welcome to dreamland
近づいていくと、俺たちが村だと思っていたものは、想像していたものよりもはるかに小規模だったと発覚した。遠めに見るといくつかの家が立ち並んでいるように見えたそこは、実は一つの巨大な屋敷が立っているだけだった。
それに、先程から思っていたが、家畜がいる割にはそれを飼育、管理するはずの人間が一人も見当たらない。さすがに、飼われている動物がまだその場に留まっているからには、一人ぐらいはいるとは思われるが、あまりにも人気が無さ過ぎる。
「うーん……どうなってるんだろ」
入り口で、入るかどうか決めあぐねている中、真っ先に集落の中へと足を踏み入れたのは羽賀だった。それに釣られるようにして、神崎、そして高島の順に踏み入れる。置いてけぼりはごめんだと、俺も一歩を踏み出した。
中に入ると、静けさがより一層伝わってきた。聞こえてくる音と言えば、草が風に揺れる音、牛や馬の鳴き声程度だ。
ザッザッと、自分たちが大地を踏みしめる音を聞き届けながら、唯一建っている巨大な邸宅を眺める。レンガ造りの、大きくはあるがそれほど高級そうには見えないややさびれた建造物。しかし、人が暮らしていくだけならば、充分なほどに管理はされている。
「見てみろ」
高島さんが指さしたのは、山盛りに積まれた牧草だ。まだ積まれたばかりのようで、そこらを歩く動物たちに少しずつ口にされてはいるが、まだ綺麗な山の形を残っている。
「多分、積まれたばかりだ。これを管理している人がどこかにいるんじゃないか」
確かに、飼われている彼らが自力でこんな風に盛るとは思えない。ということは、高島さんのいう通り、誰かこれを用意したことがいるということだ。
それを確かめるために、俺たちは誰ともなく邸宅を目指していた。赤レンガの、広大な屋敷。目の前に立ってみると、思いのほか威圧感のようなものが感じられた。
ここまで一番現状に溶け込めず、後手に回っている俺は、無理やり自分自身を鼓舞するために一歩踏み出した。そして、その大きな扉を叩こうとしたその時、重厚な扉はゆっくりと、一人でに開いた。
普通、一人でに開いたと言ったら比喩表現で、大抵中から人が開けてくれているものだ。だが、その扉は自動ドアでも何でもないのに、誰の力も借りずに自分で開いた。
ノックしようとした手を引っ込めながら、少し肩すかしを喰らったような恥ずかしさが立ち上ってきた。だが、次の瞬間にそんな事は一気にどうでもよくなった。
明りが全く灯されていないのに、カーテンが全て閉まっている屋敷の中は真っ暗だった。だが、瞬く間にその暗闇は取り払われる。カーテンが、先程の扉同様に“一人でに”開く。レールが擦れる音が奏でられ、壁にかけられた松明が音を上げて燃え上がる。一瞬のうちに、建物内は煌々と照らし出された。
目の前の魔法見たいな光景に息を呑むと、コツコツと音が響いた。少し視線を上げてみると、右斜めに位置する、広い階段を、ゆっくりと降りる老人の姿があった。太い木の枝を削ったかのような、不格好な杖をその手に持っている。歩くたびに、あごに蓄えた白ひげが揺れるその様はどこかの集落の長老のような風格を宿していた。
俺たちは、ゆっくりと近寄ってくるその老人に対して、こちらから歩み寄っていた。それは、俺自身にとって無意識な行動で、歩き出していることにも気づいていなかった。
「ようこそ、この世界の救世主よ」
背後で、音を立てて扉が閉まった時、ようやく俺たちは邸宅内に入ってしまったことに気付いたがそれはもう、遅すぎる話だった。