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回想・ぼくは如何にしてビッチを嫌い、処女を愛するようになったか 1

 真っ暗な街を走っている。

 空気は澱み、水は腐っている。

 クスクスとたくさんの女達の笑い声がする。

 ぼくを嘲笑するビッチ達の笑い声。

 ぼくは逃げる。

 視線が追ってくる。

 どこまでもどこまでもついてくる。

 なにをしていても落ち着かない。

 外にいても、建物の中にいても、自室でも、トイレでも、お風呂でも、庭でも、寝ているときも、うんこをしているときも、オナニーしてても、横になっているときも……

 常に見張られているのを感じる。

 見下すための視線。欠点を探すための視線。笑いものにするための視線、それによって安心するための……それらの下に隠された不安と、恐れの監視の眼。

 我ながら狂人じみているが、幻覚だったらどんなにいいだろう。記録と証拠が残る現実だから余計にタチが悪く、ぼくを憂鬱にさせる。わかっていてもどうすることもできない。罰則のない違法、狙いを済ました脱法、法をかいくぐった悪意。

 ビッチ達だけじゃない。取り巻きのDQNたちの気配。くぐもった笑い声。いつでもどこでもついてくる。危害を加えるわけでも、なにをするわけでもない。ただただひたすら見張るためにいる。自分たちの嘘と、犯罪によって成り立つ生活が、ぼくによって崩壊されないように……暴力団の雇われチンピラども。追っ払っても追っ払っても通報しても通報しても、次から次に、ゾンビのようにやってくる。警察に捕まっても終わらない。不思議なことに、犯罪なんてものとせず、社会生活なんてどうでもいい、人生を投げた人間は、現代社会にもいくらでもいるようだ。

 気持ち悪い。

 眩暈と頭痛が治まらない。肺が拒否反応を起こして咳が止まらない。胃から酸っぱいゲップが込み上げてくる。腸を鉛筆削りで削られているような痛みがある。延々と続いていく囚人の生活。なにも悪いことはしてないのに、どうすることもできない。

 撒き散らされる嘘、失われた信頼、去っていく人々、無くなっていく気力。

 どうすることもできない。

 気持ちが悪い。

 吐き気がする。ぐるぐると引き絞られる内臓が悲鳴を上げる。

「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 目が覚めて、叫んでいたのは、夢の中の出来事だと気付く。

 安宿の一室。椅子ではシャロンがいまだうなされていて、見下ろすぼくの身体は……

 見まがうことなくトロールの無敵のそれだ。

「……前世の夢か」

 ぼくは起き上がり、窓から口の中の苦いものを吐き捨てた。

 じゅうぅぅ……と、トロール胃液に庭の植物が焼けて消えた。

 すこし胃液が逆流していたようだ。喉と食道が痛い。さすがのトロールの無敵の肉体も、過剰分泌した自分自身の胃液には耐えられないようだ。

 前世の惨憺たる思い出をちりばめたような悪夢に、ぼくは鬱になった。

 ……糞ビッチどもめ。


 前世である現代、ぼく、八木梢吉(やつぎしょうきち)は、どこにでもいる普通の高校生だった。

 時は、出会い系サイトやSNS全盛の時代。ぼくのように三次元に興味がなく、その適正もないものを除けば、携帯やスマフォで誰でも簡単に出会って激しいセックスを出来る時代だった。それにより、性を売りにする若い女子達がやたらともてはやされていた。

 ネットでは『一億総ビッチ化』などとも言われ、過度のセックスや性行為の低年齢化にともない、いわゆる『ビッチ』と呼ばれる、法に囚われず動物的にセックスや犯罪を犯す女達がすごい速度で増殖し、援助交際や売春、美人局、ストーカー冤罪や痴漢冤罪、セクハラでっち上げ、薬物依存などを繰り返して問題視されていた。

 だが、ぼくにとってそんなの話は、まったく現実味のない、どこか遠くの都会な街か、ネットの向こうの出来事だった。……あの日までは。

 その日、ぼくはいつものように、夜中の繁華街でエロゲを買って、ほくほく顔で家路につくところだった。『おっぱい☆エクストリームⅢ』……前作、前々作はクソゲーだったが、三作目は名作のジンクスに賭けて手に入れた期待のエロゲー……を手に、早く家に帰ってパソコンにインスコしてスコスコ、アンスコスコスコ(メインヒロインはテニス部なのだ)したい一心で道を急いでいた。だが、先を急ぐあまり、つい裏道を行ってしまった。

 それが全ての過ちだったのだ。

 ぼくはそこで見てしまった。ラブホテルに入っていく、クラスの地味な同級生と、見知らぬ油ギッシュなおっさんを。そして、向こうにもそれを気取られてしまった。

 同級生は、おっさんに肩を抱かれながら、般若の顔でぼくを見た。

 ぼくは、心臓が止まりそうになった。

 ……次の日から、ぼくの学生生活のすべては変わってしまった。

「喧嘩売ってるのか」「顔つきが気に入らない」などと見知らぬDQN生徒に妙にからまれるようになった。移動教室では体操服や持ち物やうわばきがなくなる。クラスメイトのぼくを見る目がいままで以上に冷たい。すれ違い様に「きもい」「きちがい」「萌え豚」「プリパラおじさん」などと心ない言葉を投げかけられる……極めつけは、なぜか、ぼくが昨日の援交同級生をストーカーしているという噂がまことしやかに広まったことだった。

 それから卒業するまで、ぼくはずっとみんなのいじめの対象だった。

 それでもなんとかしようとして、その同級生に直訴もした。でも取り巻きのDQNに殴られ、余計にストーカー疑惑を深めただけだった。教師や校長や教育委員会に助けを求めても、ろくに取り合って貰えず、自業自得、なにかきみに落ち度があったのではないかと逆に罵られ、その事実がバレると余計にひどいいやがらせやいじめを受けた。

 つらかった。

 でも、根が真面目だったぼくは、いつか誤解は解ける、いずれみんなわかってくれる、卒業すれば終わる、なんて馬鹿な期待をして、ひたすらいじめに耐えていた。

 甘かった。

 思えば、この時、こんな甘いことを考えず、なんとしても円光同級生の首をとるべきだったのだ。停学退学も覚悟で、歯をへし折り、目玉のひとつもえぐり出して、糞ビッチがふざけた真似しているとどうなるか身をもって教えるべきだった。なめられないよう牽制するべきだったのだ。動物的法則に則って生きている相手は、動物的対応をしなければならなかったのだ。

 卒業して就職しても、いじめや嫌がらせは終わらなかった。むしろ加速していった。ビッチにはゴキブリやネズミにも似た繁殖性がある。一人のビッチが「ストーカー(痴漢)された」などと言っているのを反論せず放置していると、そのビッチの八人の売春仲間内で「八木はひどいことを言っても仕返ししてこないへタレだ」「なにをしても大丈夫」という情報が共有されて、そこからさらに別の売春グループに拡散されていき、最終的には天文学的数字になっていく……

 これを専門用語で"1bitch=8byta"(1ビッチ=8バイタ)の法則という。

 世間知らずで、ビッチに対する予備情報に乏しい情報弱者だったぼくは、この法則を知らず、まったく正反対の対応をしてしまっていたのだった。

 結果、ぼくのストーカー疑惑は瞬く間にビッチネットワークから広がっていき、西友偽造肉返金事件やサイゼリアピザ返金詐欺のように、次から次に、自分もストーカーされたと言って金をたかりにくるビッチや、家に押し入って泥棒まがいのことをしようとするDQNがやってきた。

 面白がった自称スネークに後を付け回され、DQNやチンピラを喧嘩を売られ、近所の正義漢ぶった暇人老人や噂好きの"OB"(オールド・ビッチ。おばさんビッチの略。バブルと寝た女達から古参ポケベル円光世代まで幅広い人材が揃っている)に、防犯という名目で家を盗撮され、見張られる。そんな生活が続いていた。

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