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陵丘を行く……そして、身体検査

 ぼくらは、多少馬を飛ばして、緑の陵丘地帯を走っていた。

 どこまでもどこまでも、WindowsXPのデスクトップのデフォルト背景みたいな光景が続いている。

「砦からかなり離れたし、そろそろスピード落としても良いだろ」

 ぼくが言うと、シャロンが馬車のスピードを落とした。

 シャロンの隣でアランが地図を確認しながら言う。

「街はまだしばらく先だから、今夜は野営になるな」

「マジかよ。ヒグマとか、狼とか、凶悪な野生動物が出たらいやだな〜」

 ぼくがyoutubeで見たロシア人が熊に襲われる動画を思い出していると、アランが……いや、100キロ四方じゃあんたが一番凶悪な生物だから……とでも言いたげに諸手を挙げて首を振ってみせる。

 なかなか気取ったヤツだな。

「おい、おまえはこの錬金少女の使い魔なんだろ……ということはそれなりに博学なんだろうな?」

「自分で言っておいてなんだが、まず使い魔というのは正確じゃないな」

 アランはスピードが落ちているとは言え、併走している馬車の馭者席から、ぼくの馬に飛び移ってきた。その動きは軽やかで快い。

「俺はそこのパスカルの父、錬金術師フランソワ・フラーデが作り出した、半使い魔(ファミリアー)、半人工生命体(ホムンクルス)と言った感じ存在(もの)だ。フランソワに助手兼弟子(ミニスター)という形で錬金術その他を教わり、彼亡き後は契約によりて、その大いなる遺産の引き継ぎ手にして、才能に溢れた大未熟者、パスカルの監視役をしている」

 パスカルが猿ぐつわの下でむーむー鳴く。

「ほー。じゃあ、その娘が番する砦を突破され、いまは捕虜に身を窶しているのには、内心穏やかじゃないだろう? んー?」

「それは別に俺の失態ではない。……聞きたいことはなんなんだ?」

 ぼくは自分が異世界から転生してトロールになったこと。ここまでの経緯。西の森に言ってエルフ達を陵辱したいこと。……などをかいつまんで説明した。

「むちゃくちゃだな」

 アランは呆れていたが、気にせずつづける。

「そういうわけでこの世界のことが聞きたいんだが、シャロンや村人と話してもトロールやエルフのことを知らないし、一体全体どうなってるのか困っていたところだよ。錬金術師の助手なら知的階級だからいろんなことを知っているだろう。この世界のファンタジーラインはどうなっているんだ? 魔法使いや魔術師や魔女はいるのか? エルフやオークやドラゴンは?」

「……そうだな。まず、あんたの世界ではそれらが、それぞれどんなものかを言ってみてくれ」

 ぼくは魔法使いや魔術師や魔女、トロールやオークやドラゴンについて、つたないながらも自分が知っているよりデフォルティーなイメージを伝えた。アランはふむふむうなずいた。

「なるほどな。……まるで子ども向きの絵本のような世界認識だな」

「悪かったな」

「結論を言うと、あんたの言うような者たちは、ほぼおまえの言うような形で、この世界にも存在している」

「本当か?」

 ぼくは嬉しくなった。

 じゃあやっぱりエルフたちを陵辱したり、オークたちを皆殺しにしたり、ドラゴンをぶっ殺して生き血を啜ってパワーアップしたり出来るんだ!

「ただし、この国、エウロスでは稀少だな。ここで一番強いのは人間だ。おまえが言う、モンスターや異種族ような者たちは、人里離れた辺境や田舎に追い込まれ、いまや非常に珍しい存在になっている。いるところにはいるんだがな」

「そうなのか」

「そしてお前の言う、魔法使い、魔術師、魔女……ついでに錬金術師……も、ほとんどはそいつらと同じようなものだ。俗世を嫌い、究めるべき真理を追い、あらゆるものから遁れて、密かに隠れ住んでいる……ただ、一部の者たちは、今も人の世に入り込み、その中でも高い地位と強い権力を持って存在している」

「おまえらのようにか?」

 アランは自信ありげににやりとする。

「そうだ。そのものたちは、平民(シス)すなわち持たざる者(モルトマン)と区別してこう呼ばれている。本物(パラ)死者の手を継ぐ者(シクセサール・デ・マンモルト)……あるいは、貴族(マグナート)と」

 それからアランがこの世界について、錬金術の秘技について、貴族(マグナート)のみが継承する神秘に満ちた手「死者の手(デッドマンズ・ハンド)」について……いろんなことを話してくれたが、ぼくは面倒臭くなって聞き流していた。要するに、ここはほぼリアル寄りな中世な感じのようだ。

 あとは、錬金術すげー。貴族(マグナート)すげー。だから錬金術師で貴族(マグナート)の自分たちもすげー。だから尊敬して丁重に扱え。要約するとだいたいそんな感じだった。

「だいたいわかった」

「本当か?」

 適当に言うと、アランが胡散臭げにこちらを見てくる。

 パスカルちゃんがむーむーむーむー暴れる。

 アランが言った。

「ところで、そろそろパスカルを放してやってはくれまいか?」

 ぼくははっきりと断った。

「駄目だ。いままで聞いた感じだと、おまえら錬金術師は下準備さえしていれば、いろんなことが可能みたいじゃないか。このまま放したら、再度、あの鎧巨人みたいのとか、ピカピカ光る手とか、入念な準備をしてぼくのことぶっ殺しにくるんだろう?」

「まあ、パスカルはそのつもりだろうな」

 他人事のように言う。

「じゃあ、駄目だ。追っ手も来るかも知れないし、悪いけれど、ぼくらの安全を完全に確保するまで、しばらくは西の森への旅に付き合って貰うぞ」

「まあ、仕方がないな」

 軽い感じで、アランは答える。

「おまえ、あんまり気にしてないな?」

「砦での不手際はみんなパスカルが原因だからな。それに、あの砦での悪趣味な処刑も、糞不味い食事も、つまらん見張り生活もいい加減うんざりしていた。俺は俺でのんびり旅を楽しませて貰うよ」

「そうか」

 なかなかにいい加減だけど、意外と話せるヤツなのかも知れん。

 アランはパスカルに向き直った。

「……そういうわけだ、パスカル。言っちゃあなんだが、今回の件の全ては、ひとえにあんたの考えの足りなさと、危機管理能力の無さ、驕り、心の弱さが招いたことだ。最初の対応、パペット騎兵の使い方、こいつを見失った時の対応、その後、窓から現れた時の対応……それらひとつでももう少しマシに出来てたら、現状は変わっていたはずだ。誇り高いあんたにはとんでもない辱めだろうが、これもひとつの試練と考えて、いろいろ反省してみてくれ」

 そして、改めてぼくに言う。

「……解放はしなくてもいいから、せめて捕虜として、もうちょっとマシな格好にしてやって欲しいんだが」

「わかった。いいだろう」

 オコジョは礼をし……咳払いして、つづけた。

「ありがたい。それから……多少のイタズラぐらいなら構わんが、あんたが言っていた通り、パスカルはおぼこだ。あんまいじめないでやってくれ。生命は保障して、捕虜としてせめて最低限の扱いはして欲しい」

「おう」

「……わかっているとは思うが、あんたがブラ下げてる、そのすごいものをパスカルにブチ込んだら、おそらく死んでしまうぞ。いろんな意味で」

「大丈夫、こう見えてぼくは紳士だ。まだそんなことはしないよ」

 まだ、というところがすこし気になったらしいが、アランは薄情にも馬車に戻って、屋根に乗り、ひなたぼっこをはじめてしまった。

 ぼくはパスカルちゃんに聞いた。

「これから猿轡を外すけど、暴れたりしないかい?」

 こくりこくりとパスカルちゃんはうなずいた。

 そうやって首を揺らすと、花にも似た、ほんのり甘い乙女の匂いが漂ってくる。

「ぼくのこと、殺したいと思ってる?」

 ふるふると、首を振るパスカルちゃん。

 うんうん!

「じゃあ、縄を外したら、なんでもぼくの言うこと聞いてくれるかな?」

 ん?

 ……すこし間を置いて、パスカルちゃんはこくりとうなずいた。

 ぼくはおもむろに、パスカルちゃんの首筋から頬にかけて、唾液でだるだるのトロール舌をべろ〜〜〜〜りと這わせて、その汗の味をテイスティングした。

「…………この味は、嘘をついている味だぜ」

 パスカルちゃんが身をよじって暴れる。

 ぼくはもう一度、べろ~~~~りとなめる。

 甘酸っぱい、嘘をついている処女特有の味がした。

「……この味は、嘘をついている味だぜ」

 パスカルちゃんは必死で、ぼくから離れようとする。

 ぼくはパスカルちゃんの頭と腰を固定して、今度はじっくり時間をかけて、ねぶるように、唾液をパスカルちゃんの肌に擦り込むように、パスカルちゃんの若くてピチピチした皮膚の具合を舌先で入念に確かめるように、じ〜っくりそれを味わった。

 不快感もあらわに、ぞくぞくと悪寒に震える彼女の皮膚が舌に心地よく、ぼくまでぞくぞくしてきた。

「この味は、嘘をついている味だぜ」

 パスカルちゃんがむーむーむーむー鳴きながら暴れる。

 シャロンとアランは見ない振りをして馬車でぼくらから離れてる。

 ……これは公認ですわ。

 ぼくはパスカルちゃんに宣告した。

「信じてたのに、こんな結果に終わって残念だよ。…………それじゃあ、身体検査を開始します」

 パスカルちゃんの若い肢体は、まだ高い陽射しにぽちぽち珠の汗を浮かべて香ばしく……ぼくの唾液の辿った跡さえも、せせらぎのようにきらめいて艶やかに美味しそうに見えた。

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