うける
蒼海連合。
浮遊要塞『デルダント』を本拠地とする世界最大の組織。
6世紀ほど前に通商連合として発足し、急速に成長した組織の影響力は、一国のそれを上回る。
保有する戦力、技術、資金なども小国程度なら遥かに凌駕する。
ナルバ歴1987年メルルガの月、紅の週。
デルダントの廊下を俺は颯爽と走っていた。
風に靡く外套の刺繍、《宝玉を守る龍》は世界で12人しかいない特務監察官の紋章だ。
特務監察官とは連合のあらゆる権限を個人で行使できる特権をもつ代わりに戦地の調停、国家の財政監督、不毛地帯の土地改良など、各人の得意分野で持って世界規模の問題解決を担当する。
俺、オルガ・デルト・アライアスも勿論その1人だ。
目的地に着いた俺は扉を勢いよく開いた。
「オルガ・D・アライアス、ただいま参上仕りました。」
簡素な執務室で書き物をしていた部屋の主はペンを置くと今まで書いていた何かを便箋に収める。
「時間に正確で結構。まずはこれを読みたまえ。」
そう言って差し出された書類には2人の青年の情報が記されていた。
「これは?」
「彼らの試験をキミに頼みたい。」
「は?」
俺は全力で拒否した。
「無理ですよ!今ただでさえ面倒な案件抱えてるってのに、これ以上の仕事は…それに人事関連ならDr.モートンが適任でしょう?」
人物観察に定評のある特務監察官の名前を出して断ろうとする俺を、しかし部屋の主は逃がさない。
「彼はベレズニアの派遣医師団の団長でヤクホート山脈の向こうだが?それに助手を欲しがっていたんだろう?今回の試験では彼らが使えるかどうか、実際にキミの助手として働かせて調査するのが一番正確だ。」
何がなんでも俺に任せるつもりか。
だがここで諦める訳にはいかない。
「実地ならアグラが…」
「この2人は頭脳派でね。戦場は不向きだ」
「ならオファリナ女史が…」
「夫婦揃って旅行中だ。老人の楽しみを奪うものではないぞ?」
「メリクシュは…?」
「あの精神異常者に貴重な人材を預けると。」
「それなら、レキが」
「彼とコミュニケーションを取るのにキミは何日かかったかな?」
「ぐぐ…」
要塞内に居そうな特務監察官の名前を挙げたがことごとく却下される。
俺も自分の不利を悟る。
ここは引いて、試験官を引き受けた方が賢明だろう。
「わかりましたよ。やりゃいいんでしょう。やりゃぁ。」
「よろしい。キミ達特務監察官に勤務態度は求めていないからね。仕事するならそれで十分だ。」
そういって頷き再び書き物を始めた部屋の主に対し、俺は渋々一礼して退室した。
こうなったら、とことん雑用に使ってやる。
そう決心して俺は荷造りをする事にした。