第5話. どんな女の子がタイプなの?
朝日が昇り、シルベニア城の町を照らす。
シルベニア城最上階の寝室──
小鳥がさえずり、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。アリシアは目を覚まし、支度を整えた。
今日は長い1日になる。
改めて、これからどう行動しようか…。
王女のドレスに身を包んだアリシアは鏡を見ながら考える。
やらないといけないことは沢山あるけど、順番を間違えないようにしないと。
まずは…。
最上階のテラス──
色鮮やかな沢山の花に囲まれた空間。シルベニアの町を見渡せる、私の好きな景色だった。
そして碧い鎧に大剣。穏やかな陽と風を受けるマント。既にスターユがそこにいる。
「アリシア様…」
振り返るスターユ。その心境は複雑そうだ。
一瞬安心したかのような顔をし、すぐに心配そうな表情を浮かべる。
敵にとって、私が最優先の標的となりえる事をスターユは理解している。
だからこそ、力を合わせなければならない。ただ、物理的に迫り来る敵に対応するのではなく、心を通わせて、こちらから行動し、戦わないと…。
空気が重い…。
何を話そう?
[昨日のことについて][これからの計画]
[スターユが敵の映像を見て思った事]
いくつか選択肢がある気がしたけど…。
私は…。
「ね、スターユってさ」
「どんな女の子がタイプなの?」
アリシアは上目遣いで微笑みかけ、スターユは目を丸くする。
「えぇっ!?え〜っと……え?……」
目が泳ぐスターユ。王国の最強がこんな風に戸惑うなんて。
アリシアはくすくすと笑った。
…
長い沈黙
突き抜けるような青空、雲がゆっくりと動き、
あたたかい風が吹き、花が揺れる。
…
「私は…」
「アリシア様のような方が…好き……です」
スターユの声は上擦り、見たこともないような表情をしていた。
「ぷっ・・・なにそれ?あははははは!」
アリシアはたまらず吹き出した
「わ、笑わないでくださいっ」
「ごめんごめん、笑うつもりはなかったんだけど、なんかおかしくって」
昨夜は色々考えて、悩んだけど…
何も深い事を考える必要はなかった。
何か、ほんのきっかけさえあればよかったんだ。
「ねぇ、付き合ってくれない?」
「え」
「昨日さ、おかしい人いたよね」
「ま、まぁ…」
「徹底的に調べないとね…。それに、私はたぶんこのままだと、きっと危ない目に遭う…」
スターユは黙ったまま俯く。
「だから、私のことを守ってほしいの」
「アリシア様…」
「スターユ…私ね、あなたのことを、この国で…いや、この世界で一番信頼してる」
「……!」
大きな身長差、お互いはまっすぐに見つめ合う。
スターユは驚いたような顔をしていたが、その意味を理解すると、力強い笑顔を返す。
「…は、はい!お守りします!この命に変えても!」
アリシアは再びたまらず吹き出し、笑ってしまう。
「もう、そんな喋り方しなくていいよ」
「え…あの」
「ま、少しずつでいいからさ。あと、私のことはアリシアでいいから」
(人前で王女を呼び捨てなんて…そんなこと、出来るわけがない…!)
「二人っきりの時にね」
「〜〜っ!からかわないで下さい!」
へなちょこになる王国最強に、くすくすと笑うアリシア。
さて、スターユくん。早速活躍してもらおう。
シルベニア城 牢獄──
本来、静かなはずの牢獄は騒然としていた。
昨日、スターユが映像記録を取り戻し、投獄したはずの賊。その3人ともが獄中で事切れていたらしい。
(遅かった…!)
看守や医師が死体を調査している。3人とも屈強な大男、鍛え上げられ、洗練された軍人の体格。何者かに雇われたのだろうか?所属に繋がる所持品はなく、身元不明のようだ。押収した装備はアストリア内で一般的に流通しているコモンな装備。他の盗品は金貨類、出来る限り足がつかないようになっている。
そしてどうも、死因は外からの攻撃ではない。首には締められた跡、そして衣服による輪が作られている。
信じ難いが、昨晩3人とも自分から命を絶った、という結論に至っていた。
「困ったわね…」
「そんな…」
異常な事態。
重要な手がかりを失ってしまった…。
これは偶然ではない、口封じだ。この不気味なやり口は、ギルドの帳簿の改竄、ギルドマスターの失踪を思い起こさせる。
これも、魔法のような、何か。だが、今回はいくら魔法とはいえ、他者に自分から命を絶たせるほどの強力な意志など常軌を逸している。
これはきっと魔法とはまた異なる類の能力。アリシアはそういった力の存在をよく知っていた。そういう意味では、ひとつの成果はあったかもしれない。
「戻ろ、スターユ」
「はい…」
「あと…」
「私、ご飯食べ損ねちゃって…お腹すいちゃった…。スターユもまだなら、一緒に食べよっか?」
スターユは頷く。
あの賊から映像記録を取り戻した際の、スターユが知っている情報…。スターユは精鋭クラスのミッションを受けて、正確に任務をこなした。どうやらこの賊の詳細は知らないようだった。
どうも、新しく覚えた、相手の動きを止め制するためのスキルを試したかったと。依頼内容の背景は当然のようにスッ飛ばしている。いつも通り、通常運転のこいつ。
(うーん、予想はしてたけど…スターユに聞くよりも、ミッションの依頼主をあたったほうが早いなこりゃ。あと、スターユのこのクセは早いうちに直してあげなきゃ。ただの戦闘狂じゃん、今のところ)
そして、昨日の会議ではおかしな点が幾つもある。
しかし、無理に探ると人間関係は一気に変わってしまう。
おそらく一人で行動し、犯人探しを始めると私は殺されていた可能性がある。
いや、あの敵の場合は死よりも、もっと非道な結末が待っている…。
敵の目的からして、私が死ぬような結末はむしろ阻まれるだろう。
戦うならそれなりに準備がいる…。そして恐らく、敵は何かの力でヒトを操ることができる。そいつの手がかりと、その能力の詳細を掴めれば…。
今は信頼できる人から…。
兵舎──
映像記録の前に、そもそもクラウはあの凄惨な現場を体験し、暫くはショックで口を聞けなかったとしても、ある程度は直接話したはずだ。
その内容が軍の中で掻き消されるのは、自然ではない。そこに加担者がいる。
「アリシア様!!え、スターユさんも…?」
クラウは目を丸くする。クラウは訓練の休憩の合間らしく、周りには一時休憩中の兵士たちが談話している。
「え、ええぇ〜〜!?」
何やらこちらを見て突然あたふたし始めるクラウ。
「だ、大丈夫?」
「あっあの!失礼ですけど、お二人って、そういうアレなんですか!?」
(…え?)
アリシアは一瞬頭がフリーズする。どうやって戦うかで頭がいっぱいで、こういうのは想定していなかった。私もスターユと大差ないのかもしれない。
「えぇ〜っと、これは…その、お仕事で…」
「お仕事…!そうなんですか、なんだか今のお二人、すっごいプライベートって雰囲気にみえて。だってお仕事中にこんな風にリラックスしてるスターユさんって初めてみました!アリシア様と一緒なのに…!」
「あ…」
指摘され、はっとするスターユ。
(スターユ…!それにしてもこういうのって一発でわかるものなのね…)
「えっと、その…」
スターユは目を逸らす。
「うわああああああ、スターユさんが赤くなってる!!大変だ~~!」
(スターユううぅ!たのむから真面目にやって!クラウもなんか昨日に比べてこの一瞬で随分元気になってるような…)
やっぱり戦闘以外ではまだあまりアテにできないか…。まぁ、今はそばにいてくれるだけでも大丈夫、随分心強い。
「あ、あの落ち着いて。普通にしてくれて大丈夫よ」
クラウは、知っている事を出来る限り話してくれた。
喋れるようになってからは、主に友人など身近な人と話していた。作戦のことも話したけど、魔物のことはあまり話したくなかった事もあってか、それほど積極的には言わなかった。
そして、重要な情報…しばらくして参謀からの聞き取りがあったという。
(リハル…)
「私、あの人のことはちょっと苦手で…」
(わかる…!)
「あなたは、確かに彼に話したのね?」
「はい」
まず、リハルの黒が確定した。クラウが兵舎で話した破滅的な作戦内容を、知っていた上での昨日のあの態度…。そもそもあの会議の時点でも、彼は知りすぎていて、最初の様子と明らかに矛盾していた。国の一大事に繋がる魔物に関する報告を、訊かれるまで放棄する参謀などいない…あれは意図的だ。
「あいつ…!」
スターユが憤る。
だが、リハルは必要だった情報も同時に提供してくれている。完全にこちらの敵として操られていたというより、本意じゃないのかもしれない。
そもそもリハルに他者を自害させる能力なんかないはずだし、単独で企てられるわけもない。本心では抗いたいけれど、誰かに脅されているのだろうか。敵の特性から、もし大切な人がいて、身の安全が保障されなかったら、従うほかないのかも。
ただ、確証もないし、事を起こすには情報がまだ足りない。
しかし、軍の参謀としての権限を持つリハルを止めずにこのまま戦争に突入すると、恐らく負けることになる。
「他には話した人はいないの?」
「他には…」
「レオニウス先生」
レオニウス。王国の生物研究所の室長で、この地だけでなく世界中を巡り、魔物を研究している。リゼットとは夫婦にあたり、つまりは、失踪したフランの父だ。活発に活動するフランの父だけあって、自ら進んで魔物の巣やハイレベルなダンジョンの奥深くに入り研究する超アグレッシブな研究者だ。研究者ながら、特殊な装備や魔法道具を活用した総合的な戦闘力、サバイバルスキルは精鋭クラスのトップにも引けを取らないだろう。
「先生には全部を話しました…」
「そう…なのね」
「あっ、先生のことは責めないであげてください。レオニウス先生は、そのあと、あの魔物は危険だ、早く駆除しろって、物凄い勢いで怒鳴りながら兵舎や軍の本部の中まで入ってきたりして叫んでまわってたんです」
(うわぁ…やりそう…)
「でも…」
「そのあと、何度かレオニウス先生は、療養していた私のところにも来てくれたんですけど」
「先生、元気がなくて…きいたら、大きく研究予算を削られたんだって。研究所から手記や手稿が次々無くなったり、凄く困っていたみたいでした…私が悪いような気がしてて」
(恐らく加担者の妨害があった…)
「あと、レオニウス先生はアリシア様にも会いたがっていました。直接話がしたいって何度も頼み込んでたらしいんですけど…」
(そんな話が…)
「その後、レオニウス先生はここへは来なくなりました。てっきり先生とアリシア様は既にお話をされていたのかと…」
(城への立ち入りを禁じたのだろう。私の許可なく、勝手に)
これは相当根が深い。レオニウス先生の行動が無視、妨害されるほどに城内は既に腐敗が進んでいる。加担者はリハルだけではない可能性が高いだろう…厄介だ。私が動く事で内部から崩壊…それこそ敵が望んでいることに他ならないだろう。戦争前に内部の分裂は避けたい。敵の準備が整って、こちらが仲間割れしたタイミングできっと奴らはくる。
「ありがとうクラウ。とても助かったわ」
アリシアは微笑み、スターユと共にその場を後にしようとする。
「あの!」
後ろからクラウが呼びかけ、二人は振り返る。
「?」
「お二人は!いつからそういう感じなんですかっ」
「え〜っと…」
(まぁ、昨日より元気になったみたいで良かった、クラウ)
シルベニア城下町前 城下門──
口髭を蓄え、髪を剃り上げたスキンフェードの大男が、一人の若い女性を両腕で抱えて、門の前へと立つ。
背中には巨大な戦斧に、大砲のような大筒。分厚い鎧の上から黒く旗めくローブを纏い、どうやら壮絶な戦いを繰り広げていたのか…ローブはボロボロで、ところどころ焼け焦げた跡や煤が付着している。そして、大きな荷物袋やケージからは虫の羽根のようなものや、腕や触角。そして奇妙な触手のような物体が覗けている。
大男が両腕で優しく抱える若き女性は眠っているのか意識を失っているのか、目を閉じている。素肌は直接厚手のローブにくるまれており裸足の状態だった。
「私だ」
「レオニウス先生…!」
守衛は驚き、戸惑う。
巨大な門がゆっくりと開く——
AI非使用




