発明魔法使いは人類に嫌われていた
魔法――それは人を変えてしまう技術なのかもしれない
青年は、煤けた木箱を机の上に置いた。
外見は十代半ばにしか見えない。肌には張りがあり、茶髪も艶やかだ。
しかし、姿形は人間とまったく同じだったが、まとう空気だけが異質だった。
その灰色の瞳の奥にある静謐さは、彼が長い時を生きてきたことを示すのに十分な証拠だった。
領主の男が木箱を開けると、中には鈍い光を放つ金属製の球体が収まっていた。
一度でも魔力を注ぐと、永久に熱を放ち続けるという、青年が開発した代物だった。
暗闇に怯えることも、冬の寒さに凍えることもなくなる。
青年は純粋にそう信じていた。
しかし、領主は眉間に深い皺を刻んだまま動かない。目の前にある『奇跡の発明品』を、まるで危険物であるかのように凝視していた。
「君は、戦争を起こしたいのか?」
領主は吐き捨てるように言った。
「我々は、神が与えた自然の理の中で生きている。魔力などという得体の知れない力に頼れば、いずれ魂を吸い尽くされる――そう古くから言われている。今すぐこれを持ち去れ。二度とこの街に立ち入ることは許さん」
青年は反論しなかった。ただ、深く一礼して部屋を去った。
人間の頑迷さは今に始まったことではない。彼が善意で差し出した数々の発明品は、常に適当な言葉で片付けられ、拒絶されてきた。
青年はそれ以上、人間に干渉するのをやめた。
深い森の奥に引きこもり、ただ静かに時が流れるのを待つことにした。
――それから、三百年が経過した。
時代は変わっていた。
人間たちは、青年がかつて作った『奇跡の発明品』の仕組みを、長い歳月をかけて、魔力ではなく蒸気と石炭という非効率な手段で再現しつつあった。
だが、その進歩の足取りはあまりにも遅かった。
もしも三百年前、青年の技術を受け入れていれば、人類の文明はすでに遥か先へ進んでいたかもしれない。後世の歴史家たちは、この空白を『失われた三百年』と呼んだ。
○ ○ ○
青年の庵を、仕立ての良いスーツに身を包んだ男が訪れた。
現在の国を治める、権力者だという。男の傍らには、青年の身辺を警戒するように、鋭い目つきの護衛たちが控えていた。
「どうか、我々に知恵を貸していただきたい」
権力者は、青年の前に深々と頭を下げた。見た目は自分より遥かに年上の男が、十代半ばの姿のままの青年に平伏している光景は奇妙だった。
「我が国の歴史を紐解き、愕然としました」
と、権力者は言った。
「……今更であることは重々承知の上で、お願いしたい。どうか、我々の技術顧問になっていただきたい」
青年は、権力者の濁った瞳を見つめた。
そこに宿っているのは、過去の過ちに対する純粋な反省ではない。隣国との軍事競争や、国内の資源不足に勝つための、焦燥と底なしの貪欲さだった。
しかし、青年は承諾した。復讐のためではない。
ただ、自分がかつて生み出した技術が、正当に評価される瞬間を見てみたいという、技術者としての純粋な業からだった。
青年は中央政府の研究所に迎えられ、寝食を忘れて働いた。
三百年の遅れを取り戻すための、エネルギー循環システム。難病すら治療できる魔導医療機器。それらは瞬く間に国を豊かにし、権力者は青年を『救世主』と称えて、惜しみない協力を約束し続けた。
だが、この時の青年は人間という生き物を、見誤っていた。
○ ○ ○
完璧なインフラシステムが完成し、国が完全に軌道に乗ったその夜のことだった。
青年のために催された祝賀会の赤ワインに、無色無臭の毒が盛られた。
喉をかきむしり、床に倒れ込む青年を見下ろしていたのは、つい先ほどまで親しげに笑っていた権力者だった。
その表情には、一切の躊躇も罪悪感もない。あるのは、冷徹な損得勘定だけだった。
「感謝はしているよ。おかげで我が国は世界一の強国となった」
権力者は静かにワイングラスをテーブルに置いた。
「だが、君の力は強すぎる。それに……君が生きている限り、『この国の繁栄は一人の魔法使いの施しによるものだ』という事実が歴史に残る。それはあってはならない汚点なのだよ」
青年は、かすむ視界の中で、窓外から自らが作った完璧な魔導システムの灯りを見た。
人間は、三百年経っても何も変わっていなかった。
未知を恐れて追放した過去も、都合よく利用して口封じをする今も、全ては彼らの『保身』という狭い原理で動いている。
「(僕は、また間違えたのか)」
青年は心の中でそう呟き、静かに瞼を閉じた。
心臓が止まると同時に、青年が命を吹き込んだはずの街の灯りの全てが、一斉に、そして永遠に消灯することを知る者は、まだ誰もいなかった。
それは青年が施した、唯一の安全装置という名の、人間への最後の反抗だった。
【発明魔法使いは人類に嫌われていた】
最後まで読んでくださり、ありがとうございました
【補足】
■青年
300年以上を生きる魔法使い 見た目は10代半ばくらい
口数が少ない モノを作るのが好き
■権力者
青年の技術を利用して国を強大にした最高権力者 40代後半
青年の毒殺を企て、後に事件の疑いで尋問を受ける
■領主
300年前、言い伝えを理由に青年の発明品を拒んだ人間の男




