は、足でひたすら蹴りつけてくる。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 殺してやる殺してやる殺してやる!」

 ぼくはその足首をつかみ、口の中にほおばって、じゅっぽじゅっぽじゅっぽじゅっぽ味わった。

「んぶっ、んばっ……んまーい! 錬金少女の素足んまひよおおおおおおお! んぶっ、んばっ、じゅぷっ、じゅぽぽぽぽぽっ!」

「ひぃ! ひゃあああああっ! やめろっ! あっ! 変態! あひっ! 変態変態変態変態っ!」

「次はふくらはぎいいいいい! ふくらはぎあああああああっ!」

「いやあぁあぁああっ!」

 罵られ、攻撃されれば攻撃されるほど、ぼくの興奮は高まっていく……いい、いいよ、パスカル。きみはいい。最高だ! 股間がびくんびくんと反応してしまう。

 その様子に、パスカルが絶叫した。

「気持ち悪いよおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 唾液まみれで、組んず解れつしているぼくらを見て、どうでも良さそうにシャロンが言った。

「仲良いですねー」


「相変わらず辛気くさいところだな」

 カビ臭い廊下を進み、石造りの階段を下り、湿ったその部屋に降りたって、その奇怪な部屋の主に対面すると、男は不快さを隠そうともせずそう言った。

 小柄な男だ。金髪を後ろになでつけて、露わになった額にある、薄い眉と鋭い眼光ははどこか豹を思わせる。こんな場所には不釣り合いな、貴族らしい立派な身なりと不敵な表情。

 部屋中に散乱する本や、フラスコ、なんの効果があるのか、干された得体の知れぬ爬虫類、放置された頭蓋骨、動物の手、紋様の紙、奇抜な器、大鍋……それらを詰まらなそうに見て回す。

「それでなんの用だ、婆」 

「ゴッドハードの砦が破られたよ」

 部屋の奥、書物に埋もれ、フードをかぶった老婆が言う。

 そのひからび、薄汚れた右手……栄光の手(ハンド・オブ・グローリー)、魔女が好んで作って使う呪物腕……に、火が灯る。本物ではない魔力の炎。炎は揺らめきながら、その内側になにかを映し出そうとしているようにも見えた。男には見えない。老婆は見ていた。

「ありとあらゆるものが相当強いね。人間離れしたトロルだよ」

 男は遠い目をした。

「ゴッドハードか……たしかフラーデ上級錬金術師が派遣されていたな。それなりに腕は買ってやっていたつもりだったのに」

「まだ年若い娘さ。辺鄙な土地だけど、どうにも相手が悪かったね」

 男は厳しく断じた。

「年齢など関係ない。貴族(マグナート)にとって重要なのは、有能か、無能か、それだけだ……そして、無能な者は貴族(マグナート)ではない」

 男は用は済んだとばかり、踵を返す。

「尊大なことだね。……行くのかい? すこしはこの老婆をねぎらっておいきよ」

「早馬より少し早いぐらいの事で図に乗るなよ、魔女。おまえの生命がまだ在ること、それ自体がこの俺の慈悲と知れ」

「おお、こわいこわい。……もうひとつ忠告するなら、こいつとは戦わない方が良いね。あの娘っ子は未熟とは言え『両手持ち』だったんだ。あんたの死者の手(デッドマンズ・ハンド)も、この相手には通用しないかもしれない」

偉大なる死者の手(グレイトフル・デッドマンズ・ハンド)。そう呼べ。我が家のそれを、そんじょそこらのしがない手持ち共のそれと一緒にされては困る」

 軽く示したその腕は、一見して分かるほどに禍々しく、内包するすさまじい『力』を感じさせた。

「そうだったね」

 男が去った部屋で、老婆は炎の中を見た。

 そこでは、熊皮の、緑の肌のトロルが暴れていた。

「相手は深緑の森のトロル。水のあんたとは最高に相性が悪い。今回ばかりは下手に出た方が良いね。ルドルフ・ヒードラー。水竜(ヒドラ)の王の末裔(すえ)の子よ」

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