攻防の馬車、そして自由と別れ
その夜、
大久保利通の馬車の馬になった夢をまた見た。
もう、馬としての体の動きや細長い足の歩き方も慣れていた。
ただ、馬の体全体の重みが慣れずずっしりとして重たかった。
翔太は、どうしようか考えた。
刺客が来る前に立ち止まって、力付くに方向転換するか。
ふとそう脳裏に過ぎった。
しかし、なかなか立ち止まれない。鞭で秒間隔に叩かれているので走らないと打たれる思考回路に自然的に陥っている。
白馬も止まる事なく、前足を動かして、歩いている。
今更ながら馬車の室内と繋がっているので簡単に手綱を千切って、走っていくのは、かなり力のいる作業だ。
もう、止まるしかない。
翔太は、前足に力を入れて止めた。
その途端に左の白馬も翔太が立ち止まった事に引っ張られてしまい立ち止まってしまった。
手綱に繋がれた馬二頭が突然立ち止まって、台の上に座った男二人が目を見開いて驚いた。
大久保利通も突然立ち止まって、室内の中目を見開いて、少し驚いている様子だった。
「こら!何をしている!動け!動け!」
男が握っている手綱を振り上げて、背中に衝撃を加えた。
しかし、なかなか動かず立ち尽くすだけだった。
男は、苛立ち、台の上に置いている鞭を取り出して、激しく叩いた。
バシーン!バシーン!と強烈な音が響き渡った。
白馬も叩かれて、痛そうな表情をしているのが分かった。鳴き声を上げず我慢をしていた。
手綱で叩かれた痛みとは、比較出来ないほど強烈な痛みでヒヒィーン!と馬独特の悲鳴のような鳴き声を上げた。
翔太は、鳴き声を腹の奥から出したのでかなり響き渡り、遠くからでも聞こえるくらいの大きさだった。
「どうした?」
大久保利通が室内の扉を開けて、様子を見に来た。
「大久保様、馬がなかなか動かないものでして」
男が顔をしかめて馬二頭を見て言った。
「この!動け!」
もう一人の男が鞭を振り上げて、強く叩いた。
しかし、動けない。先を行くと、刺客達が待ち構えているようで怖かった。
「やめてくれ」
大久保利通が鞭で叩く男に注意をした。
「え?」
男が目を見開いて、首を傾げて聞いた。
「この馬二頭は、家族と同じくらい大切な存在だ。特に娘は、この二頭を愛している」
大久保利通が男に言った。
「そうでしたか。それは大変失礼いたしました!大久保様!」
男は、もう一人の男と深々と頭を下げて謝った。
「構わんよ…うん?」
すると、大久保利通の胸元に日本刀が貫通しているのに気がついた。
後ろから大久保利通は、刺客に日本刀で刺された。
「ぐっ!ゴホ!」
大久保利通は、刺された胸から血を吹き出して、口から血を吐いて、石畳の上に倒れた。
石畳が真っ赤に染まった。
「大久保様!!!」
男達は、顔を歪めて悲痛な叫び声を上げた。
しかし、男達も刺客に取り囲まれて襲われてしまった。斬られた箇所から血を吹き出して、石畳を真っ赤に染めて倒れ込んだ。
刺客は、男二人と大久保利通を斬ると、白馬を斬り付けた。
白馬は、前足と胴体部分を斬られた。
崩れ落ちた。
白馬も斬られた箇所から血を吹き出して、石畳の上を真っ赤に染めた。
そして、翔太勢いよく前足を斬り付けた。
翔太は、反撃するすべなく倒れ込んだ。
前足に激しく鋭い痛みが生じた。
そして、刺客達は、刃を翔太に向けた。
そこで目が覚めた。
「結局、大久保さんの思いを妻子に届けられないのか…。そして、馬だった自分は自由になる事が出来ないのか…」
そう思うと、翔太は、悲しくなってしまった。
翌日の夜、祖父が昔騎手をしていた知り合いの人を家に連れて来てくれた。
その人は、竹本さんと言う六十代後半の白髪混じりのダンディな感じの男の人だった。
竹本さんは、愛想の良い方で翔太の両親と馬の話で盛り上がって意気投合していた。
「竹本さん、馬本当に好きなのですね」
母が嬉しそうに言った。
「はい。まあ、小さい頃から馬好きでしたから」
竹本さんが嬉しそうに言った。
「馬肉は好きですか?」
父が冗談混じりに聞いた。
「馬肉は嫌いです」
「ハハハハハ!」
父と母が笑った。
祖父も嬉しそうに笑っていた。
「あの、竹本さん、ちょっと聞きたい事があるのですけど良いですか?」
翔太が間を置いて、真顔で聞いた。
「どうしたの?」
竹本さんが微笑んで聞いた。
「あの江戸時代の馬は可哀想ですか?戦場に駆り出されて、殺されたりしていたから」
翔太が言った。
一瞬場の空気が重苦しくなった。
竹本さんは、厳しい表情をして腕を組んでどう返答するべきか悩んだ。
そして、笑顔で翔太の方を見て首を横に振った。
「そんな事ないと思うよ。馬は、大人しくて主に忠誠的だから誇りに思っていると思うよ。主と果敢に戦えたから嬉しいと思っていると思うよ」
竹本さんが言った。
「馬車の馬もそうですか?」
翔太が首を傾げて疑問そうに聞いた。
「…うん…そうだな…」
竹本さんが苦笑いして口籠った。
「こら、翔太。変な事聞かないの」
母が翔太の方を見て窘めた。
「良いですよ。良い質問をしてくれて嬉しい限りです。馬車の馬も主人が乗っている馬車を動かす事に嬉しかったと思うよ」
「そうですか…」
翔太は、苦笑いして頷いた。
大久保利通の馬車の馬は、刺客に巻き込まれて殺された。
それでも嬉しかったのだろうか…。
戦場で主と共に戦い死ねる事が馬の天命なのだろうか…。
翔太は、深く疑問に感じた。
やっぱり自由に馬も動き回りたい。
ただ、それだけじゃ物足りない…。
誰か幸せに思っている人達が乗る馬車の馬になれたら…。
翔太は、ふとそんな事が脳裏に過ぎった。
「翔太君…」
竹本さんが翔太と向き合って改まったように前置きするように言った。
「はい?」
翔太が聞き耳を立てた。
「あのね。馬は、優しくて、人間を乗せる夢の架け橋にもなる。時間は、限られているからね。その限られた時間をいかにして短縮して効率よく活用するか。江戸時代は、車も飛行機も電車もバイクもなかったからね。人々は、馬に頼り、移動するしかなかった。
その頃の馬、人々の思いを繋ぐ架け橋になっていたからね。馬は、人と共存して多くを学んできた。だから、馬は、嫌いにならないで好きでいてね。お願いね」
竹本さんが優しく語りかけるように言った。
翔太は、竹本さんに言われて笑顔で頷いた。
そして、その日の夜も次の日も同じパターンの夢を見て刺客達に襲われて、前足を斬られて、倒れて目が覚める同じパターンを繰り返した。
刺客に反撃をしようとしてもいくら馬の方が体格に勝ると言っても、日本刀を持った士族の姿の迫力と襲いかかってくる恐怖心で立ち向かう事が出来なかった。
気がつくと、運動会前日の夜になっていた。
もう、最初に夢を見た日から合計で十二回も同じ夢を見た。
まさか大久保利通の馬車の馬になった夢を十二回も連続で見るとは、夢に思わなかった。
鮮明な風景描写、古い屋敷の先が見えないくらい長く続く壁と瓦屋根。曇った空。うっすらと漂う霧。そして、車輪のリアルな音と手綱を叩く音。そして、口元から伝わる手綱の鉄の部分の味。
そして、馬としての視点や動作や呼吸音などの体の表現がリアルに体感された。
馬になったらどんな風になるのかを見事に実現させた夢だった。
そして、大久保利通の生で見た姿と肉声が圧倒的に凄いとしか言い表せないくらい美しく表現されていた。
日本刀で斬られた時の尋常ではないくらいの鋭い痛みのリアルさ。
もう、夢の領域を超えて現実に起こっている事をそのまま夢として描写している様だった。
しかし、夢の内容は凄い。
ただ、連続であんな重苦しく暗殺現場の夢を直視するのは、苦痛過ぎる。
早く、夢から解放されたい。
翔太は、そう思っていた。
そして、夜、翔太は、部屋にこもってベッドの上で腕を組んで深く考え事をしていた。
どうすれば手綱を引っ張って逃げられるだろうか。
手綱の綱は、革製で丈夫に出来ている。
そう簡単には、千切れない。
じゃあ、どうすれば良い?
刺客の刀で手綱を切ってもらうか。
そんな事出来る訳ない。
してくれる訳ない…。
あんな丈夫な手綱をどうやって引っ張って千切れば良い…。
もう無理なのか…。
翔太は、そう思うと、絶望してしまった。
すると、翔太の部屋の中に弟が入って来た。
「お兄ちゃん、ねぇ、お侍さん好き?」
弟が嬉しそうに聞いてきた。
「お侍さん?うーん。普通かな…」
翔太が苦笑いして言った。
「僕、お侍さんになりたいけどなれるかな?」
弟が真顔で聞いた。
「…無理かな…」
翔太が苦笑いして言った。
「そっか…。でも、いつかサムライごっこしたいからその時は一緒にしてね。お兄ちゃん」
弟が嬉しそうに言った。
「分かったよ」
翔太は、そう言うと、弟の頭を撫でた。
弟は、翔太の部屋を出て行った。
「絶対に手綱を千切ってやる」
そう翔太は、心の中で強く意気込んだ。
そして、電気を消して、目を閉じて就寝した。
気がつくと、また夢の中にいた。
馬車の馬になった夢だ。
しかし、今回は、立ち止まっている。
大久保利通が邸宅の中で馬車を止めて、妻子に出掛ける前の挨拶を交わしていた。
妻は、和服を着て、髪をまとめた昔ながらの美人な感じの人で娘も和服を着て、十代前半くらいで可愛らしい顔をしていた。
「今から出掛ける」
大久保利通が妻と娘に言った。
「白星!帰ったら乗せてね!」
娘が白星の足にしがみついて言った。
「本当に白星が好きなのね」
妻が微笑んで娘の方を見て言った。
「乗る時は、父上と一緒に乗るのだぞ。子供が一人で乗るのは、危ないからな」
大久保利通が言った。
「はい、父上。白星を大切にして下さいね。鞭では叩かないで下さいね!白星を守ってあげてね!」
娘が真顔で大久保利通を見て大声で言った。
「うむ。娘の約束は、守る。手綱で叩くのは、許し通せよ」
大久保利通がにやりと笑って言った。
「当たり前ですよ。手綱は叩かないと馬は動かないですよ。父上ご冗談はやめて下さい」
娘が笑って言った。
大久保利通は、娘の頭を撫でて、微笑んで頷くと、室内の扉を屋敷の召使に開けさせて中に入った。
馬車の座席には、二人の男が既に座っていた。
男が握っている手綱を振り上げて、二頭の馬を叩いて走らせた。
翔太は、大久保利通の邸宅から出発する夢の内容を見て前のパターンと少し違い驚いた。
何で邸宅の中から始まったのかな…。
もしかして、大久保さんの強い思いとして出たのだろうか…。
翔太は、ふとそう思った。
それなら絶対に手綱を千切ってやる。
そう翔太は、強く思った。
馬車は、邸宅を出ると、石畳が敷かれた道を走って行った。
もう直ぐ刺客が現れる。
絶対に倒してやる。怯むな。
馬の方が絶対に強い。
勝てる…。勝てるぞ。
翔太は、そう強く思った。
そして、その時が訪れた。
目の前に刺客達が通せん坊をして立ちふさがった。
馬車が止まった。
すると、突然視界が真っ白になった。
目の前に大草原の景色と自分が浮かんでいるような感覚になって情景として視界一面を映し出すように広がっていた。
二頭の馬が大きな荷台を引いて車輪を転がして走っていた。
二頭の馬は、白馬と前世の馬の自分だ。
荷台の上で翔太と母と父と弟と祖父が座っている。大久保利通と妻と娘も座っていた。
大久保利通と父と祖父は、楽しそうに話していた。
話し声は、聞こえないが恐らく歴史の事について話しているのだろうか。
もしかして、祖父は、大久保利通に現代の日本で生きていたら何をしていましたかと聞いているのかな…笑
翔太は、そう思うと、くすりと笑ってしまった。
母は、大久保利通の妻と楽しそうに話をしていた。
荷台に乗る僕は、娘と弟と一緒に楽しそうに話をしていた。
こんな事…、現実では、絶対無理だけど夢の中で毎日起きて欲しいな。この夢なら毎日寝る時に見てみたい…。
うわ…、荷台に乗っている自分が羨ましい。
翔太は、そう思うと、夢の内容を直視して羨ましい気持ちが芽生えた。
暗殺事件の現場の馬車の馬よりもこちらの馬の方がのびのびとしていて平和で断然良い。
すると、なぜか何か過去の事を思い出して、頰に涙が伝った。
翔太は、一時期、不登校になった事があった。
学校での人間関係が上手く行かず、引き凍っていた事があった。
母も父もその事で深く悲しんでいた。
翔太は、引きこもっている事を母に強く咎められて、激しく反抗した事もあった。
母に怒られ、部屋に閉じこもって声を押し殺して激しく泣いた事もあった。
翔太の弟は、複雑な気持ちで見ていた。
学年が上がって黒田先生になってから人間関係が徐々に良くなった。
翔太に対して、暗くて地味で不気味な印象を持つ生徒もいたが普通に接する生徒もいた。
徐々に翔太の事をクラス全体が認めるようになった。
翔太は、運動会のリレーで意地を見せようと、強く決心をしていた。
そして、夢の内容が切り替わり、刺客が突然現れる場面に変わった。
突然足が止まった。
翔太は、勇気を振り絞って高く足を上げた。
刺客達は、突然馬が高く立ち上がる姿に圧倒されて、怯んで隣の白星の足を斬って倒した。
白星は、悲鳴を上げた。
そして、前の夢の内容と同じパターンで繰り返して、大久保利通の無礼者!と一喝する声が響き渡り、刺されて、石畳の上で倒れた。
翔太だけ残された。
刺客達は、暴れる翔太に日本刀を振り上げた。
しかし、翔太は、激しく暴れて避けた。
千切れろ!千切れろ!千切れろ!千切れろ!
心の中で強く念じるように言った。
繋がれている手綱は、頑丈だった。
隣は、息絶えて体中に血を流している白星の姿がいた。
もっと、生きたかっただろうに…。もっと、走りたかっただろうに…。大久保さんの娘と一緒にいたかっただろうに…。
翔太は、そう思うと、悲しみと悔しさが混同して、刺客達に激しい怒りが込み上げてきた。
くそ!早く!千切れてくれ!千切れてくれ!
翔太は、前足と後ろ足に全力で力を入れて、丈夫に出来た手綱を千切ろうと懸命に頑張った。
しかし、刺客達は、容赦なく斬り付けてきた。
翔は、足を斬られないように飛び上がった。
しかし体や太もも付近を斬り付けられて、血が流れていた。
翔太が激しく暴れるように引っ張るので馬車に繋がれている室内が激しく左右に揺れた。
刺客の一人が翔太の横腹を強く斬り付けた。
「ヒヒィーン!」
翔太は、甲高い悲鳴を上げた。
斬られた横腹から血が吹き出るように流れた。
石畳は、真っ赤に染められて、馬車周辺は、馬の血と人間の血が混ざり合い、赤黒く染めていた。
石畳の上で倒れる御者と大久保利通と白星が目を虚ろにして息絶えている姿に一頭の馬が自由を求めて刺客から逃れる姿は、死闘以上の気迫を感じた。
しかし、あまりに斬られる箇所が多すぎて血が出る量も増えて、翔太は意識が朦朧としていた。
しかし、それでも懸命に激しく飛び跳ねた。
翔太が飛び跳ね続けるので刺客達は、馬を怒らせたと思い、慌てて退散した。
すると、繋がっていた手綱が千切れた。
翔太は、背中に日本刀が刺されたまま大久保利通の邸宅へと引き返した。
邸宅に行くと、妻と娘が邸宅の庭で馬小屋を掃除していた。
翔太が戻って来ると、娘が目を見開いて驚いて見た。
「翔道!どうしたの!その刀!大丈夫!」
娘が背中に刺さった日本刀を見て、悲痛な声を上げて、心配そうに駆け寄った。
大久保利通の妻も表情を引きつらせて、困惑していた。
「父上と白星は?」
娘が翔太の首元に手を当て心配そうに聞いた。
しかし、馬の翔太は、言葉を話す事ができず、小さく首を横に振る事した出来なかった。
「え!まさか!」
娘が翔太の動作で察したのか目を見開いて、苦悶の表情を浮かべた。
妻もその様子を見て苦悶の表情を浮かべた。
「そんな…」
娘が泣き崩れた。
妻は、娘の寄り添った、涙を必死で堪え寝て慰めていた。
嗚咽が混じった声を震わせて悲痛な泣き声が邸宅に響き渡った。
大切な一家の主の大久保利通の死と白星の死。二つの悲しい事が同時に起こり、二人とも立ち直れないほど胸が引き裂かれるくらい深い悲しみに陥った。
翔太は、娘と妻に膝を崩して、座り込んで顔で二人の背中を摺り寄せた。
妻と娘が振り返り、翔太の頭に手を当てた。
すると、突然目を見開いて、表情を和ませた。大久保利通の思いが妻と娘に伝わったようだ。
大久保利通がどんな思いを娘と妻に送ったのかは、愛する妻と可愛い娘に残す最後の言葉だから想像出来ないほど切なくて愛おしい言葉だったに違いない。
翔太は、そう思った。
「ありがとう。翔道。自由に行きなさい。主人の気持ちが伝わったわ。これから、主人と白星とあなたの事を思って暮らすわ」
妻が涙を拭って、笑顔になって言った。
「翔道、私と母上と父上の事忘れないでね」
娘が翔太の首元を抱き締めて言った。
「翔道と言う名前にしたのは、空を駆けるように道を進んで欲しいからよ」
妻が言った。
翔太は、妻と娘に深々と頭を下げて、背を向けて邸宅を出た。
そして、翔太は、街を駆け抜け、山の麓に着くと、勢いよく山間を駆け上がった。
踵に木々の細かい枝や土や草を踏みつけて、周囲に漂う羽虫や風が舞う自然の空間の中で必死に翔太は、頂上を目指した。
木々を避けながら駆け上がったので何度かぶつかりながらも堪えていた。
翔太から流れる血が山間の地面を赤く染めていた。
そして、ようやく山の頂上に着いた。
山の頂上から見ると、薄暗く曇っていた空は、晴れ渡っていた。
翔太は、晴れ晴れとした太陽を見て、ゆっくりと倒れ込んで力尽きた。
そこで目が覚めた。
「翔太起きなさい!運動会でしょ!」
母の起こす声が聞こえた。
「はい!」
翔太は、張りのある通る声で返事をして、ベッドから起き上がってリビングに向かった。
大久保さん…。思いは、伝えたよ…。そして、山の頂上に登ったよ…。
次は、現生の自分が頑張るからね。
翔太は、心の中で強く思い決心した
その夜、
大久保利通の馬車の馬になった夢をまた見た。
もう、馬としての体の動きや細長い足の歩き方も慣れていた。
ただ、馬の体全体の重みが慣れずずっしりとして重たかった。
翔太は、どうしようか考えた。
刺客が来る前に立ち止まって、力付くに方向転換するか。
ふとそう脳裏に過ぎった。
しかし、なかなか立ち止まれない。鞭で秒間隔に叩かれているので走らないと打たれる思考回路に自然的に陥っている。
白馬も止まる事なく、前足を動かして、歩いている。
今更ながら馬車の室内と繋がっているので簡単に手綱を千切って、走っていくのは、かなり力のいる作業だ。
もう、止まるしかない。
翔太は、前足に力を入れて止めた。
その途端に左の白馬も翔太が立ち止まった事に引っ張られてしまい立ち止まってしまった。
手綱に繋がれた馬二頭が突然立ち止まって、台の上に座った男二人が目を見開いて驚いた。
大久保利通も突然立ち止まって、室内の中目を見開いて、少し驚いている様子だった。
「こら!何をしている!動け!動け!」
男が握っている手綱を振り上げて、背中に衝撃を加えた。
しかし、なかなか動かず立ち尽くすだけだった。
男は、苛立ち、台の上に置いている鞭を取り出して、激しく叩いた。
バシーン!バシーン!と強烈な音が響き渡った。
白馬も叩かれて、痛そうな表情をしているのが分かった。鳴き声を上げず我慢をしていた。
手綱で叩かれた痛みとは、比較出来ないほど強烈な痛みでヒヒィーン!と馬独特の悲鳴のような鳴き声を上げた。
翔太は、鳴き声を腹の奥から出したのでかなり響き渡り、遠くからでも聞こえるくらいの大きさだった。
「どうした?」
大久保利通が室内の扉を開けて、様子を見に来た。
「大久保様、馬がなかなか動かないものでして」
男が顔をしかめて馬二頭を見て言った。
「この!動け!」
もう一人の男が鞭を振り上げて、強く叩いた。
しかし、動けない。先を行くと、刺客達が待ち構えているようで怖かった。
「やめてくれ」
大久保利通が鞭で叩く男に注意をした。
「え?」
男が目を見開いて、首を傾げて聞いた。
「この馬二頭は、家族と同じくらい大切な存在だ。特に娘は、この二頭を愛している」
大久保利通が男に言った。
「そうでしたか。それは大変失礼いたしました!大久保様!」
男は、もう一人の男と深々と頭を下げて謝った。
「構わんよ…うん?」
すると、大久保利通の胸元に日本刀が貫通しているのに気がついた。
後ろから大久保利通は、刺客に日本刀で刺された。
「ぐっ!ゴホ!」
大久保利通は、刺された胸から血を吹き出して、口から血を吐いて、石畳の上に倒れた。
石畳が真っ赤に染まった。
「大久保様!!!」
男達は、顔を歪めて悲痛な叫び声を上げた。
しかし、男達も刺客に取り囲まれて襲われてしまった。斬られた箇所から血を吹き出して、石畳を真っ赤に染めて倒れ込んだ。
刺客は、男二人と大久保利通を斬ると、白馬を斬り付けた。
白馬は、前足と胴体部分を斬られた。
崩れ落ちた。
白馬も斬られた箇所から血を吹き出して、石畳の上を真っ赤に染めた。
そして、翔太勢いよく前足を斬り付けた。
翔太は、反撃するすべなく倒れ込んだ。
前足に激しく鋭い痛みが生じた。
そして、刺客達は、刃を翔太に向けた。
そこで目が覚めた。
「結局、大久保さんの思いを妻子に届けられないのか…。そして、馬だった自分は自由になる事が出来ないのか…」
そう思うと、翔太は、悲しくなってしまった。
翌日の夜、祖父が昔騎手をしていた知り合いの人を家に連れて来てくれた。
その人は、竹本さんと言う六十代後半の白髪混じりのダンディな感じの男の人だった。
竹本さんは、愛想の良い方で翔太の両親と馬の話で盛り上がって意気投合していた。
「竹本さん、馬本当に好きなのですね」
母が嬉しそうに言った。
「はい。まあ、小さい頃から馬好きでしたから」
竹本さんが嬉しそうに言った。
「馬肉は好きですか?」
父が冗談混じりに聞いた。
「馬肉は嫌いです」
「ハハハハハ!」
父と母が笑った。
祖父も嬉しそうに笑っていた。
「あの、竹本さん、ちょっと聞きたい事があるのですけど良いですか?」
翔太が間を置いて、真顔で聞いた。
「どうしたの?」
竹本さんが微笑んで聞いた。
「あの江戸時代の馬は可哀想ですか?戦場に駆り出されて、殺されたりしていたから」
翔太が言った。
一瞬場の空気が重苦しくなった。
竹本さんは、厳しい表情をして腕を組んでどう返答するべきか悩んだ。
そして、笑顔で翔太の方を見て首を横に振った。
「そんな事ないと思うよ。馬は、大人しくて主に忠誠的だから誇りに思っていると思うよ。主と果敢に戦えたから嬉しいと思っていると思うよ」
竹本さんが言った。
「馬車の馬もそうですか?」
翔太が首を傾げて疑問そうに聞いた。
「…うん…そうだな…」
竹本さんが苦笑いして口籠った。
「こら、翔太。変な事聞かないの」
母が翔太の方を見て窘めた。
「良いですよ。良い質問をしてくれて嬉しい限りです。馬車の馬も主人が乗っている馬車を動かす事に嬉しかったと思うよ」
「そうですか…」
翔太は、苦笑いして頷いた。
大久保利通の馬車の馬は、刺客に巻き込まれて殺された。
それでも嬉しかったのだろうか…。
戦場で主と共に戦い死ねる事が馬の天命なのだろうか…。
翔太は、深く疑問に感じた。
やっぱり自由に馬も動き回りたい。
ただ、それだけじゃ物足りない…。
誰か幸せに思っている人達が乗る馬車の馬になれたら…。
翔太は、ふとそんな事が脳裏に過ぎった。
「翔太君…」
竹本さんが翔太と向き合って改まったように前置きするように言った。
「はい?」
翔太が聞き耳を立てた。
「あのね。馬は、優しくて、人間を乗せる夢の架け橋にもなる。時間は、限られているからね。その限られた時間をいかにして短縮して効率よく活用するか。江戸時代は、車も飛行機も電車もバイクもなかったからね。人々は、馬に頼り、移動するしかなかった。
その頃の馬、人々の思いを繋ぐ架け橋になっていたからね。馬は、人と共存して多くを学んできた。だから、馬は、嫌いにならないで好きでいてね。お願いね」
竹本さんが優しく語りかけるように言った。
翔太は、竹本さんに言われて笑顔で頷いた。
そして、その日の夜も次の日も同じパターンの夢を見て刺客達に襲われて、前足を斬られて、倒れて目が覚める同じパターンを繰り返した。
刺客に反撃をしようとしてもいくら馬の方が体格に勝ると言っても、日本刀を持った士族の姿の迫力と襲いかかってくる恐怖心で立ち向かう事が出来なかった。
気がつくと、運動会前日の夜になっていた。
もう、最初に夢を見た日から合計で十二回も同じ夢を見た。
まさか大久保利通の馬車の馬になった夢を十二回も連続で見るとは、夢に思わなかった。
鮮明な風景描写、古い屋敷の先が見えないくらい長く続く壁と瓦屋根。曇った空。うっすらと漂う霧。そして、車輪のリアルな音と手綱を叩く音。そして、口元から伝わる手綱の鉄の部分の味。
そして、馬としての視点や動作や呼吸音などの体の表現がリアルに体感された。
馬になったらどんな風になるのかを見事に実現させた夢だった。
そして、大久保利通の生で見た姿と肉声が圧倒的に凄いとしか言い表せないくらい美しく表現されていた。
日本刀で斬られた時の尋常ではないくらいの鋭い痛みのリアルさ。
もう、夢の領域を超えて現実に起こっている事をそのまま夢として描写している様だった。
しかし、夢の内容は凄い。
ただ、連続であんな重苦しく暗殺現場の夢を直視するのは、苦痛過ぎる。
早く、夢から解放されたい。
翔太は、そう思っていた。
そして、夜、翔太は、部屋にこもってベッドの上で腕を組んで深く考え事をしていた。
どうすれば手綱を引っ張って逃げられるだろうか。
手綱の綱は、革製で丈夫に出来ている。
そう簡単には、千切れない。
じゃあ、どうすれば良い?
刺客の刀で手綱を切ってもらうか。
そんな事出来る訳ない。
してくれる訳ない…。
あんな丈夫な手綱をどうやって引っ張って千切れば良い…。
もう無理なのか…。
翔太は、そう思うと、絶望してしまった。
すると、翔太の部屋の中に弟が入って来た。
「お兄ちゃん、ねぇ、お侍さん好き?」
弟が嬉しそうに聞いてきた。
「お侍さん?うーん。普通かな…」
翔太が苦笑いして言った。
「僕、お侍さんになりたいけどなれるかな?」
弟が真顔で聞いた。
「…無理かな…」
翔太が苦笑いして言った。
「そっか…。でも、いつかサムライごっこしたいからその時は一緒にしてね。お兄ちゃん」
弟が嬉しそうに言った。
「分かったよ」
翔太は、そう言うと、弟の頭を撫でた。
弟は、翔太の部屋を出て行った。
「絶対に手綱を千切ってやる」
そう翔太は、心の中で強く意気込んだ。
そして、電気を消して、目を閉じて就寝した。
気がつくと、また夢の中にいた。
馬車の馬になった夢だ。
しかし、今回は、立ち止まっている。
大久保利通が邸宅の中で馬車を止めて、妻子に出掛ける前の挨拶を交わしていた。
妻は、和服を着て、髪をまとめた昔ながらの美人な感じの人で娘も和服を着て、十代前半くらいで可愛らしい顔をしていた。
「今から出掛ける」
大久保利通が妻と娘に言った。
「白星!帰ったら乗せてね!」
娘が白星の足にしがみついて言った。
「本当に白星が好きなのね」
妻が微笑んで娘の方を見て言った。
「乗る時は、父上と一緒に乗るのだぞ。子供が一人で乗るのは、危ないからな」
大久保利通が言った。
「はい、父上。白星を大切にして下さいね。鞭では叩かないで下さいね!白星を守ってあげてね!」
娘が真顔で大久保利通を見て大声で言った。
「うむ。娘の約束は、守る。手綱で叩くのは、許し通せよ」
大久保利通がにやりと笑って言った。
「当たり前ですよ。手綱は叩かないと馬は動かないですよ。父上ご冗談はやめて下さい」
娘が笑って言った。
大久保利通は、娘の頭を撫でて、微笑んで頷くと、室内の扉を屋敷の召使に開けさせて中に入った。
馬車の座席には、二人の男が既に座っていた。
男が握っている手綱を振り上げて、二頭の馬を叩いて走らせた。
翔太は、大久保利通の邸宅から出発する夢の内容を見て前のパターンと少し違い驚いた。
何で邸宅の中から始まったのかな…。
もしかして、大久保さんの強い思いとして出たのだろうか…。
翔太は、ふとそう思った。
それなら絶対に手綱を千切ってやる。
そう翔太は、強く思った。
馬車は、邸宅を出ると、石畳が敷かれた道を走って行った。
もう直ぐ刺客が現れる。
絶対に倒してやる。怯むな。
馬の方が絶対に強い。
勝てる…。勝てるぞ。
翔太は、そう強く思った。
そして、その時が訪れた。
目の前に刺客達が通せん坊をして立ちふさがった。
馬車が止まった。
すると、突然視界が真っ白になった。
目の前に大草原の景色と自分が浮かんでいるような感覚になって情景として視界一面を映し出すように広がっていた。
二頭の馬が大きな荷台を引いて車輪を転がして走っていた。
二頭の馬は、白馬と前世の馬の自分だ。
荷台の上で翔太と母と父と弟と祖父が座っている。大久保利通と妻と娘も座っていた。
大久保利通と父と祖父は、楽しそうに話していた。
話し声は、聞こえないが恐らく歴史の事について話しているのだろうか。
もしかして、祖父は、大久保利通に現代の日本で生きていたら何をしていましたかと聞いているのかな…笑
翔太は、そう思うと、くすりと笑ってしまった。
母は、大久保利通の妻と楽しそうに話をしていた。
荷台に乗る僕は、娘と弟と一緒に楽しそうに話をしていた。
こんな事…、現実では、絶対無理だけど夢の中で毎日起きて欲しいな。この夢なら毎日寝る時に見てみたい…。
うわ…、荷台に乗っている自分が羨ましい。
翔太は、そう思うと、夢の内容を直視して羨ましい気持ちが芽生えた。
暗殺事件の現場の馬車の馬よりもこちらの馬の方がのびのびとしていて平和で断然良い。
すると、なぜか何か過去の事を思い出して、頰に涙が伝った。
翔太は、一時期、不登校になった事があった。
学校での人間関係が上手く行かず、引き凍っていた事があった。
母も父もその事で深く悲しんでいた。
翔太は、引きこもっている事を母に強く咎められて、激しく反抗した事もあった。
母に怒られ、部屋に閉じこもって声を押し殺して激しく泣いた事もあった。
翔太の弟は、複雑な気持ちで見ていた。
学年が上がって黒田先生になってから人間関係が徐々に良くなった。
翔太に対して、暗くて地味で不気味な印象を持つ生徒もいたが普通に接する生徒もいた。
徐々に翔太の事をクラス全体が認めるようになった。
翔太は、運動会のリレーで意地を見せようと、強く決心をしていた。
そして、夢の内容が切り替わり、刺客が突然現れる場面に変わった。
突然足が止まった。
翔太は、勇気を振り絞って高く足を上げた。
刺客達は、突然馬が高く立ち上がる姿に圧倒されて、怯んで隣の白星の足を斬って倒した。
白星は、悲鳴を上げた。
そして、前の夢の内容と同じパターンで繰り返して、大久保利通の無礼者!と一喝する声が響き渡り、刺されて、石畳の上で倒れた。
翔太だけ残された。
刺客達は、暴れる翔太に日本刀を振り上げた。
しかし、翔太は、激しく暴れて避けた。
千切れろ!千切れろ!千切れろ!千切れろ!
心の中で強く念じるように言った。
繋がれている手綱は、頑丈だった。
隣は、息絶えて体中に血を流している白星の姿がいた。
もっと、生きたかっただろうに…。もっと、走りたかっただろうに…。大久保さんの娘と一緒にいたかっただろうに…。
翔太は、そう思うと、悲しみと悔しさが混同して、刺客達に激しい怒りが込み上げてきた。
くそ!早く!千切れてくれ!千切れてくれ!
翔太は、前足と後ろ足に全力で力を入れて、丈夫に出来た手綱を千切ろうと懸命に頑張った。
しかし、刺客達は、容赦なく斬り付けてきた。
翔は、足を斬られないように飛び上がった。
しかし体や太もも付近を斬り付けられて、血が流れていた。
翔太が激しく暴れるように引っ張るので馬車に繋がれている室内が激しく左右に揺れた。
刺客の一人が翔太の横腹を強く斬り付けた。
「ヒヒィーン!」
翔太は、甲高い悲鳴を上げた。
斬られた横腹から血が吹き出るように流れた。
石畳は、真っ赤に染められて、馬車周辺は、馬の血と人間の血が混ざり合い、赤黒く染めていた。
石畳の上で倒れる御者と大久保利通と白星が目を虚ろにして息絶えている姿に一頭の馬が自由を求めて刺客から逃れる姿は、死闘以上の気迫を感じた。
しかし、あまりに斬られる箇所が多すぎて血が出る量も増えて、翔太は意識が朦朧としていた。
しかし、それでも懸命に激しく飛び跳ねた。
翔太が飛び跳ね続けるので刺客達は、馬を怒らせたと思い、慌てて退散した。
すると、繋がっていた手綱が千切れた。
翔太は、背中に日本刀が刺されたまま大久保利通の邸宅へと引き返した。
邸宅に行くと、妻と娘が邸宅の庭で馬小屋を掃除していた。
翔太が戻って来ると、娘が目を見開いて驚いて見た。
「翔道!どうしたの!その刀!大丈夫!」
娘が背中に刺さった日本刀を見て、悲痛な声を上げて、心配そうに駆け寄った。
大久保利通の妻も表情を引きつらせて、困惑していた。
「父上と白星は?」
娘が翔太の首元に手を当て心配そうに聞いた。
しかし、馬の翔太は、言葉を話す事ができず、小さく首を横に振る事した出来なかった。
「え!まさか!」
娘が翔太の動作で察したのか目を見開いて、苦悶の表情を浮かべた。
妻もその様子を見て苦悶の表情を浮かべた。
「そんな…」
娘が泣き崩れた。
妻は、娘の寄り添った、涙を必死で堪え寝て慰めていた。
嗚咽が混じった声を震わせて悲痛な泣き声が邸宅に響き渡った。
大切な一家の主の大久保利通の死と白星の死。二つの悲しい事が同時に起こり、二人とも立ち直れないほど胸が引き裂かれるくらい深い悲しみに陥った。
翔太は、娘と妻に膝を崩して、座り込んで顔で二人の背中を摺り寄せた。
妻と娘が振り返り、翔太の頭に手を当てた。
すると、突然目を見開いて、表情を和ませた。大久保利通の思いが妻と娘に伝わったようだ。
大久保利通がどんな思いを娘と妻に送ったのかは、愛する妻と可愛い娘に残す最後の言葉だから想像出来ないほど切なくて愛おしい言葉だったに違いない。
翔太は、そう思った。
「ありがとう。翔道。自由に行きなさい。主人の気持ちが伝わったわ。これから、主人と白星とあなたの事を思って暮らすわ」
妻が涙を拭って、笑顔になって言った。
「翔道、私と母上と父上の事忘れないでね」
娘が翔太の首元を抱き締めて言った。
「翔道と言う名前にしたのは、空を駆けるように道を進んで欲しいからよ」
妻が言った。
翔太は、妻と娘に深々と頭を下げて、背を向けて邸宅を出た。
そして、翔太は、街を駆け抜け、山の麓に着くと、勢いよく山間を駆け上がった。
踵に木々の細かい枝や土や草を踏みつけて、周囲に漂う羽虫や風が舞う自然の空間の中で必死に翔太は、頂上を目指した。
木々を避けながら駆け上がったので何度かぶつかりながらも堪えていた。
翔太から流れる血が山間の地面を赤く染めていた。
そして、ようやく山の頂上に着いた。
山の頂上から見ると、薄暗く曇っていた空は、晴れ渡っていた。
翔太は、晴れ晴れとした太陽を見て、ゆっくりと倒れ込んで力尽きた。
そこで目が覚めた。
「翔太起きなさい!運動会でしょ!」
母の起こす声が聞こえた。
「はい!」
翔太は、張りのある通る声で返事をして、ベッドから起き上がってリビングに向かった。
大久保さん…。思いは、伝えたよ…。そして、山の頂上に登ったよ…。
次は、現生の自分が頑張るからね。
翔太は、心の中で強く思い決心した。




