案内人の少年
「こちらになります。」
少年が案内してきた先は地下だ。
薄暗い階段の途中で私は思い出したくもない事柄を思い出していた。
『ヘルガ・ディーノの地下には恐ろしい何かがある。それを知っているのはオーナーのヘルガ・ブランクの一族だけである。いや、もしかしたら、誰にも姿を見せないオーナーの一族そのものが、恐ろしい何か、の正体であるかもしれない。』
誰が言い出したかも定かではない与太話。
しかし、少年の後に続くうちに私は一つの確信を持った。
何か、いる。
客室を過ぎ、立ち入り禁止の札が掛けられた扉を抜けた瞬間に空気が変わったのだ。
呪詛では無い。
何か、もっとドス黒いなにか…
「いい加減、何をするための助手か教えてれないか」
警戒を強めるセイレンにオルガはウィンクなどして見せる。
「まあ、ちょっとした盗難事件の調査だ。で、タレコミをしたぐらいだ。間違いなくここにあるんだろうな?」
「さて、僕には分かり兼ねます。」
話を振られた少年は振り向かずにそう言った。
その様子にオルガが苦笑する。
「おいおい、俺とお前の仲だろう?こいつらなら大丈夫だ。」
横目で私たちを一瞥すると少年は俺は大きく息を吐いた。
「なんだ、何をした⁈」
「何者だ?」
私とセイレンは反射的に後ろに跳んでいた。
少年が纏う気配ともいうべきモノが変質したのだ。
何の変哲もない人間のソレから、辺りに漂う空気のソレへと。
同時に見た目にも変化があった。
私より小さかった背が、私と同じか少し大きいぐらいに伸びている。
身体つきも貧相な少年からしなやかな青年のものになった。
「こうなるから嫌だったんだ。…はじめまして。僕はヘルガ・ブランク4世、ヴァスティ・ブランクだ。そこまで警戒しなくてもいいと思うよ?」
私たちに好意的に微笑む青年に私は絶句した。
「ヘルガ?ヘルガって、つまりあなたは、あのヘルガ?」
「そう。ここの次期オーナーのヘルガさ。」
悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべているヴァスティ・ブランクは堂々とした仕草で一礼してみせた。
「今のは何だ?」
「魔法さ。といっても、数世紀も前に失われたものだがね。」
「そうか、擬態魔法!」
特定の形状に術者の姿を変貌させるその魔法は、私も研究していたがどうしても魔導式が完成しない魔法のひとつだった。
「よく知ってるね。」
肯定するヴァスティに私はどう反応していいか分からない。
「どうして姿を変えてウェイターのふりなんか?」
セイレンの質問に、ヴァスティはしばらく天井を眺めていたが、急に視線を落とした。
自身の足元を無表情で眺める姿に、私はある種の恐怖を感じていた。
セイレンも同じような感情を抱いたのか、心なしか顔が強張っている。
「姿形を変えて、初めて分かる事がある。誰しも本質は悪意であるという事だ。」
自嘲するような言葉が何を意識して発せられたのかは私には分からない。
今わかっているのは、この青年からは空腹の人喰い魔獣と同じ『飢え』を感じる。
そして、それこそが、この地下に蠢く空気の正体であった。
「そろそろ俺の質問にも答えてくれないか?」
腕組みしているオルガはいかにも不機嫌そうな声をだしたが、顔は笑っていた。
「例のアレなら確かにあるよ。本数は自分で確認してくれ。」
笑顔で申し訳なさそうに言うと、ヴァスティは再び歩き出した。
暗い廊下を歩いた先にその扉はあった。