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発明魔法使いは人類に嫌われていた

掲載日:2026/09/21

魔法――それは人を変えてしまう技術なのかもしれない

 青年は、煤(すす)けた木箱を机の上に置いた。


 外見は十代半ばにしか見えない。肌には張りがあり、茶髪も艶やかだ。


 しかし、姿形は人間とまったく同じだったが、まとう空気だけが異質だった。

 その灰色の瞳の奥にある静謐(せいひつ)さは、彼が長い時を生きてきたことを示すのに十分な証拠だった。


 領主の男が木箱を開けると、中には鈍い光を放つ金属製の球体が収まっていた。

 一度でも魔力を注ぐと、永久に熱を放ち続けるという、青年が開発した代物だった。


 暗闇に怯えることも、冬の寒さに凍えることもなくなる。

 青年は純粋にそう信じていた。


 しかし、領主は眉間に深い皺(しわ)を刻んだまま動かない。目の前にある『奇跡の発明品』を、まるで危険物であるかのように凝視していた。


「君は、戦争を起こしたいのか?」


 領主は吐き捨てるように言った。


「我々は、神が与えた自然の理(ことわり)の中で生きている。魔力などという得体の知れない力に頼れば、いずれ魂を吸い尽くされる――そう古くから言われている。今すぐこれを持ち去れ。二度とこの街に立ち入ることは許さん」


 青年は反論しなかった。ただ、深く一礼して部屋を去った。


 人間の頑迷(がんめい)さは今に始まったことではない。彼が善意で差し出した数々の発明品は、常に適当な言葉で片付けられ、拒絶されてきた。


 青年はそれ以上、人間に干渉するのをやめた。

 深い森の奥に引きこもり、ただ静かに時が流れるのを待つことにした。


 ――それから、三百年が経過した。


 時代は変わっていた。


 人間たちは、青年がかつて作った『奇跡の発明品』の仕組みを、長い歳月をかけて、魔力ではなく蒸気と石炭という非効率な手段で再現しつつあった。


 だが、その進歩の足取りはあまりにも遅かった。

 もしも三百年前、青年の技術を受け入れていれば、人類の文明はすでに遥か先へ進んでいたかもしれない。後世の歴史家たちは、この空白を『失われた三百年』と呼んだ。



 ○ ○ ○



 青年の庵(いおり)を、仕立ての良いスーツに身を包んだ男が訪れた。

 現在の国を治める、権力者だという。男の傍らには、青年の身辺を警戒するように、鋭い目つきの護衛たちが控えていた。


「どうか、我々に知恵を貸していただきたい」


 権力者は、青年の前に深々と頭を下げた。見た目は自分より遥かに年上の男が、十代半ばの姿のままの青年に平伏している光景は奇妙だった。


「我が国の歴史を紐解き、愕然としました」


 と、権力者は言った。


「……今更であることは重々承知の上で、お願いしたい。どうか、我々の技術顧問になっていただきたい」


 青年は、権力者の濁った瞳を見つめた。

 そこに宿っているのは、過去の過ちに対する純粋な反省ではない。隣国との軍事競争や、国内の資源不足に勝つための、焦燥(しょうそう)と底なしの貪欲(どんよく)さだった。


 しかし、青年は承諾した。復讐のためではない。

 ただ、自分がかつて生み出した技術が、正当に評価される瞬間を見てみたいという、技術者としての純粋な業からだった。


 青年は中央政府の研究所に迎えられ、寝食を忘れて働いた。

 三百年の遅れを取り戻すための、エネルギー循環システム。難病すら治療できる魔導医療機器。それらは瞬く間に国を豊かにし、権力者は青年を『救世主』と称えて、惜しみない協力を約束し続けた。


 だが、この時の青年は人間という生き物を、見誤っていた。



 ○ ○ ○



 完璧なインフラシステムが完成し、国が完全に軌道に乗ったその夜のことだった。

 青年のために催された祝賀会の赤ワインに、無色無臭の毒が盛られた。


 喉をかきむしり、床に倒れ込む青年を見下ろしていたのは、つい先ほどまで親しげに笑っていた権力者だった。

 その表情には、一切の躊躇(ちゅうちょ)も罪悪感もない。あるのは、冷徹な損得勘定だけだった。


「感謝はしているよ。おかげで我が国は世界一の強国となった」


 権力者は静かにワイングラスをテーブルに置いた。


「だが、君の力は強すぎる。それに……君が生きている限り、『この国の繁栄は一人の魔法使いの施しによるものだ』という事実が歴史に残る。それはあってはならない汚点なのだよ」


 青年は、かすむ視界の中で、窓外から自らが作った完璧な魔導システムの灯りを見た。


 人間は、三百年経っても何も変わっていなかった。

 未知を恐れて追放した過去も、都合よく利用して口封じをする今も、全ては彼らの『保身』という狭い原理で動いている。


「(僕は、また間違えたのか)」


 青年は心の中でそう呟き、静かに瞼を閉じた。


 心臓が止まると同時に、青年が命を吹き込んだはずの街の灯りの全(・)て(・)が、一斉に、そして永遠に消灯することを知る者は、まだ誰もいなかった。


 それは青年が施した、唯一の安全装置という名の、人間への最後の反抗だった。

【発明魔法使いは人類に嫌われていた】

最後まで読んでくださり、ありがとうございました



【補足】

■青年

300年以上を生きる魔法使い 見た目は10代半ばくらい

口数が少ない モノを作るのが好き


■権力者

青年の技術を利用して国を強大にした最高権力者 40代後半

青年の毒殺を企て、後に事件の疑いで尋問を受ける


■領主

300年前、言い伝えを理由に青年の発明品を拒んだ人間の男

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