08 決別
リーガの声は、ローランド卿の叫び声に掻き消された。ローランド卿は興奮のあまり、肩で息をしていた。息遣いが聞こえる。頬に涙が一筋、すっと流れた。リーガは口元にいやな笑みを浮かべていた。
「俺は……海軍に入ったのは俺の意志だが、海賊に生まれたのは俺の意志じゃない。裏切った覚えなんてない。たとえ王族だろうが、俺には関係ない!」
最後は悲痛な叫びだった。シアーズはローランド卿の言うことが一部、理解できなかったが、無視して口を開いた。
「だがやってることは海賊以下だな」
裏切り、更に俺をも裏切った。信じていたのに――。父を亡くしたあの日から、ただ一人、絶対的に信じられる人だと思っていたのに。
「ウィリアム=ローランド。お前は俺が殺す。父上と同じように。……ウィル」
シアーズは、そこで一呼吸置いた。ローランド卿はぼうっとしたままだったが、名前を呼ばれてはっとした。いつものような目に戻った。
父を手にかけた者は、この手で片付けると、幼い頃に剣に誓った。その相手がまさか、最も信頼していた人だったとは。欠片も気付かなかった。疑いもしなかった。今この瞬間まで、誰よりも忠誠を誓っていた彼にこんなことを言うなんて。
全ての感情を押し殺し、シアーズは淡々とした口調で続けた。
「お前が俺に語ってくれたことに……真実は一つも無かったのか?」
ローランド卿は目を見開いた。彼は口も開きかけたが、すぐ閉じ、シアーズから目を背けると、唇を噛んだ。言葉を噛み殺していた。
痛いほどの静寂を破ったのはリーガだった。
「歓迎するぜ、シアーズ君」
嬉しそうに、これ見よがしにリーガがシアーズの肩に手を回した。シアーズはリーガに笑いかけた。ローランド卿は半分口が開き、二人を見つめたままだ。
「疑わないのか、俺が海軍の計略だったらどうする」
「いいや……」
簡単な答えが返ってきた。そして、リーガはローランド卿の方を見て呟いた。
「奴のあんな顔……初めて見るからなあ」
リーガは自分の船で、両手を広げてみせた。
「ファントム=レディ号へようこそ、シアーズ君」
レディは帆をはり、逃走しようとしていた。くすんだ白煙があちこちに上がっていた。潮風が吹く。
「閣下!」
部下の声がする。ローランド卿はよろめきながら、甲板に歩いていった。体中が痛い。その中でも、一番心臓が痛かった。何重にも絡まった細い糸で、キリキリと締め付けられるようだ。肩で息をする。せき込みそうになるのをこらえるのに必死だ。
「裏切り者は殺せ」
ぼそりと、だが恐ろしく通る声で呟いた。士官が振り返る。
「裏切り者……シアーズ殿ですか!?しかし彼は……」
「奴はもう海賊だ、海軍じゃない!船ごと沈めろ!シアーズを……殺せ!」
おどおどと話す部下を、ローランド卿は怒鳴り付けた。するとそこに、別の士官が小走りでやって来た。
「ローランド卿、無理です!破損が激しすぎて……追跡も不可能かと……」
夕暮れの、桃色に染まる空に呼び寄せられているようにファントム=レディ号が小さくなっていく。灰色がかった白煙が幾筋か上がっている。どうして――。
「くそっ……」
ローランド卿は顔をしかめた。握り拳が震える。