賽を投げる
部屋の片隅にいたのはヴァスティ。
少年の姿ではなく、本来の青年の姿だ。
「いやはや…迷彩どころか擬態まで解除してしまうとは。連合には惜しい人材だ。」
腕組みをして佇む彼に気づいているのは私だけだ。
部屋の誰も、セイレンやオルガですら気づいていない。
すべての魔法が解除されたのにどうして?それに私だけが気づくというのもおかしな話だ。
「なにしてる!」
疑問符を浮かべる私をセイレンの声が引き戻す。
間近に迫った警棒を間一髪で防ぎ止める。
腕が痺れる。次第に押し込まれる。
荒事をこなしてきた人間と、学問に打ち込んだ人間の差だ。
こればっかりは埋めようがない。
「だけど…!」
意識を集中する。
剣が歪む。軋みをあげる。
剣が、折れた。
「今だ!」
一気に踏み込んできた警備部長の顔を私は渾身の力で殴った。
本当なら、私の力では彼に与えるダメージはたかだ知れている。
だが、今この瞬間だけは違った。
糸の切れた人形のように、警備部長は倒れた。
何か言いた気に唇を震わせるが声は出ない。
満足に体を動かせないだろう。
私が使ったのは医学の分野で使われる麻痺呪文の変形だ。
背筋が凍った。
「いや、結構。見事な手並みだ。」
満足気に拍手する声。
飢えた獣と相対したような、危機感。
この気配は、間違いなくヴァスティの物だ。
ーなぜ気づかなかったのか。
彼は地下であった時、この空気を纏っていた。
どうして今まで感じなかった?
「魔法じゃないから関係ないだろう?暗殺者の技さ。案外役に立つ。」
倒れている警備部長に近付くと、ヴァスティは冷ややかに自分の部下を見下ろした。
足で転がし、自分を向かせる。
「嘆かわしい。客人の前でなければ即座に処刑していたところだ。」
足蹴にされた警備部長から嫌な音が響いた。
「肋骨程度で済むんだ。むしろ感謝しろ。動けるようになったら、さっさと消え失せるんだな。」
ヴァスティが指を鳴らし、再稼動した魔導人形が警備部長を担ぎ上げた。
「さて、セイレン君だったか。見事に喧嘩を売ってくれたね?どうしてくれるんだい?」
部屋の誰も動けない。
セイレンの時とは違う。
動かしてくれないのだ。
圧迫するような存在感。同じ人間なのに全く別のナニか。
「あ、あなたは…も、もしかして…」
オリバンダー老人が震えた声を出した。
ヘルガ・ディーノの創始者、ブランク一族は決して顔を見せない。
例えカジノの重役とて、彼の顔を知る者は皆無なのだ。
私やセイレンにあっさりと素顔を晒した事が異常過ぎるのだ。
「オリバンダー。貴様には発言を求めていない。」
見向きもしないが、それだけで十分だった。
哀れな老人はそれだけで腰を抜かして倒れ込んでしまった。
誰もオリバンダーを支えようとはしない。
動けない。
「申し訳ないとは思います。しかし、無実の罪で罵倒されるよりはマシだと思いますが?」
セイレンに萎縮した様子はない。
いつもの堂々とした声で続けた。
「責任という意味では、途中で仕事を投げたオルガにあるかと。」
「成る程。正論だな。…それでオルガ、君は『私の街』を賭け金に何をやらかすつもりだい?」
椅子に踏ん反り返っていたオルガは親指でコインを弾いた。
乾いた音が響く。
「ラッペンのしてる事は重大な協定違反さ。でも証拠がな。」
左の手の甲で受け止め、その上に右手を重ねる。
「この街を攻撃させる事で、核の保有を証明する、か。なるほど面白い賭けだ。裏!」
「へへ。オモテだよ。」
薄ら笑いを浮かべて立ち上がると、オルガはコインをヴァスティに投げつけた。
キャッチしたコインを見てヴァスティが爆笑した。
「おい、両方オモテじゃないかこれ!」
「そうさ。この人工島にはルールは無いのが掟だ。イカサマだろうがなんだろうが、手段は選ばんよ。」




