04 深緑の海賊
あれから数年後――。
海は濃い青を、絶えずうねらせていた。雲の切れ間から、太陽の澄んだ光がまるで幕のように降り注いでいる。雲の縁は、光に縁どられていた。
「閣下、準備が整いました」
一人の若い将校が、城壁の上から水平線を眺めている男に声をかけた。
「ご苦労、今行く」
閣下と呼ばれた男が海を見たまま答えた。海軍中将の士官服を着て、長い黒のコートを羽織っている。一つに束ねられた長い黒い髪が、潮風になびいている。黒髪の男がゆっくりと振り返る。そして、声をかけた将校に微笑みかけた。
「久しぶりの戦になるな。ぬかるなよ」
準将の士官服を着た金髪の男が微笑み返す。
「はい……ローランド卿」
アート=シアーズ、あの少年だ。今は身長も伸び、その眼には海賊と戦える喜びが湛えられていた。父の仇を。
「レディを見つけた、リーガの船に間違いない」
ローランド卿は望遠鏡で遠くの船を確認した。薄汚れた黒っぽい船体に、穴の開いたくすんだ白の帆。見るからに怪しい海賊船だ。舳先には、右手を上へ差し出している女神の彫像があった。
出港して七日目だ。わりとすぐに見つかった。本当はきちんと帆を畳んでから戦いたいが、リーガのことだ。絶対にそんなことはさせてはくれないだろう。
ローランド卿が部下を呼びつけ、砂を撒いておけと命令した。緊張が走り、船の上が騒がしくなる。
「戦闘準備だ。速度を上げて、追いつけ」
一方、リーガの船、ファントム=レディ号の乗員も、戦闘態勢に入っていた。その騒がしさを背景に、リーガは望遠鏡を片手に海軍船の上を眺めていた。ローランド卿を見つけ、口笛を吹く。
「こりゃあ驚いた。裏切り者じゃねえか。プランスの身分を捨ててまで海軍なんかに入りやがったガキめが。ちったあ痛い目見ねえと分かんねえみてえだな」
リーガがしわがれた声で、白髪交じりの銀色のもしゃもしゃした髭を弄びながら言った。とても楽しそうだ。深緑のつば広の帽子には、ダチョウの羽飾りと、いろんな国の金貨がリボンのようについている。コートも帽子と同じ色味だが、どこかの貴族が使っていた物だろうか、縁には銀の糸で立派な刺しゅうがしてある。しかし、どれも汚い。ダチョウの羽に至っては、手入れをしていないせいで、毛が貧相にまとまっている。年齢のせいか、顔にシワがあり、日焼けしてシミがある。右目には縦に傷があった。青い色をした目は見えるようだ。
リーガはまだローランド卿を見ていた。すると、彼の隣に金髪の海軍将校がやってきて話しかけているのが見えた。リーガが首を捻る。
「どっかで見た顔だ……」
ひとしきり考え、リーガは望遠鏡を下ろした。そして、肩を震わせて笑い出した。
揺れる水面を乱しながら、もう少しで船が並ぶ。ファントム=レディ号は針路も変えず、わざと速度を抑えて、海軍と戦うつもりのようだ。
緊張が張り詰める。ただ、波の音と船の軋む音だけが聞こえる。双方のクルーに、不安の色が見える。
そして、どちらからともなく聞こえた。
「Fire!」
作中の「プランス」は、フランス語的な発音の「Prince(王子)」だと思って下さい。カタカナ表記って・・・。