第63話. みんなを守ってくれたグレイナードさん
(噂には聞いている。中央で僕らを鼓舞しているあの人は軍の人間じゃない、“冒険者”だ。それが、敵の軍勢を引き受けるのか・・・?)
作戦が進み、敵の陣形はそのカタチを変えていた。
一斉射撃による両翼の怯み、そして中央後方から、切断された大甕から漂うアルコール……芳醇なワインの薫りには、一時的にではあるが下級のヴェスパをひき寄せる効果がある。
その大群の切先は先端を鋭く尖らせ、アルテアはそれを三日月型の受け皿のように包み込む様相を呈していた。
冒険者でありながら、アルテアの軍を鼓舞する白銀の槍使いの冒険者、"双槍のライデン=セルク"は注目を浴びることで、蠅の化け物の突撃を正面から受ける形となる。
崖の上のビーコン──指定されているフロントラインはまた後方に下げていた。
敵と面で接触し、引きつけ、両翼を崩し後退しながら予定通りの陣形に整える。大きな流れはここまでは予定通りのようだった。
虫の集塊は、側面を見せ中央へと一気になだれこむ。
これは“命拾い“──
僕らにとって、生き延びるチャンスだった。
「今のうちに合流しましょう!」
ティリアが声を掛け、僕らは急ぎ後退する。
援護で敵の機動力は落ちたとはいえ、元々はヒトよりも優れたスピードを持つ敵だ。二度遅れをとればバケモノの波に飲まれることには変わりはない。
まずはコンラッド小隊の合流、自分自身の身を守る必要がある。
大まかな注意は逸れたとはいえ、ヴェスパの傾向には個体差がある。こちらに向かって来たヴェスパとは、戦わねばならない。
すでにこちらの境界に飛び込んでくる化け物が出始め、散発的な戦闘が始まっている。
右端にいる僕らは陣形によるアドバンテージ、ほんの少しばかり、合流のための時間があるだろう。
急いで合流せねば。
──と、言っても。
コリン隊長は、そしてグレイナードさんは・・・。
どこだ?
走り、後退しながらティリアと戦場を見渡すも、どうもその姿が見当たらない。
中央側は徐々に混戦状態になりつつある。ティリアの状態異常を付与するクロスボウと残弾5発のハンドガンである僕の装備だけでそちらへ向かうのは危険だろう。
有効な攻撃手段を持っている2人をなんとか探し出さねば。
まだ探せていない方向は……。反対側……。
僕らは戦場の端、崖際に近い方面へ目をやる。
そして──
(あれは!?)
見知った影、ブロンドの刈り上げたアーミーカット、コリン隊長の姿だ。
が、その表情に余裕はなく、対峙するのは異質で不気味な虫の影。
ヴェスパだ。
近接向きのフォルムに大きな体躯、先ほど僕が殺されかけたヤツと同種、"ゴブリンイーター"だろう。
コリン隊長は、きっと僕と集合し易いように中央と反対側にいてくれた。
だけど、ヴェスパにはその”安全を取ろうとする思考“の裏をかいて容赦なく殺しにくるヤツが必ずいる。
だから、この戦場に安全な場所なんて、ない。
僕だけではどうにもならないが、ティリアがいち早く隊長を救援しようとクロスボウを構えつつ足を運ぶ。
「来るな!!!」
隊長はこちらを認識し、強く警告する。いつも冗談混じりの楽観よりの隊長らしくないセリフだ。下級のヴェスパは何度か相手してきているが、こんな状況では正気ではいられないだろう。
「隊長!下がってください!」
ティリアが得物を構え、ヴェスパへと向ける。
スタン、あるいは麻痺させてしまえばきっと救出は可能だ。
間を置かず、間髪入れず彼女はボルトを発射する。
──が、
“キンッ”
(な・・・・・!?)
模範的な射撃。ボルトは間違いなく敵の胸部に照準を合わせて発射された。
が、その矢は敵に刺さることなく、破片となり飛散する。
敵は、その虫の手で、武器を手にしている。
長く緩やかに沿った鋭い刀だ。
そして、血が滴っている・・・。
“誰か“の血・・・。
ヤツ・・・ゴブリンイーターは、兵士を屠ったその刀で、ティリアの発射したクロスボウを“弾き飛ばした“。
化け物は、再び隊長へと向き、刀を振りかぶろうとする。
「ッッ!!!クソ野郎おおぉぉぉォオオオ!!!」
いつも余裕をかまして勇気づけてくれていた隊長は激昂し、武器を構え反撃しようとする。
隊長の装備は僕のものより大型の銃。“ショットガン“と呼ばれるタイプの、銀の焔を内包した散弾を射出するものだ。
銃としての射程距離は他のタイプのものに譲るが、近距離での威力は別格。この距離で命中すればヴェスパもタダでは済まない。
コリン隊長は構え、照準を合わせる──
“──キンッ”
弾丸が放たれる直前、その銃身は根本から切断され、ごとりと無機質な音を立て地に落ちた。
隊長の銃は、“ゴブリンイーター“が持つ刀によって“斬られた“──
鉄をも断つ、すらりと伸びた長き刀。それを、この三人は知っている。
(・・・・あれは・・・グレイナードさんの刀だ)
“天鉄刀”と名がついている。
無口で多くは語らなかったグレイナードさん……。
いつも無茶苦茶な隊長の冗談に、合わせるように笑ってくれていた。大きな体に、一見するとしかめっ面で怖い顔。その雰囲気は穏やかで、僕らの危機を真っ先に察知し、立ち向かい、ティリアと共に断ち切ってくれていた。
その刀を彼は肌身離さず持っていた、
僕たちを、コンラッド小隊を、軍のみんなを何度も守ってくれた特別な刀。
大切な人を、その繋がりを守り通してきてくれていた、優しくも強き刀だ。
それを奪い、殺すことしか知らないヴェスパが振るい、隊長の命まで奪おうとしている。
もう、限界だった。
「この・・・!!!」
「この・・・・バケモノ!!!僕らから!!!みんなから!!!もうこれ以上奪うな!!!!」
僕はハンドガン“クイックシルバー”でヴェスパに向かい、発砲していた──
AI非使用




