12 額の傷跡
「秘密主義も度が過ぎるのはよくないなあ。それともあんたは、ウィリアムに信用されていなかったのか?……まあどうだっていい。あれは、奴の義叔母……でいいのかな、エドモンドの妹だから。その女に、一度会った時、ガラスのコップを投げつけられたって、俺は聞いた。身分の低い少年に驚いたらしい」
リーガはシアーズの顔をちらりと見た。なんとも言えない、驚きと好奇心の混じったようなシアーズを見るとリーガも面白くなったのか、頼んでもいないのに勝手に話を続けだした。
「あくまで噂だからな、いっぱいあるぜ。他はな……義従弟に馬から落とされたとか、召使にやられたってのもあった。あれは傑作だった」
「もういい、そんな話しかないのか」
違う。あの傷は確かに義叔母につけられたものだが。身分が低いからではなかった。だが、シアーズは何も言わなかった。リーガがくすっと笑う。
「ああ、すまない。あんたはこういうの苦手なのか?それともなんだ、ウィリアムを庇っているのか?」
「何だっていいだろう」
リーガは特に気にしないようで、余所見をしながら続けた。
「まあ、あいつがそれだけ憎まれているっていう話さ。だから海賊についておけばよかったのに、って皆言ってる。ウィリアムを受け入れている奴といったら、奴の配下を除くと、カートライト伯爵やエヴァンズ卿に……あとは、タウンゼント子爵あたりかなあ。とにかく、エドモンド=ローランド卿は、あいつを決して愛したりしなかった。育ててはいたが、ほとんど使用人にまかせっきりで、滅多に口をきくこともなかったらしい。ウィリアムは、ローランド卿にとって、単なる復讐の道具にすぎなかったのさ」
「復讐?」
ふと視線を動かし、目に入ったのは、船長室から見える黄昏の空だった。日はすっかり落ちているのに、異様に明るい。黄金を、水で何倍にも薄めたような色をしている。水平線に近くなるほど、熟れた果実のように甘そうな、濃い桃色だ。恐らくもう半分の空は、大人しい澄んだ青なのだろう。綺麗な空だが、雲が多かった。雲が無ければもっとこの色を楽しめるのに、と思ったが、その間にも一瞬ごとに色は変わっていった。空は明るい黄金色が大部分を占めていたのに、灰色の雲は、所々、紅い部分があった。
「何だ、知らないのか」
呆れたようなリーガの声に、現実に呼び戻された。
「ウィリアムはお前に本当に何も教えなかったんだなあ。そうまでして封印したい過去、か」
「で、何なんだ」
リーガはそこで間をとった。シアーズはローランド卿に対して、軽い罪悪感を抱きながらも、リーガを見た。




