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狼之肛門 処女捕獲 4

 ひとつの手で二体の騎兵を同時に操る……更にそれを、両手でこなす。

 目の前で、すさまじい速度で指を繰るパスカルに、男は舌を巻いた。

 その才能については知悉していたつもりだったが、よもや、ここまでとは。

 同時起動した十二体のパペット騎兵だが、操作系統自体は基本的にパターンの定められた自動制御であり……手動で複雑な動きをさせるならば、騎兵は一体一体動かすのが定法。それを、簡略化し、手順を省いた短縮命令を倍以上の速度で送り込んむことで、一度に四騎もの手動操作を、ほぼ遅延無く実行することを可能にしていた。

 実際、窓の外を見れば、騎兵たちが百戦錬磨の強者の如く、恐ろしく洗練された動きで、緑のトロルを追いかけている。追いかけてはいるが。

 ……本当になんなのだ、あれは。

 トロルはいままで以上に生き生きとした動きで、ちょこまかちょこまかと逃げ回っている。騎兵達の動きに無駄はない。無駄はないが……気のせいか、四体を一人で動かしているが故、連携が密にとれているが故に、余計に動きの流れが単純化して、読まれてしまっているような……

 一騎が突き、一騎が避けた先を襲い、一騎が更に逃げ道を塞いで、一騎がトドメを刺す。その見事な一連の流れさえ、既に先読みしているかのように……トロルは逆に逆に避け、からかうように死角から騎兵を小突き、効きもしないのに挑発の打撃を入れ、わざわざ騎兵達の射程内を抜けて逃げる。

 ……まるで子どもが戯れで、追いかけっこでもしているようだ。 

 だが、そんな馬鹿なことがあるわけがない。人と比べていかに頑強なトロルといえど、一撃で致命傷を与えてくる重騎兵相手に、どうして生命を賭けてふざけていられる? にもかかわらず、トロルからは、まるで自分より巨大なモノと戦うことを、遊びとして何度も何度も繰り返してきたような……だが、そんなことがあり得るのか?……そんな余裕が感じられた。

 それに比べて、目の前のパスカルにはまるで余裕がない。騎兵に操作と、翻弄してくるトロルに没頭するあまり、男も、ヴォルフガングも、窓の外も、眼に入っていないようだ。だから、それに最初に気付いたのは男だった。

 ……気のせいか?

 どうにも、さっきからずっと、騎兵達が砦の奥に、奥に、誘い込まれている気がする……まるでこの位置から、すこしずつ、すこしずつ距離をとっているかのように。いや、そんなはずはない。ヤツだって目の前の四騎の相手に手一杯のはずだ。

 だが……

「……ま、まさか」

 いつのまにか、トロルと騎兵たち、パスカルと男とヴォルフガングは、砦の内部で対角線に最大値を取るかのように、奇妙な形で離されていた。そして、トロルの手にはロープが握られていて……

 繋がれたロープの先を見て、男はその意図に気付いた。

「ヤツめ、こちらに気付いているぞ!」

 騎兵と戦いながら、眼の端でこちらを見ていたトロルが……

 まるでその声が聞こえたかのように、はっきりとこちらを見て、不気味に笑った。そして、やつは自ら、砦の縁から、外に向かって飛んだのだ。


 パスカルは混乱した。

 突如、トロルが横に飛んで、視界から完全に消えたのだ。

 どこへいった? 落ちたのか?

 騎兵から送られてくる視界情報は、答えを教えてくれはしない。

「ヤツめ、こちらに気付いているぞ! ……ここを直接襲撃する気だ! 騎兵をここへ……いや、それより接近戦の準備をするのだ! 『弦』の接続を騎兵から外して、近接装備へ切り変えろ!」

 男……パスカルの従者アランは叫ぶ。アランは纏った黒衣を捨て、その瘦軀の内側に備えた至近距離用の武器……金枝(フィラメント)の効果の伝導率を最適化した長刀・短刀、生体パルス攪乱弾、圧縮爆弾、特殊調合剤……自身とパスカルのために用意した装備を、自らは装備し、彼女にも武装を促す。

「なにをしている!? パスカル!」

 事実を受け入れきれず、『弦』を繰る手を止めたまま、パスカルは呆としていた。

 ……このわたしが戦闘中に標的を見失った? 馬鹿な。そんなはずがあるか? なにかの間違いだ。悪い夢でも見ているようだ。……ロープだ! ヤツの持っていたロープはどこにつながっていたのだ?

「パスカル! 体勢を立て直すんだ!」

 アランの声も聞こえず、自らの眼で窓の外を見る。

 どこだ? どこだ?

 すると、窓の縁に、引っかかるものがある。

「────────!?」

 大きく無骨な、緑の掌。

 パスカルが認識するより早く、ぬうっ、と禿げた枝豆じみた頭が、窓を乗り越えて入ってくる。そいつは顔面をゆがめて、べろりと舌を出して笑った。

「見ぃつけた」

「ひいぃっ!」

 ヴォルフガングはその場で腰を抜かした。

 アランが咄嗟にパスカル越しに放った短刀二刀を、トロルは金棒を構えるのみで弾き飛ばした。瞬足で駆けたアランが、続けて横から放った長刀二刀の連撃のうち一撃を、トロルは受け損なう。

 やった! アランは自らの金枝(フィラメント)を起動し、トロルの腕に刺さった長刀から雷撃を放つ! トロルは傷口からの雷撃に腕を焦がして悲鳴を上げながら、パスカルを押さえ込み……

 それでも、怒りのままアランの肩口を金棒で叩き潰す!

 鉄のような手応えと破砕音に、トロルは訝しむ。

「ま、て……降参だ! なんで、もする……!」

 アランが言ったが、トロルは容赦なくアランの頭を叩き潰した!

「まて、頼む……彼女を、パスカルを、殺さない、でくれ……! なん……で、もする……!」

 頭を叩き潰されても胴体で喋るアランに、さすがのトロルもギョッとする。よく見れば、アランはまったく流血していない。散っているのは、肉でも血でもなく……破れた皮と、部品だった。ひしゃげた機械仕掛けの頭部。

 トロルはパスカルを盾に、アランの胴から距離をとる。

「われわれの、負けだ。武装を、解除する……」

 アランの胴が開いて、中から、オコジョのような生き物が這い出てきた。オコジョは知性を感じさせる顔つきを見せ、降参のバンザイして、そのままアランの声でしゃべった。

「わたしは、その娘、パスカルの……使い魔と言ったらわかるか?……のようなものだ。わたしたちふたりは降伏する。頼む。慈悲を」

「淫獣」

 トロルが意味不明の言葉を言う。

 それから、じぃとパスカルとアランを見比べた。

「……さっき、なんでもするって言ったよな?」

「ああ、言った。代わりに彼女の生命(いのち)の安全を保障してくれ」

 思案するトロルの首筋に、パスカルがいきなり小刀……いつ拾ったのか、さきほど、トロルが弾き落としたものだ……を突き出す!

 その手を介して『子午線之弦(ストリング・オブ・ミリディアン)』につながったその小刀は目映く輝き、強靱なトロルの皮膚もバターのように切り裂くはずだったが、

「おっと」

 トロルはその腕を掴むと、力尽くでひねりあげた。トロルの力と、金枝(フィラメント)の力がせめぎ合い、パスカルの細腕がぎちぎちと悲鳴を上げる。

「あぐっ!」

「…………おまえ、処女か?」

 耳元で囁かれ、怒りと羞じらいに、パスカルは一気に顔を紅潮させた。

「貴様、殺す!」

 でゅふふふ、とトロルは下品に笑う。

「これは処女特有の反応。それに……なかなかアナルも弱そうだ。気に入った」

 トロルはそう言うと、アランに向き直ると嬉しそうに言った。

「いいだろう。殺さないでやる。……おまえたちを捕虜にしよう」

 床にはヴォルフガングが小水を垂れ流してガタガタと震えていた。

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