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一発ネタ

転勤術師とケンちゃんの意思

作者: 涙目
掲載日:2026/09/15

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。某・錬金術師の漫画をリスペクトした、サラリーマンのパロディギャグ短編です。

 人は何かの犠牲なしには何も得ることはできない。


 残業代を得るためには定時を。


 昇進を得るためには休日を。


 そして総合職になるためには人生そのものを。


 それが等価交換。


 サラリーマン界の真理だった。


◇


「北海道支社への転勤を命ずる」


 辞令を見た俺は、一度目を閉じた。


 見間違いであってほしかった。


 ゆっくり開く。


「北海道支社への転勤を命ずる」


 変わらなかった。


「課長」


「なんだ」


「昨日福岡に異動したばかりなんですが」


「そうだな」


「まだ荷解きも終わっていません」


「そうだな」


「人事は正気ですか?」


 課長は静かに首を振った。


「正気なら人事なんてやらん」


 その通りだった。


◇


 俺は総合職。


 国家に認められたエリート。


 通称、


 転勤術師。


 辞令を媒体にして全国を渡り歩く存在だ。


 東京。


 大阪。


 名古屋。


 福岡。


 仙台。


 沖縄。


 札幌。


 気づけば戸籍より住所変更届を書いている回数の方が多かった。


 手を叩けば瞬時に辞令が出てくる。


◇


「兄さん」


 ガタン、とロッカーが揺れた。


 俺は顔を向ける。


 そこに立っていたのはロッカー。


 ただのロッカーだった。


 しかし中から声がする。


「兄さん、北海道は寒いかな」


「ああ」


「防寒具必要かな」


「ああ」


「俺、ロッカーだけど」


「ああ」


「俺、なんでロッカーなんだろう」


 俺は目を逸らした。


◇


 三年前。


 俺と弟は禁忌に手を出した。


 伝説の人事制度。


 人材錬成。


 新人を課長にする禁断の技術。


 結果。


 弟は会社に魂だけを残した。


 肉体は退職。


 社員番号だけが存在する状態になった。


 だから今の弟はロッカーに魂を定着させている。


◇


「必ず元に戻してやる、アル……」


「兄さん」


「なんだ」


「俺、アルじゃない」


「なんだっけ」


「健太」


「そうだった」


◇


 俺達が追い求めるもの。


 それが、


 ケンちゃんの意思。


 どんな願いも叶える伝説の人事資料だった。


◇


 その夜。


 北海道支社に着任した俺を待っていたのは、一人の男だった。


「待っていたぞ」


「誰ですか」


「人事部長だ」


 帰りたかった。


◇


「君は優秀な転勤術師らしいな」


「まあ」


「北海道はどうだ」


「寒いです」


「そうか」


「帰りたいです」


「そうか」


「帰らせてください」


「無理だ」


 知ってた。


◇


 部長は俺に一冊のファイルを差し出した。


 黒い表紙。


 金色の文字。


 そこにはこう書かれていた。


◇


【機密】


ケンちゃんの意思


◇


「これは……!」


 震える手で開く。


 ついに見つけた。


 伝説の秘宝。


 弟を元に戻せる。


 ページをめくる。


 さらにめくる。


 もっとめくる。


◇


『お仕事はみんなで仲良く!』


『挨拶をしよう!』


『残業はほどほどに!』


『困った時は相談しよう!』


◇


「ただの社訓じゃねぇか!」


「なんですかこれ!」


「創業当初の社訓だ」


「ケンちゃんの意思じゃないんですか」


「ケンちゃんの意思だ」


「石じゃないじゃないですか」


「意思だ」


「賢者の石じゃないんですか」


「ケンちゃんの意思だ」


「誰なんですケンちゃん」


◇


 部長は窓の外を指差した。


 倉庫の隅。


 ボロボロのクマの着ぐるみが座っている。


◇


「あれがケンちゃんだ」


「は?」


「創業者が着ていた」


「は?」


「会社の理念が宿っている」


「は?」


◇


 混乱する俺。


 すると。


 着ぐるみが動いた。


◇


「やあ」


「しゃべった!!」


「ぼくケンちゃん」


「しゃべった!!」


「定時で帰ろうね」


◇


 その瞬間。


 空が割れた。


 現れた巨大な顔。


 会長だった。


◇


「愚かな社員よ」


「会長!」


「会社とは転勤するために存在する!」


「何を言ってるんですか!」


「働け!」


「働いてます!」


「転勤しろ!」


「してます!」


「もっとだ!」


「これ以上どこへ行けと!?」


 会長は笑った。


「海外支社だ」


 絶望した。


 その時だった。


 ケンちゃんが前に出る。


「もうやめようよ」


「ケンちゃん!」


「みんな疲れてるよ」


「ケンちゃん……」


「北海道から福岡へ行った次の日に北海道へ戻すのは流石にどうかと思う」


 会長が怯んだ。


「ば、馬鹿な……!」


「社員は人間なんだ」


「やめろ!」


 ケンちゃんの意思に勇気づけられ、俺は立ち上がる。


「立てよ平社員、役職の違いってやつを見せてやる!」


「労働基準法!」


「俺達は」


「社畜じゃない!」


「やめろおおおおお!」


 光が溢れる。


 会長が消滅する。


 全国の社員のスマホに通知が届いた。


【定時退社推奨日のお知らせ】


 歓声が上がる。


 泣き出す社員。


 崩れ落ちる管理職。


 そして。


 健太の魂がロッカーから解放された。


「兄さん」


「健太!」


「やっと人間に戻れたよ!」


「よかった……!」


「ところで」


「なんだ?」


「人事からメール来てる」


 嫌な予感がした。


 震える手で開く。


【海外支社への転勤を命ずる】


「……」


「……」


 人事は滅んでいなかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

怒られる覚悟はしてます。いつ消えてもおかしくないので覚悟してください。

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