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狼之肛門 パペット騎兵 3

 ぼくは走った。走るぼくのそのすぐ後ろを、巨大斧の斬撃が通り過ぎる。ガシャーン! 鈍くて重い斧の一撃に、石床は砕けて割れていた。

 やばい!

 あんな一撃喰らったら、さすがにこのトロールボディでも大ダメージだぞ!

 ぼくは迫ってくる降りしきる斧を避けながら、とにかく場所を移動する。背後から轟音をともなってやって来る巨人達……それに追い回されるぼくは、もはや威厳あるトロールどころか、まるで力ない小人のようだ。

 広間はあかん! ヤツらの入ってこれない狭い場所に行かなければ! 幸い、重さのせいか鎧兵たちは大した速度は出ていない。ぼくは広間を抜けて、脇の小部屋に逃げ込む!

 つがにサイズ的に部屋の入り口が潜れず、鎧兵達は立ち往生していた。

 でかい図体が災いしたね! この狭さじゃ入っちゃこれまいよ!

 そう思い、安堵するのも束の間、

 ……ガツーン! ガツーン! ガツーン! ガツーン! ガツーン!

 壁の向こうで、鈍い衝撃音が反響し続けている。

「ウッソだろう?」

 ガッ!

 反響のない一際大きな轟音と共に、仕切りの壁がガラガラと崩れた。

 その向こうには、斧を逆手に持ち、その背をハンマーの如く構えた鎧兵達が並んでいた。

 一斉にこちらに入り込んでくる!


「通常、攻城兵器といえば、城門を破壊する破城槌や破城弩……巨大な(いしゆみ)の仕掛けなどを指すでしょう」

 男は楽しげにヴォルフガングに話す。

 ゆったりとしたその声音には、確かな余裕が感じられた。

「しかしそれらを運用するのにどれだけの人数が必要でしょうか? 十人? 二十人? それとももっと? 煩わしいことです。ですが、わたしのパペット騎兵を扱うには……」

 金髪の娘を示す。

 娘はあくまで優雅に、指を爪弾いていた。

 注意深く見ればその動きが、城内の轟音と連動していないのがわかるが、ヴォルフガングは気付かない。

「ひとりいい。たった一人で、何体もの騎兵を操り、城を攻め落とすことができる。たかが賊の一匹程度、全く相手になどなりません」


 ぼくは覚悟を決めて、金棒を握って鎧兵に立ち向かう!

 振り下ろされた腕を駆け登り、『(ひたい)』を金棒で引っぱたく!

 兜の『額』部分がひしゃげた!

 他の鎧兵が振る斧を避け、今度はそいつに飛び乗って『額』に金棒を叩き込む!

 金棒は『額』に確実にめりこみ、くぼみを作っていた。

 だが、なんの効果も見られない! 鎧はぼくを捕まえようと手を伸ばしてくる! ぼくは慌てて近くの別の鎧兵の膝に飛び乗り、そこから床に転がる。

 …………おかしい!

 おかしくない?!

 だいたいのファンタジー漫画とかラノベだと、こういうゴーレム的なものは、『額』の部分にラテン語で『真理』を意味する魔法印が施されていて、そこを破壊されると機能停止して動かなくなるもんなんだけど!? ……それがお約束ってもんなんだけど!?

 だが、鎧兵達はひしゃげた兜のまま、構わずぼくに襲いかかってくる!

「……おまえら、汚いぞ!」

 ぼくは行き止まりで活路のない小部屋をあきらめ、鎧兵たちの腕や斧の間をくぐって、もう一度広間に戻った。頬を風とともに斧がかすめた。…………かくなる上は!


 いままで城内を騒がせていた轟音が、どこか遠くなりつつあった。

 男は自信に満ち溢れた笑みを浮かべ、それを見たヴォルフガングも胸を撫で降ろす。

 ……終わったな。

「やったな?」

 男が聞く。

 娘は首を振った。

 どこか顔色が青ざめて見える。

「パスカル殿……」

 ヴォルフガングが不安げな顔をし……

 遥か遠くで、いくつもの鋼鉄が砕ける音がした。


「わははははははは、ばーか! ばーか!」

 異世界の青空晴れ渡りて美しく、ぼくは砦の(へり)に立って、落下していった八体の鎧兵を見下ろして笑っていた。谷底の鎧兵たちは完全にバラバラになっていて、もはや動きそうにない。

 さっきから、どうにも鎧兵の動きが、むかしのゲームの敵の動きみたいに単調なのが気になって……もしかして、この手の能力ものではありがちな、自動行動(オート)型のキャラなんじゃないかと思ったら……案の定、その通り。

 よくよく観察して見れば、鎧兵は大まかな指示のもと、追いかける、近づく、間合いになったら斧で斬るor捕まえる、遮蔽物・障害物は破壊する、などのパターンの入った単純行動を繰り返しているだけだったのだ。ゲーム脳特有の気付きだった。

 それに気付けば、あとは簡単。3D格闘ゲームで、やられている振りして端まで逃げて相手を誘い込み、ギリギリで避けて場外に落とす友達をなくすテクニックで、一気に三体の鎧兵を落下。同じ手で、端に詰めて、ちょいと金棒で背中を押してやって、次々と鎧兵を砦から落とすのに成功した。

「ははははっ! こっちはスマブラのハイラル城ステージさんざんやりこんでんだ! 城から人を突き落とすのは得意だぞ! どんどん来いよ!」

 ぼくは巨大なちんちんと金棒をぶらぶら揺らして、踊りながら挑発した。

 八体もの鎧兵を失ったせいか、残りの鎧達は動きを止めていた。


「馬鹿な……なんなのだ、あいつは……ただのトロルではないのか」

 金髪の娘は歯噛みしながら、呻く。

 輝く弦を弾く動きは、完全に止まっていた。

 怒りに眉をひそめ、指を握りしめて震える、その様子に、もはや優雅さはない。

 先ほどまで余裕があった男も、完全に表情がこわばっていた。

「……それほど、なのか?」

「そ、そう言えば、あやつめ、こんなことを言っておった」

 ヴォルフガングは顎髭を撫でながら、思い出した。

「自分は、スーパートロール……伝説のトロールだと!」

「そんなものはいない!」

 ヴォルフガングを一喝し、娘──パスカル・フラーデは今度は右腕も腕まくりする。そこにもまた子午線之弦(ストリング・オブ・ミリディアン)が刻まれており、僅かな電子音と共に光が灯る。

 パスカルは青い眼を血走らせ、その小さい胸を掻き抱くようにして両腕を合わせ、光る諸手の指先で祈るような仕草をしてから……右手で左腕の子午線之弦(ストリング・オブ・ミリディアン)を、左手で右腕の子午線之弦(ストリング・オブ・ミリディアン)を、掻き鳴らす!

「もう遊びは終わりだ! 目障りなトロル……この手でじきじきに腹を割き、内蔵を引きずり出してやる!」 


「?」

 微弱な静電気を感じて、電子音がした。

 同時に、目の前の四体の鎧達が、さきほどとは違う、しっかりとした構えをとる。

 それは、どこか、手練れの武人を思わせた。

「お、もしかして手動(マニュアル)に切り替えた? でも、いまさらやる気になってもちょっと遅いんじゃないの〜? もう四体しか残ってないぞ〜!」

 ジリジリと間合いを詰めてくる。

 ぼくは金棒を握り直し、構わず砦の縁を走って逃げ出した。

 馬鹿か。だれがまともにやりあうもんかよ……

 おまえらがぼくを叩き潰すか、ぼくがおまえらの操縦者を見つけて叩き潰すか──

 どっちが速いか競争だ!

 鎧達も今までになく連携し、ぼくを追って走り出す!

 空に雲一つ無く、太陽は中天にあった。

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