02 嘘ならいいのに
少し間があって、急に外が騒がしくなった。怖いと思いつつ、心配に似た好奇心に勝てず、少年は扉を少しだけ開けてみた。甲板に人がたくさんいた。だが海軍だけではない。ぼろぼろの、汚らしい服をきて、浅黒く日に焼けた肌に、不潔そうな光沢のない髪をした男達もいた。頭を布で覆っている者もいる。戦っている。血を流し、倒れている者がいる。甲板の砂に、紅いシミができる。煙と撒かれた砂ぼこりで、辺りが白くなっている。
少年は今まで一度も、本当の戦いを見たことが無かった。恐怖のあまり、扉を閉めて奥へ走り、再び樽と樽の間にうずくまった。外の音が、少しだけ小さくなった。呼吸が整わないまま、顔を腕で隠した。体が震えている。止まらない。集中しないと、声が出そうだ。見つかったら、きっと殺される。子どもだからって、容赦なんかしないだろう。
そうしてどのくらい経っただろう。静かになった。終わったんだろうか。顔をあげた。涙が自然に頬を伝った。暗くて周りが見えない。外を、見てみようか。でも、もし海賊がまだいたらどうしよう。扉を開けて、見つけられたら。
突然、天井から音がした。何かが動いた音。この倉庫の真上は、確か船長室だ。父上のいる所――。
「何の真似だ!」
天井から声が聞こえた。
「父上!」
アートは安堵の声を出した。良かった、父上は生きていらっしゃる。
倉庫から上の階に通じる階段を駆け上がり、船長室へ急いだ。父が生きている。笑顔が溢れたまま、船長室のドアを勢いよく開けた。
「父上!」
少年の動きが止まった。目が大きくなり、口が開いたままだ。笑顔が消える。
さっきまで喋っていたはずの父が、血まみれになって、壁に寄りかかるようにして座っていた。胸に剣が刺さったまま、顔が下を向いている。呼んだのにこちらを見てはくれない。首に巻かれた白いタイには、模様のように血がついている。手が投げ出され、動く様子がない。掌には赤いものが溜まっている。壁には剣でついた傷がいくつかあり、血が飛び散っている。その間にも、血はじわじわと板の模様を染め上げた。
もう一人いる。アートは視線をゆっくりと移した。
海軍準将の士官服と帽子に、膝まである軍用の黒のコート。それらを身につけた少年がうずくまっている。アートよりは、少し年齢が上のようだ。血がついている。頬にもべったりと。一つに束ねられた黒い髪。象牙色の肌。髪と同じ黒い瞳がこちらの姿を捕えた。
「ウィル……?」
金髪の少年はそう呟くと、その場へがくんと座り込み、気を失った。黒髪の少年は、ゆらりと立ち上がった。ゆっくりとした足音と共に、服の擦れる音がかすかにした。