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【時は少し溯る】
やはりウィルフォードは、ベティニアを好きなようだ。
でも前に私を好きだと伝えた手前、自分から言い出せないのだろう。
だから私は婚約を解消しようと決めたのだ。
好きな人には、本当に好きな人と一緒になってもらいたい。
なんでもっと早くに、ウィルフォードを好きだと認められなかったのか。
認めていたら、今とは違う未来になっていたのか・・・。
そんな事を未練がましく考える自分にも、うんざりする。
だから、早々に解消する方が、お互いの為だと思ったのだ。
そして、そうと決めた私の行動は早かった。
学園から帰宅し、父の執務室へと向かう。
「お父様。今よろしいですか?」
部屋から返事があったので入室すると、口角を上げ、柔らかい笑みを浮かべた父が、迎えてくれたのだ。
「珍しいな。どうしたんだ?」
「・・・実は、ウィルフォード様との婚約を解消して欲しいのです」
それを聞いた父は、先程とは打って変わって、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「昨日、部屋から出て来なかったのは、そう言う事か。
だが、最近は上手くいっていたのではないか?」
昔の事を父が知っているとは思わず、驚いてしまった。
それが顔に出ていたのだろう。
父が再び、口を開いたのだ。
「そんな顔をしなくても大丈夫だ。
エルが、殿下から酷い態度を取られていた事は知っていたんだよ。
・・・私も、そろそろ潮時かと思っていたんだがな。
でも最近は、以前とはまるで違い、仲睦まじかったろう?
今になって、一体何があったんだ?」
優しい父の声に、涙が溢れる。
昨日、あれだけ泣いたのに、まだ涙が出て来るなんて・・・。
それから父は、私が泣き止むまで『大丈夫だ』と優しく語りかけてくれたのだった。
そうして、落ち着いてからは、ウィルフォードとの事を全て話す事にしたのだ。
私と居るより、ベティニアと居る時の方が楽しそうな事。
跪き、ベティニアの手を握っていて、とても親密な関係に見えた事。
ベティニアに近づこうとすると怒る事。
そして、きっとウィルフォードはベティニアを好きな事・・・。
話している時も感情が昂り、また泣いてしまった。
けれど、父は真剣に最後まで聞いてくれたのだ。
「だからね、お父様。
・・・私、婚約を解消しようと思うの。
・・・期待に沿えず、ごめんなさい」
すると、そんな私の手を握り、父は安心させる様に微笑んで答えてくれたのである。
「婚約解消はいつでも出来るから安心しなさい。
だが、フェアリエルの気持ちはどうだ?
殿下の事をどう思っているのか、教えてくれないか?」
私は一瞬言葉に詰まってしまった。
でも、この気持ちを本人には伝えられないのだから、せめて、誰かに知って欲しいと思い、父に打ち明けたのである。
「・・・・・・前々から気付いていたのに認められなかったの。
・・・私、ウィルが好きなのよ」
「そうか。話してくれてありがとう。
婚約解消の件だが、もう少し待ってみないか?」
すると、思ってもみなかった返事に、なんて答えたら良いのかが分からず、呆然としてしまう。
だが、父には考えがあって待てと言っている事は分かるので、父の意見に同意したのだ。
その後、父はする事があると言って執事に何かを頼み、私は部屋で休むようにと言われたのであった。
しばらく部屋で過ごしていたら執事がやって来て、応接室にウィルフォードが来ていると言うではないか。
父から、私とウィルフォードで話すようにとの伝言を持って来てくれたのだ。
今更、何を話せば良いのか分からない。
だが、父の指示の為、応接室へと向かったのである。
入り口に立ち、深呼吸をしてからノックをする。
執事が扉を開け、一緒に入室しようとした時『フェアリエルと2人きりにしてほしい』とウィルフォードが言ったのだ。
私は執事に目で合図を送ると、少し扉を開けて執事は退出して行った。
2人だけの空間は図書室以来だ。
久しぶり過ぎて緊張する。
私が入り口付近に立っていると、ウィルフォードが椅子から立ち上がり、こちらへとやって来たのだ。
思わず驚いて、ビクッとしてしまった。
目の前に立ち、そんな私の様子を見たウィルフォードは、沈痛な面持ちでこちらを見ている。
「フェアリエル、婚約を解消したいと公爵から聞いたんだ。
・・・俺は、何かしてしまったんだろうか?」
私には、どうしてそんな顔をしているのかが分からない。
辛いのはこっちなのに・・・。
「・・・・。
ウィルはベティを好いているのでしょう?」
声が震えそうになるのを必死で抑える。
こんな事を本人の前で言わされるなんて、どんな拷問だ。
心の中に怒りが沸々と沸いて来る。
そして、私は俯き、下唇を噛んだのだった。
「ベティニアとは、そう言う関係じゃない。友人だ」
あの距離が友達?
・・・何を言っているの?
ここまで来て、シラを切り通す事に、私の怒りの糸がプツンと切れた。
「じゃあ、昨日中庭で2人がしていた事はなに?
私、見てしまったのよ。
貴方がベティの手を握って跪いている所を。
・・・友達?
っそんなウソつかないで!
余計に惨めになるじゃない。
私の事が邪魔なら、邪魔だって言ってくれた方がマシだわ!」
私の怒りに気圧されたウィルフォードが、小さく『違う、そうじゃない』と言っているが、そんなの、もうどうでも良い。
これ以上、コケにされてたまるか!
それからも、私の猛攻は続く。
この際、全てを吐き出して綺麗さっぱり忘れたい。
私は思い付く限りの、嫌だった事を全てウィルフォードへとぶつけたのだ。
可愛さ余って憎さ100倍よ!!
「————だからね、もう婚約を解消をしましょうって言っているの。
私に拘る必要はもうないでしょ?
・・・・って、聞いてるの!?」
そう言ってウィルフォードの顔に目を遣ると、瞳からポロポロと涙が溢れていた。
予想外の出来事に度肝を抜かれた私は、ウィルフォードの顔を凝視しながら唖然とする。
どうして良いか分からず、まごまごしていたら、ウィルフォードが私の両腕を掴み、自分の額を私の肩に乗せて来たのだ。
・・・・え?
今までにない近さにビックリしていると、ウィルフォードが静かに口を開いたのである。
「ずっと、君だけが、好きなんだ。
出会った頃から、君以外、欲しくないんだよ。
・・・・信じてくれ」
そう言って、はらはらと泣くウィルフォードを見ると、嘘を言っているとは思えなかった。
ウィルフォードの言葉に、先程まで感じていた怒りが凪いで行くのが分かる。
私は、泣き止まないウィルフォードの頭を優しく撫でたのだ。
すると、そのまま強く抱きしめられ『ありがとう』とウィルフォードが呟いたのだった。
しばらくして、離れていくウィルフォードに、名残惜しさを感じながらも、撫でる手を止めたのだった。
そして、お互い落ち着いたので、ソファに横並びで座り、これまでの事、これからの事を話した。
ウィルフォードはベティニアを友人としか見ていない事。
異性として見ていないので、気安く接していた事。
ベティニアに近づくなと言ったのは、理由がある事。
そして、傷付けているとは思いもしなかった事を謝られたのだ。
「ウィルが言う理由とはなに?」
「・・・・。
それは、俺の口からは言えない。
ベティニアの許可がなければダメなんだ」
私は余程の事だと思い、何も言わずにただ、頷いた。
すると、ウィルフォードが言いづらそうにソワソワし始め、躊躇いがちに口を開いたのだ。
「・・・・・。
それと、俺も聞きたいんだが、フェアリエルは、いつから俺の事を好きになってくれたんだ?」
!?・・・え?
何故、知っている!?
と脳内がパニックになったのだが、よくよく考えると、先程怒りに任せて言ったような気がする・・・。
決まりが悪い告白に眩暈がするが、この際、ちゃんと気持ちを伝える事にしたのだ。
「結構前からよ。
・・・・認めるのに時間が掛ってしまったけれど。
私は、ウィルが好きよ」
ウィルフォードは私の手を握ると『思いを返してもらえる事が、こんなに嬉しいなんてな』と感極まっている。
そう言うウィルフォードの手が少し震えていた。
その後の話は、ベティニアに事情を話しても大丈夫なのかを確認すると言うウィルフォード。
それと今度、二人が初めて出会った、ローズガーデンへ行く事を決めたのだった。
それから、ウィルフォードは余程嬉しいのか、終始私の手を握り、片時も離れようとはしない。
エントランスを出ても帰ろうとしないので、私はもう一度抱きしめて『また、明日ね』と囁くと、名残惜しそうにして馬へ跨り帰って行ったのだった。
「エル?殿下は帰ったのか?」
すると、タイミング良く父が母を伴って庭からやって来たのだ。
2人の仲の良い姿に、子供ながらに嬉しくなる。
けれど、いつからそこに居たのかしら?
抱擁しているところを見られていたら、流石に恥ずかしい。
「ええ。
あの、お父様達は、いつからそこにいらっしゃるのですか?」
「うん?ああ。ちょうど今だよ。
その顔は、殿下と上手く行ったんだな」
そう言って私を見た後に、母を愛おしそうに見つめている。
「良かったわね、エル」
母もとても嬉しそうだ。
2人の様子を見ていた私は、やはり、さっきの事を見られていたのだと悟ったのである。
【穴があったら入りたい】
前世の諺が頭に浮かんだのであった。




