our first battle
未熟な戦闘シーンはお許しを……。
「一体何なんだよこいつら!」
そう言ってがむしゃらに俺は剣を横に振った。だが、身のこなしの軽い狼はさっと跳び退いて回避する。何も無い空間を虚しくへなへなと空振りした。
「どうせスライムみたいなもんだと思うよ。序盤の雑魚ポジション?」
「そんな例え求めてませんし大して弱くもないですよ!」
一々ゲームの敵モンスターを使って説明してきたあたり羽賀は本当にそういうワードが口癖なのだろう。この緊迫的な状況でそんなことを言ってのけた羽賀に、神崎のイライラが募ったようだ。素早い奴らの攻撃の間隙に、他の人達の様子を見てみる。依然として全員防戦一方である。
どうしたものかと、獣を追い払うために適当に剣を振り回す。だが、そんな適当なお遊戯のような対処など、効果がある訳がなく、一発もかすりもしない。
「にしても結構強いね。RPGの主人公って何なの? 頭と身体能力ぶっとんでんじゃないの?」
「それは同感ね。こいつら何なの……もうっ!」
こいつら何なの、とは俺が訊きたい。何であなた達はこんなに適応していらっしゃるのでしょうか。特に神崎さん、貴方です。女子ですよね?
そんなしょうもないことばかり頭の中で考える余裕があるほど、冷静さを取り戻してきたようで、全体をよく見渡せるようになった。そしていくつか、目の前の連中の動きには多少の法則が見えてきた。
その一、どれだけ優勢であっても、緩い攻撃であっても、こちらが剣を振るう動作をするとすぐに跳び退くこと。事実、相手の爪が俺を引っ掻く方が早いようなタイミングで剣を振り始めた際に、相手はすぐさま飛び退いた。
その二、全部で四頭いる狼だが、どの個体がこちらの誰を襲っているのかが固定されていること。そのため、こちらは誰か一人が集中砲火を浴びることはない。
以上まとめて、こいつらを倒すのに時間がかかっている理由は、群れとして襲って一対一を相手に強いることで、たった一人の標的に意識を集中、絶対に攻撃が当たらないようにしている。
という事はだ、逆にこちらから多対一を向こうに強いた場合、何とかなるんじゃないかと判断する。
しかし、それを一々他の人達に伝えている余裕はない。絶えず刃を相手に向けていないとすぐに襲いかかってくる。執拗に、狡猾に、執念深くじっくりと。
他の人が相手をしている狼を狙おうにも、自分が対応している狼を何とかしない限りはそんな隙は生まれない。結局の話、余裕を持つためには敵を倒す必要があり、敵を倒すには余裕が必要な堂々巡りだ。
「ちょこまかと……全然当たらないんだけど?」
ちょっとずつ、羽賀の息も上がってきている。普段から部活で鍛えている俺も、結構疲れが溜まってきた。ずっと剣を握っている右手もとうとう疲れてきた。
目の前から疲れ知らずの狼がまた突進してくる。口を大きく開けて、牙をむき出しにされると背筋に冷たいものが感じられた。もうすでに腕が疲れきっている俺は切先が地面についてしまっていた。そのため、無理やり振り上げる形で剣を一閃した。
その時だ、狼は、後ろや左右など、回避しやすい方向ではなく、なぜか上空高くジャンプした。さすがは野生動物というべきか、驚くべき脚力で俺の頭上を易々と跳び越えたが、俺はそこが妙に引っ掛かった。一々真上に回避するのが非効率的だと思ったからだ。
何か理由があるんじゃないだろうか。ある仮説が思い浮かんだ俺はそれを試してみることにした。地面に着地して間もないそいつに向けて、剣で真っ直ぐに突いてみた。するとやつは、当然のように剣から逃げるかのように後ずさった。
もしかしたらいけるんじゃないか、そう思った俺は初めて目の前の獣に自分から近づいた。そして、狼の右側から素早く剣を振るった。瞬間的に反応した狼は剣とは正反対の方向にジャンプした。要するに、俺から見て左側だ。
予想通り、そう思った俺は小さくガッツポーズを作った。そこは丁度、高島さんの目の前だったからだ。俺だけに集中しているあいつは、すぐ隣にいる高島さんに気付かなかったが、高島さんの方は気付いた。そして、今がチャンスだと判断した高島さんは、持ち前の大剣を豪快にスイングしておもいっきり吹っ飛ばした。背の方で打撃したようで、血が飛ぶようなことはなく軽々と狼は宙を舞った。
「やっと一匹か」
高島さんが事もなげにそう呟く。それを見た神崎と羽賀が叫んだ。
「すいません、今どうやってやったんですか?」
「すまん、分からん。急に近くにきたから吹っ飛ばしただけだ」
「誘導したんだ!」
事情の飲みこめていない三人にようやくゆとりのできた俺が大声で叫ぶ。目の前の一頭に集中しても、聞こえるようにだ。
「そいつらは、剣を振ったときに、剣とは正反対の方向に回避するんだ! だから、一人が誘導してもう一人が仕留めるんだ!」
どこまで理解してくれたのか分からないので、一応俺も戦線に戻る。今なら、俺の攻撃は絶対に当たる。
だが、意気込んだのは良かったのだが、その必要はなかった。さっきの拙い説明で、三人とも大体察してくれたようだ。神崎が剣を振るい、羽賀の方へと追い詰める。そして良い具合に近寄ったその際に、羽賀は自分の小太刀で狼を斬った。
呻き声を上げて狼は力なく倒れる。そして、フリーになった神崎がすかさず羽賀と相対している一頭を仕留めた。
そして最後に高島さん。他の仲間が倒されて動揺した隙をついて、もう一匹も吹っ飛ばした。
「これで、全部倒せたかな」
額の汗を拭いながら神崎は安堵からか草原の上にへたりこんだ。羽賀も疲労のためか膝に手を突いている。
「まだ、座るのは早いんじゃないか?」
「えっ?」
そう言えばそうだったと、俺たちは村の方を見てみる。あそこに行こうとしたその時に、さっきのモンスターたちが襲ってきたのだ。ここにいたらまた襲われる可能性もある。
これだけ疲れるのは二度とごめんだと呟いて、羽賀は歩き出す。
しかし俺は、本当にあの村に行って良いものか悩んでいた。明らかに不自然だからだ。あんな獣がいるのに、あれだけ危機感も無く開放的に暮らしている村が、普通であるとは思えないからだ。
だが、そんな心配をよそにして、三人は歩き出す。ここでその不安を口にしようと何も変わらないし、何よりもあそこ以外に行く当てがないので、結局は俺もついて行くしかなかった。
もしこれが夢じゃなかったら……。嫌な予感が、脳裏を駆け抜けた。