プロローグただの小学生吉岡翔太
五時間目の社会の授業。
小学六年生の吉岡翔太は、一番前の席に座ってクラスメート達と一緒に先生の授業を聞いていた。
翔太は、目が悪いので先生に特別に一番前の中央の席に座らせてもらっていた。
翔太は、背が低くて眼鏡を掛けていて、暗い存在だった。
アニメオタクでよくその事がクラスの男子生徒からからかわれていた。
女子生徒からも不気味がられていた。
もう直ぐ秋の運動会が始まる。
クラス対抗のリレーのアンカーに何故か翔太に決まってしまった。
クラスのみんなは、アンカーという一番責任感を背負うのが嫌で翔太にアンカーになるように強引に押し付けたのだ。
翔太は、仕方なく承諾した。
翔太は、あまり足が速くない。遅くもないが普通より下のレベルだ。
翔太は、来週の日曜日に運動会が始まる。
翔太は、その事をずっと気にしていた。
すると、担任の黒田先生が黒板に大久保利通とチョークで大きく書いた。
黒田先生は、二十代前半の若い男の先生だ。
フレッシュな感じの先生で生徒からも人気のある先生だ。
「みんな、この人知っているかな?」
黒田先生が教科書を見て言った。
皆、教科書に写真として載せられている、細長い顔をして、左右の頬の端まで立派な髭を蓄えた威厳を漂わせる男の白黒写真を見て、ポカンとした表情をして首を傾げた。
まるでこの人誰だと言った顔をしている。
「誰ですか?先生、この人?」
クラスで一番成績の良い小松彩音が手を上げて聞いた。
「この人は、大久保利通です。有名な歴史の偉人です」
黒田先生が言った。
「大久保利通?何した人ですか?」
クラスで二番目に成績の良い山田慎二手を上げて聞いた。
「はい。大久保利通は、近代日本の基盤を築き上げたり、明治時代の政治に尽くして、廃藩置県や版籍奉還を進めたりして、明治政府に貢献した時代の立役者だよ。西郷隆盛の盟友だよ」
黒田先生が笑顔で説明した。
「西郷隆盛!あの、犬と銅像になっている大きな人だよね!」
クラス一のお調子者の竹内信弥が手を上げて興奮するよう胸を躍らせて嬉しそうに聞いた。
「そうだよ。その通りだ。竹内君、落ち着こうね」
黒田先生が微笑んで言った。
「…すいません…」
信弥が苦笑いして頷いた。
その様子を見て、クラスのみんなは、くすりと笑った。
「まあ、西郷隆盛の幼馴染と覚えてくれたら分かるかな。凄い人なのは、確かだからまた明日にその事教えます。それでは、今日は、社会の授業は、ここで終了。掃除を始めて終わったら帰る準備をして下さい」
黒田先生が黒板消しで黒板に書かれた大久保利通の白字を消した。
皆、黒田先生に向かって起立をして礼をして、各担当の掃除場所へと向かった。
帰りの会が終わり、翔太は、一人で寂しそうに家に帰っていた。
すると、後ろから翔太の隣のクラスの六年二組の松井達彦と藤原光がにやにやと笑いながら翔太に近付いた。
そして、翔太の肩に手を回した。
二人とも背が高く細身だが体格も良く小学生ながらスポーツマンのような引き締まった体型をしていた。
「やあ、翔太君、運動会の調子はどう?」
光が不敵な笑みを浮かべて上から目線の口調で聞いた。
「…は?知らないよ…」
翔太は、苦笑いして首を横に振った。
「俺らにリレーで勝てると思ったら大間違いだぞ。俺達は、陸上クラブに所属していて、去年の全国大会では、三位に入賞しているからね。達彦何か二位だからな。そんな俺達にリレーで勝てると思っているのか?アンカーは、達彦だからね。お前のような才能のないただの人間が勝てると思ったら大間違いだぞ」
光が強気な態度で言って、まるで翔太がアンカーになって自分達に挑んでいるように勝手に思われて敵対心を見せつけられていた。
「別に…、僕は、走りたくない…」
翔太が苦笑いして首を横に振った。
「そうか!ハハハハハ!それは良いぜ!俺達に勝とうと思っていると思ったが自分が無能な人間だと認めるのかよ!」
光が豪快に笑って、翔太の肩を強くバンバンと叩いた。
そして、二人は、嘲笑うように翔太を見て、早々と背を向けて走って立ち去っていた。
ランドセルを背負っていても足は、早くまるでチーターのようだった。
翔太は、二人の威圧的なオーラーに圧倒されて縮こまっていた。
もう、二人のオーラーに怯んで対抗出来ないように気持ちで押されていた。
もう、光と達彦は、普通の小学生ではない。
実力は、本物だ。小学生の全国陸上大会で二位と三位に入賞している。今年の陸上大会でも優勝候補と陸上関係者から言われている。しかも一位とは、僅差だ。
将来の日本の陸上界を背負う二人だ。
凡人の翔太には、絶対に敵わない。
運動会のアンカーは、彼らのクラスが優勝する。
翔太の六年一組のクラスは、負ける。
六年の学年は、全部で四クラスあるが、二組には、絶対に勝てない。
もう、結果は見えている。
翔太は、もう運動会のリレーの事などのどうでも良かった。
そして、翔太は、自分自身の事が嫌いだった。
運動も出来ず、勉強も出来ない、
絵が上手い訳でもない。文章が得意な訳でもない。
マジシャンのように派手なマジックを披露する事も出来ない。
ましてやプロ野球選手やサッカー選手にもなれない。
ただのオタクな小学生。
そう自分で勝手に悲観して名付けて強く思い込み自分自信を苛み悔しがっていた。
自分は、正義のヒーロになれるのだろうか。
生まれわかったら何か凄い生き物になれるだろうか。
翔太は、ふとそんな事を考えた事があった。
なれる訳ない。
絶対にそんなのに…。
そんな夢幻な事ある訳ない。
“ヒヒーン…”
すると、何か馬の鳴く声が微かに耳の奥を静かに伝わるように聞こえたような気がした。
翔太は、慌てて辺りを見渡した。
しかし、車道で走る自動車の排気ガスを撒き散らしてけたたましいエンジンの轟音しか聞こえてこなかった。
翔太は、気のせいだと思って家へと帰って行った。




