扉の向こう
扉は厳重な結界で封じられていた。
その様子から中身の重要度が伺える。
「僕の産まれはこの闇の底。親父も祖父も闇の底。」
扉に彫られた溝に指を這わせながら、ヴァスティが韻を踏んで唱えた。
解除の儀式だろう。
結界が解けていくと、耳触りな音が響いてヴァスティの足元から板が浮かび上がる。
ヴァスティが触れると、板に見たことの無い模様が出てきた。
「それは?」
「魔映画面だ。なんでそんな物が?それはこの世界にあっていい物じゃない。」
私の質問に答えたのはセイレンだ。
彼女はヴァスティに詰め寄った。
「答えろ。どこで手に入れた。」
「マルバルト博士の理論に基づいた複製だよ。」
「そんな…無理だ!あの理論ではパネルの作動原理が説明されていない。あんな不完全な理論でどうやって…?」
「さぁね。企業秘密だよ。」
薄笑いで魔映画面を操作するヴァスティの手つきは手慣れたものだ。
「はい、終わり。」
そう言ってヴァスティが板を手放すと、扉が微かに振動し徐々に開いていく。
人一人がようやく通れる程の隙間が開くとオルガはさっさと向こうに行ってしまう。
ヴァスティに身振りで促され、私とセイレンも扉を通った。
扉の先は大きな倉庫になっていた。
廊下と違い、きちんと照明がとられた室内は見慣れぬ物体が並べられていた。
20mほどの円錐状の筒。
「12本か…3本足りないな。」
オルガが数を確認すると、ヴァスティが肩をすくめる。
「それで全部だよ。ウチが兵器に興味無いのは知ってるだろ?」
兵器?
この見慣れぬ筒は兵器なのか?
私がしげしげと眺めていると、セイレンが力一杯引っ張ってきた。
「なんだよ。」
「それに近寄るな。」
なぜそんな事を言うのだろう。
いくら兵器だからって、近寄っただけで危ないなんて事は考えづらいが…?
「これはミサイルだ。…弾頭は⁈」
聞きなれない名称を口にするとセイレンはオルガに向き直った。
「『ビルマルディの毒』だ。」
「ウラン235だと⁉何を考えてるんだ!こんな物を作り出して、あなた達はそんなに虐殺がしたいのか⁉」
オルガの言葉を聞いたセイレンがヴァスティに掴みかかった。
胸倉を掴まれ、しかしヴァスティは落ち着いていた。
「あれに限っていえばウチは無関係だ。」
「なんだって?」
訝しげなセイレンに、ヴァスティは説明した。
「盗品だよ。ラッペンで試作されていた18本のうち、15本が盗まれた。んで、どういう訳だかうちに賭けの景品として寄与されたんだ。盗品が持ち込まれるのは日常茶飯事だが、さすがにあんなヤバイものを扱う気はないよ。」
セイレンの手を軽い動作で振りほどくと、ヴァスティは服の乱れを直している。
「迷惑なんだよ。正直。だから連合に連絡したのさ。」
「持ち込んだ馬鹿の顔は見てないんだろ?」
「担当した奴の記憶が消されててね。さっぱりだ。でも、まだ街にいるよ。帰りの船が『故障』しててね。しばらくは街から出られないんだよ」
オルガの質問に答えるヴァスティは先ほどの少年の姿に戻っている。
「協力に感謝するよ。」
「なにが?」
惚けたように笑うヴァスティに、オルガはまだしばらく質問を続けた。
「セイレン、ミサイルってなんだい?」
「多重並行世界の武器さ。魔導砲の火薬版だと考えればいい。」
「ヘェ〜、これが。それで、こいつのどこがヤバイんだ?私にはただの金属塊にしか見えないけど。」
軽い気持ちで聞いたことを後悔した。
「こいつに積んである毒は、一度解放されれば辺り一面を死の世界に変える威力がある。キミも内臓から腐りたくなければあまり近寄らない事だ。正直、この部屋にいるだけでも結構ヤバイんだ。」
思わす顔が引きつる。
内臓から腐る?
冗談だろ。
「まじで?」
「僕が冗談を言った事が?」
全身の血の気が引くのを感じながら、私は急いでミサイルから離れた。