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十字架を架ける 【蒼碧の鎖-2-】  作者: 沖津 奏
第3章 プリンスと過去
16/23

16 剥がれた仮面

 シアーズはそう言うと、銃口をローランド卿に向けた。音も無く現れた。撃鉄を起こした時、カチャッと小さな音がしただけだ。ローランド卿はその銃口を見つめた。暗く小さな穴に自分の命運がかかっていると思うと、まるで全てのことが馬鹿らしく思える。

「……と言いたいところだが」

 すっと銃が降ろされる。

「先程、お前に一つ借りが出来たんでね。見逃してやるから、今日は消えろ」

「何をっ……!」

 ローランド卿は腰の剣に手をかけた。

「但し!……今からふた月後、またここで会おう」

 ローランド卿の手から力が抜ける。剣から手を離した。

 日が落ちて空がうす暗くなり、窓から細い月が見える。シアーズはおぼろに浮かび上がる月を見ながら続けた。

「その時に……全て終わらせる」

「……分かった」

 シアーズはふと、リーガに聞いた『アルバ』のことを思い出した。自分の恨みには無関係だ。なのに自然に口をついて出た。

「……リーガに『アルバ』のことを聞いた」

「え……」

 思いがけない告白に、ローランド卿は焦った。まさか、あのことも話したんじゃあないだろうな。胸が苦しい。

「お前を哀れだとは思うが、父上の件に関しては関係ないことだった。なんでいっつもそうやって、一人で抱え込むんだ」

 ローランド卿は、自分が取り乱しかけているのを悟られないよう、必死で平静を装った。回らない頭で懸命に言葉を探す。

「お前は知らなくても良かった。だから言わなかった。俺は誰かに哀れんでもらおうとも、良く言われようとも思わない。……それだけだ」

 ローランド卿は耐えられなくなり、部屋を飛び出た。あれ以上シアーズの前にいる勇気もなかった。

 知ったのか、俺が何者であるのかを。海賊でもなく、貴族でもなく生きている自分のことを。ましてや生まれついての英国人でもない。胸が痛い――あの頃と一緒だ。中毒性を帯びたそれは、もはや快感に近い。でもまたこの痛みに溺れると、今度こそ俺は壊れるだろう。目は開かれたまま、口元に狂ったような笑みがこぼれた。乾いた笑い声がする。自分の声だった。

 だが、良かった。リーガは喋っていなかった。シアーズは知っているようには見えなかった。リーガが死んだ今、あの真実を知るのは自分とあともう一人。奴とシアーズが会って話すことはないだろうから、これでシアーズが秘密を知る可能性は無くなったわけだ。あの過去はもう封印しなければ。


 エンプレス号に戻り、部下に引き上げるよう指示した。

「ふた月後、ですか。どうなさるおつもりです」

「ああ……」

 ローランド卿は上着を脱ぎながら、部下を見た。

「古典的だが、単縦陣戦法しかあるまい。リーガが消えた今、奴と渡り合えるのは私くらいだ」

 他人から見れば自信過剰の愚か者か。だが事実だ。それに、シアーズを他人に渡したくない。

「はっ。では、帰還しましたら、直ちに準備を致します」

「ああ、頼んだ。それまでに詳しいことを考えておくよ。下がっていい」

 士官は一礼すると、部屋を出た。

 他の将校なら、『詳しいこと』は部下に丸投げするが、ローランド卿はできるだけ自分も関わろうとする。まあ、その方が後で怒鳴られたりすることもなくてありがたいのだが、シアーズ元準将曰く、よろしくない傾向なのだ。一人で多くを抱え込みすぎる。


 一方、ファントム=レディ号の船室で、シアーズとクルー達が向き合っていた。クルーは日頃から部下に対しても横暴を働くリーガが消え、戦術にも航海術にも優れた、比較的親切なシアーズを新たなキャプテンとして認めてはいた。しかしシアーズがローランド卿に決着をつける、と言ったことに驚きを隠せなかった。

「どうするんだ、あんなことを言って!ローランドが本気になったら、俺達なんかかないやしないぞ」

 シアーズは頭を抱えていた。クルーが自分を認めたのまでは良かった。だが、今は自分の発言に自分でも驚いているのだ。どうするのかと言われても……。それに、本気のあいつのヤバさ加減は一番よく知っている。

「まあ、とりあえず俺はまだ死にたくないんだよね。お前らもだと思うけど。ローランドをさっさとやっちまいたいのは山々なんだが、勝ち目はない。だから……」

 シアーズがもったいをつける。

「だから……?」

 クルーが息を飲んだ。

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