寝たきりの彼
アルフォンスの朝は早い。
ベッドから降りて、立ち上がり、伸びをする。実はアルフォンスは普通に立てる。
筋力は弱っていて歩くのはよろめいて、すぐに転けてしまう。しかし、立つのは普通に出来た。
そして、サヤがアルフォンスの様子を見に来る時間になると、アルフォンスはサッとベッドに潜り込み、寝たふりをする。
そうすると、サヤはアルフォンスに毛布を肩まで上げてくれるのだ。
サヤがしてくれるその行為は、愛情を感じられてアルフォンスは幸福に身を包まれる。
そして、カミルから借りた本を読んでいると、またサヤが来てアルフォンスを食卓につれていくのを手伝ってくれる。
アルフォンスが立てないふりをしているのは、この時のサヤの介助をしてもらいたいが為だ。
いつも、車椅子に移動する時、サヤに介助してもらう。
遠慮なく、首に手を回してサヤに抱きつくことが出来るのだ。サヤの柔らかい身体に触れて、サヤの石けんの匂いを吸い込んで、サヤを堪能する。
アルフォンスだって男だ。
匂いをかいで触りたくなるのはしょうがない。
癒しなのだ。
そして、車椅子に乗り、食卓へ移動する。そこには、カミルに説教しているブルーノと新聞を読んでいるカミルの姿があった。
いつもの風景だ。
そして、サヤがエアハルトを連れてくる。
それにしても、とアルフォンスは思う。
どうにかして、この男達をサヤから離す手立てはないものか、と。
優しく微笑みながら、サヤの料理を味わうアルフォンス。
「今日は、花畑の近くでリハビリをしましょう」
サヤに連れられて、車椅子で花畑に来たアルフォンス。
サヤに抱きついて、立ち上がる。
そして、ゆっくりとサヤが身体を離して、サヤの肩にアルフォンスを腕をまわす。サヤは肩にまわされたアルフォンスの手を握り、アルフォンスの腰に手を当てて、支える。
そして、ヨタヨタしながら花畑の道を歩き始める。
寝たきりの時も良かったな、とアルフォンスは思う。
サヤがお風呂に入れてくれる日はすごく幸せだった。戻りたくはないけど。
花畑をみて、きれいね、というサヤを見ながら、アルフォンスは初めてサヤに出会った時の事を思い出す。
野盗に森に捨てられた時。
ああ、僕は死ぬのだな、と感慨深く思った。寝ているが、基本的な欲求は変わらないのだ。空腹や排泄感など。このままだと、確実に死ぬことはわかった。
それもいい、誰かが自分を必要としているわけでもない。
このまま、朽ちよう。
そう、アルフォンスは思った。
しかし、意外なことに。
ある木こりに拾われたのだ。
「こりゃぁ、生きてる!?大変だ!!先生とこに連れていこう!!」
そう言った木こりは、村の診療所にアルフォンスは連れて行かれた。
村の診療所には、仮面のつけた男と看護師、そして大きな犬がいた。
死ぬはずだったアルフォンスは、そこで世話になり、命を繋げることとなった。
最初は、余計なことをしてくれた、とアルフォンスは思った。
しかし、その思いは変化する。
普通は嫌がるであろうシモの世話をサヤは嫌がらずに、してくれる。
そして、寝ているアルフォンスに何かと話しかけた。
今日の天気、移り変わる季節の変化のこと、村人や診療所の先生や犬の様子のこと、アルフォンスの体調を心配していること、そしてアルフォンスが目を覚ますことを望んでいること。
サヤが入れてくれる、お風呂はとても気持ちよかった。
カミルは無愛想ながらも定期的にアルフォンスを診察しにくる。
そして、彼を拾ってくれた木こりは、暇を見つけて、アルフォンスに面会しにくる。妻を連れて。それは一年間に渡る。
木こりはサヤに語った。
俺は偶然この子と会ったのは、この子を助けるためだと思っている。
幼くして死んだ息子が、もし生きていたら、この子と同じくらいの年齢だ。この子のようだったのではないかと、思う。そんなはずはないだろうが、愛着が湧いてきた。
この子は俺たち夫婦の息子のようなものだと思って面会しにきている。
早く目を覚まして、話してみたい。
と木こりの言葉。
私も、この綺麗な彼に早く目が覚めてほしいと思っています。どんな声で、どんな風に笑うのか、どんな性格をしていて、どんな事を思っているのか、どんな風に動くのか。なんとなく、彼の表情をみて、勝手に妄想してます。けど、妄想じゃなくて、本物を見るのがすごい楽しみです。彼が目を覚ましたら、木こりさんを真っ先に呼びますね。
とサヤの言葉。
二人のその言葉に、アルフォンスは胸に暖かいものが広がった。
それからというもの、アルフォンスは
木こりと話してみたい
サヤに触れてみたい
動いてみたい
生きたい
と思うようになった。
そして、サミャことエアハルトが来て、その思いはますます強くなった。
サミャはサヤにべったりでサヤにあやされて、サヤに触れて、サヤに甘えていた。
面会にくる木こり夫婦にも、可愛がられていた。
嫉妬した。
目覚めたい、と強く願った。
現実逃避なんかしなくても、
現実にはこんな愛が溢れているじゃないか。
アルフォンスはそう思った。
時間は経ち、ある日突然に、目覚めた。
そして、ライバルが3人増えた。
面会にきた木こり夫婦に抱き締められて、サヤに手を握られて彼は泣いた。
サヤのつくった夕食にありつく3人をみて、アルフォンスは思う。
なんだかんだ言って、サヤが一番大事に、大切にしているのはやはり、この僕。
それを利用して、サヤを僕のものにしますが、恨まないで下さいね。