新撰組ノ鬼ヘ
新撰組には鬼がいる それも 猫のように臆病で 何よりも繊細な 鬼がいる
山南敬助
たくさんの尊い命を奪ってきた
敵はもちろん 将来有望な同士たち
掟 規則 裏切り
そんな言葉に惑わされて
私は
いったいどれほど残酷なことをしてきただろう
庭の砂利が新しくなるにつれて
その庭で稽古をするものがいなくなるにつれて
私の心に
どこか蟠りがあったのは
紛れようもない事実だ
しかし
私は不思議と後悔してはいない
この結末がわかっていても
私はみなと
近藤さんと沖田くんと 土方君と
この地に赴き 刀を奮ったことだろう
"鴨"を斬ったことも 正当化し
何人斬ろうとも 心痛めることもなく
そして この胸の蟠りを正当化するために
伊東甲子太郎にすがるのだ
私は卑怯だ
今まで散々やってきたことを
残忍な行動を
すべて"あの人"のせいにして
まるで他人事のように
新撰組の方向性の不平を 伊東と共に語っている
伊東と造る新しい組織の幹部席と
今の席とを比べつつ
自分の心を偽っている
すぐにでも
伊東は"あの人"と対立するだろう
明晰な伊東が どのように出るかはわからない
しかし
彼の計画の重要な場所に
私はいるのだろう
そしていつか 彼は動き出すだろう
そのとき 私は
仲間を 同士を どちらかを
裏切ることができるだろうか
どちらも裏切らないことはできない時は
近々突然訪れる
もしも私が
同志を裏切り伊東についても
"あの人"は私を生かすだろう
"あの人"は私だけは殺さずに済ますだろう
どんな理由をつくっても
どんなに上と下が反対しても
それだけ彼は聡明で情を捨てられない人だから
彼の鬼は
そこで薄れてしまうだろう
私が霞めてしまうだろう
もしも 伊東を 仲間を裏切ったなら
彼は諦めないだろう
私は彼を斬れない かつての仲間
同門という 切れない絆
私はいつまで 彼の誘いを断れるだろうか
頭では
正論がどちらか当に決着はついている故に
"あの人"を裏切らない自信はない
ただ
組織と"あの人"の行方のみが
私の心を引き止める
"あの人"の鬼が薄れた時
組織の秩序が乱れた時
平穏な日々はおわりを向かえ 私のせいで
滅びるだろう
誰であろうと 例外を許してはいけない
裏切った私を 許してはいけないのだ
両方を裏切らないことは叶わない
しかし仲間だけを裏切ることも
同士のみを裏切ることも
卑怯な私にはできないだろう
その時点で答えは決まっている
私は 馬に跨がった
誰にも知られることもなく
誰にも話すこともなく
闇にまぎれて 旅立った
ただただ
両方を裏切るために
「山南さん」
懐かしい声
おちついた どこかあどけない声
ちいさいコが町で学校の先生を見つけたような
無邪気なこえが
私の耳に飛び込んだ
懐かしくほほえましい
私はこの声を待っていた。
馬を休ませ
私自身も心を和ませながら
脱走した私への
彼からの使者を待っていた
「やぁ、君がきたか。沖田君」
土方君、君はやはり聡明であり情を捨てられない男だ。
沖田君は隊1番の凄腕だから
私が敵う相手じゃない。
見つかったら 決して逃げられない
抵抗できない
人はそう思うだろう
しかし 沖田君だからこそ
私は絶対に反抗しないし、必ず罪なく頓所に帰る
やはり君は 私を生かそうとするんだね
沖田君を追っ手にえらんだ"あの人"は
鬼と呼ぶに値しない。
「土方さんは、逃げてほしいのかもしれません」
沖田君が、ふいに呟いた
彼も悟っているのだろう
"あの人"の性格を
自分の使命とその意味を
「私と山南さんに……二人で逃げてほしいのかもしれない。
いつだったか……土方さんは、私と山南さんには新撰組にいてほしくないといっていた気がします……」
大切だから……素直だから……鬼になりきれないから……
「そうかもしれない。しかし君は、土方君を支えていかなければならないよ。……私の分まで…ね」
さて、帰ろうか
帰る支度はできている
山崎君か 藤堂君か 永倉君か はたまた斎藤君か
誰が来るかと思っていたが
"あの人"は沖田君をおくってきた
私に生きろというように
やはり沖田君をおくってきた
これで心置きなく裏切れる
私の考えては 間違ってはいなかった
"なんで脱走なんか"
それが、みんなが口を揃えて言った言葉
しかし土方君だけは
"なんでもどってきた"
と
顔だけで訴えてきた
「ただ、外に出てみたくなったんです」
みんなの目には 涙のみ
私の目には 涙はない
「このことは、ここにいる試衛管のやつらと……斎藤しかしらない……」
近藤さん
「それならば、早々にご伝達下さい」
「総長山南敬助、脱走の罪により切腹つかまつると」
みなの顔が固まった
土方君だけは、みなのように固まってはいない
彼の鬼は まだ崩れてはいない
それでいい
「嫌です。納得できません」
「降格でもなんでもいい、生きていてくれないと困ります。ただ腹を斬っておわりになんかさせませんよ。あなたにはまだやってもらわきゃならないことがたくさんあるんです。私が何か納得のいく理由をでっちあげて……」
「だめだよ、沖田君。たとえ私が総長でも、君がいくらかばってくれても…例外は許されない。そうだろう?……土方君」
さぁ、土方君
腹をくくってくれ
君は
鬼だろう……?
「総司、納屋につれていけ」
「土方さん?」
「みなに伝えろ。明朝新撰組総長山南敬助を脱走に罪で切腹もうしつける」
「……有り難く存じます」
「トシ!」
「土方さん!!」
そう これでいい
これでこそ土方君。
これで、伊東たちへの脅しにもなるだろう
たとえ 幹部だろうが 同志だろうが
例外は許されない と
私が身をもって示すのだから
それが私の伊東への裏切りだから
こんなに安心できる時間は いつぶりだろうか
納屋の窓からひっそりと見える雲隠れの月は
私をやけに安心させる
総長になってから 私は
いつも何かにおびえていた気がする
いろいろなものに 潰されそうで 恐くて たまらなかった
それがなぜか
今は本当に落ち着いて 安心して居られる
「山南さん」
おちついた闇に、聞きなれた声
「藤堂君?どうしたんだい、こんな時間に」
「俺が見張りだってさ」
…そうか
彼はまだ私を逃がしたいのか
藤堂君まで使って
「山南さん、俺がどうにか誤魔化すから…行ってよ」
「藤堂君」
「俺、もう嫌なんだよ。 土方さんも、わけわかんねぇ、だって…山南さんは、仲間なんだよ?俺たちとずっと一緒にいて、家族みたいなもんなのに」
「藤堂君…」
「頼むよ山南さん…逃げて…生きてくれよ…じゃないと俺…明里さんに顔向けできねぇ…」
明里…
彼女のことは考えないようにしていたのに
そう
唯一後悔していることといえば、彼女とのこと
彼女を幸せにできないこと
「藤堂君…明里を頼むよ」
「山南さん!!……明里さんには、あんたしかいねんだよ!あの人を闇から救い出したのは……あんただけなんだから!」
そうだ
藤堂君が彼女をひそかに慕っていたことを
私は知らないフリをしていた
負ける気も 譲る気もなく
彼も私を応援してくれたから
「彼女には、私が彼女を騙していたことを伝えてくれないかい?いつか見受けするとばかり言っていたが……そんなことは有り得ないとね……」
「ウソだ!山南さんが明里のこと1番に考えてたの、俺が1番よく知ってる。……約束したんだ、俺……明里さんと……いつも山南さんを守るって…」
明里
君のことをこんなにも思ってくれる人がいるよ
君は
私がいなくても大丈夫だ
「藤堂、少しさがってろ」
「ひ、土方さん」
藤堂君の後ろから現れたのは…鬼ではない彼だった
「山南さんよ、ちょっといいか?」
「ああ、藤堂君。ちょっと二人にしてくれないか」
来ると思っていたよ
君のことだから
誰にも知れないように 遅くに
鬼の仮面を外した 猫のような臆病な彼が
「すまないね、土方君。 君には辛い役割ばかり任せている」
「なにいってやがる…」
「いつも私は君に甘えていたんだよ。君に反発ばかりして、偽善の美しい正論ばかりふりかざして悪役を君に押し付けていた」
「……」
「私はわかっていたんだ。正論だけでは人は動かせない。しかし、人の道に外れる勇気がなくて……いつも自分だけは正論の道の上にいようとしていた。……卑怯なことばかりしていた……」
「……山南さん」
「私は、今の新撰組にとっての危険分子でしかない。私のせいで……土方君、君の大切な夢を壊したくはないんだ。でも……私は卑怯にも、君のことを認めるわけにはいかない……本当に……すまない」
私は
土方君に謝ることで
自らの罪を償っているつもりだろうか
土方君を裏切った罪を
あの世まで持ち込みたくないがために
このような戯言を
ぶちまけているのだろうか
「あんたは卑怯だ」
「……ああ」
「あんたが俺達を裏切ったなら……怨むこともできたのにな……このまま腹切られたんじゃ怨むことすらできやしねぇ」
?
「自分を責めるだけだ」
「土方君、何を言って……」
「俺が知らなかったとでも思ってンのか?伊東と……あんたの関係を」
まさか
「私はッ……」
「あんたは伊東につくか、近藤さんにつくか……ずっと悩んでたのも知ってるぜ」
「……それでは、何故…?」
何故、ほうっておいた?
彼らしくもない
危険分子を放置するなど
彼のすべきことではない
「言ったはずだぜ?俺は伊東たぁ会わねぇんだ。あんたには伊東の相手しててもらわなきゃ困るってな」
「土方君……」
「すまなかったな」
「え?」
彼の口からでた言葉は
あまりにも突然で
何にむけてのものなのか
私にはわからなかった
「俺ぁ知っててほっといた。あんたが伊東も……俺達も裏切れねぇの知ってて……。あんたなら……なんとかするかもしれねぇって……押し付けてたんだ」
彼は顔を上げない
彼は私を見ない
こんな彼は
もう何年も見ていない
「君が責任を感じる必要はどこにもない。これは、私がだした結論で……私には一つをおいて何も後悔はないし、誰も怨んではいない。ただ、もうしわけない」
私は
伊東にも
彼らにも
怨まれないような道に逃げただけなのだ
「明日がなんの日か知っているかい?」
「明日は……私たちの門出……明日からまたちがう未来を行く……」
たとえそれが
地獄であっても
君は逃げてはいけない
君は
鬼なのだから
彼の墓の前で
俺はあんたの最後の言葉を思い出す
−明里を頼む−
「山南さん……なんで……逝っちゃったんだよ」
誰が備えたのだろう
趣味のいいお供えの花を 蹴り飛ばしたい衝動に駆られるが
彼女から預かった簪が 俺の正気を保たせる
あんただから
俺は身を引いたのに
あんただから………
俺は
簪を墓石の側に、すっと差し込む
墓石によりそうように
それが
彼女の最後の願いだから
完
スミマセン 駄文です