ドミニク・ハーパー視点
「あなた、行ってらっしゃい!
お仕事頑張ってね!
ほら、メリッサ?お父さんに行ってらっしゃいのご挨拶をしましょうね」
そう言って、妻のエマが娘のメリッサを抱き上げ、『バイバイね』と話し掛けている。
すると、メリッサが「ばぁばい」と拙い言葉で言って、手を振ってくれたのである。
俺はメリッサをエマから受け取り『上手に挨拶できたな!じゃあ行ってくるよ』と伝え、頬にキスを落とす。
1歳半になるメリッサの頬は、ムチムチとしていて、とても柔らかいのだ。
そうして、メリッサを下ろして立たせると、お気に入りのお包みを引きずりながら、部屋へと戻って行ったのだった。
娘は、ご令嬢から頂いたお包みを毎日引きずりながら持ち歩いている。
1番のお気に入りなのだ。
では、早速。
俺はドミニク・ハーパー。
しがない男爵家の三男として生を受けた。
家と爵位を継ぐのは当然、兄だ。
三男の俺はスペアにもなれない。
なので、セントラルオーサム学園卒業後に、父の伝手で王宮護衛騎士の仕事に就く事になったんだ。
そして仕事を始めてすぐの頃、第三王子の婚約者を馬車から王宮へと案内する事を任されたのである。
新人の俺が、任される仕事ではないと思うだろう?
だが、うちの男爵家はしがないが、名だけは古くからある由緒正しい家系なんだ。
だから、信用でこの仕事を任されたのだろう。
【フェアリエル・クリーヴランド公爵令嬢】
俺からしたら雲の上の存在だ。
初めて見た時は、同じ人なのかと思う程、人間離れをした容姿をしていて、ビックリした事を今でも覚えている。
そして、【運命の日】と、俺は呼んでいるのだが、その日は雨が降っていた。
いつも通りにエスコートをしようとしたら、ご令嬢が足を踏み外し転倒してしまったのだ。
・・・俺は焦った。
作り物のような方だから、強く握っては壊れてしまうと思い、添えるようにエスコートをしていたのが、ダメだったのかもしれない・・・。
後悔先に立たずだ。
俺は、すぐに声を掛けたが、全く反応がない。
それで、馬車に乗り込み確認したんだ。
すると、気を失っているのか、転んだままの状態だったので、即座に王宮医を呼び、診断を仰いだのである。
「脳震盪だろう。動かしても大丈夫だ」
そう言われた時の安堵感と言ったら、半端では無かった。
そして俺は、目覚めた時に自宅の方が安心すると思って、公爵邸へ事の経緯を知らせるようにしたんだ。
それから俺は、失礼ながらも、ご令嬢を横抱きに抱え上げ、馬車の椅子へ座り、公爵邸へと急いだ。
馬車がゴトゴトと揺れる中。
ご令嬢が小声で何かを呟き、一粒の涙を流したのだ。
本当は拭ってあげたかったのだが、両手が塞がっている俺には、どうにもならない。
それに、泣いている所を知らない男に見られるのも嫌だろうと思い、そっと目を逸らしたのであった。
そうして、公爵邸の門をくぐり、しばらくすると、屋敷が見えて来たのである。
入り口の前には執事と侍女達が待機していたので、俺は執事にご令嬢を任せる事にしたんだ。
行きは公爵家の馬車に乗せてもらったので、帰りは徒歩になる。
執事からは、馬車を出すと言われたが、とても、そんな気分ではない為、お断りしたのだ。
・・・はあ。マズイ事になった。
俺の首が飛ぶかもしれない・・・。
今、歩いている道が、地獄へと向かう道の様な気がして気が滅入る。
俺は、トボトボと歩きながら王宮へと向かったのであった。
そして、言うまでも無いが、その日は生きた心地がしなかったのである。
【次の日】
ご令嬢が目を覚まされたと風の噂で聞いた。
何とか首の皮、一枚繋がったと思った俺は、特に何の音沙汰もないので、そう思う事にしたんだ。
それから少し時は経ち、ご令嬢が元気な姿で王宮へとやって来た。
俺は嬉しかった。
そしてご令嬢は、お詫びと言い、お菓子をくれたのだ。
その後、先日の事件が、人命救助に貢献したとして騎士爵まで頂いてしまった。
この出来事は、俺の不運でもあり、転機だったのだと思ったんだ。
そして、その後に知った事なのだが、ご令嬢が俺の汚点ではないと話し、尽力してくださった事も風の噂で流れて来たんだ。
本当に、感謝してもし足りない。
俺の今の幸せは、ご令嬢のおかげと言っても過言ではないだろう。
そうして考え事をしていると、早く感じられるのか、もう王宮へと到着した。
いつも見張りだけをしている訳ではない。
訓練の日もあるのだ。
そして、今日がその日である。
訓練の講師は、日によって変わるんだ。
いつも一緒だと、マンネリになったり、講師の贔屓でイジメが起こる可能性があるからなのだろう。
そして今日の講師は、ご令嬢の兄、アディエル・クリーヴランド公爵令息だ。
とても強いと、騎士の間でも有名な方なのだ。
俺も何回か教えて頂いたが、ご令嬢と同じように、同じ人間だとは思えない程に強くて美しい。
俺は男に興味はないが、男の俺でも美しいと思う容姿をしている。
クリーヴランド家の血筋はすごいなと、改めて思わざるを得ない。
すると・・・。
あれ?今日はもう一人講師がいるのか?
ご令息の後ろに、少し小柄な青年がいる。
良く見ると頭に耳。
そして尻尾まで生えているではないか。
・・・。
先日、告示された内容を思い出す。
あれが獣人か?本当にいるんだな。
俺には関係ない話だと思っていたが、まさか、こんなに早く顔を合わせる事になるとは思わなかった。
そう思った俺は、人とどこが違うのか、まじまじと見てしまった。
他の騎士もそうなのだろう。
みんなジッと青年を見ている。
すると、ご令息が話し始めたのだ。
「こんにちは。何回か講師をしているから、知っている者が大半だと思うが、念のため自己紹介をするよ。
今日の講師を務める、アディエル・クリーヴランドだ。
よろしく。
それと、僕の助手でアルマ・ニコネスだ」
紹介されると、後ろにいた青年が、ご令息の横に並び、笑顔で挨拶を始めたんだ。
「こんにちは、ご紹介に預かりました。
アルマ・ニコネスと申します。
本日は、どうぞよろしくお願い致します」
・・・すごいな。普通に話してる。
しかも、ご令息にも劣らない容姿をしているじゃないか。
そんな事を考えていると、ご令息が周りを見回し、口を開いたんだ。
「アルマはとても強いよ。
君達の想像を遥かに超えると思うので、しっかりと学んでほしい。
それでは始めようか」
その後、一言で言うと、アルマさんはすご過ぎた。
そして色々話してみると、人と変わらない普通の青年だったのだ。
種族が何だと言うのだろう。
気にしていた俺が、とても小さい人間に思える。
他のみんなもそうみたいで、訓練が始まり2.3時間で打ち解けていた。
それから訓練が終わり、着替えをしている時間、今日の話しになったんだ。
「クリーヴランド公爵令息様もそうだが、アルマさんもすごかったな!」
「俺なんて、攻撃が全く当たらなかったよ」
「俺もだ。また講師として来てくれないかな」
「確かに。今日の訓練は楽しかったな!」
そんな話しで盛り上がったのだった。
それから家へと帰り、妻と娘が迎えてくれる。
「とうちゃ」
「ああ。メリッサ、ただいま」
相変わらず、ウサギのお包みを引きずり回していた。
「あなた、お帰りなさい。今日のお仕事はどうだった?」
「エマ、ただいま。
今日の訓練は、すごかったんだぞ!」
と一日の話を妻にしたのだった。
それを聞いた妻は「アルマさんに会ってみたいわ」なんて言っていた。
アルマさんが講師として来る日があれば、エマとメリッサを訓練所へ招待しようかな。
と、そんな事を考えるドミニクであった。
そして、余談だが。
ご令嬢から頂いたお包みは、ちゃんと洗濯しているのだろうか・・・。
いつ見ても、メリッサは持っているのだ。
俺はどうしても、気になりエマに聞いてみた。
「エマ?
メリッサのお包みは、いつ洗濯しているんだ?」
「お包み?メリッサがお昼寝をした時に洗濯してるわよ。
やあねぇ、洗濯しない訳ないでしょ?」
それを聞き、また疑問が浮上する。
「起きるまでに、乾くのか?」
すると、メリッサの目が(あなた、何を言っているの?)みたいな感じになったのだ。
そして、仕方なさそうに話し始めたのである。
「ウサギのお包みは2枚頂いたじゃない。交代で使っているのよ」
・・・何だ?・・・それは?
「・・・2枚、だと?
知らないぞ。俺は1枚しかもらってないが」
「やだ、伝えたじゃない。あなたがフェアリエル様に、お包みのお礼を言ったのでしょう?
その後に、【そんなに気に入ってくれたのなら嬉しいです。洗濯で大変だろうから、もう一枚送ります】と、お手紙と一緒に届けてくださったのよ」
「・・・そうだったのか?
全然記憶にないんだが・・・」
だって、2枚存在している所を見た事がないんだ。
そんな俺の疑問に気付いたエマが、答えてくれたのだった。
「ちゃんと伝えたわよ。
・・・でも、メリッサには、同じ物と思わせないと騒ぐから、あえて1枚しかないと思わせているわね」
「・・・そうなのか?」
「ええ。
前にメリッサが好きだったハンカチの事、覚えてる?
同じ布で2枚縫ったでしょう?取り替えようとすると嫌がったじゃない。
私達からは、同じ物に見えるけど、メリッサには違う物に見えているのかもね?
だから、寝ている時に、コッソリ替えているのよ」
仕事以外は、いつも家に居るのに、全く気が付かなかった・・・。
それは父として、どうなんだ?
もっと、育児に参加しなくてはダメだな、と改めて思ったのである。
「そうだったんだな。
遅くなったが、今度、フェアリエル様にお礼を伝えておくよ。何かお返しをしたいので、用意しておいてくれないか?」
「分かったわ。お会いしたら、よろしく伝えておいてくださいね」
1年半越しに分かった事実にビックリしたが、ご令嬢の気遣いに、またしても、感嘆としてしまった。
彼女はきっと、俺にとっての幸運の女神なんだろう。
そう思わずには、いられなかったのであった。




