第7話. 王家の血筋がもつ能力
[AI非使用]
王立研究所 生物部門―
急いで出ていこうとするフランを制止する。昔からこの子は冗談なのか本気なのかわからない瞬間がある。
(きっとまた、巣に…)
「ねぇ、フラン」
「?」
「どうしてあなたは、そんな危険なところに一人で行ったりしたの?」
アリシアが問いかける。無謀にも等しい行為、それなりに理由があるのだろうか。
「…」
やかましかったフランは目を伏せ、途端にしおらしくなった。
彼女は俯いたまま拳を握り―
「あたしの友達、まだ戻らないんだ」
フランが普段滅多に見せない、寂しそうな表情をアリシアに向けた。
「フラン…」
「リアンっていう女の子なんだけど、幼馴染の人とクエストいったっきり…。記録だと帰ってきてるはずなのにだれも見てないの。リアンのお父さんとお母さんもすごく心配してて…」
それで無謀なことを…。でも、これは対処が遅れた私たちにも責任がある。
「おそらく、その子はまだ生きている」
切り出したのはレオニウスだ。
「ほんと!?」
「ああ」
あの魔物に、ヴェスパと名付けたのは、レオニウス先生。
放置しておくと、時と共に人類の、ヒトが紡いできた歴史を塗り替えてしまう、『夕闇』…。
「基本的に、奴らのオスが人間の女性を攻撃によって傷つけることはありません、余程の生命の危険に晒されない限りは」
「よかった…あの子、虫は苦手だし臆病だから、無茶なことはしてないと思う」
「その子はきっと眠らされている」
レオニウスは部屋の隅においてあるケージを指差した。そこには触手のような物体、生きているのか、なにやら蠢いている…。
レオニウスによれば、『ソムニアス』と名付けられたあれは、ヴェスパと共生関係にあり、奴らの巣には必ずといっていいほど生えているという。あの分泌液には睡眠作用があり、捉えたものを眠らせながら栄養を供給し、生き長らえる。そのため、飲まず食わずだとしても、ソムニアスに捉えられている間は生命は維持されている。レオニウスは、フランを救出する際、おびただしい数のそれを見たが、フラン一人を助けるのが精一杯だったという。
「パパ…ごめん、なんか私、なにも考えてなくて」」
「…」
ヴェスパは人間の男には手段を選ばず、容赦なく殺しにかかってくる。そんな中から生還することができたのは、魔物を研究し知り尽くしてきた他ならぬ先生だからだろう。
「先生は、どうやって戦ったんですか?」
と、スターユが真剣な表情で尋ねた。
「…奴らの弱点は、火です」
(火…)
先生は、火炎を放つ大型の武器とありったけの魔法道具を使い、ほとんど使い切る直前でギリギリのところで生還した。火が弱点とはいっても、速度や運動性能、反射神経が尋常ではなく、闇雲に攻撃しても当たらない上に、地の利をうまく利用しなければ、ほぼ回避に終わるようだ。こちらの武具や道具を奪って使う知能をもつヴェスパに囲まれてしまうと、極めて危険だ…先生は隠密のための道具を使いつつ、回避しようがない構造をうまく活かしながら進み、生還した。
「私が知る奴らのことは、これに纏めてあります」
[レオニウス手記]―
この中には、先生が記したヴェスパのことと、ソムニアスの知る限りのことが纏めてある。
「ありがとうレオニウス、あと、先生から少し確認しておきたいの」
「先生は、さっきオスの…とおっしゃいましたけど、中にはメスもいるということ?」
「…私の推測で良ければ、ですが」
研究者らしく、推測としての発言を躊躇うレオニウス。だが、調査は極めて危険だし残された時間は多くはない。推測でも構わない、今は先生の意見がほしい。
「かまわないわ」
「虫と人間の中間のような姿をした個体、あれはほぼオスでしょう。各個体の姿と行動を観察して見出したもので、確証はありません。長年生物と魔物の生態と行動を見てきた私の勘のようなものです」
「じゃあ…もしそうだとすると、メスの個体はいったいどこかにいる…?」
「どこかには…申し訳ありません…私がみた中にはそれらしき個体ははっきりとは…」
レオニウスは顎に手をやり、考え込む。
「もしかすると、ですが」
切り出したのはスターユだ。
「関係があるかはわかりませんが、昨日の映像をみて、気付いたことがあります」
彼は昨晩遅くまで映像を繰り返し見ていた。戦闘やプロである彼からの意見は頼りになる。
「あの敵は、おそらく後方から誰かが指揮をしています」
(…!)
一同は驚く。武具や道具を奪う知能があるのはこれまで知らされている。
しかし、戦術を統率する者の存在を、彼は見抜いた。
「指揮…それって、多対1を狙うとか、陣形のようなもの?」
「ええ、最初、各々が本能に任せて戦うような敵だと思っていましたが、おそらく昨日の映像は、統率がとれていた」
「指揮…ですか」
考え込んでいたレオニウスが呟く。
「私は戦闘は専門ではないですが、言われてみれば…。指揮しているような個体は私も見たことはありません」
更に高い知能を持ち、指示を出している個体がいる、そいつがおそらくボス級…。
「その戦法に、特徴のようなものはある?」
「ええ…どうもクセがある戦い方でした。たしかに、どこかで見覚えがあるものなのです、すいません、あともう少しで思い出す気がするのですが…」
スターユは眉をひそめる。答えは出なくても十分お手柄だ。
(しかし、スターユくん、戦闘のことになると急によくしゃべるんだ…)
「なんにせよ、一個体だけ十分でも強いのに、統率がとれているとなると厄介ね…それに」
「おそらく、敵には魔法を使える奴もいる。人間なのか、虫なのかはわからないけど」
ギルドの改竄や自害した族。敵に魔法のような力を使う者は既にいる。
強い意志や願いを、心を通して現実に出力する力。
敵がそれを既に手にしている。
問題は何体いるか、その規模だ。
もし、そういった特殊な力を使えるのが、今のところ敵のボスだけならまだなんとかなる、
しかし下級クラスの一体一体もすでにそういった力を使えるようなら、かなり苦しい戦いになる。
仮に今は前者でも、このまま放っておけば…いずれはボス級の敵が繁殖を開始するか血筋を奪われるかして、子へと特殊な力をバラまくだろう。
「レオニウス、あなたが見てきた、巣にいた敵の中には、魔法が使える相手はいた?」
「いいえ、みていません」
ならば、きっと、まだ間に合う…。
「魔法…って、不思議な力みたいなやつだよね?私も使えるのかな?」
と、フランが興味津々に。
「スターユ、魔法を使うには、何が必要だったっけ?」
「はい、魔法は、強い意思や願いと、杖やアクセサリーなどの触媒、それと」
「血です」
「そう、強い気持ちと道具があっても、血筋がないと魔法は使えない」
アリシアは金剛石のブローチ握ると、もう片方の手のひらの上に、球状の小さな炎が浮かび上がった。フランはそれを見て、目を輝かせる。
「わっ火が出た、手品みたい!」
「魔法が使えるようになる血は、王家の血筋と、ほんのごく限られた家系。うちにある魔法を使った道具なんかはほとんど輸入したものね」
炎は揺らめき、回転し始め、どんどんと速度を増す。
「そして、王家の血筋には、魔法とは別に特別な能力が備わるの。これも心に応じて強くなる力」
「スターユは知ってると思うけど…。私の、王家の血筋の能力を説明しとくね」
アリシアの掌で浮かんでいた炎が一気に火力を増す。
手や、腕を包み込むほどに燃え盛る。熱がスターユやレオニウス、フランにも伝わった。
「わっ!!」
フラン、リゼットが口を覆う。
激しい炎はやがて消えた。
ノーダメージ―
アリシアの手や腕はやけど一つ負っていない。
さっぱりきれいな状態だ。
「心が折れない限り、私の体には炎が効かない。まー、それ以外のいろんな属性にも、まぁまぁな耐性はあるのだけどね」
「毒だとか眠らせるだとか、そういうのも基本大丈夫」
[揺るぎなき金剛石の意思] ―
敵意や悪意に揺らがない、気丈なる意思を動力源とし、火を始めとしたあらゆる属性や状態異常への耐性を発揮する、それがアリシアの王家の血筋に備わる能力だ。
「あと、スターユに比べたら大したことないけど、一応応用して攻撃もできるわよ」
アリシアは研究室の隅にある、戦闘スキルや武器の威力を試すための、魔法で組まれた大型のサンドバッグに向かうと、ドレス姿のまま構え、拳を握り込んだ。
「!!!!」
アリシアが体重を乗せ、握り込んだ拳を叩き込んだ瞬間、研究室の廊下の端まで届く程の凄まじい衝撃音が響く。パイルバンカーをぶっ放したかのように、重いサンドバッグは大きく中を舞い、振り子運動を始めた。
[気丈なる金剛石の一撃]──
揺るぎなき意思は蓄積させることで、あらゆるものを弾き飛ばす。
『パラパパ~~~!新記録★♪オミゴト!アナタノオ名前ヲオシエテクダサイ★モシカスルト、王女様ニアエルカモ!?』
サンドバッグはピカピカと花火のようなカラフルな光を発し、ファンファーレが鳴り響き、喋り始める。
「すっごぉ~~~、もし彼が浮気したら、これを叩き込むのね!?」
フランはスターユをジト目で見ながら、冗談交じりに言う。
「そういうこと♪」
(怖い…!)
「この力は"揺らがない"ことで、蓄積して強くなるの。だから、中途半端に挑発的な性格の相手は私の得意分野かな。大きく気持ちが揺さぶられるような事があったり、なんにも考えてないような相手だと十分力は発揮できない。あと、連発にもあまり向かない」
「だから、スターユ、私が危ないときは、しっかり助けてね」
「そうだぞ~」
アリシアが優しく微笑み、フランがふざけてスターユの脇腹をつついてみせる。
「勿論です、あなたには、俺が指一本触れさせません」
これまでしどろもどろだったスターユは、フランのちょっかいにも動じず、力強く返した。
「そうこなくちゃ。見ての通り、どっちかっていうと私のは防御寄りの能力。火が弱点の虫にとっては喉から手が出るほど欲しい能力でしょうね」
一同はうつむく、この能力が奪われるということの意味を、皆は理解している。
もし万が一負ければ、敵は王家の血筋を獲得し、魔法が使用できるようになる上に、火炎をはじめとしたあらゆる属性や状態異常への耐性が奪われてしまう。決定的だ。
負けた後のことは正直考えたくはない。
もしそうなれば、この国だけでなく、アストリア全土、この世界の人間は危機的な状況となるだろう。
ヴェスパに、火炎以外のなにか致命的な弱点でもない限りは、人類は蹂躙される…。
そういった、絶望的な状況で尚も立ち向かえる存在が果たしてこの世にいるのだろうか──
―そんな、『勇者』…『英雄』のような存在が、もしいるならば、どんな生き方をして、どんな顔をしているのだろう…。案外普通だったりするのかもしれない。
「この力が敵に奪われる前に、きっと私に死んでほしい輩もいるでしょうね…」
「アリシア様…!」
「大丈夫、卑怯な真似はだいたい効かないから」
私に毒や眠りは、心が平生である限りは効かない。傍には王国最強がいる。
思ってはいても、手が出せない状況で、私は生きている。
私が命を断つ、というのも人類の未来を思えば選択肢ではある―
しかし、敵には、なにかの条件でヒトを操り、魔法を使える者がいる。
そいつが殖えても、また人類の危機には変わりない。
魔法や、能力を使う相手は、その力や戦い方を知る私自身で倒すのが一番確実だ。
私が死ぬのは、その後でもいい―
(―そういえば…まだきけていなかった、すごく大事な情報があったっけ)




