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ヒトの骨格を持つ蝿の魔物に滅ぼされゆく世界を救う物語/アストリア戦記  作者: シューゲツ/GQもん
第1章. The Resolve of Freedom’s Amethyst/自由なる紫水晶の決意
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第62話. 双槍のライデン=セルク

 ほんの少し、勇気を出したつもりだった。


 年下で自分より遅くに入隊したはずのティリアに腕を引かれながら、僕は一瞬だけそれをやってしまった。


「ひ…ひっ!」

 横隔膜がひきつり、声にならない声を発してしまう。


 自らの命を刈り取ろうとするその異形の怪物が迫り来る気配。

 必要はなかった。だけど振り向かずにはいられなかった。


 僕に接近してきているのは、ラドロピクシーよりも更に大きな個体。きっと今の援護により、いくらか防御性能のあるヤツが前方に出てきたのだろう。

 ほんの一瞬しか見ることはできなかったが、2m以上はある体躯に異様に長い6本の手脚、趣味の悪い不気味なガスマスクのような顔——

 ヤツは“ゴブリンイーター”と呼ばれる、よく目にするタイプのコモンなヴェスパだ。認めたくないが、そのステータスは戦士として洗練されており、武器を奪われば何人もの人間を軽く振るうだけで殺す。まるで蟲か何かをはたくように、人間を……。

 僕の共にしてきたかつての仲間も、友人も、ヤツ・・“ゴブリンイーター”にみんな奪われた。

 それは死ぬほど長く感じられ、頭の中で死ぬほど繰り返される一瞬だった。


 狼狽えている暇などないことはわかっている。

 だが、近くで再びその姿を目の当たりにし、動揺せずにはいられなかった。


「くっ!!」

「!? しっかり!!」


 必死で駆ける最中……障害物はないはずなのに、足がもつれそうになる。


 もしもここで転倒すればティリアともども──


(マズい・・・息が——!)


 精一杯呼吸をしているはずなのに、息が上がり酸素が足りない感覚・・脚が、全身が噛み合わない。

 手が震え指に力が入らない。ヤツには作戦など関係なく全弾ぶち込んでやりたい気分だが、武器も手に取れそうにない。


(・・・体が・・・思うように言うことを聞かない・・・・・・)


 ティリアが目を見開く。見ているのは彼女だけではない。僕に向けられる『こいつ大丈夫か』という視線が集まり、僕を突き刺す。


 この視線──覚えがある。


 以前、訓練用のバトルで、自分よりも二回り年下の……しかも初期装備らしい子供にすら負けてしまったことがあった。やる気を削がれていた僕に対し『大丈夫か』とでもいうような、悲しさのこもったあの目は忘れない。

 誰も見ている訳でもないし、絶対に見せるわけにはいかなかったが、自分の心にだけは屈辱として刻まれてしまっている。


 ──ダメだ、どうしても…せっかくの味方の援護で機動力を削がれた敵にすら追い付かれる、僕は──


 殺意にまみれた化け物・・・"ゴブリンイーター"は間近に迫ってきていた。

 絶対に触れられたくない化け物の腕が容赦なく振り下ろされる。


 “ガゥァンッ!”


 ──分厚い金属が弾く音。


 盾・・・?


 僕とティリアの目の前に誰かがいて化け物からの致命的な一撃を阻んでくれていた。見覚えのある頑丈な大型の近衛盾。重量を抑えた特殊素材により構築された専用の甲冑。

 ……彼は、盾を使った戦闘スキルに長けている別の部隊の隊長、”ヘラルド=アーメック“だ。

 後退が遅れた僕らの元へわざわざ……。

 本来ならば、作戦の行動に遅れた者は見捨てられたっておかしくない。盾役をリスクのある位置に戻させてしまった、恥ずべき行為だ。


 そして、たった一度盾で一度防いでくれたとはいえ、敵は"化け物の大群"だ……。


 もう見たくはないが、この後に待ち受けているのは……。


 僕は恐る恐る目を見開く。


 次の瞬間──


 ”ッインッッ!!“


 (なっ!?)


 その瞬間は見えなかった。

 目の前にあるのは結果──


 (爆ぜとんだ!?)


 まるで戦艦の砲撃でも食らわせたかのように、何体かのゴブリンイーターとラドロピクシーは残骸を残し、筒状に吹き飛んでいる。


 "——ぽん"


 今、横に、ティリアとは異なる別の誰かいた。そして、背中にその掌で触れられた。

 僕とは全く異なる、意識のレベルの違った存在・・。


「クレナ!」

「任せてください!」

 ヘラルドの掛け声と共に、後方からもう1人の応じる声。

 そして間も無く炸裂する。少し前まで“シリンダーナパーム”と呼ばれていたその兵器は、使い捨てではあるが、通常の炎に耐性を持つヴェスパとの対抗を可能にするべく、改良が加えられていた。


 "シルバーナパーム”──

 引き金を引くと共に輝ける銀の焔がその重心から火炎放射器の如く放たれ、前方へと放射状に浴びせられる。

 尚且つそれは、クレナ1人だけでなく、複数人による同時射撃として行われた。

 三重、四重に連なる特攻の放射は遂にその化け物の塊を押し返す。


(ビーコンの位置が、フロントラインが上がっている?)

 おかしいと思った。僕一人に対してあまりにもこの救済は過剰だ。

 さっきの『大丈夫か?』というような目線は、ひょっとすると僕自身の身の心配というより、戦線の位置やタイミングに対するものだったのかもしれない。


 どうやら、気づくと反対側の翼でも同様の武器、複数同時に用いられている。

 カウンターとなる形で直撃を食らったヴェスパは逃げ惑うようにその身を引き始めた。


 押し寄せる敵の波は両翼から崩れ、中央で尖るようにその形を変えつつあった。


 そして、こちらの勢力においても、後方から覆い受けるように陣形がとられている。


 (この形は………)


 それは、敵を覆い囲むかのような三日月の如き陣形を成していた。

 その中、ポカンと空いた中央やや後方の位置——


 そこに一人、男は立っていた


 編み込まれたしなやかな黒髪、身に纏う白金の甲冑。その両手には双槍を携え、その切っ先は煌びやかにゆらめく焔を纏う。

 その横には野営地の廃墟に置かれた大きな(かめ)が佇んでいる。


「さぁて、始まるぜ。殺し合いが——!」


 男がさっと槍を振るうと、その甕は静かにその切断面に従い、中身を露わにした。

 その芳醇な香りは戦場の風に舞い、漂う。


 (あの人は・・・・・!そして、この匂い・・・・・!!)


 (酒・・・!?ヴェスパに対して、"酒"は確か・・・)


「てめェら侮るなよ。ハエとはいえ、奴らは手強い………!」


「だが、俺たちは"意思"で勝っている!そして、奴らは指揮官を失っている………!!」


「切り伏せるぞ!!!!」


 鼓舞に応え、湧き立ち声高に高揚する兵士達。


 この男こそが"双槍のライデン=セルク"——


 サリアニケス討伐作戦のために抜擢された、冒険者の一人であった。

AI非使用

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