子どもの彼
エアハルトの朝は早い。
エアハルトは朝起きたら、寝ているサヤのベッドに侵入する。
そして、サヤの身体に抱きつく。
サヤの石けんのような匂いを嗅いで、柔らかい身体を堪能する。
エアハルトだって男だ。
匂いをかいで触りたくなるのはしょうがない。
癒しなのだ。
そして二度寝をする。
エアハルトは朝に弱い。
サヤがエアハルトを起こしにくる。
つい、子どもの頃の癖で、抱っこをせがんでしまう。サヤはエアハルトの髪を撫でて起こして、手を引っ張り、食卓に連れて行ってくれる。
サヤの食事にありつく3人をみて思う。
バカな奴らだな。唯一、サヤが心を許しているのは俺なのに、と。
寝ぼけまなこで、サヤの食事を味わうエアハルト。
「買い物に行くのだけど。エアハルト、一緒に行く?」
「行く!」
エアハルトが子どもの時もこうして、2人で買い物をした。ブルーノはいつもサヤと散歩をしているため、この時は留守番をするのだ。
サヤはエアハルトの手をつないで歩く。
子どもの頃の癖なのだろう。どちかかが言わずとも気がついたら手をつないでいる。
しかし、子どもの時も中々良かった、とエアハルトは思う。
サヤにねだれば抱っこしてもらえて、泣けばサヤがあやしにきてくれて一緒に寝れたからだ。
野菜を選ぶ、サヤの横顔をみて、エアハルトは初めてサヤに会った日を思い出していた。
彼は森の中で泣いていた。
こんなところで、こんな姿で死にたくない。
しかし、彼は一人で生きていけるのは難しい。
歩き始めたばっかりぐらいの赤子だからだ。
彼はどうしたらいいか分からず泣いた。
そうしたら「あらあら」と言う言葉が聞こえた。
エアハルトは宙に浮いて、石けんの匂いがする柔らかいものに包まれた。
そして、ポンポンと背中を軽く叩かれて、その柔らかいものはゆりかごのように揺れる。
「よちよち」そう言い、聞いたことない歌を優しく歌った。
何故かひどく安心して、エアハルトはそのまま寝てしまった。
エアハルトは診療所で暮らすことになった。
サヤに必死に自分は呪いにかけられてこんなふうになっている、と伝えても、赤子だから伝わらず。
エアハルトはしょうがないので、赤子のまま暮らすことにした。
オムツも離乳食も恥ずかしかったが、体が小さすぎるため、どうしようもできない。
嫌いな女に庇護されるのは嫌で仕方なかったが、そうするしか他ない。
しかし、エアハルトはその考えを消すことになる。
エアハルトがしたいことが出来なくて、悔しくて泣くと、すぐにサヤが駆けつけて抱きしめて、あやしてくれた。
エアハルトがサヤのごはんをいっぱい食べると笑い、エアハルトが言葉が増えると手を叩いて喜んで、周りに自慢する。
エアハルトがうんちをオムツにしたときだって、サヤはいっぱいでたねぇと嬉しそうにする。
彼は覚えてないが、幼い頃に死んだ実母もこのように赤子のエアハルトを育ててたのか。そう思った。
彼が嫌いなはずの女は、継母のようにエアハルトを叩いたり、言葉で傷つけたりしなかった。
村の女たちは、エアハルトを見ると、それはそれはかわいがった。
自分の子を見るように、エアハルトを撫でて、エアハルトを抱いて、エアハルトをおぶり、エアハルトをあやす。
彼が嫌いなはずの子供は、義理の妹や弟みたいに横暴ではなかった。
村の子供たちは、エアハルトを見ると、それはそれは親切にした。
自分の弟のように、エアハルトの面倒を勝手でて、エアハルトにそれはメッだよ!としかり、エアハルトを褒めて、エアハルトと遊んでくれた。
俺はなんて勘違いをしてたんだ。
そう思った。
野蛮で最低なやつは彼の継母とその連れ子だったのに、女と子供はそういうものだと思いこんでいた。
そして、罪のない女子供に暴言を吐いて傷つけてしまった。
最低なやつは俺だ。
エアハルトは泣いた。
それをサヤがあやしにくる。
このまま甘えていてはいけない。
そう思った。
大事にされるだけではいけない。
俺が今度は大事にしなきゃいけないんだ。
そう思った。
2歳になった。
エアハルトはちょっと話せるようになった。
ある日突然、大人に戻った。
そして、ライバルが3人増えた。
サヤの夕食にありつく3人を見て思う。
サヤが一番大事にしてるのは、この俺だ。
お前たちに勝ち目はないぞ。
エアハルトは男たちを睨んで、料理を口に運んだ。