第69話. バーゼルスタイン・コンクエスト
「おい」
大領主ベッカードは振り向き、従者に低く重い声をかける。
すぐさま声をはりあげ返事を返す青年従者。その間には緊張の雰囲気が漂う。
ベッカードは続けて言葉を重ねた。
「娘を迎えに行かせろ」
「・・・!い、今ですか!?」
暫しの間をおいて従者は尋ねる。魔物との戦が重要な局面にあり、無理もなかった。
「今だからこそだ。ハエどもは駆除されあちらに気を削がれておる。今のうちに愛娘……フィオリナをここに連れて参れ」
「ご本人様は・・・」
「『迎えに行かせる』と伝えている。この国でも最高級の護衛をつけてな」
「・・・!」
(フィオリナ様はご同意なさらなかったのか……そしてこのお方は……今このために、"バーゼルスタイン・コンクエスト"のトップランカーを……!)
従者が屋敷の大窓から外へ目をやると、鋭き刃携え重厚なる装備に身を包む、錚々たるたる面々が整列している。
それは軍隊の様相さながらであった。
"バーゼルスタイン・コンクエスト”──
星見の国 アルテアはその見通しの良い地理の特徴からも、土地を隔てるものが少ない、そして、資源にも比較的富んでいる地であることもあり、その歴史において領土を分かつような大規模な戦乱は他のアストリアに属する国ほどは起こってこなかった。
更に、ヴェスパの侵略が始まる直前までの、手を取り合う平和なアストリアが訪れてからは、その軍事力は主に魔物への討伐にあてたもの──縮小傾向にあった。
そのため、軍をつかい町や村、交通の確保を全面的に防衛することはできず、古くから代々受け継がれてきた領主が名乗り出た冒険者を私設軍隊として登録し、冒険者はそれに応じた報酬と地位を授かることができる。
即ち、アルテアの国は、軍事・そして政治において、"領主"が直接介入しうるほどに大きな影響力を持っている。
その中でも最も大きな領土、最大の権力を有するのがこの"バーゼルスタイン家"である。
その私設軍"バーゼルスタイン・コンクエスト"は冒険者からなる軍隊として正規のアルテア軍に匹敵するほどの力を有していた。
「そ・・・それでは直ちに──」
「くれぐれも!」
若き従者の言葉に台詞を重ねるようにしてベッカードは忠告した。
「迎えにあの汚らわしい“風の魔法”は使うなよ……?」
「・・・・・・!」
(そう……フィオリナ様のお迎えに転送魔法は使えない……)
「何が"自由"の意思だ。あの若造に自由は与えん、一切な!」
(このお方は、娘様の交際相手のすべてを忌み嫌っている!)
「承知しております。ベッカード様」
「それで良い。このクエストには、最高の報酬を用意してある。楽しみにしておくように伝えろ」
「かしこまりました」
(誰にも邪魔はさせん。私がその気になれば、残った町や軍は呼吸を止めるのだ)
「そうだ、もう一つ──」
ベッカードは大きな長机に積もりあがった書類に目をやる。
「そこに我が軍"バーゼルスタイン・コンクエスト"の行動計画資料がある。それをアルテア軍へ届けさせ、あの男……私からフィオリナを奪った下賤の輩、フィルナスの仕事量を更に3倍にさせろ」
「・・・!」
(領主様・・・そこまであの男を・・・!)
ベッカードはにやりと不気味な笑みを浮かべ、再びアルテアの城を眺める。
既に日は高く登りつつあった。
──
「は・・・話が違うぞ!!」
「大剛斧ガンザンさん、快天機械剣ゴルスナックさん、壊滅僧リヒテンザックさんもいねえ・・・!!」
(もう二度とない最高の機会だっていうのに・・・!これでは肝心な戦力が足らねえ!!)
兵士、そして戦いに参加した冒険者達は戸惑う。
アパノイア砦の内部で合流する筈の面々は、本来想定していた、この国でも頂点に位置する様な人員──この砦を解放に導いた強き者達はおらず、数も少なかった。
「いったいどういうことだ!?説明してくれ!!」
南の者は問う。そして北で待機していた者達は、答えた。
「すまない、どうやら全員は……来れない。俺たちは……これで君たちと戦う」
戦う意思はもっている。しかし、そこには軍事にも深く食い込む、最高権力たる大領主の介入がまじっていたのであった。
現在、アルテア最強の私設軍"バーゼルスタイン・コンクエスト”のトップは、大領主ベッカード本人の屋敷の防衛にあたっている──
──
「アリクス様!」
作戦司令室に駆け込む伝令。
「アパノイア側の戦力が一部、登録が偽られていました。想定していた人員はどうやらその場に待機していません」
「……あの男か……ベッカード……」
作戦司令部、現場と離れた場所からは、十分な兵力があたかも戦場で待機しているように見せかけられていた。司令室には名前が表示されるようになっており、それは今なお表面上は作戦に参加する意味の表示を示している。
(大領主 ベッカード=バーゼルスタイン……)
(その屋敷を直接防衛する私設部隊は、冒険者出身でありながらこの国の最高レベルの戦力だ)
(この作戦、ここで城を攻めるには重要な戦力たる彼らの協力が不可欠だった。彼は派遣を拒み続けたが、最後の最後に折れ、戦いに参加させることを約束したと思った──が、その権力を使い、このタイミングで自身の身を守らせるようあの地の者を偽らせたか……)
(……)
アリクスの脳裏によぎるアルテア、アストリアの戦乱の歴史。それは貴族と領主、王族が互いに血を流し奪い合い、騙し合う世界であった。
(こういうことは昔からあった。手を取り合うアストリアに至るまでの──古くから息巻いていた、戦いの水面下において互いに互いを化かし合う血みどろの時代に行われた名残りがまだ……息をしていたか)
「ベッカード様は私設部隊を使い、特殊任務を行う模様です。詳細は不明ですが……」
(戦闘への協力ではないだろう……。今になって彼との交渉は不毛……あれはそういう男だ)
(しかし・・・困ったことになった)
(敵の頭が……サリアニケスの討伐で事が済めば、まだ勝機はある)
(が、我々は急がねばならない……)
アリクスが戦場において映し出されるものとは別の、もう一つの映像・・・。
通信端末に映し出されるそれは、黒く塗りつぶされたような渦巻く暗黒の映像──それは城の内部から辛うじて伝えられ、断片的に、確実に大きくなる様が報告されていた。そして現在アリクスが目にしている最期の“配信”を送った後、通信は途絶えてしまっていた。
(どうやらサリアニケスの背後にとんでもない化け物がいる・・・・・・!!)
(急がねばならない・・・ここで退けば、更に取り返しのつかない事態になる!!)
(あれが──"受肉"し、体をもつ前に叩かねば!)
──
アルテア城の最上部。そこの宝物にまみれて、檻に囚われし者たち。それは着々と数をへらしていた。
その中に、次は自分の番かと、悲壮な表情を浮かべるアライグマが一匹埋もれて居る。
(もう……予備のバッテリーもすべて切れちまった……。捕まりながらの記録だけは残したかったが、もう配信どころか何もできねえ)
(なんとか、食料はもらえる……けどこのままじゃ!)
(このままじゃオイラは、あいつに喰われちまう……)
(あの、だんだん大きくなる……バケモノに──!)
AI非使用




