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十字架を架ける 【蒼碧の鎖-2-】  作者: 沖津 奏
第2章 影を知った
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08 決別

 リーガの声は、ローランド卿の叫び声に掻き消された。ローランド卿は興奮のあまり、肩で息をしていた。息遣いが聞こえる。頬に涙が一筋、すっと流れた。リーガは口元にいやな笑みを浮かべていた。

「俺は……海軍に入ったのは俺の意志だが、海賊に生まれたのは俺の意志じゃない。裏切った覚えなんてない。たとえ王族だろうが、俺には関係ない!」

 最後は悲痛な叫びだった。シアーズはローランド卿の言うことが一部、理解できなかったが、無視して口を開いた。

「だがやってることは海賊以下だな」

 裏切り、更に俺をも裏切った。信じていたのに――。父を亡くしたあの日から、ただ一人、絶対的に信じられる人だと思っていたのに。

「ウィリアム=ローランド。お前は俺が殺す。父上と同じように。……ウィル」

 シアーズは、そこで一呼吸置いた。ローランド卿はぼうっとしたままだったが、名前を呼ばれてはっとした。いつものような目に戻った。

 父を手にかけた者は、この手で片付けると、幼い頃に剣に誓った。その相手がまさか、最も信頼していた人だったとは。欠片も気付かなかった。疑いもしなかった。今この瞬間まで、誰よりも忠誠を誓っていた彼にこんなことを言うなんて。

 全ての感情を押し殺し、シアーズは淡々とした口調で続けた。

「お前が俺に語ってくれたことに……真実は一つも無かったのか?」

 ローランド卿は目を見開いた。彼は口も開きかけたが、すぐ閉じ、シアーズから目を背けると、唇を噛んだ。言葉を噛み殺していた。

 痛いほどの静寂を破ったのはリーガだった。

「歓迎するぜ、シアーズ君」

 嬉しそうに、これ見よがしにリーガがシアーズの肩に手を回した。シアーズはリーガに笑いかけた。ローランド卿は半分口が開き、二人を見つめたままだ。

「疑わないのか、俺が海軍の計略スパイだったらどうする」

「いいや……」

 簡単な答えが返ってきた。そして、リーガはローランド卿の方を見て呟いた。

「奴のあんな顔……初めて見るからなあ」


 リーガは自分の船で、両手を広げてみせた。

「ファントム=レディ号へようこそ、シアーズ君」

 レディは帆をはり、逃走しようとしていた。くすんだ白煙があちこちに上がっていた。潮風が吹く。



「閣下!」

 部下の声がする。ローランド卿はよろめきながら、甲板に歩いていった。体中が痛い。その中でも、一番心臓が痛かった。何重にも絡まった細い糸で、キリキリと締め付けられるようだ。肩で息をする。せき込みそうになるのをこらえるのに必死だ。

「裏切り者は殺せ」

 ぼそりと、だが恐ろしく通る声で呟いた。士官が振り返る。

「裏切り者……シアーズ殿ですか!?しかし彼は……」

「奴はもう海賊だ、海軍じゃない!船ごと沈めろ!シアーズを……殺せ!」

 おどおどと話す部下を、ローランド卿は怒鳴り付けた。するとそこに、別の士官が小走りでやって来た。

「ローランド卿、無理です!破損が激しすぎて……追跡も不可能かと……」

 夕暮れの、桃色に染まる空に呼び寄せられているようにファントム=レディ号が小さくなっていく。灰色がかった白煙が幾筋か上がっている。どうして――。

「くそっ……」

 ローランド卿は顔をしかめた。握り拳が震える。

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